被災者の命と健康を守るための“避難所”。その環境をどう改善するかが今、大きな課題です。解決のヒントは、海外の避難所に!?同じく頻繁に災害に見舞われるイタリアや台湾での先進的な避難所運営を徹底的に深掘りして、日本の避難所の環境がより良くなるためのヒントを考えていきます。
災害関連死を防ぐために 重要な“避難所環境”
2016年に起きた熊本地震では、建物の崩壊や土砂災害などの被害を直接受けて亡くなった「直接死」が50人に対して、避難生活などで病気が悪化したり体調を崩したりして亡くなる「災害関連死」が222人いました。
東日本大震災などの被災地への看護師派遣など国内外の避難所で災害医療支援活動を行っている石井美恵子さんは、避難所の環境改善の重要さを次のように指摘しています。
「避難生活の中で状態が悪くなって死に至ってしまうケースは、実は環境を変えれば防ぐことができるかもしれない。この関連死をいかに減らすかという取り組みが非常に重要です」
海外と日本の避難所の様子を比較してみると、2016年の熊本地震の際の益城町の避難所は、雑魚寝状態のところが多かった一方で、同じ年に起きたイタリア中部地震の被災地・アマトリーチェの避難所ではテントが立てられ、中にベッドがあって最大6人が寝られるようになっていました。
同じ被災地でもこのような違いはどうして生まれるのか。
海外の避難所の先進例を見ながら、日本の避難所環境の改善のヒントを探ります。
快適なイタリアの避難所 国とボランティアが運営
早急に避難所の環境改善が求められている中、専門家が注目しているのがイタリアの避難所です。
イタリア中部のまち・ピサで大規模な避難所の運営訓練を取材しました。
行われたのはボランティア団体による1000人規模の訓練。イタリアでは多くの場合、ボランティアが避難所の設置や運営を担っています。
テントの中にはベッドが置かれ、隣との間隔も取られています。
トイレとシャワーが備え付けられたコンテナもあり、お湯も使えます。停電や断水に備え、発電機や給水車も持ち込まれていました。
多くの地震に見舞われてきたイタリア。過去には救援の遅れが問題になったこともありました。その反省から、国を挙げて避難所の環境や運営の方法を改善してきました。
テントやトイレなど必要な資材は、国が中心となって全国の拠点に整備し、すぐに持ち出せる状態で保管しています。
さらに、ボランティアの養成と組織化も進めました。
活動するのは訓練を受けた人たち。仕事などで身につけた専門的な技能を生かした人もいます。こうしたボランティアが全国におよそ30万人いるといいます。
移動費などの実費は国が負担し、社員が出動した企業には国から金銭的な補助もあります。
そして、日本の避難所との大きな違いは食事。700人分の料理を作っていたのは、本業がシェフなどで、訓練を受けた人たちです。
調理場のコンテナには、オーブンにスライサー、冷蔵庫まで備え付けられ、パスタをゆでる設備もあります。
避難した人たちが食事をする大きなテントでは、ボランティアが配膳します。被災した人たちが長い列に並ばなくても済むようにしているのだそうです。
この日の食事は、パスタと肉料理。実際の避難所でも毎日昼と夜は2皿出すようにしているといいます。さらに、高齢や食事制限などで食べられないものがある人にも対応しています。
「温かい食べ物は、体だけでなく心も温めてくれます。被災した人が家にいるかのように感じてもらえたらと思います」(キッチンの責任者)
●法律で仕組みが整えられたイタリアの避難所
「イタリアでは避難所はこうあるべきという標準化された基準があります。それを実現するために法律を作り、仕組みを整えてきました」(石井さん)
日本では基礎自治体が避難所を運営していますが、イタリアでは国とボランティアが主体となって避難所を運営しています。
「国が人とモノを整えて、12時間以内に被災地に向けて出発できるように、ふだんから国や州・県・市が連携して動ける仕組みになっています」(石井さん)
イタリアが参考にする避難所の国際基準「スフィア基準」
イタリアの避難所運営では、参考にしているルールと基準があります。それは避難所の国際基準「スフィア基準」です。
「過去に難民キャンプで多くの方が犠牲になることが起きてしまったので、国際赤十字やNGOが、難民キャンプや避難所の『最低基準』を定めた国際基準です」(石井さん)
このスフィア基準の中で、特に重要なのは支援の考え方です。
“すべての災害や紛争から影響を受ける人びとは、尊厳ある生活を営む権利を有しており、そのための保護と支援を受ける権利を保有する”とあります。
「ポイントは“権利を保有する”という部分です。イタリアではこの考え方が徹底しています。支援を受ける権利をみんなで保障しようと活動をする考え方が共通の認識とされています」(石井さん)
スフィア基準では、この考えに基づいて、避難所環境の“最低限の目安となる数字”を定めています。
○居住空間の広さ:一人あたりのスペースは最低3.5平方メートル
○トイレの数:20人に1基の割合で設置
また、男女比は男性1に対して女性が3になっています。これは、一般的にトイレにかかる時間が、女性は男性の3倍必要になるからだということです。
給水についてもさまざまな基準が定められています。
例えば、水関連施設の最大利用者数は
○洗濯施設1か所につき100人
○入浴施設1か所につき50人 など
日本ではスフィア基準は取り入れられているのでしょうか?
「日本では、内閣府の“避難所運営ガイドライン”で参考として紹介されています。ただ、努力義務なので、自治体間の格差が起きているのではないか。イタリアの場合は、避難所の運営でルールや基準を守ることは国や基礎自治体の義務になっていて、守らない場合は法律で罰則があります。ここが大きな違いです」(石井さん)
「スフィア基準」はハンドブックにまとめられ、PDFファイルをダウンロードできるようになっています。
「数値目標で必要なものが整理されているので、知っているだけで避難所の課題に気づけるようになります」(石井さん)
【参考資料】
スフィアハンドブック 2018
※NHKサイトを離れます
台湾の避難所 地震発生後4時間で避難所を整備
今年2024年4月3日、台湾東部沖を震源とするマグニチュード7.2の地震が起きました。震源に近い花蓮県では震度6強を観測。18人が亡くなり、1000人以上が負傷しました。(5月3日時点)
各国に被害が伝えられる中、注目されたのは発災翌日の避難所の様子でした。
間仕切りが設置され、飲み物やお菓子、野菜の入ったお弁当が用意されました。
さらには、子どもが楽しむ場所や、避難者が揉みほぐしを受けられるスペースまであります。
今回の地震では、発生から1時間で市と各支援団体をつなぐSNSグループが立ち上がり、必要な物資の情報交換が始まりました。2時間後にはテントを設置、3時間後には被災者を受け入れ、4時間後にはほとんどの設備が整っていたのです。こうした避難所が6か所開設されました。
なぜこれほどまでに迅速な対応が可能だったのか。そこにはボランティアなど民間団体の連携があります。
それが“ミッションのポジショニング化”。するべき支援を分担するというやり方です。
ボランティア団体同士で支援の内容が重ならないようにあらかじめ話し合い、災害時にはそれぞれの得意分野に特化して支援活動を行うというものです。
例えば、全国規模で活動している団体は、テントや毛布、ベッドを準備し、避難所を設営、食事の提供を担当。一方、福祉関係の団体は、高齢者や子どもの支援を担当します。
台湾の避難所運営に詳しい茨城大学特別研究員の李旉昕(り・ふしん)さんは、台湾の寄付文化も関係していると分析しています。
「台湾には“いい行いをすればいい報いがある”という寄付文化があります。社会奉仕活動を行う団体へ寄付をする習慣もあります」(李さん)
被災者の支援を行う団体には寄付が集まり、団体はそのお金で資材や人材を確保しているので、災害時、迅速な行動が可能になるのです。
また、避難所開設後も、行政とボランティア団体は顔を突き合わせ、避難所で起きた問題について議論を続けます。
「スピード感を持って問題に対処しないといけない。避難所運営で何をしているのか、どういう問題があるのか、全員が共有する場になっていて、会議には市長や行政職員も同席しています。支援者全員が同じ目的を持って信頼関係を構築していくことで、避難所運営もスムーズになっていきます」(李さん)
日本の避難所環境の現状 能登の避難所では?
日本の避難所はいまどうなっているのか?今年の能登半島地震の避難所の、発災から3か月後の状況です。
●トイレ
水を使わず、臭いも漏らさずに排泄物を密封できる「ラップ式簡易トイレ」が使われています。また、トイレトレーラーやトイレカーも派遣されていました。
●食事
給食や病院食のように1か所で調理をして避難所に配る、いわゆる“セントラルキッチン方式”で行われました。
●ベッド
災害時に使われる段ボールのベッドが発災直後から使われていましたが、当初は避難所が過密で、ベッドを設置するスペースがないという状況も見られたそうです。
実際の被災者に話を聞くと、「動ける人がいる避難所はなんとか運営ができているが、高齢者が多く、動ける人が少ないところでは機能せず、避難所ごとに差が出てしまう」ということが課題として挙げられたそうです。
「日本の場合、避難所は市区町村が運営します。だから、どうしても基礎自治体が1741あれば1741通りの避難所ができてしまい、標準化された避難所にはならないことが日本の課題です」(石井さん)
避難所環境をどう改善するか? カギは“行政と民間の連携”
2016年4月に起きた熊本地震で大きな被害に見舞われた益城町。避難所が足りず、車中泊を余儀なくされた人が多くいました。
発災から10日後、避難所の近くにあるグラウンドに156のテントが設営されました。
登山家の野口健さんと、野口さんが代表を務めるNPOメンバーが中心となり設営し、“テント村”と呼ばれました。
車中泊をしている人たちに利用してもらおうと、自治体の協力を仰いで実現させたのです。
就寝用のテントと、その隣にタープを張った雨よけなどのスペースもついて、これで1家族分。広さはおよそ18平方メートルあります。ピーク時には571人がここで避難生活を送りました。
このテント村の居住空間は、「スフィア基準」に一致する部分が多くありました。野口さんはこの基準に則った環境をさらに整えようと、トイレ問題にも着手。専門家に資材調達のアドバイスを受けて、600人に対してトイレを30基設置し、女性と子ども専用のスペースも設けました。
「トイレの環境を変えたら、本当に皆さんが水分をとるようになったし、表情が明るくなりました」(野口さん)
およそ1か月後にテント村が閉鎖されるまで、ここで救急搬送された人はゼロ。避難者の命と健康を守ったのです。
野口さんは、今年1月の能登半島地震の支援で、再びテント村を開設しています。ここでは、避難所ではなくボランティアの方たちが被災地に長く滞在できるように、ボランティアの支援拠点を石川県七尾市に開設しました。ここも「スフィア基準」に基づいた環境を整備したそうです。
●環境改善のカギは“行政と民間の連携”
熊本でのテント村を運営した野口さんは、この時、複数の自治体と共に運営できた経験から、「民間団体の活動には行政との連携が欠かせない」といいます。
野口さんは、災害支援協定を結んでいる岡山県総社市と連携。総社市に被災自治体と調整してもらい、その間にテントや物資を集めるなど、行政とセットで動いていることがスピードを速くしていると考えています。
熊本でのテント村に関して、「行政とボランティアの人たちがうまく連携して避難所を運営している点で、イタリアでの例と非常によく似ている」と石井さんは分析しています。
●避難所運営は“被災者以外”が行う
また、イタリアと一般的な日本の避難所運営を比較してみると、日本では被災者自身が避難所の運営をしているのに対し、イタリアでは被災者以外が運営しているのが大きな違いです。
「東日本大震災の際も、多くの行政職員が家族や家を失った。でも行政職員だから対応にあたらなければならなかった。彼らも被災者だという発想は非常に重要。もっと外から支援に入っていける体制にしないといけない」(石井さん)
また、テント村のような民間の活動には、財源も必要です。石井さんは「災害支援の費用を国でサポートできる制度も必要」と提案しています。
現状の、日本の避難所対応の“自治体任せ”への改善策として、石井さんが提案しているのが、「消防署の避難所版」です。
「消防署は、消防車や隊員がいて、大災害時には迅速に資機材と人材を派遣することができます。同じような仕組みで、トイレカーやキッチンカーを一定数備蓄して、それらを運用するスタッフやボランティアを把握・調整し、実際に災害が起きた時に、近隣自治体からすぐに派遣できるような“コーディネーション”ができれば、迅速な避難所運営が可能になります」(石井さん)
また、私たちが自分でできることのキーワードは「地域の公助を知る」こと。
「自治体のホームページには、避難所運営ガイドラインや地域防災業務計画、もしくは避難所というキーワードを入れていただくと情報が出てきます。まずはそこを知ることから始めてください。知っていたら、自治会の中で声をあげたり、改善してほしいことを伝えることができます」(石井さん)
この記事は、明日をまもるナビ「海外から学ぶ避難所運営」(2024年11月3日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。
- こちらの記事や動画もあわせてチェック
- 災害関連死を防ぐ避難所 :運営方法 のポイント
- 冬の避難所 :命を守るポイント「 TKB+W 」
- 災害ボランティア :参加方法や物資の送り方 を紹介