特に緊急事態宣言が発出されている自治体においては、要請事項にマスク着用が含まれてるケースもあります。
これはあくまでも、要請であり、無視してマスクを着用しないことによって、(日本国内においては)行政罰や刑事罰が科されるというものではありません。
民間の商業施設、店舗、飲食店、公共交通機関においても、マスクの着用は幅広く要請されておりますが、一律に民間が「マスク着用を強く求める」「マスク着用を強制する」ことは、日本の現在の法体系では「実は極めて難しい」のが現実にあります。
その極めて難しい根拠の一つともいえるのは、「障害者差別解消法」(以下「法」)という法律の存在にあります。
この法律では、障害者が社会的障壁の除去を求めてきた場合、その障害者へ差別的な取り扱いが禁止され、行政機関等は「合理的配慮の提供が義務」、事業者は「合理的配慮の提供が努力義務」となります。
平成二十五年法律第六十五号
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(抄)
(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一 障害者 身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。
二 社会的障壁 障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう。
三 行政機関等 国の行政機関、独立行政法人等、地方公共団体(地方公営企業法(昭和二十七年法律第二百九十二号)第三章の規定の適用を受ける地方公共団体の経営する企業を除く。第七号、第十条及び附則第四条第一項において同じ。)及び地方独立行政法人をいう四 国の行政機関 次に掲げる機関をいう。
イ 法律の規定に基づき内閣に置かれる機関(内閣府を除く。)及び内閣の所轄の下に置かれる機関
ロ 内閣府、宮内庁並びに内閣府設置法(平成十一年法律第八十九号)第四十九条第一項及び第二項に規定する機関(これらの機関のうちニの政令で定める機関が置かれる機関にあっては、当該政令で定める機関を除く。)
ハ 国家行政組織法(昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項に規定する機関(ホの政令で定める機関が置かれる機関にあっては、当該政令で定める機関を除く。)
ニ 内閣府設置法第三十九条及び第五十五条並びに宮内庁法(昭和二十二年法律第七十号)第十六条第二項の機関並びに内閣府設置法第四十条及び第五十六条(宮内庁法第十八条第一項において準用する場合を含む。)の特別の機関で、政令で定めるもの
ホ 国家行政組織法第八条の二の施設等機関及び同法第八条の三の特別の機関で、政令で定めるもの
ヘ 会計検査院
五 独立行政法人等 次に掲げる法人をいう。
イ 独立行政法人(独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)第二条第一項に規定する独立行政法人をいう。ロにおいて同じ。)
ロ 法律により直接に設立された法人、特別の法律により特別の設立行為をもって設立された法人(独立行政法人を除く。)又は特別の法律により設立され、かつ、その設立に関し行政庁の認可を要する法人のうち、政令で定めるもの
六 地方独立行政法人 地方独立行政法人法(平成十五年法律第百十八号)第二条第一項に規定する地方独立行政法人(同法第二十一条第三号に掲げる業務を行うものを除く。)をいう。
七 事業者 商業その他の事業を行う者(国、独立行政法人等、地方公共団体及び地方独立行政法人を除く。)をいう。
障害者の定義は、身体障害者手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳や戦傷病者手帳(※)を所持している方に限らないとされます。
例えば、アトピーや喘息、病気などで日常生活に相当な制限が課される場合も同様です。
法第二条「その他の心身の機能の障害」が根拠となります。
(※戦傷病者手帳は、旧日本軍の軍人や軍属だった方で、業務や職務が原因となり、障害が残った場合、発行されるものです。)
手帳所持の有無にかかわらず、発達障害・知的障害・皮膚炎・喘息などの人が、飲食店・ホテル等において、「発達障害によりマスクができない」ことを伝えた場合は、「マスク着用のお願い」「マスク着用を利用条件とすること」という、法第2条2項でいう社会的障壁を除去してほしいという意思表示です。そして、法8条2項でいう「障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明」に該当することとなります。
その飲食店・ホテル等は、法8条1項の規定により、入店・利用拒否など不利益な取り扱いができないことになります。
そして、過重な負担でないときは、合理的配慮の提供をする努力(※)が必要になります。
マスクができない場合は、「マスクしないことを大前提」に対応するのが、最も好ましい対応になります。
そして、周囲の人には、障害によりマスクができないことについて、理解を求めていくことも必要になります。
現実的に考えられるのは、「周囲に他の客のいない席を案内」という対応も考えられるでしょう。
(※令和3年5月28日の参議院本会議で、障害者差別解消法の改正案が成立し、事業者も3年以内に合理的配慮の提供が全国で義務化されます。既に、東京都・宮城県・富山県・大阪府・沖縄県などのように、いわゆる「上乗せ条例」により、事業者も合理的配慮の提供が義務化されている自治体があります。)
(※雇用分野においては、障害者雇用促進法が適用となります。行政機関・事業者共に同法規定により、合理的配慮の提供は義務となります。)
第三章 行政機関等及び事業者における障害を理由とする差別を解消するための措置
(行政機関等における障害を理由とする差別の禁止)
第七条 行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない。
2 行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。
(事業者における障害を理由とする差別の禁止)
第八条 事業者は、その事業を行うに当たり、障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない。
2 事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない。
なお、障害や健康上の理由により、マスク着用できないと意思表示したにもかかわらず、店舗・ホテル等から入店・利用を拒否された(もしくは不利益な取り扱いを受けた)場合は、自治体の障害者差別解消法を所管する部署など行政機関に相談する選択肢があります。
その行政機関は法12・14・15条と法施行令3・4条に基づいて、店舗・ホテル等に対して啓発・指導・報告徴収等をできる法的根拠が伴います。(東京都においては、マスク着用やバリアフリーに関する事項などで、法に抵触した場合は、該当店舗・ホテル等にまずは法15条に基づいて、「啓発」という対応がなされます。)
マスク着用に関するトラブルに対し、行政機関が間に入ってくれますので、問題解決できる可能性があります。ためらわずに相談しましょう。
(報告の徴収並びに助言、指導及び勧告)
第十二条 主務大臣は、第八条の規定の施行に関し、特に必要があると認めるときは、対応指針に定める事項について、当該事業者に対し、報告を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができる。
第四章 障害を理由とする差別を解消するための支援措置
(相談及び紛争の防止等のための体制の整備)
第十四条 国及び地方公共団体は、障害者及びその家族その他の関係者からの障害を理由とする差別に関する相談に的確に応ずるとともに、障害を理由とする差別に関する紛争の防止又は解決を図ることができるよう必要な体制の整備を図るものとする。
(啓発活動)
第十五条 国及び地方公共団体は、障害を理由とする差別の解消について国民の関心と理解を深めるとともに、特に、障害を理由とする差別の解消を妨げている諸要因の解消を図るため、必要な啓発活動を行うものとする。
平成二十八年政令第三十二号
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律施行令(抄)
(地方公共団体の長等が処理する事務)
第三条 法第十二条に規定する主務大臣の権限に属する事務は、事業者が行う事業であって当該主務大臣が所管するものについての報告の徴収、検査、勧告その他の監督に係る権限に属する事務の全部又は一部が他の法令の規定により地方公共団体の長その他の執行機関(以下この条において「地方公共団体の長等」という。)が行うこととされているときは、当該地方公共団体の長等が行うこととする。ただし、障害を理由とする差別の解消に適正かつ効率的に対処するため特に必要があると認めるときは、主務大臣が自らその事務を行うことを妨げない。
(権限の委任)
第四条 主務大臣は、内閣府設置法(平成十一年法律第八十九号)第四十九条第一項の庁の長、国家行政組織法(昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項の庁の長又は警察庁長官に、法第十一条及び第十二条に規定する権限のうちその所掌に係るものを委任することができる。
2 主務大臣(前項の規定によりその権限が内閣府設置法第四十九条第一項の庁の長又は国家行政組織法第三条第二項の庁の長に委任された場合にあっては、その庁の長)は、内閣府設置法第十七条若しくは第五十三条の官房、局若しくは部の長、同法第十七条第一項若しくは第六十二条第一項若しくは第二項の職若しくは同法第四十三条若しくは第五十七条の地方支分部局の長又は国家行政組織法第七条の官房、局若しくは部の長、同法第九条の地方支分部局の長若しくは同法第二十条第一項若しくは第二項の職に、法第十二条に規定する権限のうちその所掌に係るものを委任することができる。
3 警察庁長官は、警察法(昭和二十九年法律第百六十二号)第十九条第一項の長官官房若しくは局、同条第二項の部又は同法第三十条第一項の地方機関の長に、第一項の規定により委任された法第十二条に規定する権限を委任することができる。
4 金融庁長官は、事業者の事務所又は事業所の所在地を管轄する財務局長(当該所在地が福岡財務支局の管轄区域内にある場合にあっては、福岡財務支局長)に、第一項の規定により委任された法第十二条に規定する権限を委任することができる。
5 主務大臣、内閣府設置法第四十九条第一項の庁の長、国家行政組織法第三条第二項の庁の長又は警察庁長官は、前各項の規定により権限を委任しようとするときは、委任を受ける職員の官職、委任する権限及び委任の効力の発生する日を公示しなければならない。
なお、法17条により国や自治体は、「障害者差別解消支援地域協議会」(以下「地域協議会」)を設置する努力義務があります。
東京都など一部の自治体においては、マスクができない障害者について、法に基づく相談事例が東京都にあったと地域協議会において明らかになっています。
【相談・回答の概要】
・施設の職員からの相談で、来館者でマスクが困難な発達障害当事者を、一旦は入館拒否にしたが、法に反すると考え、非着用入館可とした。→施設内部でも意見が分かれているため、相談。→(都の回答)感染症対策であり、正当な理由はあるが、一律のマスク非着用入館拒否は不適切。フェイスシールド等の代替案を障害者・事業者双方で提案すること。それでも納得できないときはやむを得ないが、お互い納得できることが望ましい。
【都の見解】
正当な理由があるを根拠に、対応しないのは不適当。
(障害者差別解消支援地域協議会)
第十七条 国及び地方公共団体の機関であって、医療、介護、教育その他の障害者の自立と社会参加に関連する分野の事務に従事するもの(以下この項及び次条第二項において「関係機関」という。)は、当該地方公共団体の区域において関係機関が行う障害を理由とする差別に関する相談及び当該相談に係る事例を踏まえた障害を理由とする差別を解消するための取組を効果的かつ円滑に行うため、関係機関により構成される障害者差別解消支援地域協議会(以下「協議会」という。)を組織することができる。
2 前項の規定により協議会を組織する国及び地方公共団体の機関は、必要があると認めるときは、協議会に次に掲げる者を構成員として加えることができる。
一 特定非営利活動促進法(平成十年法律第七号)第二条第二項に規定する特定非営利活動法人その他の団体
二 学識経験者
三 その他当該国及び地方公共団体の機関が必要と認める者
地域協議会が設置されている自治体においては、地域協議会の場で障害者差別解消法に関する相談事例や、合理的配慮の提供事例について共有されます。すでにいくつかの自治体の地域協議会では、「マスク着用」が議題になっています。
マスク着用に関する相談が今後も行政にあれば、国や自治体がマスクできない障害者には、障害者に合理的配慮の提供が必要になるという呼びかけがなされる可能性も考えられます。
(令和3年7月4日)記事を修正しました。
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