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『絶氷』



 神族と人魔連合軍の戦いは苛烈さを増し、数多ある浮島に分かれながら乱戦といえる様相を見せていた。

 純粋な戦力で上回るのは、シャローヴァナルによる強化を受けた神族側だが、戦局はそこまで圧倒的なものにはなっていない。

 特に今回の戦いで人魔連合軍側の中心となって活躍しているのは……戦王配下だった。というのも、戦王配下は練度に差こそあれ、ほぼ全員が武芸を収めた者たちであり、爵位級にもなればその技術は相当のレベルにまで高められている。

 その培った技術は純粋な魔力、身体能力で勝るものの実戦経験の浅い神族には非常に有効であり、神族相手にもかなり善戦することができている。

 しかし裏を返せば、そういった力の差を覆す技術を持たない者たちは、かなりの苦戦を強いられているということでもある。


「……っ!」

「キャラウェイ!」

「だ、大丈夫です」


 肩に矢を受け苦悶の表情を浮かべながらも、しっかりと対峙する相手を見つめる子爵級高位魔族キャラウェイ。共に戦っているのは、同じく子爵級の力を持つ元ブラックベアー、アニマだった。

彼女たちは獣人型、爪を武器に戦う、実力も同程度と共通点が多く、六王祭以降急速に仲良くなり、現在もこうしてタッグを組んで神族と対峙していた。


 相手は狩猟神、商売神……どちらも下級神ではあるが、シャローヴァナルの力によって伯爵級に匹敵する魔力と身体能力を得ている。

 アニマとキャラウェイも決して弱いわけではない。その力は子爵級の中でも上から数えたほうが早く、伯爵級に近い能力を有しているといってもいい。

 だがしかし、やはり子爵級と伯爵級の間には大きな壁が存在する。狩猟神と商売神は強化により疑似的に伯爵級の力を得ているだけだが……それでも、その戦闘力は凄まじかった。


 狩猟神の矢がスピードに優れるキャラウェイの動きを封殺し、商売神の振るう槌はパワーに秀でたアニマの拳に押し勝つ。

 そしてシャローヴァナルのために戦う両者には、隙も油断もない。ジリジリとアニマとキャラウェイは追い込まれていた。


(……矢が速い。捌き切れない……でも、アニマのスピードじゃ、あの矢には対抗できない。ギリギリ対応できる私がなんとかしないと)


 肩で大きく息をしながら、キャラウェイはチラリとアニマに視線を向ける。するとアニマもなにかを察したように頷き、拳を構えなおす。

 キャラウェイはスピードと手数で攻めるタイプであり、重厚な鎧を身に纏っている商売神を相手取るには分が悪い。そしてアニマもスピードに難があるため、狩猟神の矢を掻い潜るのが難しい。

 つまり、狩猟神はキャラウェイが、商売神はアニマとそれぞれ受け持つ対象を絞ってそちらに集中する。先ほどふたりがアイコンタクトで決めた作戦はそれだった。


(矢の雨を掻い潜って接近……ううん、違う。当たったっていい……たどり着くんだ。決めたんだ。愚かな私を、それでも友人と呼んでくれたミヤマ様のために、命を懸けて戦うって!)


 決意を込めた瞳で地を蹴り、キャラウェイは一気に踏み込む……先ほどまでは踏み込めなかった死線の一歩先へ。


(いつ、以来だろう? 誰かのために戦うって……気持ちいいな。力がたくさん湧いてくる)


 当然狩猟神もみすみすキャラウェイを接近させたりはしない。大量の矢を放ちその突撃を止めようと試みる。キャラウェイはそれを致命傷、そして機動力の要たる足に当たるものだけを避け、それ以外はその身に受けながら特攻する。

 踏みしめる足に力がこもり、振るわれた爪は……狩猟神の頬を僅かに切りつけた、しかし、無論その程度でダメージなどない。狩猟神は即座に体を切り返し、攻撃を仕掛けたばかりのキャラウェイに向けて矢を放つ。


「なにっ!?」


 だが、当たると思って放ったその矢は、再び加速したキャラウェイに回避される。


「……スピードが、上がっている……」


 そう、先ほどから少しずつ、キャラウェイのスピードが上がり始めていた。先ほどまでは当たっていたはずの矢が当たらなくなり、その爪が狩猟神の体に届き始めた。


「……馬鹿な。そんなことが、あり得るのか? この局面で……コイツは……」


 キャラウェイは……伯爵級になれなかった高位魔族である。才能はあった。伯爵級の下位が相手であれば善戦できるほどの力も持ち合わせていた。

 それでも彼女は、ずっとそこより先に進めなかった。伯爵級という領域に、一歩ではあるが明確に届かなかった。

 それは、なぜか? 彼女は爵位級の高位魔族になり、その地位が与えてくれる幸福に溺れ……『ずっと自分のためだけに戦っていた』。自分の身が一番可愛くて、大切だった。

 だからこそ、危ない橋を渡ろうとはしなかった。死線からは常に一歩引き、己の身の安全を優先した。


 そう、彼女は……ずっと、立ち止まってしまっていた。


 だが、一度落ちるところまで落ち、己を見つめなおし……そして、そこから心を救われた。自分を許してくれた快人の助けになってみせると、強い決意を宿した。

 その覚悟が、彼女に踏み出す勇気を与えてくれた。死線の一歩先、いままでの自分が到達できなかった領域へ……。


「……成長したというのか……伯爵級に――ッ!?」


 そしてついにキャラウェイは狩猟神の放つ矢の速度を、完全に追い越し、狩猟神の体を深く切り裂いた。









 時を同じくして、アニマもまた商売神へ向かって駆けだしていた。キャラウェイと狩猟神の戦いとは違い、こちらはパワータイプ同士の衝突。勝負は一撃……全霊を込めた掛け値なしの一発勝負。

 全力の一撃で撃ち負ければあとはない。待つのは敗北だけ……。


 どちらに分があるかといえば、当然先ほどまでのぶつかり合いで押し勝っている商売神だろう。アニマの力は伯爵級に通用する。だが、彼女はその身体能力を十全に使い切れているとは言い難い。

 イルネスのアドバイスを受け、少しずつ技術というものも学んではいるが、それでもまだ未熟。


(ご主人様……こうして己より上の存在と戦っていると、リグフォレシアでの戦いを思い出します。自分は少しでも、憧れた貴方の強さに近づけているのでしょうか?)


 心の中に敬愛する主人を思い浮かべながら、槌を振りかぶる商売神に向かう。


(まだまだ自分は未熟者ですが、それでもご主人様を想う気持ちだけは、己の誇りだと胸を張って言えます)


 大きく拳を振りかぶり、全力の一撃放つための準備を終える。


(自分を家族だと呼んでくれる貴方のために、もっともっと強くなりたい。ですが、申し訳ありません。いまはまだ、未熟な自分は力が足りません……だから……少しだけ、ご主人様の強さをお借りします!)


 そのまま放ったとしても、結果はこれまでと同じ。だからこそアニマはここで切り札を使う。技術を身に着けると誓ったその日から、周りの協力を得ながら密かに習得しようとしていた魔法。

 彼女が心より敬愛する、なによりも憧れる……『快人の魔法』。


「オートカウンター!」


 感応魔法を持たないアニマでは、相手の動きに自動で反撃という本来の効果を発揮することはできない。だが、もうひとつの効果……『あらかじめ定めた通りに強制的に体を動かす』という部分ならば別だ。

 発動した魔法により、アニマの動きから無駄が消える。腕、肩、腰、体……その全てが流れるように動き、彼女の持ちうる攻撃力を『理論上の最高値』まで発揮させる。


「オォォォォ!!」


 その一撃は振り下ろされた槌を砕き、商売神の体に突き刺ささり、アニマに勝利をもたらした。








 倒れ伏す狩猟神と商売神を見ながら、アニマとキャラウェイは肩で大きく動かしながら息を吐く。


「……なんとか、二体」

「ギリギリ……だったけど……ね」


 アニマはオートカウンターの反動で腕が折れており、キャラウェイも体のあちこちに矢が刺さっている。まさに紙一重、これほどまで死力を尽くして……それでも倒せたのは、下級神たったふたりだけ……。

 それでも、勝利は勝利である。ふたりは少しだけほっとした表情を浮かべ、次の戦いの場に向かおうとして……驚愕に目を見開いた。


 突如飛来した光る二つの球体。それが狩猟神と商売神の体に吸い込まれ……二体の神は、何事もなかったかのように起き上がった。


「……そんな……」


 唖然とした表情でキャラウェイが呟いたのも、無理はないだろう。死力を尽くし、己の限界を超えてようやく倒したはずの二体の神が、『無傷で復活』しているのだから……。


「いや、実に見事だ。お前たちの力は伯爵級と呼んでいいだろう」

「だね。シャローヴァナル様の力を得てない状態のボクたちだったら、瞬殺されてただろうね」

「だが、残念だったな。生命神様がいる限り……我々は不死身だ」


 淡々と告げる狩猟神と商売神……それはまさに絶望的な状況だった。もはや、アニマもキャラウェイも満身創痍。再び彼女たちを倒すだけの力は残っていない。

 いや、もし仮に倒せたとしても……彼女たちはライフが存在する限り、何度でも復活する。勝ち目は……ない。


「……終わりだ」


 それでも、アニマとキャラウェイの心は折れてはいなかった。だが、その心に体がついてこない。二本の矢をつがえる狩猟神に対し、対応のために動くことができない。

 そして無慈悲な矢は放たれ、それは寸分違わずアニマとキャラウェイの額に向かい……『当たる前に粉々に砕けて地に落ちた』。


「なっ!?」


 表情を驚愕に染めながら狩猟神が見つめる先……二体の神と、アニマたちの間にはひとつの影があった。


「先の一撃、本当に素晴らしかった。見事な成長だ。これなら、再戦まで千年も必要ないかもしれんな……」

「……イプシロン殿」


 巨大な長刀を手に持ち現れたのは、戦王五将の一角……絶氷のイプシロン。彼女は再戦を約束しているアニマに賞賛の言葉を告げたあと、静かに長刀を構えた。


「……戦王五将の登場とはね」

「厄介な相手だが、いまの我々なら相手が伯爵級であろうと十分……」

「愚かな」

「「ッ!?」」


 イプシロンの出現に驚愕しながらも、それぞれ武器を構えた二体の神は……その直後に反応すらできずに切り裂かれ、凍り付いた。


「……死んでも蘇生するなら、封印してしまえばいいだけの話。そしてもうひとつ、伯爵級の魔力と身体能力を得ることと、伯爵級と渡り合えることは同意ではない。そんな紛い物の力が、我が積んできた研鑽に届くとは思わぬことだ……まぁ、もう聞こえてはいないか……」


 アッサリと下級神二体を倒したイプシロンは、静かに呟いたあとでアニマたちの方を向き口を開く。


「それでは、我は次の戦場に向かう。後方に治癒魔法の使える者たちを控えさせてあるので、そちらで手当てを受けると言い。では、失礼する。アニマ殿……さらなる成長と、千年後の再戦。楽しみにしている」


 そう言って姿を消すイプシロンを見送ったあと、アニマは少し呆れたような表情で呟いた。


「……アレに本当に千年で追いつけるのだろうか? ご主人様、どうやら自分がリベンジしようとしている存在は、呆れるほど高い壁の先にいるようです」





シリアス先輩「いや、イプシロンもあれだけど……なにより問題は……」

【生命神ライフ】

・味方蘇生

・即時完全回復

・無限の兵力を生み出す

・本人もほぼ不死身

シリアス先輩「……コイツがチートすぎない?」

???「まぁ、流石にアイシスさんたちと戦いながら神族全員の状態把握までは手が回らなくて、回復は戦闘不能になったときに自動発動させるようにしてるみたいですし、封印は有効みたいですけど……やっぱ、ライフさんをどうにかしないと勝ち目はないですね」

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