259.冒瀆王女は突き進む。
「本当にごめんなさい、ステイル。驚かせてしまって…。」
サーシス王国、城下を馬で過ぎながら私は改めてステイルに謝る。
ついさっき、避難所を破壊されてしまった民をステイルに瞬間移動で遠方に避難させてもらう為、私は指笛を吹い……て、しまった。
その結果、すぐにステイルは駆けつけてきてくれたけれど、現れてすぐ物凄い剣幕だった。
姿が現れた瞬間「姉君‼︎」と叫び、周囲を見回して「一体何がっ…⁈」と声を上げてくれた。どうやら私の身にまた何かあったのだと心配してくれたらしい。…以前呼んだ時は崖下真っ逆さまだったから無理もない。さらに言えば驚かせてしまったのはカラム隊長とアラン隊長達もだ。二人はステイルが私の元に瞬間移動できるのは知ってるけれど合図のことは知らない。ステイルが現れた途端「ステイル様⁈」「え、サーシスに居たんじゃ…まさか今の音で⁈」と見事な驚きっぷりだった。
「いえ…姉君が御無事で何よりでした。取り敢えず今は城に急ぎましょう。」
ステイルが細く息を吐き切りながら、答えてくれる。手綱を片手で掴み、気を取り直すようにもう片方の指先で眼鏡を押さえた。そうね、と私も返しながら改めて前を見る。
「早く民を救助する為にも、城に戻らないと…‼︎」
私のところに駆けつけてくれたステイルに、民を安全な遠方に避難させたい旨を説明した際、結論としては「難しい」だった。
サーシス王国の民にステイルの特殊能力を公にし過ぎることもそうだけど、それを抜いても先ず今避難できる場所が無い。ラジヤ帝国の訪問で厳戒体制中のフリージア王国に瞬間移動させる訳にもいかない。戦火の届いていない農村に未だステイルは行ったことないし、座標も現状ではわからない。閉ざされた国だったハナズオ連合王国は地図にも王都しか載ってないし、西の塔と東の塔が記されていた地図も拡大地図で、城下町より外部にある街は載っていなかった。民の目に晒すの覚悟で瞬間移動を使うとしても、一度城に戻って座標確認の為に地図を確認しなければいけない。ステイルには他にも良策があるらしいけれど、その為にもやはり城に戻らないといけない。
私達はその場に騎士を数人置き、再び城へ急ぐことになった。
本当はステイルだけでも先に瞬間移動してくれて良かったのだけれど、指笛で手間をかけてしまったせいか「もう城も近いですし、俺も同行します。戦況をこの目で確認したいですし、……心臓に悪いので」と言われてしまった。いきなり呼び出されるのがそこまで心臓に悪いなら、やはりなるべく指笛は自重した方が良いかと聞いたら「いえ、何度でも呼んで下さい」と断固として言ってくれたけれど。
城下から更に南下し、城に近づくにつれて荒廃が酷くなってきた。おそらく南方から侵攻した敵兵が溢れてきているのだろう。
とうとう敵兵軍の姿も見えてきた。城内に入ろうと、挙って城を包囲するようにして集まっている。私達が迫っていることに気付き、最後尾の敵兵が声を上げた。私もそれに負けず、騎士達へ声を張り上げる。
「全軍突破しますッ‼︎城に迫る敵兵を排除し、私に道を切り開いて下さい‼︎」
直後に騎士達から勇ましい返事が返ってきた。カラム隊長とアラン隊長が両脇を固めてくれる。ステイルも騎士達に守られながら自身も剣を構えた。
敵兵が城方向から踵を返し、私達に突撃してくる。剣を振り上げ、叫喚を上げる。銃を持った敵兵が迷う事なく私達やその馬に照準を合わせてきた。そして引き金を引かれる瞬間
我が騎士団の蹂躙が、始まる。
馬に乗ったまま騎士が敵兵よりも速く照準も合わせ銃を放つ。特殊能力で放たれた弾が連続で敵兵の銃を弾いた。再び銃を構えようとした敵兵を今度は別の騎士が撃ち抜いた。剣を振り上げた敵兵を、それより先に騎士が素早くその剣で斬り裂いた。中には特殊能力で放水や炎を出して中距離攻撃をする騎士もいた。
やはり流石は選び抜かれた我が騎士団。特殊能力の有無関係なく全員強い。
「プライド様!この先建物内に入ったら馬を降りねばなりません‼︎」
カラム隊長が敵兵を斬り伏しながら声を上げる。騎士達が難なく周囲の敵兵を倒してくれるお陰でとうとう城自体にも近づいてきた。
「お先にステイル様と本陣に合流されるのも可能ですが…!」
「大丈夫です‼︎皆さんを信じています、このまま突破しましょう‼︎」
私を案じてくれるカラム隊長に断りをいれる。騎士が身体を張って突き進んでくれているのに、私だけが任す訳にもいかない。それに私がステイルと瞬間移動するということはカラム隊長とアラン隊長も一緒に戦線離脱するということになる。それでは貴重な戦力を他の騎士達から引き剥がしてしまう。だって彼らは
「じゃっ、俺らで道開けて来ますね‼︎」
アラン隊長が軽い調子で私に笑いかける。直後に後続の騎士達へ「一番隊ッ!先行‼︎‼︎二番隊は道を広げろ‼︎」と強く声を上げた。その途端、私達が率いている騎士達の中で一番隊、二番隊に所属している複数の騎士達が更に馬の足を早めて私達の前へと並び、一番隊が私達を置いていくように更に先へと突入した。そして建物の入り口に近づいた瞬間、同時に一番隊と二番隊が馬から飛び降りた。
地面に降りた騎士をその隙にと敵兵が飛び交かるけれど、アラン隊長を筆頭にした一番隊には全く通じていなかった。軽々と剣で捌かれ、押し負け、特にアラン隊長の勢いが凄まじい。
一人でどんどんとまるで障害物など無いかのように信じられないスピードで城内から建物内まで突き進んでいる。流石一番隊隊長。アーサーが以前にアラン隊長が強いとベタ褒めしていたのがよくわかる。更には続く二番隊がその押し進めた道を左右に広げるように敵兵を薙ぎ倒していった。
私達が馬から降りる時には既に一度に二人は通れる程の幅の道が確保されていた。それ以上の追従は許さないように二番隊の騎士達が迫る敵兵を次々と斬り伏せ続けてくれている。
「プライド様、ステイル様!一気に駆け抜けましょう‼︎」
カラム隊長が声を上げ、他の騎士達と一緒に私達を守りながら突き進んでくれる。
殆ど阻まれることなく扉を潜り、城の建物内へと突き進み、そのまま大広間から更に奥へと進む…前に、カラム隊長が足を止めた。「アラン‼︎代われッ!」と先頭を突っ切るアラン隊長に声を上げると、さっきまで先行していた筈のアラン隊長が他の一番隊騎士に先頭を任せて私達の元まで一瞬で駆け戻ってきてくれる。「おうッ!」と声を上げた時には既にもう私達の間近まで迫ってくれていた。多分、アーサーよりも速い。
ステイルも驚いたみたいで私の傍で「なっ…⁉︎」と声を漏らしていた。…そういえば、殲滅戦の時も私を抱えて走ってくれていたアーサーがアラン隊長の追い付きに凄く驚いていたような。いやでも確かアラン隊長は特殊能力がなかった筈なのだけれど。
そのままアラン隊長がカラム隊長と入れ替わるようにして私の傍に付いてくれた。すると、今度はカラム隊長が私達の入ってきた城の扉に向かって一気に駆け出した。
他の騎士達やここを防衛してくれていたサーシス王国の衛兵達が必死に敵兵を押し出そうとしてくれていたけど、一度扉を破壊されてしまった後らしく、私達が突入する為に一度敵兵を一掃した後にはまた再び追うように敵兵が詰め寄っていた。
カラム隊長は溢れてくる敵兵とぶつかる度に、確実に全員を一人ひとり無力化しながら進んで行く。そのまま扉の傍に置かれていた巨大な彫像に手を添え
片手で軽々と持ち上げた。
高さだけでも三メートル以上はあるであろう巨大な彫像を、片手で。
そのまま騎士達に「全体!引けッ‼︎」と声を上げると扉の傍の騎士達が一気にその場から離れた。騎士が傍にいるサーシス王国の衛兵を引っ張り、同時にさっきまで留められていた敵兵が我先にと城内に雪崩れ込んだ。すると、味方兵全員が充分に引いたことを確認したカラム隊長は、その巨像を一気に扉へ投げつけた。ドガァアッ‼︎と像の一部が砕け、敵兵を吹き飛ばして薙ぎ倒し、壊れた扉を埋めるようにして塞いだ。
敵兵の悲鳴が響き、勢いを完全に止められて城内に残された敵兵を、一気に騎士達が掃討していく。
「これで暫くは再び足止めができるでしょう。ここは彼らに任せ、先へ!」
カラム隊長が私達や周囲の騎士達に指示を投げながら、私達のところまで駆け戻ってきてくれる。カラム隊長に言葉で押されるようにして私もステイルも思わず止めてしまった足で駆け出したけど、正直言葉にならなかった。割と騎士としては線の細い方に入るカラム隊長が、騎士が十人集まっても動かせないような巨像を片手で投げたのは圧巻だった。
流石は怪力の特殊能力者。
近衛騎士になってくれた時に騎士団長や本人からも紹介があったけれど、私とステイルもこの目で見るのは初めてだった。騎士達は慣れているようだけど、私達やサーシスの衛兵は咄嗟に飲み込みきれない。
カラム隊長がまた私の傍に付いてくれると、再びアラン隊長が先頭へ駆け出してくれた。扉を抜けた後は、他の騎士達や衛兵がずっと押し留めてくれていたらしく、その先は殆ど敵兵や障害もなく真っ直ぐ進行することができた。
「…やはり、アーサーの見立ては間違いではありませんでした。」
ぼそっ、と私に聞こえる音量でステイルが呟き、私もそれに頷いた。近衛騎士に二人がなってくれる前からアーサーにアラン隊長、カラム隊長、エリック副隊長の話は聞いていたけれど、本当に我が騎士団の中でも圧倒的な実力者だ。
…うん。この凄まじい戦闘力二人を私一人の為に戦場を突き進む騎士達から奪っちゃいけないと、改めてそう思った。
城の奥へと駆け出し、目的のティアラやジルベール宰相、セドリックの待つ本陣に辿り着いたのは間も無くのことだった。
「プライド・ロイヤル・アイビー只今援軍到着致しました‼︎」