AVの暴力表現を許し続けるか 「性欲至上主義社会」で問われる責任

オトナの保健室

机美鈴・田中ゑれ奈

 「男尊女卑依存症社会」などの著作があり、3千人を超える性加害者の再犯防止プログラムに長年取り組んできたソーシャルワーカーの斉藤章佳さん(45)は「AVを模倣して性加害に至ったケースの相談も受けてきた」と語ります。

 ――漫画家の峰なゆかさんがインタビューで、かつての出演経験を踏まえ、アダルトビデオ(AV)の演出の暴力性を指摘しました。臨床の立場から、AVが与える影響をどう見ますか。

 さいとう・あきよし 1979年、滋賀県生まれ。精神保健福祉士・社会福祉士。20年以上にわたりアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪など依存症の臨床に横断的に携わる。2024年10月から西川口榎本クリニック副院長。主な著書に「男が痴漢になる理由」「セックス依存症」「子どもへの性加害-性的グルーミングとは何か」など。

 私が加害者臨床でかかわったケースで、生まれて初めて見たAVが、女子生徒を同級生が追いかけ、セーラー服に精液をかけるものだった、という男性がいます。女子生徒は最初こそ嫌がっていたものの、最後はその行為を喜んでいるように描かれていたとのことです。

 中学生だった当人は、こんなことをされて喜ぶ女性がいるんだと衝撃を受けたそうです。高校に入ると同じことを下校時間帯に繰り返し、成人になってからは同種行為で刑務所に何度も服役しました。彼はそのコンテンツに出会わなければ、そのような行為には及ばなかったかもしれないと語っていたのが印象的でした。フィクションであるAVからの誤学習によって、一生を左右された例と言えるでしょう。

 性暴力は学習された行動であり、アダルトコンテンツはそれを強化する要因の一つになっています。

 ――アダルトコンテンツに暴力的な演出が少なくないことをどう考えたらいいのでしょうか。

 作り手は売れる物をつくりたい。より中毒性のある、支配的で倒錯的なものの方が人の脳に大きなインパクトがあり、ヒットにもつながってきた。男女が対等にセックスする姿は安心・安全を感じることはできても、刺激は薄れるのでしょう。

 あるセクシー俳優の男性から聞いた話ですが、男優も生き残るためには仕事を選べないそうです。食べていくために、ありとあらゆるジャンルのプレーをしないといけない。中には暴力的なものや排泄(はいせつ)物を扱うなど自分がまったく性的関心がわかない分野でも、性的興奮や勃起した状態を保つためにどういうポイントにユーザーの関心があるのか必死でリサーチし、男優自身の中に性的興奮の新しい条件付けの回路を開発し、本番の準備をすることもあるそうです。

 性的な欲求は、学習や条件づけと深くかかわります。業界はそのようなトリガーを作品の中に設定することを繰り返し、顧客を獲得してきたのでしょう。そこへ暴力的な演出が入り込んでいく。

 そうしたAVはポルノ依存症を生み出してもいます。最初は刺激的と感じても、次第に刺激を感じなくなる。ドーパミンへの耐性がさらなる刺激を求め、耽溺(たんでき)していく構図です。そのことは、女性をひとりの人格を持つ対等な人間としてではなく、モノとして扱ってきたこととも大きく関わります。

性加害者の再犯防止プログラムに長年取り組む斉藤章佳さん。日本社会について、「男性は性欲を抑えられない」という価値観が日々強化される、「性欲至上主義」の一面があると指摘します。

 ――温厚な知人男性が、行き交う女性一人ひとりを即座に「やれる」「やれない」と判断していると聞き、衝撃を受けたことがあります。

 女性を性的対象としてモノ化し、消費するまなざしに男性が慣れてしまっている。男性同士のホモソーシャルな絆を強化するためにも利用してきた。

 そうした見方に対する女性側の「NO」の声に対し、SNSで反発する男性たちの姿が目立ちます。「不快だ」「差別だ」という声に、本来は真摯(しんし)に耳を傾けなくてはいけないはず。なのに、その責任に向き合う前に抵抗感や反発心が先立ってしまう。モノだと思ってきた存在からの思わぬ批判や反発に対する「逆ギレ」とも言うべき反応です。

「性欲至上主義社会」という日本の一面

 漫画家の瀧波ユカリさんが日本は男性の性欲に甘い社会ということから「ちんちんよしよし社会」と評したように、日本には性欲至上主義の一面があると考えます。

 ――男性は性欲を抑えるのが難しい、と言われがちです。

 本当に男性が性欲をコントロールできないのなら、会社で仕事にならないでしょう。「あなたって性欲がコントロールできない人ですよね」と言われたら、本来なら侮辱された気持ちにならなければおかしい。でも、「男は性欲を抑えきれない生きものだ」という価値観は今に至るまで否定されないどころか、日々社会の中で強化されています。

 性加害に及んだ者のうち、すべての人が勃起や射精を伴っているわけではない。むしろ、私の臨床的な感覚だと性的興奮のみが動機となって加害行為に至るのは少数派です。しかし、刑事事件になると、夫の情状証人になった妻が検察官から事件前の夫婦生活について聞かれることがままあります。ここには「夫の性欲を妻がちゃんと受け止めていなかったから、夫が性加害に及んだのでは」というバイアスがかかっているのです。

 警察も取り調べの中で、性的欲求が制御できず衝動的に事件を起こしたというストーリーで調書がつくられることもあると聞いています。そして記者は警察発表をそのまま報じてしまう。そうして、男性は性欲をコントロールできない、性犯罪は性欲が原因で起こるという「性欲原因論」が社会の中に固定化されていく。

 でも、性暴力に及んだ人の初診で、なぜあなたは性を使った暴力をやらざるを得なかったのかと聞くと、「支配したかった」「ストレスをぶつけたかった」「ゲーム感覚」「達成感」など、多様な言葉で表現されます。性暴力は、このような複合的な快楽が凝縮した非常に習癖性の高い行動なのです。

「定期的に射精しないと…」実は思いこみ

 元大阪地検検事正の準強制性交事件が象徴するように、権力関係のなかで暴力を温存する構造があれば、性暴力はどこででも起きます。思うに、日本社会は性的スキャンダルにおいて性欲というマジックワードを利用し、行為責任をうまく隠蔽(いんぺい)してきたのでしょう。

 性的行動をコントロールしがたい強迫的な性行動に及ぶ人の治療プログラムで、「試しに1カ月間マスターベーションをやめてみましょう」と提案することもあります。「大変なことになるのでは」と心配されますが、実際は「意外と平気だった」「むしろ楽になった」という声が多いです。「定期的に射精しないと性欲がたまって逸脱行動を起こしかねない」といった言説は実は思いこみに過ぎないと、体験的に気づくのです。

 「性欲がたまりすぎてしまう前に」などと、AVを用いたマスターベーションを習慣化させている人は少なくないでしょう。実は、それ自体が性依存症の問題を抱える人にとっては強迫的な性行動の引き金となる面もあると指摘しておきたい。

 ――そもそも、加害をしたいという欲求とはどういうものなのでしょう。

 追い詰められたり、自尊感情が傷つき孤独を感じたり、あるいは他人から必要とされず自分の価値を認められないといった心理状態になると、人は自暴自棄になりやすくなります。他者を傷つけることで自己肯定感や自尊感情を回復させる。自分よりも弱い存在を支配する。こうした「加害者性」は男性に限らず、人間に備わっている普遍的な欲求です。

 大切な人との対話や仲間とのつながりの中でそうした欲求を制御するのが成熟した大人の姿です。しかし、アダルトコンテンツの暴力的な演出に、そうした欲求を重ね合わせる面が往々にしてあると思います。

モザイク処理よりも問われるべきこと

 「性欲解消の名の下にはAVにおける暴力的な表現は仕方ない」と大目に見る必要は、必ずしもないと考えています。暴力性や倒錯性をはらんだ表現について、その影響を精査したうえで様々な人が立場を超えて議論していくことが必要なのではないでしょうか。

 AVの審査といえばモザイクの処理に焦点が当たりますが、本当に問われるべきはもっと別にあると考えます。低身長で童顔の女優さんにランドセルを背負わせるといった演出もままあります。子どもを性の対象として消費することを暗に容認し助長するような表現方法は、厳密に審査した方がよいと思います。

 ただ、審査や管理・監視を強化しようとしても、かつて法の規制対象となった危険ドラッグなどと一緒で、実際はいたちごっこになるでしょう。結局は情報の受け手である視聴者側がしっかり考えて、有害なものは自ら退けていかなければならない。情報を選択する力をどうつけるかが問われるべきだし、それを育むのは教育です。

 私は2年前から加害者臨床の中で助産師の桜井裕子さんとともに、ジェンダー平等の視点も採り入れた包括的性教育を続けています。これは加害当事者たちからの「自分の性教育の教科書はAVしかなかった。ちゃんとした性教育を学びたい」という強い要望がきっかけでした。

 「女性はこうすれば喜ぶ」「セックスはこうするものだ」といった思いこみを排し、性的同意や性交同意年齢、プライベートゾーンや性と生殖の権利など、人権をベースにした性教育です。

 性は何歳からでも学び直すことが可能と実感しますが、やはり被害者を生み出してしまう前に、子どものうちから学習の機会をつくることが何より大切です。(机美鈴・田中ゑれ奈)

 さいとう・あきよし 1979年、滋賀県生まれ。精神保健福祉士・社会福祉士。20年以上にわたりアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪など依存症の臨床に横断的に携わる。2024年10月から西川口榎本クリニック副院長。主な著書に「男が痴漢になる理由」「男尊女卑依存症社会」「子どもへの性加害-性的グルーミングとは何か」など。

読者のモヤモヤ

 かつて好奇心から不用意でぶしつけな発言をしてしまい、恋人や女性の友人と絶縁。女性に対し無自覚に加害をしていないか、今も自問自答しています。生まれた時からインストールされていて消去不可能なアプリみたいな加害欲と、どう向き合っていくかが悩みです。(30代)

 日本のAVは男性主体で、女性を「ただの穴」のように描きがち。痴漢やレイプを容認または賛美する描写が、現実の性犯罪にも影響しているのでは。ちまたにあふれるゆがんだ性の情報を間違いと認識し、男女が互いに尊重しあうための性教育が必要です。(50代)

 AVやエロ漫画の支配欲や残虐性は、戦時下の性加害と同一線上にあると感じます。軍隊でパワハラを受けていた男性も、侵攻先の女性を性加害して何とか自尊心を保っていた。現在でも、強いられる男らしさの端緒である家父長制には目を向けず、ミソジニーで生きづらさを解消しようとする男性が多いのでは。(60代)

投稿をお寄せください

 「女性を消費の対象としてまなざしを向けることに男性は慣れきっているのでは」との斉藤さんの指摘、どう受け止めましたか。感想や体験をお寄せください。LINEは「@asahi_shimbun」を「友だち追加」すると投稿できます。メールはgender@asahi.comへ。

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この記事を書いた人
机美鈴
奈良総局|県政・教育担当
専門・関心分野
ジェンダー、性、動物福祉、化学物質過敏症
  • commentatorHeader
    仲岡しゅん
    (弁護士)
    2024年11月6日17時0分 投稿
    【視点】

    私はアダルトコンテンツそれ自体は否定しませんし、むしろ「不健全」なものが全て排除された社会なんて逆に無機質で恐ろしいとすら思っています。現にそこで働く人たちがいることも忘れてはならないと思います。 …ただ、それでも少なくとも、性暴力を賞賛するような表現や、女性へのヘイト的な表現が並ぶポルノについては、何らかの歯止めは必要なのではないかと考えています。 (もちろん、「歯止め」の方法については公権力による表現規制との関係で微妙な問題があるのでよく議論すべきですが、少なくともこうして批判対象にはされて然るべきものです。) 特に、女性へのヘイト的な表現を煽るようなポルノについては、問題が過小評価されているのではないでしょうか。 民族や障害に基づくヘイトや、LGBTQに対するヘイト、あるいは被差別部落への差別表現については、そうした差別表現それ自体が社会的非難を浴びる対象にはなっています。 公権力による「表現規制」という形ではないものの、少なくともそれが強い非難に値するものだという一定の社会的合意はあるわけです。 しかし、女性差別的な価値観を煽るようなポルノについては、「アダルトコンテンツ」という体裁を掲げて18禁にすれば、そこにどれだけ女性差別的な内容や暴力表現が含まれていても流通できてしまうという現状は、何かおかしいのではないでしょうか。性欲は、差別を正当化する免罪符なのでしょうか。 以前、ポルノ出演絡みの事件の処理のため、性暴力的な内容が含まれるAVをチェックする機会があったのですが、女性差別的な表現が多分に含まれていて、まともな性教育もなされないままこういうのが流通していることを思うとウンザリした経験があります。 そしてこの手の話になると、「公権力による表現規制は是か非か」みたいな単純な切り口でばかり議論されがちなのですが、それ以前の問題として、まずそこに含まれる女性差別的な表現それ自体の問題性について検証されるべきなのではないかと思っています。 繰り返しますが、私はアダルトコンテンツ自体は否定しませんし、男女問わず多くの人には性欲が備わっていて、それを何らかの形で処理することも自然なことだと思っています。 でも、差別表現や暴力表現に頼らずとも、性欲は発散できるのでは?

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    インベカヲリ★
    (写真家・ノンフィクションライター)
    2024年11月6日18時35分 投稿
    【視点】

    アダルトコンテンツにかかわる製作者側も、まったく同じ病に侵されていて、性を売る女性と、そうではない女性の区別がついていないというクリエイター側の男性を、過去に何人も見てきた。編集者やカメラマンだから、冷静な判断ができてるだろうと思いきや、「普通の女性は性を売らないという」という当たり前のことがビックリするほど分かっていない。だから、そこらにいる女性に対しても、AV女優や風俗嬢と同じように接してしまう。虚構と現実がどうして分からないんだろうと不思議に思う。 記事内に、《加害当事者たちからの「自分の性教育の教科書はAVしかなかった。ちゃんとした性教育を学びたい」という強い要望がきっかけでした》 とあるが、本当にこういう気づきが大事だと思う。

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