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第三章
135 久し振りの光景

「戸締まりはしましたか?」

「目の前でやっただろ」


 自分の住む階の廊下で先生か何かのように注意喚起する真昼に、周は小さく苦笑した。


 普段ならわざわざここまで言わないのだが、長期間家を空けるため心配して注意したらしい。

 今日から二週間ほど実家に帰る事になっており、その間に何かないか気を付けているのだろう。


「それは見ましたけど、念のため」

「はいはい。お前こそ忘れ物はないだろうな?」

「忘れてませんよ。必要な荷物は送ってますし、朝方もう一度手荷物の検査しましたから。戸締まりも完璧ですし、周くんちのゴミ捨てから冷蔵庫の中身チェックまできっちりしてますのでご安心を」

「それはわざわざありがとう」


 流石に二週間分の荷物を携えていく訳にもいかずお互いに宅配便に頼んでいるので、そこは抜かりがない。おまけに周の家の事までしてくれているのだから頭が上がらなかった。


 そういった細かい事に気付いてくれるまめさに感謝しつつ、真昼の手にしていたバッグを受け取って、代わりに掌を握る。

 真昼はぱちりと瞬きをした後に小さく「周くんのそういうところ好きです」とはにかんで、周の手を握り返した。




 周の実家がある場所は、周達が住んでいる所から新幹線で一時間と少し程度の距離だ。

 予約していた席に座って景色を楽しみつつおしゃべりに興じていれば、あっという間に新幹線は地元に着いていた。


 久々、といっても一年ぶり程度に見た駅の光景に何とも言えぬ懐かしさを感じつつ、真昼の手を引いて待ち合わせの場所に向かう。


「ここが周くんの地元なんですね」

「ん。まあ、俺の家は電車を乗り継ぐかもう少し車走らせないと着かないから完璧に地元とは言い切れないんだけど」


 大きな駅にしか新幹線が止まらないのでここで降りただけで、実際にはもう少し移動に時間がかかる。

 今回は予定が空いていた志保子が駅まで迎えに来てくれるという事で、厚意に甘える形となっていた。単純に、志保子が早く真昼に会いたいからという理由もあるだろうが。


 待ち合わせによく使う改札口にある大きな柱を目指していたら、遠目からでも自分の母親の姿が見えた。


 流石に母親の前で手を繋ぐのは気恥ずかしさがあるので手を離せば、微妙にしょんぼりとした空気が真昼から滲んだので、慌てて軽く背中を叩く。


(まだ付き合ってる事を伝えてないので今回ばかりは許せ)


 手を繋ぐ事が日常的になっているので、ついつい手を繋いでしまいがちだが、帰省中は気を付けなくてはならない。


 やや名残惜しそうにしていた真昼も、志保子の姿を捉えて納得したのかいつもの表情に戻る。

 志保子側も二人の姿に気づいたのか、人好きするような明るい笑みを浮かべてこちらに近寄ってきた。


「お久し振りです」

「まあまあ真昼ちゃんいらっしゃい! よく来てくれたわねえ!」


 真っ先に真昼に挨拶をするところが我が母親らしい、と周は苦笑いを浮かべる。

 真昼は、志保子の勢いが久し振りなのでやや気圧されつつも淑やかな笑顔と所作で頭を下げていた。


「お誘いいただきありがとうございます。折角のご家族水入らずの機会なのに私まで参加させていただいて……」

「いいのよー、私達が真昼ちゃんに会いたかったんだもの! ほんとは春休みにも会いたかったんだけど都合がつかなくてねえ……あら、周どうしたの」

「息子への挨拶はなしか」

「あらあら。お帰りなさい周。真昼ちゃんを連れてきてくれてありがとうね」

「はいはい」


 冗談だとは分かっているので別に怒っている訳ではないのだが、ぶっきらぼうさが前に出たせいか「もう、拗ねちゃって。もちろん周が帰ってきてくれて嬉しいのよ?」と小突かれる。

 そのにやにや笑いの方がイラッとしてしまったのは仕方ない事だろう。


 ぺい、と志保子の手を払いつつ、辺りを見る。

 志保子が迎えにくるとは聞いていたのだが、修斗の姿がないのが意外だった。今日は修斗も休暇を取っていた筈なので、てっきり二人でくるものだと思っていたのだ。


「父さんは?」

「修斗さんは今家でお昼ご飯作ってるわよー」

「なるほど」


 そう言われると合点がいく。

 修斗は料理が好きだし、おもてなしするのも好きな人間なので、家で色々と準備をしているのだろう。


「よかったな真昼、父さんの料理はうまいぞ」


 俺にとっての真昼ほどではないけど、という言葉を飲み込んで告げれば、真昼もふわりと淡い笑みを浮かべる。


「そうなんですね、楽しみです」

「うふふ。我が家の味も楽しんでちょうだいな」

「それだと母さんが本来作らなきゃいけないぞ……父さんの方が美味しいけど」

「それは余計よ、まったく」


 年齢を感じさせない顔で頬を膨らませてみせる志保子だが、実際修斗の方が料理の腕前は上だ。

 平日は志保子、土日は修斗と分担しているので作り慣れているという点なら志保子に軍配が上がるが、味は修斗の方が上である。


 別に志保子の料理が美味しくないという訳ではないが、やはり味付けの問題的に修斗の方が美味しく感じるのだ。勿論、作ってもらえるという点はどちらにも感謝していた。


「まあ、周の素直じゃないところはいつもの事だからいいわ。それより、家に向かいましょうか。今からなら丁度お昼頃に着くと思うし。車はこっちよ、いらっしゃい」


 あまり駅で話し込んでいても仕方ない、と手招きして駅の出口に向かっていく志保子に、周は一度真昼を見る。


「じゃ、行くか」

「はい」


 小さく頷いた真昼の手首を軽く握る。

 流石に手を絡めるような繋ぎ方は出来ないが、これならはぐれるの防止という事で誤魔化せる。


 目を見開いて、それから嬉しそうにほんのり照れたような笑みを浮かべて少しだけ周との距離を詰めた真昼に、周もやや照れつつも志保子を追うようにゆっくりと歩き出した。

帰省編スタートです。


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