4月29日に中野で行われた「後浦なつみ」のコンサートに行ってきました。足を運んだ一番の理由は極めて(ファンにとっても、勿論彼女達本人にとっても)企画色が強い期間限定というより一曲限定の筈の組み合わせに過ぎないと思っていた「後浦なつみ」がツアーを行うという事が余りにも意外であったということですが、加えて、数日後には同じ会場で松浦さんがソロのコンサートを行うという日程の妙に惹かれたという事も大きいのです。いずれにせよ、本人達には申し訳ありませんが、アーティストと同じ空間を共有したい、であるとか、発せられる音楽、空間を受け止めたいというようなライブへの本来の期待からは外れた動機であることは事実でした。
参加することに意義を見出す音楽イベントやTV番組、チャリティーという大義名分の下に寄せ集められレコーディングを行う等、期間限定ユニットの存在は明快な目的が在ることが一般的であり、いや目的があるから成立するものであるのに、このツアーを行う「後浦なつみ」には、少なくとも短期的な、商業的な目的は無いのです。そんな彼女達がどのようにステージに立つのか興味があったのです。
此処まで動機について語るということは、本来文章の流れから言えば、「期待していなかったのだが望外の経験を得られた」ということならなければいけないのでしょうが、実際の感想としては予想通りと申しますか、音を楽しむ、とか空間を楽しむというライブではなく、繰り広げられる様々な駆け引きに微笑んだり、背景にある様々な状況に思いを巡らせる頭を使うライブと成りました。
シングル限定の三人のヴォーカリストの組み合わせに過ぎない「後浦なつみ」です。それ以上でも以下でもない現在、ツアーという単位で結果を紡ぐ事に期待することは無理な相談です。彼女達自身、このツアーで共同体としての結果を求めては居ないし、詰め掛けたファンもファンであるが故の優しさはあるものの、「後浦なつみ」に会うために、応援するために、その場に居るのではなく、三分の一の個人を見つめているに過ぎないのです。そのような状況下、ファンと対峙しながら、その場の反応をも受け止めて歌を投掛けるアーティストと、そのアーティストの背景をも含めて、その場に発せられた音楽を受け止め、その返答としての応援を投掛けるファンとが渾然一体となったライブという環境を望むことは出来ないようです。それは仕方の無いことです。
では、それ故に、このライブが詰まらないものであったかと申しますと、そうではありません。このライブが成立した特殊な状況がもたらした意外な結果は、勿論、3人のヴォーカリストの魅力、実力も寄与し、嘗てモーニング娘。というグループが拘った、そしてそんな彼女達の魅力に引き寄せられた私が拘る音楽というライブとは正反対のクールで知的で少しシニカルな音楽を生み出していました。
まるでTVの良質な音楽番組を見ているような、クラッシック音楽のコンサート会場に紛れ込んだような空間。歌うことを問うのではなく歌った結果として流れ出る音そのものを問う姿勢。それは、ファンでありながらしかし自分のファンではない聴衆に対峙し、組み合わされるべきでないとお互いが了解した相棒と対峙し、歌を歌うことに潔く従う彼女達が必然的に到達した回答なのでしょう。
そんなこのライブのライブらしからぬ魅力は唯一のシングル曲を含め3人全員で歌う楽曲よりも寧ろ個人の持ち歌、或いは2人で歌う楽曲(この楽曲の選択も絶妙です)に際立っていました。其々がソロとしてのデビュー曲を必ず含んだ3曲ずつを歌うのですが、ライブに有り勝ちな歌を介して自分を表現するというスタンスは排除され、楽曲そのものの意味を自分なりに表現するというスタイル。面白いのはその意識が観客席に向かっているのではなく、寧ろ他の2人に向かっているように感じることです。丁寧でありながら、其々の歌い方の癖が普段以上に強調され、個性を主張する。それは自分達を支持してくれるファンへの同調ではなく、自分を厳しく評価する歌手への回答です。本来共鳴すべきステージと観客席との緊張感は乏しくとも、ステージ側では絶えず張り詰めているのですから見ている側は傍観者ありながら気は抜けません。
2人で歌われた楽曲は一見意外性で選ばれたかの様ですが、楽曲そのものの魅力の多くの部分をヴォーカリストの技術に依存している曲が選ばれています。歌手の技術と歌手自身の楽曲への解釈が曲の印象を大きく変える曲です。大変失礼な言い方になってしまいますが、原曲を本来の歌い手だけのものとしておくのが勿体無い(もっと魅力ある解釈が可能)と思われる曲もありました(香水・BE HAPPY 恋のやじろべえ等)。これはとてもスリリングです。ソロで歌うときはその場には居ない他の2人を意識している訳ですが、2人で歌う場合は明らかに一緒に歌うもう一人を意識します。2人で歌うことで曲の世界を広げるという結果には至っていないのは残念ですが、お互いが歌手として戦いながら極を解釈していく様を傍観者として鑑賞すること、まるでジャズのセッションを楽しむかのようなステージが展開されることをこのコンサートで体験できるとは思いませんでした。
後浦なつみのツアー、目的が判らないと申し上げたこのツアーが行われた背景には実は様々な事情があることは想像できます。その事に、彼女達自身も忸怩たる思いがあることもファンとして理解しなければならないでしょう。しかし、「三人で歌う事って今まで無かったし、おもしろい。」と言った彼女達に嘘は無いと思いました。このツアーで、アイドルとしてファンの前に立つのではなく、歌手として楽曲と戦っている彼女達を応援するのではなく、鑑賞する為に会場に赴く事も悪くは無いのではないしょうか。
それにしても、安倍なつみ、後藤真希、松浦亜弥の3人は何者でもなく、正に歌手でした。後浦なつみとしては多分これ以上期待は出来ないでしょう。限界です。しかし3人の個性的な歌手に出会えたこの日は、この日で完結するものではなく、次のステップに期待の持てるそんな一日でした。