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252.宰相は言葉を、失う。


「申し訳ありません、ヨアン国王陛下。八番隊は些か特殊でして。ですが、任務は必ずやり遂げてくれる者達です。どうぞ、少々の無礼と無愛想は御許し下さい。」


敵兵が瞬時に掃討されたことに茫然とするヨアン国王へ私から断りをいれる。

ステイル様が配置させた八番隊の騎士五名。

彼らは、五人で城を守りきる為に相応の戦力をとステイル様が望まれ、私と騎士団長で選別した騎士達だった。

組織行動を行わない分、少人数でも守備範囲が広く、更には一人一人が確かな戦闘においての実力者である彼らはまさにうってつけの人材だった。

役目があるかどうかわからない城の警護に、八番隊隊長のハリソン隊長はかなり渋っていた。だが、もともと今回の防衛戦にも彼は強引に加わっていたらしく最終的には頷いてくれた。ステイル様からの勅命、何より騎士団長から「今回はクラークにも無理を通させたのだろう。お前ならば必ず命じられた任務を遂行すると信用したからこそ許可を下ろしたのだとわかっている筈だ。」と直々に諭されたことが大きかったようだった。

チャイネンシス王国の南方に警備を置くほど兵量の余力は無い。だからこそステイル様は南方ではなく城全体の警備を強められた。…たった五名の増員で。全てはこの事態を読んでこその判断だった。


「…流石は次期摂政。」


ヨアン国王に説明をするステイル様の映像を前に、口の中だけで呟いてしまう。思わず口元が引き上がり、ステイル様に顔を顰められる前にと自身の顔の筋肉に力を入れる。セドリック王子が「一瞬で…?」と声を漏らした。恐らく常人には何が起こったのかさえ理解できないだろう。


「すごいですねっ!ハリソン隊長の戦っている御姿は初めて見ました!」

ティアラ様が口元を手で押さえたまま私に声を掛ける。てっきり敵兵の掃討される映像はティアラ様には刺激が強いのではと危惧したが、全く動じてはいない。流石は第二王女…いや、プライド様の妹君だと思わざるを得ない。


「一体いまの騎士は何者だ⁈何故一瞬でっ…あの強さも特殊能力というものか⁈」

セドリック王子が未だに興奮した様子で映像を指差す。私が説明しようと口を開くと、その前にティアラ様が私の上着の袖を掴みながらセドリック王子へ眉間に皺を寄せた。


「少なくともあの強さはちゃんとハリソン隊長の実力ですっ!ハリソン隊長も他の騎士の方々も毎日沢山努力をして下さったんですっ!」

ティアラ様はどこか若干の怒りを感じさせるような言葉を放つと、頬を膨らませたままセドリック王子から顔を逸らしてしまった。…まさか、私の知らぬ間にセドリック王子がティアラ様の不興すら買っていたとは。いっそのことここまで来ると彼には感心すら覚えてしまう。

セドリック王子はティアラ様の言葉に目を丸くさせた。その後に怒る様子はなかったが、小さく顔を俯せたままのその表情は何かを考え込んでいるかのようだった。


…だが、今はそれどころではない。

不意に耳に届いた怒声に私は息を吐く。


「…さて。こちらもそろそろのんびりはしていられませんね。」

チャイネンシス王国と同じく、サーシス王国も南方から攻撃を受けている。国門はアネモネ王国が抑えてくれているお陰で、兵士や騎士達も国内の敵兵掃討に集中できていたが代わりに城内の警備はそこまで強固ではない。飛び火どころか本格的にサーシス王国までも狙われるのは、私やステイル様にも想定外の事態だった。

素早さに特化した騎士がサーシス王国には多く援軍として配備されている。すぐに異常に気がついた騎士はそろそろこの城に辿り着く頃だろう。

今は城内の騎士や衛兵を局所に配備させてなんとか流れを抑えているが、彼らの手を溢れこちらに雪崩れ込んでくるのも時間の問題だ。

今、この場には私やサーシス王国の摂政や宰相、ティアラ様やセドリック王子を守る為の騎士や衛兵などもそれなりに集中して配備されている。これだけでもある程度の敵兵ならば返り討ちにできるだろうが…。

そこまで考え、プライド様達が援軍に来るまでどのように兵力を回すかと思考を巡らし始めた時だった。


「余裕ぶるのも今の内じゃっ…‼︎例えサーシス王国を守りきれたところで貴様は全てを失うぞ‼︎」


突然足元から声がして、その存在に気づく。そういえば老人を膝の下に拘束したままだった。考え事で押さえつけていた力がうっかり弛んだからか、老人が血走った目で睨むようにして私へ言葉を飛ばし続けていた。まだ話す余裕があったのかと、半ば興味本位で老人の舌が回る姿を眺めてしまう。


「ワシを解放しろ‼︎ワシはサーシス王国の未来の為に動いたに過ぎん‼︎ジルベール!貴様は良いのか⁈このまま妻も娘も失っ」


パキッ、と老人の小指を逆向きに折り曲げる。

ぎゃああああ‼︎‼︎と再び断末魔のような声を上げる老人の口を手で蓋をし、余計な言葉を回す舌ごと塞ぐ。


「本当に、余計なことばかり…。」


思わず若干感情が乗ったまま声が漏れる。自分でも抑えつけていた苛立ちがふつふつと湧き上がってくるのを感じた。

老人の叫びに驚いたのか、怪訝な表情でこちらを見るセドリック王子と目を丸くして心配そうな表情に顔を染めるティアラ様に笑みで返す。


「申し訳ありません、少々席を外します。護衛は結構です、私よりもセドリック王子とティアラ様を御守り下さい。」


痛みに耐えるように叫び続ける老人を片手で捕まえ、引きずるようにして部屋を出る。外は危険だと心配して下さるティアラ様に、部屋のすぐそこの廊下に出るだけですと、心配して下さった感謝と共に伝えた。

部屋の扉を閉め、未だ敵兵の姿が見えないことに安堵する。あまり離れてしまっては緊急事態の際にすぐ駆けつけることができない。部屋の前を守る衛兵や騎士に挨拶し、そのまま老人を廊下に一度放る。両腕を拘束された老人が受け身も取れずに床に転がった。


「困るのですよ。あの方々に余計な心配をかけるような発言をされては。」


指の痛みに変わらず顔を歪める老人を見下ろし、睨む。青い顔をした老人が「ひぃっ…」と声を上げながらも再び声を上げた。


「良いのか⁈今なら未だ間に合うかもしれんぞ⁈妻も娘も‼︎このサーシス王国もワシの手にかかれば」

「貴方程度の老害にそのような価値はありません。貴方に知らされぬまま、サーシス王国が襲われている現状が何よりの証拠です。」

私が妻と娘の話題でならば動転すると思ったのか、懲りずに再び口に出す老人に怒りを通り越して呆れ果てる。どうやら指一本では足りなかったらしい。


「貴方には未だ、話してもらう価値があると考えたからこれだけで済ませているのです。ですが…」

老人に歩み寄り、指に力を込める。バキボキと私の指の関節が疼くように音を鳴らした。


「これが最後のチャンスです。知る限りの情報を吐いて下さい。…先に歯が無くなれば、話したくても話せなくなるでしょうから。」

まずは指の骨から続けましょうか。と言葉を続ければ老人がとうとうガタガタと震えだした。何か言おうとはしているものの、声まで出なくなってしまった。このまま発作を起こされても面倒だ。仕方なく、指の骨は後回しにして再び強めに老人へ言葉を重ねる。

「我が愛する妻と娘を引き換えにすれば私を揺さ振れるなどとは思わないことです。例え、貴方の仰る通りに今我が屋敷に賊が襲来していようとも」








「さて、それはどういう意味だ?ジルベール。」








…は、と。思わず目を開き、顔を上げる。

振り向けば先程閉じた扉がうっすらと開き、そこから顔を覗かしておられたのは


「ステイル…様…⁉︎」


先程までチャイネンシス王国の西の塔で援軍準備をされていた筈のステイル様が、そこにはおられた。

絶対零度の瞳を私に向け、そのままゆっくりと扉を自らの手で開け放った。


「姉君は近衛騎士達と共に馬でここまで向かわれる。俺は先にこちらに合流し、もしこちらが緊急事態になればすぐに迎えに来て欲しいと頼まれた。」

こちらに向かいつつ、サーシス王国の道行き中の侵攻と防衛具合も確認したいということだ。と告げながらステイル様は老人を軽く一瞥し、そして私へ顔を上げた。


「あと、俺個人が少し気になることがあったからな。姉君に断りをいれて、少し早めに今こちらに来させて貰った。」

老人が映像にいたステイル様がここにいる事に意味がわからないとでも言うように口をパクパクとさせた。私自身も心臓の動悸が鳴り止まない。瞬間移動をされたのはわかる、だが何故予定を繰り上げてまでここに?何より一体どこから話を聞かれていたのか。


「また俺と姉君に隠し事か?ジルベール。」


扉を開け、中に戻れとステイル様が命じる。ステイル様の覇気に押されるように老人を引きずり、部屋に戻ると再びステイル様自ら勢いよく扉を閉じられた。

「先程、通信でハンム卿の発言に気になるものがあったからな。時間がない、姉君達が合流する前にさっさと言ってみろ。」


『ジルベール!貴様は良いのか⁈このまま妻も娘も失っ』


…どうやら、あの時の口止めが些か遅かったらしい。

溜息を吐きたい気持ちを必死に抑え、代わりに額を指先で押さえつける。見れば、ティアラ様も気づいていたらしく胸に両手を置きながら「マリアとステラに、何かあったのですか…?」と不安そうに声を漏らした。セドリック王子もそれを聞き、不穏を感じとったのか私とティアラ様を見比べた。


「…いえ、単なる老人の戯言ですよ。」


誤魔化すように笑んでみせれば、ステイル様の表情が更に険しくなられた。…やはりこの御方に誤魔化しは通用しない。

腕を組み、そのまま私を睨んだ眼差しをゆっくりと降ろし、今度は老人へと見やった。「話してみろ」と老人へ命じられたステイル様は完全に表情を消し、己が感情の流出を留めていた。


「ざっ…戯言などではないわい‼︎」


ステイル様の冷たい眼差しと、私からの折檻に怯えながら老人が再び舌を回す。やはりあの時に躊躇いなく歯を全て折っておくべきだったと心の底から後悔する。

老人は語り出す。我が国に残ったコペランディ王国の残党が確実に我が屋敷を襲うと。そして妻や娘を今にも人質にしているか、死者が出ている可能性もあると。…あれ程に脅したにも関わらず、未だ宣うとは。この場で息の根を止めたい気持ちを必死に抑えつける。


「…だ、そうだ。それで、お前はどうなんだジルベール。」

「どう、と仰られましても…何れもその老人の仮説と虚言に過ぎません。我が屋敷には通信兵も一名置かせて頂いております。何より、今の私が念頭に置くべきはこの防衛戦だけですから。」


最後まで老人の話を聞き終えたステイル様からの問いに私もなるべく冷静に答える。公私混同など、この私には二度と許されない。


「通信兵で最後に屋敷に連絡をとったのはいつだ?」

「…サーシスへ移動中は万が一にもこちらの座標を外部に知らせる訳にはいきませんので、私用では一度も。その後、サーシス王国に到着してからも色々忙しく立て続けでしたから。」


つまり一度も連絡を取っていない。更にはこちらの座標も送っていないということだな、とステイル様がはっきりと切り捨てる。そういうことになりますね、と軽く返せばステイル様からまた冷たい眼差しで一瞥を受けた。


「…もう良い、時間が無い。命令だ、ジルベール。今すぐ屋敷へ通信兵に繋がせろ。」


今なら不在の東の塔との通信が不要分、一人通信兵も手が空いている。とステイル様は通信兵に目で合図を送った。


「!いえ、それには及びません。今は防衛戦最中。更にはこの城も敵の襲撃を受けております。そんな中、私用で安否確認などっ…」

「この俺が良いと、そして命じているんだ。それとも姉君の口から再び命じられたいか?」


ステイル様の容赦ない返しに、思わず言葉が詰まる。暗に、このままならばプライド様にも伝えるという意味にとうとう観念する。


今、そんなことをしている場合ではない。更に言えば、…今それだけはしたくなかった。


マリアの、そしてステラの安否がもし恐れていた通りであれば。


もし、そうであれば私は平静を保っていられるのかと。

四年前までのあの愚かな醜態を再び晒してしまうのではないかと。

何度も、何度も脳裏に過っては抑えつけた。

だからこそ私自身、確認することを恐れていた。


妻と娘を失うことも、そしてその喪失感や恐怖で再び私が愚者に堕ちてしまうことも恐ろしい。

既に失っていた筈の幸福を与え、救い上げて下さったプライド様。あの御方との誓いを破ることになるのだけは避けたかった。


もう裏切らないと。もう揺らがないと私はあの時確かに誓ったのだから。


「…我が屋敷に、通信をお願い致します。」

通信兵に座標を伝え、視点を我が屋敷に送ってもらう。視点に向かい私が声を掛け、こちらの座標を伝える。あとは映像を確認した屋敷の通信兵が映像を座標通りにこの場所へ送ってくれれば良いだけの話だ。


…何のことはない。無事であれば全く問題はないのだから。

軽く挨拶を交わし、再びステイル様やティアラ様に不要な心配を掛けたことをお詫びすればそれで良い。…そう、無事であれば。


映像を送り続けるが、暫く経っても返事がない。私が居ない間は外出は控えるようにと伝えた筈なのに。

心臓が異様に脈打つ。次第に手の平にも汗が滲み出した。応答を待ちながら、一体何秒、何分経ったのかもわからなくなる。いっそ、留守のようですねと告げて中断してしまうべきかとも考えた時。


『ッガキの声がするぞ‼︎こっちだ‼︎』

『クソッ!先を越されたか⁈』

『ッおい!それよりなんだこの映像は‼︎』


…見知らぬ男達の、姿が映った。


あまりにも信じられず、違う場所からの映像かとも疑った。思わず息を止め、言葉も出ずに放心する。

我が屋敷からの視点は広間に固定していた。何があっても現状が一目で把握できる位置に。もし、屋敷が占拠されても、なるべく屋敷の中の様子が広くわかるようにと。

そして今まさに、何者かが我が屋敷の広間に足を踏み入れていた。

刃物や銃を構え、映像の端から端へと移動している。更には奥の部屋からかステラの泣き声が聞こえてきた。男達がその方向に向かい、ズカズカと足を踏みならし歩んでいる。

「見ろ‼︎ワシの言った通りじゃろう⁈ワシの忠告を聞かぬからこうなる‼︎」

笑い混じりに背後から老人の声が聞こえる。殺意も沸いたが、それ以上に目の前の映像があまりにも衝撃で振り返ることどころか身動ぎ一つ出来なかった。

まるで勝ち誇ったかのような老人の笑い声だけが響



「どうやら、客人が来ているようだなジルベール。」



…妙に冷静なステイル様の声で、一気に正気に戻る。

やっと身体が正常に動き、振り向けばステイル様が腕を組んだまま私の背中越しに映像を眺めていた。無表情にも見えるその顔はあまりにも落ち着き、私の反応を見ているようでもあった。



「…だが、持て成しならば気をつけろ。」



ぼそっ、と呟くような一言に私は目を見開く。不意に、無表情の筈のステイル様が笑ったように見えた。何故、こんな時にと思った瞬間。

『ぐあァッ⁈な、なななななんだこりゃあッ⁈』

『おい!これは一体ッグァ⁈‼︎』

突然、映像の中にいた男達が慌てたような声を上げた。足元を睨み、暴れるような動作をしたかと思えば更には突然一瞬で吹き飛び、映像から消えた。



「今、そこには凶暴な先客がいる。」



そしてまるでステイル様の言葉が合図かのように、映像からは














『ヒャハハハハハハハハハハハッ‼︎』












…酷く聞き覚えのある男の、笑い声が響いた。


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