ウォーターフロントズ・サンドは尽きれどヴィラン尽きまじ。エド・イラの大泥棒ゴエモン・イシカワのハイクであるが、ヨミハラは正にその言葉の通りである。
「もう四年か」
「……どうしました、センセイ」
さる娼館を見下ろせるヨミハラのスゴイ・タカイ・ビルに立つ影が二つ。
一つは鋼鉄のメンポと赤黒の装束を纏った姿は、あからさまなまでにニンジャ。
そして、その隣に侍る狗のメンポを被った姿も、今やあからさまなまでにニンジャであった。
「俺が里を抜けて、ヨミハラに来てから四年も経った」
「となると、ボクが弟子入りして三年半ですね」
藤木戸の独白に応えた葉月は、師匠が妙に感傷的なのは珍しいなと思った。
四年と言えばかなりの期間だ。小学生なら年齢が二桁になり、大学生ならモラトリアムを終える頃。
長いような、あっという間のような、何とも言えない期間であるが、その間に藤木戸ことサツバツナイトが暴れ廻っても何も変わっていない。
この薄汚いヨミハラは、彼が旧カオスアリーナを吹き飛ばす時に踏み込んでから、メンツこそ変わっていようが今もケオスの坩堝だ。
こうやって見下ろしている今も、四方5kmの広大な地下の何処かで銃声が鳴り響き、悲鳴の残響が聞こえ、時折魔法の炸裂音が響く。
魔族と連んで悪さをすると、ニンジャがやってくる。そう囁かれるようになって久しいが、これといって世間は変わらない。
「だが、どれだけ戒めようが、この街は悪徳の街のままだ」
「それは……」
藤木戸が来て以来、吹き飛ばした娼館は数えきれず、スレイした魔族は数百を超えて千に達しようかという勢いなれど、世間は、世の中は相も変わらず悪徳に満ちている。
だのにヨミハラは相変わらず悪徳に溢れていた。
正直、藤木戸はここに無辜の民が暮らしていないのであれば、米連との協定なんぞ知ったことかとばかりに倉庫へ押し込んでC4や〝オクタニトロキュバン爆弾〟を根こそぎかっぱらい、地下空洞を吹っ飛ばしてやりたい気持ちであった。
チャシャクで池の水を掻き出そうとしているような、そんな虚無感と果てしなさを覚えることもある。
サツバツナイトを気取ったところで、しょせんはただの人間であるが故に。
そして、悪党はこう考える生き物だからだ。
〝自分だけは大丈夫〟だと。
なればこそ、悪党は尽きない。人界からも魔界からも、尋常では得られない快楽の地であるヨミハラがヨミハラであり続ける限り……。
「まったく、キリがない。この巷には未だ魔族が溢れ、キタナイ金と犠牲になる男女が数え切れないほど蠢いている」
「……そう、ですね」
葉月は答えに窮した。ここでセンセイの活躍もあって助かった人も沢山いますと言ったところで、慰めにもなるまいと長い付き合いになりつつある今、分かってしまっているからだ。
しかし、サツバツナイトには浸っている時間などない。今宵もまた、悪徳の宴が開かれようとしているのだから。
『こちらカルメン、聞こえてる?』
「問題ない」
藤木戸が内耳に貼り付けた米連製小型レシーバーから音が響く。それはツバキの声で、万が一無線を傍受された際に通話主が分からぬよう、使い捨ての符号を使っているのだ。今回は名前にそのまま肖っている分かりやすいものであった。
『外は抑えたわ。全ての出入り口にトラップを設置して、それからこちらも高所で待機中』
「分かった。合図と同時に初めてくれ」
『……合図って?』
「ド派手に始まったらだ」
無茶する雇用主だとこと、と無線機の向こうで嘆息したツバキが通信を絶つのを確認すると、サツバツナイトはビルから飛び降りる準備を始めた。
五車製の頑丈なフックロープを縁に引っ掛け、強度が十分か確認。そして、想定の長さ通りになっているかたしかめたのち、振り返る。
「ではハヅキ=サン、露払いを頼むぞ」
「ハイ、センセイ! ご存分に!!」
「では……」
さて、一方、三人のニンジャに囲まれているとも露知らず、娼館の中では一つの催しがクライマックスを迎えようとしていた。
さる衆議院議員の密かなる誕生日パーティーにて、店からご愛顧の御礼とする〝プレゼント〟を贈呈しようとしているのだ。
「さぁ、ではお楽しみ、ケーキとプレゼントのお時間です!!」
何十本という高級シャンパンの開栓が口火となったパーティーは、魔界からのゲストも招いて盛大に進行している。
というのも、この議員、近年問題になっている魔界産の金と地球の紙幣を交換することで大金を稼ぐと同時、荒れ狂う金相場で大儲けしている一連の問題に関する元締めであり、ノマドにとって重要なゲストであったからだ。
その重要性は、ノマド首領エドウィン・ブラックの腹心たるイングリッドが参加こそしていないものの、名代を遣わせて祝電を打っていると言えば理解できるだろう。
故に、故にこそ、この宴は台無しになるのだ。
「お祝いのケーキと、当館が特別に用意しましたプレゼント……」
そんなことも露知らず、三段の豪勢なクリームケーキが運び込まれ、それに続いてアンデレ十字めいたX字型の磔台が音を立てて演台に載せられた。
そこには一人の対魔忍が磔にされているではないか。濡れ羽色の艶やかな黒髪、ガチガチに拘束され媚毒を大量に打ち込まれようと折れない瞳、そしてそのバストは対魔忍装束が弾け飛ばんばかりに豊満であった。
「〝電輝の対魔忍〟こと上原・燐でございます!!」
司会役のエンターティナーに扮した魔族が紹介するとおり、彼女の名は上原・燐。現在は五車の非常勤講師を務めながら、殲滅戦や追撃戦といった非情に激しいイクサで重宝される、アサギの信頼篤い極大戦力の一人だ。
そんな彼女は、幾重もの謀略に取り込まれてこの場に運び込まれていた。
任務の名を装った偽の依頼、重要人物のカゲムシャが配置された偽取引現場、そしてジッサイに大金を動かして陰謀を叩き潰せる好機のように見せかける罠。
その企画にゴーサインを出させるほどノマドは彼の衆議院議員を重要視しており、事実としてそれに値する仕事をしてきた。
「では、お誕生日を祝し! ケーキの蝋燭を吹き消していただきましょう!!」
「はっはっは、これは嬉しいな! 望外だ! 任務で見た時からそそられていた。それが今宵我が手に……」
ニタニタと笑いながらケーキの前に歩み出る初老にしては太りすぎの議員は、祝いのそれより燐に興味があるようだった。
さっさと吹き消して、この場でお楽しみ……と行こうと蝋燭に顔を寄せた刹那……。
「Wasshoi!!」
最上階のテラス型ルームの天窓を突き破って飛び込んでくる影が、議員の顔面をケーキに叩き付けた!
「なっ、きっ、貴様は!!」
「ドーモ、ノマド及び汚職議員の皆さん。サツバツナイトです」
殺戮者のエントリーだ!! 絶好の機を窺っていたサツバツナイトは下卑た議員の顔面で蝋燭を消火すると同時にケーキを叩き潰し――日本人的に食べ物を粗末にするのは大いに抵抗があったが――ここが陵辱の宴ではなく、殺戮の場に変わったことをアピールしたのだ!!
そして、アイサツから0.1秒後、二十枚のスリケンが嵐のように吹き荒れる!!
「イヤーッ!!」
その場で垂直に飛び上がりながら、回転と指で挟む力、その両方を借りたレンゾク・ツヨイ・スリケンだ!!
護衛オークの頭が吹き飛ぶ!
壁にもたれ掛かっていたタツジン級なれどアンブッシュに対応できなかった魔族の頭が粉砕!
ついでに上機嫌で場を取り仕切っていた司会の首が両断!
あっと言う間に会場は人魔の血で真っ赤に染め上げられた!! ゴウランガ!!
「にっ、逃げ……」
その場から逃走を図ろうとしたゲストが一人、慌てて踵を返す。
しかし、悲しいかな追従した体は首から下のみ。
「あ、あれ?」
怖ろしいまでの切れ味で首を切断されたゲストの頭は正面を向いたまま。そして、僅かに間があってやっと斬られたことに気付いたように崩れ落ちる! ワザマエ!!
「ドーモ、ノマド及び汚職議員の皆さん。葉月です」
第二の殺戮者のエントリーだ! 彼女はカゼ・トン・ジツを使ってテラスに無音で着地。そして、カタナのワザマエだけでここまでの残虐な死に様を成せるようになったのである!!
吹き荒ぶ一切の容赦も情けもない殺戮の嵐! 情報を握っている議員のみ半殺しに留められ、他はもう要はないとばかりにカラテで爆発四散させられ、カタナで切り刻まれる参加者無惨!
そして、押っ取り刀で駆けつけようとした警備室や警備員の詰め所は……爆破!
「傭兵使いの荒い雇い主ね」
唯一の逃げ場だとばかりに殺到した正面入り口が、血の刃によって逃げようとしていた者達諸共に切り刻まれた! 第三の殺戮者のエントリーだ!!
彼女は自らの血液から精製した刃を縦横に振り回して参加者を血の海に沈めながら、淡々と傭兵らしく仕事を熟す! 命乞いをしようと跪いた男の頭が、文言を吐くより早く縦に両断される! サツバツ!!
全ての出入り口には開閉時に爆発するC4と、それを逃れて外に出ても炸裂するクレイモア地雷が多重にセットされているため逃げ場はない! カンオケと化した娼館で生き延びることができるのは、殺戮者達と堕とされた罪なき娼婦達ばかり!!
斯くしてものの十分もせず、悪徳議員の誕生日パーティーは血によって幕を引かれたのである。
「ヌゥー、これは拙いな、媚毒が強い」
「センセイ、拮抗剤です!」
「常用のもので効くか怪しいが……」
「私が血をコントロールして、幾らかマシになるか確かめるわ」
ボールギャグを噛まされて、目の前で自らを辱めんとしていた者達への殺戮を呆然と眺めていた燐は、解放されてやっと助かったことに気付いた。掻き毟りたくなるほどの疼きが拮抗剤とツバキのケツエキ・トン・ジツによって抑えられたことで、戒めから解き放たれてようやく口がきけるようになった。
「ふ……じ……きど……」
「久しいな、リン=サン。いつぞやの殲滅任務以来か」
同年代ということもあって、マゾクスレイヤーであったころの燐と藤木戸は知己であった。気を置けぬ間柄というほどでもないが、同じ任務にアサインされた場合「コイツがいるなら楽だな」と双方思う位には実力を認め合った仲ではある。
「も……どれ……ノ……マド、の、いん……ぼう……」
「ノマドがどうした、ヤツらは皆、殺した。増援が来るというのであれば、来た順に殺す」
「ちが……ちょう、きょう……されている……ときに、きい……た……教育、主任……ア……サギ先生が、あぶ……ない……」
「何だと!?」
そこまで言った後、燐は緊張と調教で酷使された体に限界が来たのだろう。糸が切れたジョルリニンギョめいて藤木戸の腕に倒れ伏し、一言も発さなくなった。
「リン=サン! 説明しろ! リン=サン!」
「健二! ゆすらないで! 毒が回る!!」
サツバツナイトは慌てて携帯電話を取りだしたが――数年前に暗黒違法基地局が設置されたためだ――アサギへの通話は普通に繋がった。
まだ何事も起こっていないアサギ、そしてノマドが練っているという陰謀。
何も分かっていないに等しいが故、動けぬという焦燥に焼かれてサツバツナイトは携帯を握り潰さないようにするのに必死であった…………。
オハヨ!