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249.宰相は尋問する。


『…とのことです。これから補給を済ませた後、アーサー副隊長と共に我々は敵本陣へ侵攻します。』


「了解致しました。流石はアーサー殿、見事な躍進ですね。」

北の最前線からの報告に、私はほっと胸を撫で下ろす。西の塔の映像を見れば、プライド様やステイル様も同じように顔を緩まされておられた。私の隣に並ぶティアラ様も手を叩き「流石アーサーですっ!」と声を上げた。

報告によれば、救援に駆けつけたアーサー殿が騎士団長と共闘し、無事に爆撃による重傷者達を自軍本陣まで送り届けたとのことだった。今年八番隊の副隊長になったばかりとは思えない、見事な活躍だ。


「…因みに、本当にそちらは問題ないのでしょうか。そこまで大量の爆撃を受けたのです。地盤が崩れてもおかしくはありませんが。」


一先ず状況が落ち着いた今、彼らに再び問い掛ける。彼らの話を聞く分には単に爆撃を受けたとしか聞いていない。だが、単に爆撃で負傷した程度で我が国の騎士団がここまで手こずり、アーサー殿や騎士団長の力を合わせて一時撤退を余儀なくされたとは考えにくかった。


『騎士団長より「問題ない」とのことです。』


…やはり怪しい。

恐らくはこちらが必要以上に戦力を割くことを鑑みて、敢えて報告を留めたといったところだろう。

そうですか、と返せば今度はサーシス王国の現状報告を求められた。それならば、と私が報告を始めようとした時ちょうど背後から聞き苦しい怒声が飛び込んだ。


「ッ離せ‼︎ワシにこのような事をして良いと思っているのか⁈」


ハンム卿。ハナズオ連合王国を裏切った密告者。衛兵により、牢から取り押さえられたまま引き摺られてきたその老人に私は向き直る。


「ああ、ちょうどいらっしゃったようです。」

あまりに見苦しい老人の姿に、通信兵の視点から隠すべきかも一度考える。私が折った腕は当然、外した関節も未だそのままらしく、まるでボロ人形のような佇まいだった。老人の姿にティアラ様は驚きのあまり口を覆いながら一歩引かれ、セドリック王子は顔を険しくしたまま「貴様はっ…」と憎々しげに声を漏らした。

老人も老人でセドリック王子の声に初めて顔を上げ「おぉ!セドリック様‼︎」と表情を輝かせたが、その傍に佇む私の姿を確認した途端に今度は顔を青くさせた。


「お待ちしておりました、ハンム卿。」


衛兵に命じ、後ろ手に拘束させた後はその場から離れさせる。私がゆっくりと歩み寄れば老人は必死に唯一動く足で後退り、抗った。

無駄な抵抗を続ける老人を私は両手を広げて迎え、




そのまま床に伏せさせ押さえつける。




ぐあっ、と声を上げた彼に私は丁寧に言葉を掛ける。

「貴方は長きに渡って敵国と通じていましたね?ならば、是非ともお聞かせ願いたい。何故、コペランディ王国がチャイネンシス王国だけでなく、サーシス王国にも攻め入っているのか。」

彼の屋敷を調べた衛兵によれば、やり取りをしていたらしき書類は全て燃やされた後だったらしい。老人からも手紙は毎回読んで燃やしていたと私も聞いていた。鳥だけは確保し、この老人に似せた字で返答も送ったが、それ以降の返事は来ていない。残されたのはボロ屋敷と無駄に多い食料と皿、そして衛兵と使用人だけだった。

私が尋ねても呻くばかりで何も答えない老人に、仕方なく私からも提案する。

ティアラ様や映像の先にはプライド様も目にされている為、なるべく穏便に〝見える〟ようにと心掛けながら。


「話したくはありませんか、そうですか。まぁ今のところ貴方に何もメリットはありませんからね。ならば、これでいかがでしょう。」


笑みをそのままに、先ずは彼の外れた関節を敢えて強引に嵌め直す。ガゴッという鈍い音と共に老人が鋭い悲鳴を上げた。


「申し訳ありません、外れた関節を戻しただけです。ただ、お気をつけ下さい。……一度外れると癖になりやすいので。」

また、簡単に外れるかもしれませんと彼の肩にそっと手を添わせば一気に彼から夥しい量の汗が滴り落ちた。


「さて、折角治療して差し上げたのですし一つ位答えて頂けませんでしょうか。…ねぇ?」

ぐっ、と再び彼の肩に背後から力を込めれば痛みを発させる前に悲鳴が上がった。恐怖に後押されるように老人の舌が回り出す。

「ワシは知らん‼︎サーシス王国まで襲うなど‼︎ワシが知らされたのはチャイネンシス王国への侵攻と奇襲のみ‼︎どうせ貴様らが余計なことでもしてコペランディ王国の機嫌を損ね」


「〝奇襲〟と?」


その言葉の一端を掬い取れば、老人は勢い余ったかのように息を止め、舌も動きも完全に固まった。一拍置いてさらにダラダラと先程以上の汚らしい汗を流し出す。映像の先のプライド様や各国王も驚いたようにその言葉を口々に聞き返していた。…やはり、これで敵国の侵攻が終わった訳ではないらしい。


「…どうやら、まだ何かあるようですねぇ。どうか教えて頂けませんか、ハンム卿。」


更に強く肩を鷲掴む手に力を込めれば、嵌めたばかりの肩関節がミシミシと音を立てた。だが、呻き叫ぶばかりで答えようとしない。老人の痛々しげな雄叫びに、先にティアラ様が悲鳴を上げた。仕方なく、一度力を緩めて今度は優しく老人に言葉を掛ける。


「…では、こうしましょうか。交換条件といきましょう。貴方が私の質問に素直に答えてくだされば、私はその分…」


一度言葉を切り、今度はティアラ様にも聞こえぬようにそっと老人の耳へと囁く。






「これから貴方の指を折る予定の本数を十本から一本ずつ減らして差し上げましょう。」






ひゅっ、と老人の息が止まる音が耳を掠った。そのまま背後手で拘束された老人の小指に手を掛ければ、暴れ出すように身体を捻らせて老人が再び口を開く。


「ちゃっ…チャ、チャイネンシス王国の南方から奇襲を仕掛けるという話じゃ‼︎北方の最前線に注意を引きつけ‼︎その間に爆薬を仕掛け裏側から奇襲を」



ドッガァァアアアアアアアアアッッ‼︎‼︎



老人の声を遮るような爆音に、誰もがその方向へと振り返る。ここから東南の方角…間違いないだろう。映像に目を向ければヨアン国王の元に次々と報告が届き始めていた。

もういい加減聞き慣れた爆発音よりも、今はチャイネンシス王国の映像に集中する。ヨアン国王の周りに衛兵が集まり、南方の国壁を破壊されたと報告が入った。チャイネンシス王国の南方、それはつまりは核であるヨアン国王の坐する城の背後ということになる。一番、我々が守らなければならない砦が今奇襲を受けた。更には…


「…ならば、我々も注意せねばなりませんね。」


私の言葉に、ティアラ様やセドリック王子、映像の方々やそして目の前の老人までもが聞き返すように私を見た。…映像の向こうのステイル様だけが理解したように黙し、薄く頷き、その口を開かれた。


『サーシス王国が狙われた理由は不明ですが、元々狙っていたチャイネンシス王国は背後を狙われました。ならば今同じく侵攻を受けていたサーシス王国もまた、同じように背後を』


ドッガァァアアアアアアアアアッッ‼︎‼︎


…来た。

やはり、適中したらしい。今度は今までで最も近距離からの爆音だ。同時に余波で城が大きく揺れ、耳が一時的に塞がるほどの轟音に思わず顔を顰める。ティアラ様が突然のことに叫ばれ、傍に控えていた騎士が私やティアラ様、そしてセドリック王子を庇った。

衛兵が駆けつけ、南方の国壁が攻撃を受けたと報告する。恐らくこれから敵兵がこの城に向かい雪崩れ込んでくるだろう。何人か城下を一掃している騎士達が駆けつけてくれるまでは持ち堪えなければ。


「チャイネンシス王国にっ…サーシスまでだと⁈」

セドリック王子が破壊されたであろう南方を睨み、衛兵に敵兵の規模を報告させる。恐らくはそれなりの数だろう。今までコペランディ王国とラフレシアナ王国が攻め込んでいたのは北の最前線のみ。更に騎士団の報告では捨石に奴隷まで使って人数を誤魔化していた。…恐らくは力のある本隊、そして捨石で最前線を突破するつもりだったのだろう。そして、残りの数隊編成でサーシスとチャイネンシスの本陣を回り込んで裏から叩く。…いや、可能性によってはここでもどちらかの国への侵攻にはまた捨石が多く使われている可能性もある。

南棟は城の背後。更には…古く、使われてもいない警備の薄い棟。単なる偶然か、それともハンム卿からの入れ知恵か。

なかなか悪くない策だ。実際、私自身が裏をかかれた部分もある。…しかし、まだ。


『では、我が西の塔は戦闘準備が完了次第、サーシス王国に援軍に向かいます‼︎』

サーシス王国に近い西の塔に本陣を構えるプライド様が、西のサーシス王国へ。


『我が東の塔はもう準備は終えている!今すぐヨアンの元へ援軍に向かう‼︎』

そしてランス国王が南下した先にあるヨアン国王のいる城へ。


私が尋ねる前に各々の王と王女はその行く道を高々と声に上げた。

プライド様率いる西の塔、ランス国王率いる東の塔。そしてステイル様の指示により控え続けた騎士達。





温存された戦力があるのは、こちらも同じこと。



……



「今だ‼︎一気に城に雪崩込め‼︎」

「ヨアン国王を捕らえろ‼︎拘束次第報告だ‼︎」

「殺しはするな‼︎我らが前に膝をつかせろ‼︎」


チャイネンシス王国の南方、城背後。

大量の爆薬でその国壁を破壊したコペランディ王国の兵士達がすぐ目の前にある城目掛けて突入をしていた。城壁を壊す準備もされ、後は城内に入り、手薄となった城内を蹂躙するだけだ。

その城の内部。

爆破からその異常に気がついた衛兵が、急ぎ国王へ報告に走った後。


誰もいない筈のそこに、彼はいた。


ただ黙し、城壁を越えようとする男達を瞬きすら忘れたその目でじっと見下ろし、眺めていた。

そしてとうとう前衛が更に雪崩れ込む兵士達に押されるようにして城壁を乗り越え、壊し、城内に侵入を始めたコペランディ王国の兵士達を確認した男は






「…嗚呼、…待ち侘びたぞ。」






薄く、笑った。


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