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親睦を深められたらいいと思う



 エリーゼさんの店から出て、再び大通りをゆっくりと歩く。占いの結果は気になるものではあったが、エリーゼさんは占いは未来の指針のひとつにすぎないので、意識しすぎる必要はないと言っていた。

 そのまま無料で占ってもらっただけで帰るというのも気が引けたので、この世界のお守りらしきものを数点購入した。

 店に入ったばかりの時には微妙そうな顔をしていたエリーゼさんだが、帰る時には「また客としてくるなら、多少は歓迎するです」と言ってくれたので、少しは仲良くなれたと思う。


 まぁ、それはそれとしてこれからどうしようか? いつも通りアリスの店にでも遊びに行こうかな? いや、まぁ、アリス自体は呼べばすぐ出てくるんだけど……なんとなく、アリスと遊ぶときはあの雑貨屋に足を運んでしまう。なんだかんだで、居心地いいんだよなぁ、あの店。


 そんなことを考えつつのんびりと歩いていた俺の視線の先から、見覚えのある方が見慣れない姿で歩いてくるのが見えた。


「ふふふ、マシュマロ~美味しい美味しいマシュマ……」


 可愛らしい小瓶を手に持って上機嫌に歌らしいものを口ずさみながら歩いていたその人は、俺の姿を見て石化したかの如く硬直した。


「……」

「……」


 重い、とてつもなく重い沈黙が流れたあと、その人は見ていて可哀そうになるぐらいに青ざめ、大量の汗を流し始めた。


「……その、えっと、俺はなにも見てません。ぐ、偶然ですね、ルナさん」

「え、えぇ、そ、そうですね」


 そう、俺の目の前に現れたのは見慣れているメイド服ではなく、カジュアル系の私服を着たルナさんだった。

 服装から察するに、ルナさんは今日は休暇のようだ。それで街に買い物に出かけて、おそらく好物であろうマシュマロを買って、上機嫌に帰っている最中に俺に遭遇したと……。


「買い物ですか?」

「ええ、その……」

「……マシュマロ、お好きなんですか?」

「そ、それなりに……」


 なんとか会話を続けようと試みるも、青ざめたまま視線を逸らしながら答えるルナさんが痛ましくて、上手く会話が続かない。

 ルナさんがマシュマロが好きだというのは、これまでの状況から推測できていたし、それを買いに来ていること自体はおかしなことではない。

 問題は、すこぶる上機嫌で歌っていた謎の歌である。


 ルナさんは丁寧な言葉遣いに整った容姿、メイドとしての立ち振る舞いも相まって、よく知らなければクールな女性という印象を受ける。

 しかし、その実、内面はかなり子供っぽい部分がある。いらずらが好きだったり、怒るとムキになったり……苦いものが嫌いで、コーヒーが飲めないなんていう一面もある。そして、ノアさんから偶然聞いてしまった情報ではあるが、ぬいぐるみとかも好きらしい。


 とまぁ、そんなギャップを持つルナさんだが、本人はそういった面を恥ずかしく思っており、カラオケ大会の時もそうだったが、そういった姿を見てしまうととてもいたたまれない気持ちになってしまう。


「……ミヤマ様、提案があるのですが」

「え? あ、はい。なんですか?」

「ホットミルクなどは、お好きでしょう?」

「え、えぇ、好きですよ」

「お時間があるようでしたら、私の家がこの近くなので少し寄っていきませんか? 美味しい菓子もあります」

「へ? あ、はい。ご迷惑でなければ……」


 突然告げられたルナさんの提案に対し、俺は首をかしげる。正直この提案の意図が分からない。単純に家に招待というには、話の流れが妙だ。

 となると目的は招待ではなく、俺に飲み物とお菓子をご馳走すること? だとしても理由が分からない。


「代わりに、先ほどの出来事は記憶から抹消し、他言しないでください」

「……分かりました」


 なるほど、交換条件か。そういえばルナさんは前にも、俺のピーマン嫌いをからかわない代わりに、ルナさんの虫嫌いを追求しないという交換条件を出してきた覚えがある。

 もしかしたら、相手になにかしらのお願いをするときに交換条件を出すようにしているのかもしれない。ルナさんは、元冒険者……信用が重要そうな仕事だし、その時からの癖という可能性もある。


 俺としては別に交換条件なんてなくても他言するつもりはないのだが……申し出を受けたほうが、ルナさん的に安心できるのなら断る理由はない。

 ルナさんの家がどんなものか興味もあるし……。









 ルナさんに案内されてたどり着いたのは、大通りから少し外れた位置にある住宅が集まっているエリア。その一角にあるルナさんの家は、なんというか失礼な言い方かもしれないが……普通だった。

 それほど大きくはない二階建ての一軒家。家族三人ぐらいで住むには丁度良さそうで、ごくごく一般的な家といった感じだが……それが俺には逆に新鮮だった。


「落ち着いた雰囲気のいい家ですね」

「少し狭いかもしれませんが、どうぞ」


 この世界での俺の知り合いの家は、どれも一般的という言葉からはかけ離れたものばかりだった。リリアさんの屋敷、アイシスさんの城、フェイトさんの神殿と巨大なものが多い。

 庶民といっても過言ではないジークさんの家も、エルフ族特有の大きな木をくり抜いたようなデザインだったし、アリスの雑貨屋も中は空間魔法とやらで拡張されている。

 そう考えてみると、日本人である俺にとってなじみのある形状の家にお邪魔するのはこれが初めてかもしれない。


 拝啓、母さん、父さん――ルナさんにとっては不運だろうが、なにをしようか迷っていた俺にとってはちょうどいい。普段はルナさんも仕事があって、ゆっくり話す機会は少なかった。なんだかんだで長い付き合いなんだし、これを機にいままでより――親睦を深められたらいいと思う。





シリアス先輩「シリアスのターン! ……じゃ、ないだと……」

???「一話遅ぇっすよ」

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