知恵袋ユーザーさん
2017/9/5 22:00
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唐崎物語の現代語訳お願いします! (原文) 中頃、伏見の中納言兼行卿と申して、公卿ひとりおはします。才覚芸能に至るまで世にこえさせおはしませば、帝の御寵愛なのめならず、時めかせ給ふ
唐崎物語の現代語訳お願いします! (原文) 中頃、伏見の中納言兼行卿と申して、公卿ひとりおはします。才覚芸能に至るまで世にこえさせおはしませば、帝の御寵愛なのめならず、時めかせ給ふ こと並ぶ人なし。しかるに、世の中のならひに、貴きも賎しきも、人の心のさがなさは、公卿殿上人、これをそねませ給ひ「この人かくてましまさば、後には左右の大臣ともなり、誰も誰も兼行に従ひ侍らんこと、心憂かるべし」と、殿上人たち心をあわせ、いろいろあとなきことを折々奏し申さければ、帝もはじめは、「やはか、さはあらじ」と思し召しけるが、人々たびたびに及び申させ給へば、驚かせ給ひ「さもやある」とて、故なきことに、勅勘をかえぶらせ給ふけり。「こは何事の子細ぞや。身のなせる罪もなく、かかる宣旨をかうぶることの口惜しさよ。いかにもして、あやまりなきことを奏し奉らん」と思へども、今は都の内にかなふまじとの宣旨なれば、力及ばず。兼行は北の御方を引き具して、住み慣れさせ給ふ二条の御所を、既にい出でさせ給はんと出で立ち給ふが、京都の名残りせんかたなく、夢ともさらにわきまへ給はず。これよりいづかたへ迷ひ行くべきと、涙にむせび、ただあきれさせおはしますを見参らせ、御乳母に治部少輔末春といふ者、申しけるは「我、母方の伯父に蔵之允と申す者、近江のからさきに候へば、まづまづ彼が方へしのばせ給へかし」と、勧め参らせければ、嬉しく頼もしくも思し召し、住み慣れさせ給ふ御所を忍びて出させおはしましける時、 立ち返り見るよしもがな住み慣れし宿のこずえの花の盛りを 北の方も名残り惜ししは限りなく、泣く泣く庭のさくらをうちながめ、としごろ日頃もろともに何心なく愛せしものを、今日を限りにはなるべきかと思し召して、 出でて行くあとは霞と隔つとも軒端の花よ我を忘るな 頃は、きさらぎ二十日あまりのことなりしに、御所をばまた夜をこめて、涙ながらに出でさせ給ふが、都の内の神々に深く祈りをかけさせ給ひ、行く先誰かまつさかや、関の明神伏し拝み、大津打出の浜千鳥、折から声もあはれなる、瀬田の長橋右手に見て、程なく唐崎に着かせ給ふ。 蔵之允は、出であひ申し「さてもかかるいぶせき所へ入り奉り、いかでか住ませ給ふべき」と、涙を流しいたはりまいらせら新しく黒木の御所を建、かしづき奉る。一日一日と送らせ給ふ程に、うつりやすきは光陰にて、この所にはや三年住ませ給ふ。
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