258.白金の王は再会する。
「…一体…どうなっている…?」
サーシス王国の国王、ランスは援軍へ向かったチャイネンシス王国の城門からその城内へ足を進めながら、思わず声を漏らした。
チャイネンシス王国の城には、昔から頻繁に訪れていた。併設された教会と共に清廉とした厳かな城だ。
だが、今の城はかなり変わり果てた姿をしていた。門が破壊され、敵兵の骸が至る所に積まれ、敵兵が迫ったであろう南方とは正反対側に位置する教会は違和感を覚えるほど綺麗に整っていたが、城自体はかなり荒れ果てていた。敵兵に破壊され、更にその敵兵の血で赤く染まっていた。城内に進めば進むほど、その荒れようは凄まじかった。
だが、ランスや彼が率いた兵士達が何より驚き、戸惑ったのはそこではない。
城内の至る所には南方から侵攻した敵兵達が何百も詰め寄っていた。だが、ランス達が城内への進行を試みて進めば、必ず敵兵は〝自分達が接触する前に〟斬り伏せられ、無力化されていた。自分達が何かをやった訳ではない。敵兵に遭遇し、交戦を覚悟し武器を構え、…そして次の瞬間には必ず何処からともなく騎士が現れ、もしくは遠方から狙撃やナイフなどの遠距離攻撃で一人残らず無力化されていた。
騎士が現れる度に説明をランスは求めたが、どの騎士も一度自分達に頭を下げるとすぐに次の戦闘へと向かってしまっていた。
そして、敵兵がひしめく城内を何故か一度の交戦もなく突き進むランス達は最後に、チャイネンシス王国の国王が居るであろう王室への一本道の廊下へと差し当たった。
「ハハハハハハハハハッ…」
不気味な、笑い声が響いた。
思わず身を硬くして覗き込めば、王室の扉の前には一人の騎士が今まさに敵兵を切り刻んでいる最中だった。黒髪の騎士が長い髪を振り乱し血を浴びる姿は人外を彷彿とさせられた。
紫色の瞳を光らせた騎士は、ランス達に気付くと確認するようにじっと彼らを黙して見つめ続けた。あまりに穴が空くほどに見つめられ、ゆっくりと歩み寄るランスの方から先に声を掛けた。
「…我が名はランス・シルバ・ローウェル。サーシス王国の国王だ。貴殿はフリージア王国の騎士とお見受けするが。」
自ら名乗り、彼がフリージアの騎士である事を確認し尋ねる。すると、黒髪の騎士…ハリソンは一度だけコクリと頷いた。
「……お待ちしておりました、ランス・シルバ・ローウェル国王陛下。どうぞ、ヨアン・リンネ・ドワイト国王がお待ちです。」
表情を無のまま一度も動かさず、ハリソンは自らその扉を開いて見せた。ギィ…と扉が悲鳴を上げ、その隙間から光を溢れさせた。
あまりにもすんなりと通され、少し肩透かしと戸惑いを感じながらランスは礼を伝えてその扉を潜った。少し薄暗くなった廊下と変わり、窓の多いその部屋は明るかった。最初に自軍の兵士が入り、それに続くようにランスが通る。そして、その先に居たのは
「……ランス…?」
…間違うことない、友の姿だった。
目を丸くし、瞬き一つせずに振り返った状態で彼は自国の援軍に来た友と、その援軍を見つめていた。
「ヨアン!無事だったか‼︎」
声を上げ、駆け出すランスは豪快に笑うとそのまま躊躇いなくヨアンへその手を伸ばした。バンッ!と強くその背中を鎧越しに一度叩き「遅れてすまなかったな」と声高に詫びた。
「来る途中に何度か敵兵と交戦してな。寧ろ城中からは全く交戦の機会がなかったことが未だ信じられん。何度か騎士には会ったが、これではお前達を助けに来たのか、単に我らが避難に来たのかもわからんな。だが、とにかくお前達が無事で良かっ…、……ヨアン⁇」
興奮が冷めないように今度はヨアンの両肩を同時に叩く。バンバン!と元気な音が響き、ランスが友との無事の再会に笑うが、ヨアン自身はポカンと口を開いたままランスを見つめ続けたままだった。それに気づき、ランスがどうした?とヨアンの顔を眉を上げて覗き込むと、やっとヨアンは瞬きをして顔の筋肉を動かした。
「あぁ…いや、すまないランス。……本当に、いつも通りだなぁと思って。」
ここが戦場で、更には攻められている途中なのを忘れるほど快活に笑うランスに現実味が薄れてしまった。こうして顔を見ると余計にあの時の乱心していた姿が嘘のようだった。
「ん?ああ、すまないな。些か気楽が過ぎたか。だが、フリージア王国の騎士団は凄まじい。先程から襲撃を受けているというのにすぐ対抗策を打ち出してしまう。…彼らの助けが無くば、こうしてもいられなかっただろう。」
最後に肩の力が抜けたように笑うランスに、とうとうヨアンまで息を吐いた。最初の襲撃や北の最前線の苦戦、さらにサーシス王国まで広がる侵攻、アネモネ王国の突然の参戦、そして謎の八番隊騎士の圧倒的戦力とあまりの展開の移り変わりに置いていかれそうだった。だが、ランスが目の前でそうして振る舞うだけで不思議と自分の足元が見えるような感覚がした。
各本陣の現状説明を簡潔にヨアンが伝えれば、うむうむと何度も頷きながらランスは綺麗にそれを全て飲み込んだ。「ならば今はプライド第一王女殿下の援軍到着と、北方最前線の再戦を待つまでということか」と返した。
「すまない、ランス。…結局はサーシス王国を完全に巻き込んでしまっていた。」
「何を言う!お前達が受け入れてくれたから、こうして我が国も堂々と侵攻に備えられた。むしろ同時に侵攻ならば、結局はハナズオ連合王国として運命を共にするのみ!後腐れもなくて良い‼︎」
本心か、それともヨアンにこれ以上気を揉ませない為か何処までも毅然と構えるランスは最後にもう一度思い切り鎧越しにヨアンの背中を叩いた。
「…まぁ、私もセドリックがまさか本当にフリージアと同盟を結んだと知った時は驚いたが。」
ふと、苦笑いするように言うランスに今度はヨアンが小さく笑った。「君はすぐに連れ戻そうとしていたからね」と言われ、思わず片手で頭を抱える。
「僕だって正直最初は驚いたよ。あのセドリックが自分から国を飛び出すなんて。」
「私もだ。……だが、結果としてアイツのその無謀のお陰でこうしてお前と会話もできている。」
腕を組み、物思いに耽るように目を瞑るランスは静かにここ数日のことを思い出……、そうとして止めた。それは今するべきことではない、戦いが全て終えてから許されることなのだから。
「ッやめておこう、いま想起しては歯止めがきかなくなる。ヨアン、お前も未だ気は抜くな。」
頭を振り、北最前線の映像に目を向けながらそう言えばヨアンからは「僕は最初から抑えているよ」と返された。
「思い返したらこんな落ち着いてはいられないよ。」
夜明け前に一度再会した時。ランスがそうであるように、ヨアンにとっても生気の戻ったランスの顔を直接見るのは半月振りだった。互いの無事を確認できただけでも感極まる想いなのを、ヨアンもランスもずっと抑え続けていた。
「こうして兵力を燻らせておく訳にもいかん。どうやら…信じられんことだが、城の防衛は騎士だけで足りているように見える。早速来たところだが、私達は別の増援に向かうか。………………確か、この城に護衛の騎士は五人だけだった筈なのだが。」
最後の言葉だけは未だ信じられんと言わんばかりの声色だった。自分の目で見た今でも、たった五人で城全体の規模を賄っているとは到底思えない。
「なら北方の最前線、サーシスの国門か城かな。もしくはどちらかの国内一掃…」
『ならばチャイネンシス王国内一掃を優先された方がよろしいかと。』
そこまでヨアンがまとめた時、映像で二人の様子を確認していたジルベールが会話に入った。二人が振り向くと「突然申し訳ありません」と笑み、言葉を続けた。
『北の最前線は騎士団で連携を固めておりますので、彼らに任せた方が良いでしょう。城門はアネモネに移った通信兵によれば滞りなく食い止めているそうです。サーシスには今、プライド様が援軍に来られております。チャイネンシス王国はもともと先の投爆での損害と侵攻の数も多いですし、今一番深刻なのはチャイネンシスの敵に破られた南方から城下かと思われます。』
勿論、御決断は陛下にお任せ致します。と恭しく頭を下げたジルベールにランスとヨアンもただただ頷いた。これまでのジルベールの人員采配を見ても、彼が誰よりも各兵力の把握と采配に長けていることはランスもヨアンも理解していた。他国の、しかも宰相に結果として従うのは些か情けないとは思ったが、今は自国と民の安全が何よりも優先だった。
「本当に…味方で良かったと心から思う。」
フリージア王国の騎士達の戦闘力は一人でも我が兵一軍に勝るだろうと…ランスは思う。
「僕も…心からそう思うよ。」
自分も歴代の国王の中でも優秀だと持て囃されてはきたが、フリージア王国の第一王子…そして目の前にいる宰相の頭脳には足元にも及ばないと…ヨアンは思う。
そして何より
その全てを司るフリージア王国の女王、そして女王代理のプライド第一王女が恐らく最も敵に回してはいけないと、心から思う。
既に当初、セドリックがかなりの不興を購入済だったことを彼らは知らない。