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247.騎士は跳ねる。

数十分前。


『だって、アーサーは私の〝英雄〟だもの!』


…その言葉が、何より嬉しかった。

ずっと、出逢ったあの時から俺にとっての英雄だったあの人に、そう言って貰えたことが。

もう死んでも良いと一瞬、本気で思えちまうくらいに。


窓から飛び降り、一瞬の浮遊感に身を委ねる。塔から降下し、このまま着地してすぐに父上のいる最前線に走ろうと思った。

塔の階段を降りる時間すら惜しかった。


プライド様に西の塔を任されている少しの間に、事態は急変した。

北の最前線で、再び正体不明の爆撃。

報告を何度呼びかけても、さっきまでの父上からの返事はなかった。代わりに通信兵の騎士が現状の報告をしてくれた。

爆撃を受けた騎士達の安否は未だ不明。騎士団長もその中に含まれていると。

だから、俺は。


「ッおい!アーサー‼︎」


落下中に突然声がした。声のした方を振り向けば、ステイルが俺と同じように空中にいた。


「ッステイル⁈テメェ何やってン…!」

瞬間移動をしたのか。俺はともかくステイルじゃこの高さからの着地は無理だってのに。

今は落下中だ。俺に用があるなら地面で待ってろと言おうとした途端



「俺の力が必要か⁈」



ステイルが、吠えるように声を張る。問い掛ける顔じゃなかった。落下したまま空中で体勢を不安定に崩しながら、どこか勝ち誇った悪い笑みを俺に向けていた。

それだけで、ステイルが言いたいことがすぐにわかった。

その途端、血が騒いで嬉しくて、ステイルを見上げたまま俺まで釣られて笑っちまう。


「ッああ‼︎」


力の限りステイルへ手を伸ばす。一瞬、ステイルの目に映った俺の顔がすげぇ生き生きとしているのが見えてわかった。


「すッげぇ必要だ‼︎」


笑う俺に、ステイルの方からも手が伸ばされる。その顔が、俺と同じくらい強い笑みと一緒に目が光っていた。指先が触れ、次の瞬間互いにその手を強く掴む。視界が変わる寸前、ステイルの馬鹿でかい叫び声が俺を見送った。





「行ってこい‼︎アーサー・ベレスフォード‼︎」






視界が変わり、着地した先は戦場だった。



……



「ッ来ンな…っつってンだろォがァ‼︎‼︎」


剣がぶつかり、一瞬だけ拮抗した敵兵を蹴り倒し、剣を振り下ろして一気にカタをつける。次の兵士が銃を構えてきたから、剣を一回手放して先に銃で相手の頭を撃つ。ついでに手前の敵にも一撃放ち、手放した剣で迫ってきた敵兵を横一線に全員斬り倒す。剣が届く範囲の兵が倒れたところで、後退してる騎士達を追うように俺も数十歩下がった。また引き金をひく音がして振り向けば、今度は父上に銃が向けられていた。


「ッしゃがんで下さい‼︎」


倒した敵兵の剣を取り、銃を向けた兵に向かって放り投げる。グシャッ、という音と悲鳴で剣に貫かれた兵士が一度に二人倒れた。


「ハリソンにッ…習ったのか⁈」

父上がしゃがんだ状態から敵兵の足を裂き、足蹴で吹っ飛ばしながら楽しそうに声を張る。騎士達が大分崖下まで近づいていることを確認して、今度は同時に数メートル後退した。


「習った…ッとかじゃないっすよ‼︎あン…人、よく俺らにナイフとか終いには剣まで投げてッ…くるんで‼︎」

ハリソン隊長を見習って八番隊でナイフを使う人も増えた。でも、俺は振るうのも投げるのも剣の方がずっと手にしっくりきた。

再び敵兵が俺達を追うように前進してくる。遠目から銃を放たれ、父上と一緒にギリギリ跳ねて避け、敵を再び迎え撃つ。


「ッ全隊‼︎撃ち放て‼︎‼︎」


パンパンパンッ‼︎と何百もの銃撃音と共に目の前の兵士が倒れていく。エリック副隊長の声だ。

振り返って見れば、騎士団さんは陣営に近づいたからか、狙撃班だけじゃなく崖上にいる騎士達全員が銃を構えていた。一部は向こう岸にいる崖上の敵兵へ、そして残りは俺達を追ってくる崖下の敵兵へと向けられていた。レオン王子とステイルから補給された武器のお陰だ。敵が近いからか、それとも銃が良いモンなのか今度は銃弾が敵の鎧も余裕で貫いた。


「これで少しはッ…持ち堪え、やすくなった‼︎」


父上が、銃撃を凌いだ兵士の剣を片腕で受ける。そのままもう片手で剣を構え、敵兵に突き刺した。更に押し飛ばすようにして敵兵をその背後の兵にぶつける。俺もこぼれ出てきた兵士を負けじと斬り伏し続けた。

途中で突き刺した剣が兵士の身体から抜けなくなったら、他の兵士に斬りかかられた。仕方なく一度手を離して斬りかかってくる兵の腕を掴み、背負って地面に叩きつける。それから急いで今度こそ剣を抜き、再び敵兵に斬りかかった。

騎士団の銃撃準備が整ったことで、こっちも攻めやすくなった。敵兵も騎士団の銃撃を恐れてさっきよりも侵攻の足が重く見える。

その間も充分な補給を得た騎士団が、俺達を援護にと敵兵へ銃撃を続けた。それでも侵撃してきた兵士は俺と父上で斬り倒す。確かに父上の言った通り、さっきよりも勢いが無くなったぶん大分楽に動けるようになった。

振り返れば、重傷者を運んでくれていた騎士達がもう本陣下まで近づいていた。崖上の騎士が急いでロープを下ろし、重傷者は特殊能力で引き上げていた。

一人ひとり動ける騎士はロープを伝い、素早く崖上へ登っていく。それを目で度々確認しながら父上と銃弾を避け、弾き、敵兵を斬り、馬を倒して食い止める。


「騎士団長‼︎アーサー副隊長‼︎全員撤退完了致しました‼︎」


崖上から声がして、父上と同時に振り返る。見ればとうとう重傷者も含めて騎士全員が崖上に上がり終わったところだった。


「ッし‼︎」

「行くぞアーサー‼︎上で立て直すッ‼︎」


思わずその場で叫んで父上に答える。その勢いのまま、目の前の敵兵を十人それぞれ急所を狙って斬り倒した。父上も相手していた兵士を突き刺し、更には殴り飛ばすと同時に俺達も崖の方へ駆け出した。

敵兵に背中を向け、前進することだけに力を入れる。敵兵も勢いづいて追ってきたけど、騎士団からの援護射撃が敵兵を無力化していく。撃ってくる奴がいるんじゃと思って小さく振り返ったら丁度俺に銃を向けてる兵士がいた。避ける為にそいつの動きを見続けてたら、次の瞬間騎士団からの狙撃で銃ごと倒れた。銃と頭同時に撃たれていて、見上げればエリック副隊長や狙撃の特殊能力を持つ騎士達が銃を放った後だった。


「逃すなぁぁああ‼︎でかい方が騎士団長だ‼︎」

敵兵の一人が馬に乗り、父上を剣で指し示しながら声を上げた。…その後すぐに騎士団から撃たれて倒れた。それでも敵兵の勢いは止まらず俺達へと迫ってくる。


…これ、一人がロープ登る時間もねぇよな。


ふと、走りながらそんな考えが頭に過ぎる。騎士団が援護射撃してるから平気だとは思うけど、それでも登っているところを狙われたら良い的だ。なら…!


「騎士団長ッ‼︎」


先に行きます!と父上に声を掛け、駆ける足を強める。そのまま崖の真下まで先に辿り着くとロープが垂らされた。俺はそのロープを





ー 掴まず、崖を背にして膝を落とす。


「ッ飛ばします!」


両手を重ねてそう叫べば、父上が駆けながらも一瞬目を丸くした。できるのか、とでも言いたげな眼差しに目だけで答える。

それに父上も頷くと、決めたように駆けるその足を強めた。一気に跳ね、俺の両手に足を掛けた。そして






渾身の力で、父上を放り上げる。








父上の踏み込み台になった両手を天へと振り上げる。次の瞬間には父上は崖上まで跳び上がっていた。勢いあまって仰向けに倒れそうになる間際、父上が崖上にストンと着地するのが見えた。崖上から騎士達の歓声が上がった。


「ッアーサー‼︎お前も早く上がって来い‼︎」

歓声に混ざってエリック副隊長の声がした。はい!と腹に力を入れて返事を返し、倒れそうな身体を踵と軸に力を入れて踏み止まる。前を見れば、もう敵兵がすぐそこまで迫って来ていた。助走つけて上がりたかったけど、敵も近いし無理そうだ。

仕方ねぇから足元に落ちてた敵兵の剣を拾い、なるべく高く崖壁に投げて突き刺した。

ザクッと音がして剣が深く刺さったのを確認し、






その場で一気に跳び上がる。





流石に助走無しじゃ崖上までは届かず、壁に刺した剣の柄に一度足を掛けた。そこからもう一回、思いっきり力を込めて飛び上がり、今度こそ崖上まで着地する。軽く見降ろせば踏み台にされた剣が壁ごと崩れて崖下の敵兵の上に落ちていた。


「すみません、ロープ下ろして貰ったのに使わなかっ…、……?どうしましたか。」


敵兵が登って来れないようにと崖上へロープを引き上げて回収してくれる騎士の先輩に謝ると、何故か信じられないものを見るような目を俺に向けた。知らない内に何かやらかしたのかと思わず身構える。


「…アーサー。お前、何の特殊能力だ?」


今度は他の騎士に声を掛けられ、振り向く。見れば父上やエリック副隊長まで瞬きすらせずに俺を凝視していた。狙撃隊の人は引き続き崖下や崖上に撃ち込んでいるけど、他の全員の視線が集まって何だかすげぇ居心地が悪くなる。訳もわからず腰の剣を握りながら「植物を元気にする…力です」と答えた。すると、複数の騎士から同時に「いやいやいや…」と重なって言葉が返って来た。一瞬バレたのかと思って顔を上げると次の瞬間、今度は「一体どういう身体能力をしているんだ⁈」と叫ばれた。

「隊長と同じ特殊能力か⁈」とか「騎士団長をここまで打ち上げるなどっ…」とか「助走無しで何メートル跳んだ⁈」とか「突然現れたのはやはりステ…」とか、次々と叫ばれた。

いやあれは父上の跳躍が凄かったのと、特殊能力抜きでの跳躍とか腕力単体なら俺よりアラン隊長のがどっちも上回ってますがとか色々言いたかったけど「よくやった!」と騎士の先輩達に肩や背中を叩かれているせいで上手く言葉に出来ない。


「全隊注目‼︎‼︎」


突然、父上の号令が放たれた。

その途端、騎士全員が一気に静まり返る。誰もが父上の方へ振り返り、姿勢を正した。俺も背筋を伸ばして父上の方を見れば、父上は厳しい眼差しで俺達一人一人に目を向けていた。一気に気が引き締まり、口の中をゴクリと飲み込む。


「まだ、危機を一度脱しただけだ。終わってはいない。」


腕を組み、そう告げる父上はもう息すら乱していなかった。まだ気を抜くな、という言葉が言われずとも伝わった。


「労いは後だ。先ず通信兵は現状を各本陣に報告。武器の補給が来たならば今の内に各自武器を装備し直せ。銃撃は止めるな。崖下を脱した今、我々が優位となる。各隊長は私に被害状況の報告を。また正体不明の爆撃がいつ来るか安心できない。それまでに各自投爆に備えておけ。」


父上に命じられ、騎士がそれぞれ返事をする。そうだ、今も攻撃は続いている。爆撃の跡で今は国境と分断されてるけど、いつ相手が別の手で攻めてくるかもわからない。それに、俺は…


「戦闘準備が整い、態勢準備と作戦が決まり次第、隊を組み敵本陣へと侵攻する。」


父上の言葉に思わず俯きかけた顔に力を入れる。すると、ちょうど父上と目が合った。表情を変えず、厳しい表情の父上が俺から視線をずらし、騎士達全体を見回した。


「狙撃班はこのまま引き続き本陣の守りと援護を。…そして、動ける者は私について来い。」

騎士達が同時に声を上げる。

すると最後に、再び父上と目が合った。


「行くのだろう」と問い掛けるその眼差しに、俺は強く頷いた。


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