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片端から殺していると萎縮するかもしれない、ということで藤木戸にはヨミハラ内に泳がせているノマドの拠点が幾つかあった。
当人達が知られていないつもりでいてくれた方が、物資も人材も集まりやすいために色々とやりやすいからだ。
そして、機が来れば刈り取る。
今、正に収穫の時とばかりに訪れは藤木戸は、ソトバめいた雑居ビルに真正面から押し入っていた。
守衛のオークをアンブッシュで始末し、片端から首を刎ねながら上階へ。ボロボロの内装に反して豪華な装いに変えられた執務室には、一人の魔界騎士が座していた。
強者は女が多いという風潮があるヨミハラにおいて、珍しく男性の魔界騎士はかなりの使い手であった。
騎士にありがちな剣に頼り切るでもなく、さりとて魔族にありがちな魔法に頼り切るでもなく、その両者を融合させた剣術は美事の一言。
「油断ならぬ相手であった」
だが、倒した。
「ぐ……こ、殺せ……」
「まだだ。オヌシにはこれからインタビューする」
両手足をへし折って剣を振れないようにし、ネック・ハンギング・ツリーで喉を締め上げ魔法の詠唱をできないようにしたサツバツナイトは、腰の多目的ポーチからインタビューのためにゴスン・ネイルとターボライターを取りだした。
満月の狂人やブルックリンの吸血鬼として恐れられた、希代のシリアルキラーにしてマゾヒストとしても知られるアルバート・ハミルトン・フィッシュでさえ耐えられなかった、爪への呵責で情報を捻り出そうというのだ。
「まてぇーい!!」
ひぃ、と死の半歩手前まで行っても高慢な態度を崩さなかった魔界騎士が顔色を変えた刹那、サツバツナイトが蹴り開いたせいで半壊していた扉が乱雑に開かれて崩壊した!
そこにいるのは栗毛の髪とガーネットの瞳も麗しい少女! 人界の学生服めいた姿を見ているが、髪の間から同色の角が生えているから魔族であることは明白。そして、そのフリルブラウスを押し上げるバストは豊満であった。
「ノマド騎士軍所属、リーナ参上! これ以上の暴虐、正義の魔界騎士が見逃しては……お……か……」
彼女の名はリーナ。名乗りの通りノマドの魔界騎士〝見習い〟であり、イングリッドに師事して研鑽中のニュービーだ。正義の魔界騎士を自称する変わり者であり、その実力はまだまだながら才能があるとして鍛えられている最中なのであるが、近くの拠点が襲われていると見て黙っていられず飛びだしてきたのだろう。
そこを襲っているのが、師が「絶対に関わるな」と念押ししているサツバツナイトであると知らず。
「ほぉ……ドーモ、正義の魔界騎士リーナ=サン、サツバツナイトです」
サツバツナイトは少々シツレイながら片手礼で返答した。珍しく自分から名乗ってくる魔族に会ったからには、キチンとアイサツしなければニンジャソウルが疼く。
「あわ、あわわわ」
ぼぅとセンコめいて光る目に射すくめられて、彼女は愛剣を取り落としかけた。
それほどに体から立ち上る濃密なカラテ。廊下が血の海と化す程の殺戮を経て尚も血糊一滴浴びていない体。自身に注ぎ込まれる感じたこともないほどの濃密な殺気。
魔族、殺すべし。
その一念によって燃える炎に魂を焼かれ、未だ未成熟な闘志は一瞬で折れかけた。まだ未熟で魔界騎士としての一歩を踏み出したばかりの彼女は、若干ヘタレなところが抜けきっていない時期だったのだ。
この拠点に来る前、幹部が来ているという情報を仕入れるために静流とサツバツナイトは会っているのだが、その時にノマドの重要人物リストの最新版を手に入れていた。
そこには珍しくイングリッドが目をかけている新人がいるという情報が載っており、何故か〝平和のため〟とか抜かしてヨミハラを巡回している奇矯な魔界騎士見習いがいることも記されていた。
「なるほど、これは中々のキンボシ」
「ひ、ひぇ……」
情報を得るのであれば、この程度の幹部よりも最高幹部の方が良い。
「ま、待て……ぐぇあ」
ごきん、片手の握力のみで魔界騎士の首をへし折った藤木戸は、もう用事がなくなった死体を放り投げると、完全に腰が引けているリーナへと歩み寄りながらフックロープを取りだした。
蝦で鯛を釣る、昔の人は上手いことを言った物であると思いながら…………。
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「イングリッド様ぁぁぁぁぁぁ!!」
「……まさか本当に来るとは」
ヨミハラのとある廃ビル。二階の床が抜けて吹き抜けになった天井の梁にフックロープを通して蝦を吊していると、本当に鯛がやって来た。
「ドーモ、オヒサシブリですイングリッド=サン。サツバツナイトです」
「久し振りもへったくれもあるか貴様。この間の件は忘れていないからな」
登場しょっぱなからカンニンブクロが大分暖まっているイングリッドは、配下が捕らえられたことより、媚毒によって酷い状態で捨て置かれたことを未だに根に持っているらしい。
「この間の件? 何のことだ?」
「貴様ぁ……」
サツバツナイトから言わせれば、有毒物質を燃やせば気化して影響が出るのは自明なので、巻き込まれたこともあってイングリッド=サンのケジメ案件では? と思わないでもなかったが、今は重要なことではないので無視することにした。
「しかし……情けないぞリーナ! 魔界騎士たるもの、その程度の拘束なんぞ自力で抜け出るか、潔く戦死を選べ!」
「ごめんなさいぃぃぃぃぃ!!」
かなり強く叱っているが、ヤブミに「愛弟子は預かっているぞ」と括り付けてノマド本部に撃ち込んだら、ちゃんと迎えに来たあたりイングリッドも大分甘いようだ。それだけリーナの中に眠っている才能を評価しているのか、単に魔族の中では律儀なだけなのかは分からないが、今後もイングリッドに用ができたら使える手だと藤木戸は内心で帳面に覚書をした。
「それで、こんなカビ臭い場所に呼び出した理由はなんだ。よもや、木っ端未満の見習い首如きで私が膝を屈すると思ってはいまいな?」
「聞きたいことが幾つかある。ハトリ・セイシュー=サン。この名に聞き覚えは?」
緋色のアイシャドウが引かれた目が剣呑に釣り上がった。どうやら聞き覚えがあるらしいと察したサツバツナイトは、決断的にジュージュツの構えを取ってイングリッドを睨み付ける。
「オヌシらノマドがセイシュー=サンと組んで良からぬことを企んでいることは知っている。大人しく吐くか、ここで惨たらしく師弟共々殺されるか選べ」
「そこで黙って情報を吐く私だと思ってか!! 甘く見てくれるなよサツバツナイト!!」
反射的にカンニンブクロが爆発したイングリッドは魔剣ダークフレイムの鞘を払う。刃が潜り抜けた大気が黒く燃え上がって、鋭い軌跡を描き揺らめいた!
双方構えて、今にもイクサが始まろうとした瞬間なれど……不意に、イングリッドが構えを解く。
どうやら、脊髄反射で激高したはいいものの、ここでサツバツナイトと敵対するより自分の利になることを思いついたようだった。
「……フュルストは知っているか」
「知っている。俺が必ず殺す魔族の一人だ」
フュルストとはノマド幹部の一人であり、高名な魔科医にして佐馬斗の師匠であるのだが、弟子が弟子なら師も師であり、組織内でかなり好悪の別れる人物である。
魔族の中では騎士道という言葉を心に持っているイングリッドとは当然犬猿の仲といってよく、物理的な闘争にこそ発展してないが、頻繁に組織内政治闘争に取り組んでいるとはサツバツナイトも既知のことである。
そのまま勝手につぶし合って死んでくれれば御の字と祈ったこともあるが、未だそうなっていないのは、双方共に理性と頭脳、そしてブラックへの忠誠があるからだろう。対魔忍にとっては残念なこととしか言えないのだが。
「ヤツが下らぬ奸計を練っている、という噂を小耳に挟んだ。ブラック様の許しも得ずにだ」
「なに?」
相手が構えを解いて話すつもりになったので、サツバツナイトも手刀を下ろした。正直、イングリッドはノマド幹部である以上、殺すことは決まっているのだが、彼の中の分類だと彼女は〝今殺すと面倒なことになる魔族〟に仕分けされている。
高慢であることは、即ち矜恃を持っていることにも通じるため、イングリッドの練る策謀は一応ヨミハラへの被害や余波も考えてやっている。つまり、魔族の中では控えめで邪悪ではない方とも言える。
なればこそ、彼女をスレイした場合、アトガマに収まるのがもっと悪辣な魔族であった場合、サツバツナイトとしては結構困る。自分が暴れ廻ったことで事態が悪化してしまえば、サスガに良心が咎めるのだ。
何よりマッチポンプめいているではないか。
なので、可能ならば最期の最期、ノマドが潰える時にエドウィン・ブラックの後追いをさせてやるくらいが丁度良いと見積もっているのだが、そこでよもや〝早めに殺しておいた方が良い〟魔族の名前が出てくるとは。
「ヤツは何処だ」
「そこまでは知らん。だが、地上に出ていることは確かだ」
「……よかろう」
そこまで聞いて、サツバツナイトはスリケンを投擲しリーナの戒めを解いた。
「いったぁ!?」
そして、ウケミも碌に取れず顔面から落ちてゴロゴロと苦痛に悶えるリーナ。正義の魔界騎士にしては些か以上に格好の付かない醜態にイングリッドがこめかみに手をやったが――これは後で厳しいインストラクションが待っているだろう――サツバツナイトは、もう用もないとばかりに踵を返した。
「オヌシ達のその首、今しばし肩の上に乗せておくことを赦しておいてやる」
「それはこちらのセリフだサツバツナイト。次は殺す。この魔剣ダークフレイムにて、黒き炎の果てに塵すら残さぬ」
「……自分の政治闘争に人を利用しておいて、よく吠える駄犬だ。エドウィン・ブラック=サンは躾けも真面にできぬのか」
「何だと!?」
捨て台詞代わりにアオリ・ジツで腹いせにイングリッドをアオリ、サツバツナイトはニンジャ野伏力を発揮してヨミハラの夜に溶け込んで消えた。
そして、再び静流がバイトをしているバーを訪ねる。
「バリキを」
「今日何杯目? そろそろ止めた方が良いんじゃないの?」
呼び出しの合図に何時もの如くヨミハラ仕様のハレンチメイド服で現れた静流は――その腹は引っ込んでいた。恐らく指摘されたのが恥ずかしくてカラテしたのだろう――バリキ・カクテルの代わりにチェイサーを一杯差し出す。
「暫く寝ている余裕がなくなったやもしれん。バリキをくれ。カフェインが必要だ」
「……何か掴んだのね?」
「フュルスト=サンが地上にいる。そして、エドウィン・ブラック=サンの許しなく蠢動している。これとセイシュウ=サンの動き……臭わぬか?」
「元から手段を選ばない人だったけど……あの若作りババァ……」
あまりの情報に普段は言葉を選ぶことを知っている静流の口調が乱れた。藤木戸の前では多少意識して抑えているが、彼女には多少口が悪いところがあるのだ。
「五車に潜みたい。結界を潜る術はないか?」
「ちょっと待って」
五車の里には結界が張ってある。出入りを禁ずる物と言うよりも、割符を持たない一定以上の対魔粒子を持つ者、つまり対魔忍や魔族が出入りした場合、即座に結界番の忍衆に連絡が行くようなものだ。
現在、藤木戸はセクションⅢを通じて国内でも手配されていることもあり、公的身分証も停止状態にあるため普通には地上に出られない。都内の料亭にコッソリ行くくらいならまだしも、五車の里まで行くとなれば独力ではほぼ不可能だ。
なので、素直に協力者へ助力を請うと、彼女は仕方ないわねと言いたげに笑った。
「貸し一つね」
「……シズル=サンには借りが幾つあるか俺でも分からんぞ。この間の婚活パーティーといい……」
「アレは忘れてって何度も言ったでしょ!?」
一つ怒鳴ると、静流は軍用PDAを取り出し何処かに電話をかけ始めた。自然なアイサツから、あの時の貸しがどうのこうのとブッソウな交渉をしているようで、数分ほど言い合いをした後、満足げに通話を終えた。
「公的な身分証、それと対魔結界を潜り抜ける割符を手配しておいたわ。東京キングダムで私のアセットがいるから合流してちょうだい」
「感謝する。ユウジョウ」
「はいはい、友情友情」
差し出される拳に等閑に応じながら、静流はイクサに旅立つサツバツナイトへバリキを奢ってやるのだった…………。
オハヨ!