251.騎士隊長は笑う。
「嗚呼…良いぞ。…貴様らは間違っていない。」
チャイネンシス王国 城内。
ヨアン国王の居る王室へと通じる一本道の廊下に、彼は一人立っていた。
足元に大量の骸を積み上げて。
「…そうだ。それが正しい。国王の首が欲しければ、先ずはこの私を越えて行け。」
独り言のように呟く内に、再び別の敵兵隊が国王の元へ走るべく彼の前に雪崩れ込む。
小さく俯き、その顔を左右の長い黒髪が覆い隠していた。ゆらゆらと佇む彼が、殺気を感じて顔を上げる。紫色の目が敵兵を捉えて、そして彼は、…ハリソンは仄かに笑んだ。
「嗚呼…幾年も待ち侘びた。あの御方の為に、この剣を振るえるこの時を。」
ハリソンが剣を構える。それに臆さず銃を構え、斬りかかろうとする敵兵が不意に風が吹いたと感じた瞬間。
彼らはいとも簡単に血を噴き出してその場に崩れ落ちた。
敵兵を一瞬で斬り裂き、刃に付いた血を軽く振って払うハリソンは、足元でピクピクと腕を動かしている一人の敵兵に気づくと「ほぉ」と短く声を漏らした。そのまま敵兵の頭に長い黒髪が掛かることも気にせず覗き込む。
「どうした、何故立ち上がらない?貴様らの主の望みは何だ?何故その為に再び立ち上がらない?私ならば例え両足を捥がれようとも死ぬまで貴様らを殺しに踠くぞ。」
軟弱者が。と切り捨てるように吐くと、彼はその剣で迷わず敵兵の息の根を止めた。
更に廊下の向こう側から「かかれ‼︎」という号令と共に敵兵が雪崩れ込んできた。先程よりも多い数に再び声を漏らし、彼らが射程圏内に入った瞬間素早くその剣を振るった。先程のように一瞬ではなく、今度は敵兵の目にも捕らえられる速さだった。だがそれも一瞬には変わらず、ハリソンによって敵兵の両目が切り裂かれ、視界が潰される。
ぎゃああああああ⁈と武器を離し、目を押さえる兵にハリソンは首を捻る。そのまま彼らが痛みに悶える姿を不快そうに眺めた。
「どうした、たかが両目がなんだ。武器を離すな、私へその剣を振るうくらいの根性もないのか。」
早く反撃せねば死ぬぞ、と言いながらハリソンは今度は一人一人丁寧に切り伏していく。痛みに悶え、誰一人反撃どころか武器を握ることすら不可能であることを不合格と言わんばかりにとどめを刺していく。
そうして時間をわざわざ掛けている間にも、また再び敵軍が挙って廊下を駆けてきた。それを見て、再びハリソンは笑みを広げる。八番隊でも、…騎士団でも、更には戦闘中ですら一定の条件下でなければ滅多に見せない笑みだった。
「ステイル・ロイヤル・アイビー第一王子殿下に自由を奪われ、城の警備を命じられた時は絶望したが…、…やはり流石はあの御方の右腕。その読みは正しく、私の役割を用意して下さっていた。」
また独り言のように呟く。裂けるような笑みが傾けられた頭と共に敵兵へと向けられた。
敵兵がその笑みに怖じけ、身構えるが、次の瞬間には風が吹き、誰しもが血を流し崩れ落ちた。
「…どうした、誰も動かないのか。この程度で満足なのか。」
今度は誰も地に伏したまま動かないことに、笑んだ表情が無へと還った。剣先で確認するように骸となった敵兵を突き刺し続ける。
「…私は、満足ではない。」
つまらなさそうに呟きながら、ハリソンは再び前を見る。敵兵が早く来ないかと待ち侘び、敵の怒声らしき声がその耳に届いては胸を躍らせた。
「我らが誇り、騎士団長を御救い下さったあの御方の為に。」
同じ八番隊としてここに警備を任された四人には、ここにも敵兵を流して構わないと命じていた。例え、何百何千と敵兵が雪崩れ込んでも相手にする気が彼にはあった。
「我が敬愛する副団長の大恩者であるあの御方の為に。」
おぁああァァアアッ‼︎と再び怒声が響いた。ここまで辿り着く前に鉢合わせ、そして敢えて捨て置かれた八番隊の騎士から逃げるようにその足を強め、敵兵隊が駆けてくる。
「己が血に濡れても変わらず鮮やかに舞い続けた、あの御方の為に。」
一瞬で、再び敵兵を斬り裂く。バタバタと敵兵が断末魔を上げる間もなく崩れ落ちる。
〝高速〟の特殊能力者。
八番隊騎士隊長のハリソンにとって、一瞬で敵を斬り裂くのはあまりにも容易なことだった。
「…私はまだ、我が身全てを出し尽くしてはいないのだから。」
ただし、彼の特殊能力は持続し続けはしない。あくまで〝高速〟なだけだ。その速さに関わらず走れば走った分だけ疲労する。長距離移動には適さない彼は、先行部隊編成時にも省かれることが多い。…そして、六年前の騎士団奇襲事件でも彼はその足で騎士団長であるロデリックの元へ駆け付けることを許されなかった。
「プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下…。」
愛しき、敬愛すべきその名を何処へでもなく口遊む。
再び、怒号が響く。敵軍が王の首を取ろうと攻め込んでくる。それをハリソンは自分なりの満面の笑みで迎えた。
「とうとうあの御方の為に私は剣を振れているッ‼︎」
ギラリッと、紫色の瞳が彼の笑みと共に爛々と輝いた。八番隊の任務中も、騎士団長と副団長のロデリックやクラーク、そしてプライドを含めた四人関連の任務でなければ消して見せない笑みだった。
「火炙り?笑わせるな、そのようなことは決してさせはしない。」
敵を斬り刻みながら、彼は一人唱え続ける。
今度は敢えて高速を止め、己が剣の実力のみで敵兵を圧倒していく。
「あの御方に指一本すら触れさせてなるものか‼︎」
敵が続く。怒声を上げて、彼に斬られる運命とも知らずに剣を掲げ、銃を構えて突入する。
「血ですら穢れぬ美しきあの御方を‼︎貴様ら如きに穢させはしない‼︎」
ハハハハハハハハハハッ‼︎と、とうとう笑い声まで上げだした。八番隊やアーサーすら極稀にしか目にしていない興奮した姿だった。
そのまま両手を広げるような動作をしたかと思えば懐から十数本のナイフが飛び出した。敵兵の咽喉に全て命中し、声も上げずに敵兵が倒れた。次の瞬間には高速の足と刃で残りを切り刻んだ。立ち止まり、先ほどの骸からナイフを抜き取ると血がついたまま再び懐に戻した。拭うことを怠った為、団服が更に血で滲んだが本人は全く気にしない。
また、足音と怒声が響く。まだまだ続きそうなこの幸福な時間を、ハリソンはその笑みと共に受け入れた。
プライドを大いに慕う騎士の一人。
ハリソン・ディルクが今、惜しげも無くその刃を敵へと振るう。