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膝を折らずに立っていられるよ



 女子力抜群のルナさんの部屋。もちろん下手になにかに触れるわけにはいかず、かといって椅子はひとつしかないので、どこに座ればいいかもわからない。

 結局入ってすぐの場所で待つこと十数分……疲れた表情でルナさんが部屋に入ってきた。


「……お待たせしました、ミヤマ様。どうぞ、椅子に座ってください」

「……い、いや、俺よりルナさんが座った方がいいんじゃないですか? ものすごく疲れた顔してますよ」

「え、えぇ、正直精神的な疲労が酷いですが……私はベッドに座りますので、どうぞ」

「わ、わかりました」


 とりあえず、ルナさんがここに来たと言うことはノアさんとの話はひと段落したのだろうか? いや、まぁ、大変な戦いであったことは顔を見ればわかるけど……。

 ルナさんに促されて椅子に座ると、ホットミルク……先ほど飲んでいたものでは無く、新しく作ってくれたであろう出来立てのソレが置かれた。


「本当なら、この部屋も見られたくはなかったのですが……リリのドラゴン部屋よりはまともな趣味だと自負していますので、まぁ、よしとしましょう」

「えっと、可愛らしい部屋ですね。ぬいぐるみとかも素敵なデザインで」

「子供っぽい自覚はありますが、どうにも好きでして……」

「いいと思いますよ。好みなんて人それぞれですよ。それに子供っぽいと言えば、俺もそういう部分がありますしね」

「そういえば、ミヤマ様は食材の好みが」

「おっと、ルナさん。それ以上は契約違反ですよ」

「ふふふ、そうでしたね。失礼しました」


 いつものような意地の悪いからかいではなく、雑談の中に冗談程度に交えられる言葉に嫌な気はしない。というより、柔らかく微笑むルナさんとこういう会話をするのは悪くない。

 そのまま穏やかに雑談を続けていると、ふとルナさんがなにかを考えるような表情を浮かべて言葉を止めた。


「……ルナさん?」

「ミヤマ様、話は大きく変わってしまうのですが……ひとつだけ、お聞きしてもいいですか?」

「え? はい」


 考え込んだかと思うと、次は真剣な表情に変わってこちらを見つめてくるルナさんに、俺も姿勢を正しながら頷いた。


「……この半年あまりの間に、ミヤマ様は様々な……それこそ常識では考えられないような事態に遭遇したとは思います。困難もあったでしょう、命の危機を感じるような事態もあったはずです……逃げようとは思わなかったんですか?」

「……」


 ルナさんがどのことを指して言っているのかはわからない。ただ、ルナさんの言葉通り俺は半年間に様々なことを経験したと思う。

 ブラックベアーだったころのアニマとの戦い、メギドさん絡みのいざこざ、誘拐されたこともあった。クロの深奥に立ち向かったり、勇者役を狙ったテロに遭遇したり……エデンさんという超常の神に逆らったりもした。魔王と話すために勇者と対峙するなんていう、言葉にすると少しおかしいと思う状況もあった。


「逃げ出しても、誰も貴方を責めたりはしなかったと思います。どうして、貴方はそんなに強いのですか?」

「……えっと、その、ルナさん。ひとつだけ、大きな誤解してます」

「誤解、ですか?」

「俺は別に強くはないですし、ついでに言うとビックリするぐらい臆病です」


 それらに立ち向かえた理由は、いろいろある。心強い味方がいてくれたとか、それを乗り越えてでも手に入れたいものがあったとか、本当にただ流れで巻き込まれてしまったとか……まぁ、本当にいろいろだ。

 だけど、逃げなかった理由といわれると、ひとつしか思い浮かばない。


「まぁ、なんというか……逃げ出すって、勇気のいる決断だと思うんですよ。俺はすごく臆病で、関わったことから目を背けて忘れられるほど器用でもなくて、逃げ出すって選択ができるほどの勇気もない。そんな、ちっぽけな存在なんです」

「……」

「だから、えっと、単純な話なんです。俺に選べる選択肢なんて、震える足に活を入れて、周りの人たちの助けを得て……がむしゃらに頑張ってみるっていうひとつしかないんです。まぁ、そういう選択肢があるってこと自体、俺がどうしようもなく恵まれてるからなんですけどね」

「……そう、ですか……やはり、貴方は強い人ですね」


 ルナさんがなぜこんな質問をしたのかは分からなかったが、どうやら彼女の望む答えを返すことはできたみたいだ。

 満足げに微笑むルナさんを見て、なんとなく……そう思った。


 拝啓、母さん、父さん――俺は本当に、誰かを助けるより誰かに助けられる方が多い、とても弱い人間だ。だけど、そうやって助けてもらえるのは……ただ、助けてもらえるだけじゃなくて、少しは俺も誰かを助けてあげられるのは、すごく幸せで誇らしいことだ。そんな風に恵まれているから、俺はなんとか――膝を折らずに立っていられるよ。









 シンフォニア王国首都から少しだけ離れた広い平原。魔物も少なく、比較的静かなその場所に激しい戦闘音が響いていた。

 対峙するふたりの内のひとり、ルナマリアはマジックボックスから次々に武器を取り出しながら戦闘を行っていた。


 ルナマリアに得意とする武器はない。彼女は良く言えば万能、悪く言えば器用貧乏であり状況に合わせて様々な武器を使用する。

 剣、槍、弓、斧、鈍器……膨大な数の武器を切り替えながら戦闘を行うルナマリアに対し、厳しい叱咤が飛ぶ。


「切り替えが遅い! 思考停止するなと言ったはずですよ! 格上と対峙しているときに、僅かでも思考を止めるのは、殺してくださいと言っているようなものです!!」

「ぐぅっ!?」


 小型の盾を取り出して防御するルナマリアを、防御の上から殴り飛ばしながら厳しく告げるのは……ルナマリアの母親であるノア。


「いつまで寝転がっているつもりですか! 相手は貴女が起き上がるまで悠長に待ってなどくれませんよ!」

「は、はい!」


 普段のおっとりとした姿からは想像もできないほど厳しい言葉を投げかけながら、ノアは倒れているルナマリアに追撃を放つ。

 振りぬいた腕から地を這う衝撃波が放たれ、ルナマリアへと迫る。痛みをこらえながら素早く立ち上がったルナマリアが横っ飛びでそれを回避すると、ノアは休む間を与えずに追撃する。


「格上相手に一手先では遅い、二手先でも届きません! 常に三手、四手先を読んで動く、ソレができなければ押し切られるだけですよ!」

「はい! お母さん!」


 ノアは母親であると同時に、ルナマリアの戦いの師でもある。そして、彼女の戦闘指南は、非常に厳しい。

 それはノアが、一人娘であるルナマリアを心から愛しているから……だからこそ、こと戦闘指南においては徹底的に厳しく指導する。

 そこに甘さを出せば、それはルナマリアの危険に繋がるから……。


 そのまましばらくの間、実戦形式の訓練を続け……タイミングを見て、ノアは表情を和らげながら告げる。


「ルーちゃん、そろそろ少し休憩しましょう」

「……はぁ……は、はい……はぁ……」

「焦る気持ちは分かりますけど、闇雲に体を苛め抜けば強くなれるというわけでもありません。休憩はしっかりとりましょう」

「……はい。お母さん、私は……強くなれるでしょうか?」


 ノアに促されるまま地面に腰を下ろしながら、ルナマリアはポツリと呟く。その脳裏に思い浮かぶのは一人の青年の姿。

 ……世界の頂点へ挑むことになるであろう存在。


「……いつになく、やる気みたいですね」

「……『幻王様から、ミヤマ様に内緒で話が伝えられた時』は……そこまで現実味はありませんでした。リリやジークはかなり焦っていたみたいですけど、私にとってはその戦いは遥か遠い、己の力が届かない場所で繰り広げられる戦いで、実感なんてのはなかったです」

「でもいまは、違うんですね」

「ミヤマ様が、超人だったならよかったんですよ。なにも恐れず、なににも屈することのない、そんな超人だったら……私は適当な傍観者でいられたんです」


 そう、ルナマリアは快人のことをずっと超人だと思っていた。自分なら恐れるような場面でも、恐怖など感じず向かっていける。そんな強靭な心を持った存在なのだろうと……。


「けど、実際は私となにも変わらない……怖いと思うこともあれば、迷いもする。そんな普通で、不器用な方でした」

「……」

「どうせ、またあの方は逃げないんです。恐れながら、震えながら……それでも世界の頂点と対峙する。だったら……少しぐらい……本当に少しぐらい……力になってあげたいじゃないですか。嫌いな相手というわけではありませんし」

「そうですか、そう思えるのでしたら、大丈夫ですよ。ちゃんと、貴女は強くなれますよ」


 我が子の成長を嬉しく思いながら、ノアは静かに空へと視線を動かす。雲一つない澄み渡った青空……あまりにも静かで、あまりにも美しいそれは……嵐の前の静けさのように感じた。

 少なくともそれは、確実に起こる。宮間快人という特異点を中心としたこの世界で過去類を見ないほどの大きな戦いが……。





シリアス先輩「で、決戦まであと何話?」

???「う~ん……三話ってところっすかね」

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