(沖縄季評)「琉球独立万歳」利用される日常風景 大国のはざま、取り戻せぬ決定権 山本章子
中国で20代前半の若者を中心に人気の動画サイト「ビリビリ」でいま再生回数が多いのが、沖縄出身の歌手・ラッパーAwichさんも出演するミュージック・ビデオ『ロンギネス リミックス』(2023年4月公開)だ。日本のニコニコ動画に影響されて始まったビリビリ動画は、動画の画面上にコメントを書き込めるなど同様の機能を備え、日本と中国のアニメや、ユーザーが投稿した独自コンテンツなどを配信している。
「ザ・リューキュー ザ・オキナワ 098」というラップに合わせて中国語に翻訳された歌詞が表示されると、「琉球独立」「琉球独立万歳」といったコメントが次々と流れてくる。この曲にそのような主張は皆無で、示唆する歌詞や映像もないのにだ。
アメリカで困窮した黒人が集まるコミュニティーから生まれたラップは、ルーツに誇りを持ち、家族や仲間を大事にし、最底辺の暮らしから脱却しろと次世代を鼓舞する歌詞が主流だ。日本のラッパーもその世界観を共有してきた。Awichさんも「琉球教訓伝承分かる奴(やつ)らが変えてくネイション」「手をあげカチャーシーで(中略)歌と踊りで凌(しの)いできた島の涙を飲み干し」と沖縄の歴史と意志をリズムに乗せる。
歌詞と無関係に「これが琉球独立だ!」と中国の若者が熱狂する理由は、ビデオにあふれる沖縄の日常的風景が中国人に強い親近感を抱かせるからではないかと、中国に1年間留学した琉球大学の学生は言う。おばあの数え年97歳の長寿祝いで数世代にわたる親戚が集まり、オリオンビールで乾杯してごちそうを食べる映像。南国の木々が揺れ、琉球王国時代の女性の髪形を結ったAwichさんが琉装で舞う。
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親族が大勢集まり祝い事をするのは中国も同じだ。沖縄在来種の常緑樹ガジュマルは中国や台湾にも自生し、特に中国福建省では街のあちこちに樹齢を重ねたガジュマルがそびえ立つ。また、琉装は漢服の影響を受けているといわれるが、近年の中国では若者の間で漢服を着るのが流行している。
コメントには「Awichって福建省の人の顔だよね」というものもあった。沖縄にはかつて久米三十六姓と呼ばれる、主に福建省から琉球王国に移住して中国との朝貢貿易で活躍した人々がいた。「琉球処分」(明治の廃藩置県による琉球王国の滅亡)で離散し日本化した久米三十六姓の子孫には仲井真弘多・元沖縄県知事らがおり、子孫の人々は現在に至るまで沖縄県内で久米崇聖会などを組織している。
彼らは琉球王国に貢献した祖先を持つことに誇りを抱いており、中国人の子孫というアイデンティティーを持つわけではない。だが、福建省長を務めたことがある中国の習近平(シーチンピン)・国家主席は23年6月、玉城デニー知事訪中を前に久米三十六姓などに言及して中国と沖縄の歴史的つながりを強調した。
中国メディアも習発言を機に沖縄の住民の大半は独立を望む、沖縄の日本帰属は国際法上未定といった主張をYouTubeなどで拡散。今年9月には中国における日本研究の第一人者が論文を発表し、沖縄に自治を与える「琉球特別区」創設を主張した。
こうして親戚が集まる祝い事、ガジュマル、琉装など沖縄で生まれ育った人々にとって日常の風景が、中国の若者の目には「沖縄は中国の一部」と映るようになっている。沖縄の人々が沖縄アイデンティティーを表現することが、中国への帰属意識の発露と読み替えられてしまう現象が中国の中で起きているのだ。
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だが、沖縄は中国に取り込まれないようにすべきだ、という日本本土の識者の主張は沖縄側には響かない。長い歴史の中でさんざん大国に利用・翻弄(ほんろう)されてきた沖縄からすれば、いまに始まったことではないからだ。薩摩藩は1609年に琉球王国を侵略した。同藩が中心となって成立した明治政府は琉球処分の前段階として、台湾に漂着した琉球人54人が殺害された1871年の事件を口実に出兵、中国に琉球が日本領であることを認めさせた。
沖縄戦の前年の1944年に米海軍が作成した「琉球列島に関する民事ハンドブック」には、「琉球島民は日本人から民族的に平等だとはみなされていない」が、「島民は島の伝統と中国との積年にわたる文化的つながりに誇りを持っている」ことが、「政治的に利用できる」とある。米軍は沖縄を日本から切り離して72年まで占領した。
ガジュマルの枝葉が伸びきった7~8月は米軍の異動時期で、沖縄戦の激戦地だった嘉数高台公園では、木陰で教官が新兵たちに「我々はこの地を血であがなった。だから沖縄にとどまり続けないといけない」と演説する姿を見かける。沖縄には全国の米軍専用施設の約7割が集中しており、米軍にとって今も「沖縄はアメリカの一部」なのだろう。
アメリカでは若者のアルコールやドラッグへの依存が深刻だが、米兵の一部は飲酒運転やドラッグ密輸という形で沖縄にも問題を持ち込む。国防総省の調査によれば、性犯罪を起こした米兵の6割弱が事前にアルコールかドラッグを摂取していた。米軍関係者による性犯罪の沖縄県内での検挙は9月時点で今年4件目となり、すでに過去10年で最多だが、米軍は対策できていない。三つの大国のはざまで、沖縄は沖縄を取り戻せないでいる。
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やまもと・あきこ 1979年生まれ。琉球大学准教授。専攻は国際政治史。「日米地位協定」で石橋湛山賞を受賞。
◆テーマごとの「季評」を随時、掲載します。山本さんの次回は2月の予定です。
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