可愛ければ変則的でも好きになってくれますか?   作:半濁音

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暁山瑞希の希い

 

 

 

 

 前回のあらすじ。

 

 

 あのパンティー付きラブレターの差出人を突き止めるため、暁山瑞希と放課後デートに望んだ俺こと夕凪柚。熾烈な頭脳戦が繰り広げられる事はなく、良い感じのムードになったかと思いきや、「兄になってくれ」と言われちゃっててんてこ舞い!?

 

 

 一体私、どうなっちゃうの〜!?

 

 

 

 

 

 

 

「ボクの…お兄ちゃんになってください!」

「…なんてぇ?」

 

 

 思ってた告白と全然違う…。

 

 『愛』の告白を…する流れだったよな?自分の所謂『癖』を告白するタイミングでは無かったよな?

 いやまあ確かに癖の告白だって勇気の要る行動だとは思う。それに関しては理解も敬意も表しよう。ナイス勇気。でもやっぱり何事にも…タイミングってモノがある。少なくとも俺は今じゃないと思いますね。

 

 いや、聞き間違いかもしれない。何か決定的な認識の違いがあることも捨て切れない。というかそうであって欲しい。

 

「えっと…もう一回言ってくれる?」

「な、何度も言わせないでよ。ボクの“お兄ちゃん”になって欲しいんだ」

「…それはそのままの意味で取って良いのか?お前の中でお兄ちゃんってのは恋人の隠語だったりしない?」

「そんなワケないでしょ。変なこという柚だなあ」

 

 ダメだった。無いに等しい希望はあっさりと潰えてしまった。暁山瑞希は言葉通り俺に「お兄ちゃん」になって欲しいらしい。自分で言っててワケ分かんねーなコレ。本当にどういう事なの…。

 

 結構良い感じにロマンチックな空気感だった筈なのに。急に梯子を外されて困惑のどん底に落とされたような気分だ。上手く頭が働かない。嫌な汗が背筋を伝う。

 

 

 困惑の波が引いていって少しずつ落ち着いてきた。いや、正確にはなんとか困惑を喉の奥に呑み込んだだけだが、そんなことは良いとして。全くもって聞く気にはならないが、お兄ちゃんになって欲しい云々の事についてもう少し詳しく聞いてみよう。

 

 一度受け入れると言った手前、事情を聞かないまま頭ごなしに否定するのは良くない。もしも元の鞘に戻れなくなるとしてもここで逃げる訳にはいかない。「訳わかんねーよ」とか言って煙に巻くのは余りに不義理だし、なんか負けた気がするから…。ほんとーに仕方なく聞いてやる。

 

「お前の兄になってくれったって…具体的にはどうして欲しいんだ?いや、なるかどうかは別として」

「でも聞いてくれるってことは好意的に考えてくれてるって事だよねっ。それじゃあ経緯も含めて話しちゃおう!」

 

 水を得た魚の如くイキイキとし出す瑞希。なんだか都合のいい解釈をしているが突っ込むのも疲れるのでそのまま放置する方向で考えている。折角話す気になっているところを腰を折るのも嫌だし。

 

「お姉ちゃんがいるってこと、話したことあるっけ?」

「ああ、覚えてる。フランスでデザイナーやってるんだったよな」

「うん。ボクのこのリボンを作ってくれた、大好きな家族。ずっとボクの味方だってずっと励ましてくれてたんだ」

 

 懐かしむような瞳と声音は、日本から遠く離れた場所にいる姉に郷愁的な念を感じさせる。

 瑞希の姉、確か暁山優希さんと言ったか。彼女は瑞季が中学生の頃にフランスへと旅立って、あっちでファッションデザイナーとして頑張っているらしい。夢に向かって頑張っている誇らしい姉だと教えてもらったことがある。それでいて家族への思い遣りも欠かさない人格者だとも。

 

「表立って言ったことはないけどさ。ボクはお姉ちゃんがフランスに行くの…あんまり良くは思わなかった。いつだってボクの背中を押してくれた人が居なくなるんだから」

 

 失って初めて大切さに気付くことは辛く苦しい。しかし最初から大切さを十分に把握していてそれを手放すというのも非常に酷なことだ。それでも、精神的支柱とも言える姉を、彼女自身のやりたいことを尊重して引き留めなかった当時の瑞希の内側には、俺なんかでは察し得ない苦悩や葛藤があっただろう。

 

「頻繁にチャットアプリなんかでやり取りするとは言え、実際に会えないんじゃ寂しくって死んじゃいそうだった。ポッカリと胸にドーナツみたいな穴が空いたみたいだったよ。だからその胸の穴を埋めようとして、色んなことに手を出して…ニーゴと出会った」

 

 奏の強迫観念によって作られた音楽は、狂気じみた執念を感じたという。優しい音の筈なのに、救われることを強制するかのような不安定な音に衝撃を受けたそうだ。

 

 今でこそ信頼できる仲間が居て、生き急ぐような焦燥感こそ控えめになったが、どれだけ月日が流れようと初めて聴いた時の衝撃は忘れられない。そう語った在りし日の瑞希の姿が脳裏に浮かんだ。居場所を見つけた無邪気な子供のように笑う姿を鮮明に思い出せる。

 

「ニーゴの一員として過ごす中で色んなことがあった。大切だと思える仲間もできた。それでも、どうしても不安になっちゃうことは結構あってさ。それで、どうにかしなきゃって思ったある時に目に入ったのが……兄と妹がイチャイチャする内容の同人誌だったんだ」

「ちょっと待って?」

 

 あれ、気のせいか?今しれっと聞き捨てならない言葉が聞こえてきたような。だいぶ飛躍してとんでもないことが巻き起こった気がするんだけど。

 例えるならそう…好きな「きのこ」か「たけのこ」かの話をしていたら、唐突にパイの実が好きだとか言われたみたいに。…え、分かりにくい?ごめん。

 

 

 話が飛躍しすぎではないか?と。拭いきれない疑問を包み隠すことなくそのまま投げ掛けると瑞希の顔に朱が差す。そして「しょうがないじゃん」という言葉を皮切りに、早口で言い訳を並べ立ててくる。

 

「柚だってあるでしょ!?ふと好きな絵柄のえっちな漫画の広告が目に入って、どうしようもなく気になってリンク飛んじゃうこと…!」

「いや、まあ…。無いとは言わない。凄い綺麗な画だなと思ったらエロ漫画だったって事よくあるよな、うん」

 

 急に俗っぽい話になるが理解できない話ではない。理解できないどころか痛いほどによく分かる。

 分かる、分かるよ。18歳以上ですか?って聞かれてもノータイムで「はい」を押しちゃうよな。んで、FA○ZAとかD○siteとか訪れちゃうよな。私めもよくお世話になっておりますので非常に分かります。

 

 

 荒ぶっている瑞希を共感することによって何とか落ち着かせて──他の奴もコイツと同じような経験があるのだろうかと考え、不思議な気分になりながら──話の続きを促す。

 

「内容としてはありふれた物だったけど綺麗に描かれてて、何よりも心が求めてた家族の温もりと、それを引き立てるインモラルさが絶妙にマッチしてて。甘い言葉を囁かれながら幸せそうな顔で果てる妹に、強い憧れを抱いたんだ。…その瞬間をボクは忘れないよ。読了後の晴々とした気持ちも。今思い返せば、ボクの性癖が決まった瞬間だったんだなあって思う。その日からボクは“お兄ちゃん”を求めるようになったんだ。思うがままに甘えさせてくれて、あるがままを愛しくれる“お兄ちゃん”を」

 

 エロ漫画の内容とそれによる癖の成立を話しているとは思えない程に堂々として、且つ晴朗に語る姿はまるで讃美歌を歌い上げるシスターの如き美しさだった。曝け出したものは仕方がないと諦めているとも言える。

 

 

 その内世界平和でも謳い出しそうな表情をしているコイツの話を纏めてみよう。

 

 姉と会えなくなったことで生まれた穴をなんとかしようとする過程で兄妹モノのエロ漫画を読み、それが家族愛への飢えと非常に良くない混ざり方をして、デロデロに甘やかしてくれる兄を求める兄フェチが誕生したと。

 まあ性癖の成り立ちとしてはごく普通だろう。対象が俺だってことを除けばさしたる問題はない。

 

 しかし話を聞く限り、俺である必要は無いだろうと思うのが率直な感想だ。年上で、格好良くて、事情を知ってて、その上で甘やかしてくれそうな奴なら類が居るだろ。恐らく俺よりも瑞希との付き合いが長い神代類が。

 

「どうして、俺なんだ…?」

「…柚が悪いんだよ。ボクを気味悪がらないだけじゃなくて、こんなプレゼントまで渡してくれて、向き合うだなんて言っちゃったキミが」

 

 妖しく瞳を輝かせて囁く瑞希。小さく笑みを漏らした後に長い髪を結っていたリボンを解き、立ち尽くす俺に見せ付けるように掲げた。

 

 愛おしそうにリボンを撫でる。心が折れそうになった時、そのリボンは瑞希の助けになってきたのだろうその愛用品。「愛着が湧く」だとか「入れ込む」だとかそんなチャチな表現じゃあ断じて表せない。それこそ共に危機を乗り越えてきた親友だなんて、大袈裟にも思える表現が似合う。それ程までに深い愛情が見て取れる。

 

「これね、ボクのお姉ちゃんが渡してくれたんだ。歩みたい道を歩けるようにって。ボクの意思を肯定して何があっても味方だよって。このリボンはいつだって勇気をくれる」

「…いい姉ちゃんだな。やりたい事を肯定してくれて、背中を押してくれるなんて。お前が誇りに思うのも分かる気がする」

「世界で一番のお姉ちゃんだよ。…まあ、柚お兄ちゃんだって負けないくらい優しいけどね」

「………ん?いや、俺は兄ちゃんじゃない」

 

 ごく自然にお兄ちゃん呼びしやがったぞコイツ。本格的に兄として取り込もうとしてきている。しかし俺のノータイムのツッコミは瑞希の耳に届いていない。熱に浮かされたようにうっとりとした表情を向けるばかりだ。ちょっと怖い。

 

 

 鼻先が触れるくらいに距離が縮められる。このまま顔のありとあらゆる所が舐め取られるんじゃないかと思うほどに顔が近く、荒くなった呼吸や高まっている心音がダイレクトに鼓膜を揺らしている。

 ダメだ、目が虚ろだ。俺を見ているようで見ていない。コイツの目に映っているのはスデに「兄」になった俺だ。

 

「柚はお姉ちゃんと同じだ。お姉ちゃんは柚だったんだ。ボクの勇気の源になってくれるアイテムや泣きたくなるほどに愛を感じる言葉を、ボクが欲しくてやまない物を柚はくれた。こんなの…お兄ちゃんって呼ばない方が失礼だよ!」

「そんなこと無いんじゃないかな」

「いいや!もしも神様がいるとして!運命を操作しているとしたら!きっと柚をボクのお兄ちゃんにする為に引き合わせてくれた違いないッ!」

「随分と厚意的な神様だな…」

 

 コイツ完全にハイになってやがる。もうどんな反論をしようとこの暴走機関車は止まらない。俺がコイツの兄になると宣誓するまで──。

 

 取り敢えず距離を取って落ち着かせようと考えるが、その華奢な腕に不釣り合いな力が身体全体にのし掛かって動けない。頭のてっぺんから爪先まで熱で茹だったみたいな笑みのままで、しかし離して堪るものかと掌は俺の肩を掴んでいる。

 

「ま、待て。待てって。理由は分かりたくないけど分かった。けど、なるかどうか決めるのはお前がどうして欲しいかを聞いてからだ」

「どうして欲しいって…辛い時は慰めて、甘やかして、最終的には甘々なイチャラブセッ──」

「それは言うな!?」

 

 喰うつもりだ!コイツ最終的には俺のこと、性的な意味で喰うつもりだ!?

 

 

 このままでは非常にマズい。別にコイツの兄になること自体に不利益が……無いとは言い切れないが主たる問題はそこではない。

 

 ならば何がマズいのか?それは、あのパンティー付きラブレターについての調査が難航を極めることになるだろうからだ。

 

 暁山瑞希の兄になるということは、つまりニーゴの枠内で変則的な関係性が生まれるということ。色々と鋭いニーゴメンバーに対してその関係を隠し通すことは不可能に近い。

 ニーゴメンバーと推測される差出人がそれを察してしまうと、名乗りを上げなくなる可能性が高くなる。ラブレターを貰っていながら別の人と恋を育む選択をしたのか、詰まるところ間接的にフラれたのかと考えて身を引いてしまうも知れない。

 

 それではダメだろう。もしその差出人とはまた違う人と付き合うことになるとして、俺はきっと頭の片隅でずっとラブレターのことを考えてしまう気がするのだ。

 綺麗さっぱり忘れることが美徳とかそんなことを言っている訳ではない。何があろうと忘れられない思い出だってある。それでも、誰宛かを突き止められなかったラブレターとパンティーはきっと、気持ちよく誰かと付き合う為の“しこり”になってしまう。そんな確信がある。

 

 俺はただ「納得」がしたいだけなんだ。それさえできれば俺は前に進めるんだ。

 

 

 無論、これは瑞希が差出人ではないという仮定の上で成り立つ論理だ。実は瑞希がラブレターの差出人兼パンティーの持ち主だったというオチも考えられる。

 しかし俺はあのパンティーの持ち主を必ず突き止めてみせると決めた。瑞希が持ち主だと確信できない内は申し訳ないが…瑞希の兄になる訳にはいかない!

 

 

「ねえねえ、ボクたちのお家に帰ろ?今日の夜は肌寒いらしいし、肌を寄せ合って暖め合おうよ」

「俺とお前は別々の家だ。頼むから一旦聞いてくれ瑞希」

「なあに?お兄ちゃん♡」

「だから兄ちゃんじゃねえ。悪いけど今すぐ、お前のお兄ちゃんになるかどうかは決められない」

「お兄ちゃんのこと全部ぜーんぶ好きだよ?こんなに好きでもダメ?」

「ダメとかそういう話じゃないし、俺はお前の兄ちゃんじゃない」

 

 

 蛸足の吸盤の如く俺の方に張り付いていた掌を、指を一本ずつ丁寧に剥がしてようやっと逃れる。切なげな声を出したが今はもう知ったこっちゃない。飢えた獣を適度に満たすようなやり方で御するにはまだまだ力量が足りない。

 

 なんとか逃げ切るための筋道を立てて言い訳を組み立てる。ステイのハンドジェスチャーをしながら、丁寧に優しく諭すように順序立てて説明をしていく。

 

「良いか?俺がお前のお兄ちゃんになるということは、つまり形式的には家族になる訳だ」

「まあ、そういうことになるね」

「家族になるってのには往々にして準備が必要なんだ。結婚とか典型的だろ。家族になるためには互いに知り合う時間が必要で。何ができるかの擦り合わせや、家でのルール決めなんかは重要なんだ」

「そんな結婚だなんて…恥ずかしいよお兄ちゃん。そもそもボクたちは家族な訳で…」

 

 なんか意味のわからん解釈をして体をくねらせているが一旦無視。一々突っ込んでいると明日になっちまう。

 

「お前が俺に兄としての愛を求めてるってんなら…準備が必要なんだ」

「そんなの要らないよ。お兄ちゃんはもう立派にボクのことを愛してくれてる」

「俺はお兄ちゃんじゃない。…例えばお前に新しく義理の兄弟姉妹ができるとして、何も知らないソイツを直ぐに家族だと認識できるかって話だ」

「…難しいかもしれない。でも、ボクは柚のことならお兄ちゃんだって…家族だって直ぐに愛せるよ」

「ソレはお前が俺を兄たり得るかどうかを見極める時間があったからだろ。俺にはその時間が全く無いって言ってんの」

 

 コイツの話を聞く限り。衝動的に俺を兄と見初めたのではなく色々と吟味して、そして今日のデートで最終判断を下した。そういう風に解釈して間違い無いだろう。

 色々と警戒感の強い瑞希のことだ。先ずは信用に足る人物かを見極めてから、兄として申し分ないかの品定めをするという手順を踏む筈だ。

 

 それに俺の今日の行動が、俺に兄になってくれという告白をするに至るトリガーになった様だし。つまり瑞希にも「俺を兄として愛せるかどうか」のシミュレートをする段階はあった筈なんだ。だからこそ、そういう段階を踏んでこそ俺を性癖に合致する人間として認識したんだろう。

 

 一方からの矢印だけが愛情であってももう一方の矢印が友情であった場合、それは愛し合うという形からは程遠いのではないかと思う。

 瑞希が家族愛と情欲を両立した感情を向けられることを望んだって、俺は瑞希に対して友情しか感じられない現時点では成立し得ない関係なのではないか?ボブは訝しんだ。

 

 瑞希にだって「友情」や「仲間意識」を兄への「家族愛」「情欲」に変換する段階があった筈なのに、俺には変換するための準備期間も与えずその場でいきなり「兄として自分を愛してくれ」ってのは余りに自分勝手なのではないかと。俺はそう思う。

 

 

 要するに不公平ではないかと訴えている訳だ。俺にも家族として愛するための覚悟を決める時間があって然るべきではないか。俺にだって見極める為に時間を使う権利があるだろうという主張だ。

 

「だから…お試し期間を設けよう。2人きりの時に限り、俺たちは兄()になる。お前は俺をお兄ちゃんと呼んでいいし、俺はお前に対して家族のように接する。それで、俺がお前のことを家族として愛せるかどうかを判断する準備段階にするんだ」

 

 

 これはラブレターの差出人を突き止めるまでの時間稼ぎだ。一度答えを出してしまうと後戻りはできなくなる。

 兄になることを肯定すれば差出人究明の枷になり、「納得」への道は険しくなる。しかし歩み寄ることなく直ぐに否定してしまうと「向き合う」という俺の言葉に嘘をつくことになる。

 どちらも嫌だ。だから肯定的でも否定的でもない猶予期間が欲しい。

 

 我ながら悪くない折衷案だと思う。後はそれで瑞希が納得してくれるかどうかだ。どうか理性的な判断を下してくれるように祈るしかない。

 

 

 

 

 

 

「…ボクはね。今すぐに柚にお兄ちゃんになって欲しい。それが今のボクの希いだ」

「………」

 

 やはりダメかと項垂れる。今すぐに結論を出すことを瑞希は望んでいるようだ。

 

 しかし落胆しながらも、そりゃあそうかと納得してしまう俺がいる。兄になることを望まれている非常に稀有な状況ではあるが、俺が選んだのは所謂キープと言われる選択肢だ。イエスかノーではない優柔不断な選択。業を煮やしてしまうのも無理はない。

 

 他でもない瑞希が、ここで答えを出すことを望んでいるのなら。俺が答えを出すことに臆病になっていては駄目だろう。致し方無い。ならばお望み通りに答えを──。

 

 

「でも…柚の言葉にハッとした。確かに柚は強くて優しくて、理想のお兄ちゃんみたいだってずっと思ってたけど…。柚は今まで最高の音楽を作る仲間として、真摯に向き合ってくれてたんだよね。…どうしてそれを忘れて理想を押し付けちゃったのかなあ」

 

 おや、瑞希の様子が…?

 割と滅茶苦茶な言い分に理解を示そうとしてくれているのか?

 

「向き合うって言ってくれて、凄く嬉しかったんだ。柚のことが好きだって感情が沢山溢れて、勢いのままボクの希望を押し付けちゃった。…譲歩してくれてるんだよね。フツーは嫌われたって仕方がない希望を、できる限り叶えようとしてくれてるんだよね」

 

 なんだかいいように解釈してくれているが、あくまでも自分の為になるように言い訳を組み立てた果ての出任せなのであって、そこまで深い考えはない。多少の思い遣りの気持ちはあれど殆ど利己的な考えに基づいた言葉だ。ただ納得がしたいだとか、吐いた言葉に嘘をつきたくないとか、そんな考えだ。瑞希の言うような聖人君子みてーな考えは微塵も無い。

 

 だがそれで良い。良いように解釈してくれている今ならば押し通せる。

 

「…俺としてはこれ以上の着地点を見つけるのは厳しい。好意的に考えやしてくれねーか?」

「…うん。暫くは柚の言うようにしよう。2人っきりの時だけボクたちは兄妹になろう。その場限りの関係ってなんだか背徳感があって良いかもね」

 

 

 

 勝ったッ!第3部完!

 

 一時はどうなることかと思ったがなんとかここまで漕ぎ着けてやった。実質的に要求を呑まされたり不穏な言葉を口走っていたりと、本当に勝ちかどうか怪しいところはあるものの、結論を出す前に突き止めるための猶予ができたという結果こそが重要なのだ。

 

 やはり…『無敵』だ。覚悟を決めた俺はやはり無敵なのだ。この調子ならラブレターの差出人だってスグに見つかるかもしれん。

 勝ったな、ガハハ。風呂食ってくる。

 

 

 

 しかし瑞希がこんな癖を持っていて、俺がその対象にされているとは。決して浅くない関係だがまだまだ知らないことがある。

 

 もしかすると奏や絵名、まふゆまで隠し持った趣味嗜好があるかも知れないと考えるとなんだか薄ら寒い感覚を覚えるが、頭を振ってその考えを追い払う。こんな特異なケースが連続して起こって堪るかってんだ。ましてや5人ぽっちのサークルでそんなこと…*1

 

 

 

 兎に角、今日は帰ろう。長風呂で疲労を溶け出して、寝る前に暖かいミルクを飲み、20分ほどのストレッチで体を解してから床につく。そして朝までぐっすりと眠るんだ。

 

「じゃ。今日はここで解散ってことで。お疲れさん」

「待ってよ。家まで送ってくれるくらいの甲斐性は無いのかな?」

 

 もう長居をする必要は無いと踵を返して帰ろうとした所を、腕を掴まれて止められる。ここで容易く逃してくれるほど簡単な相手ではなかった。小さく嘆息して瑞希に向き直る。

 

「…はぁ。送ってくだけだぞ」

「やったっ。ありがとお兄ちゃん!」

「だから俺は…」

「2人っきりなら良いんでしょ?」

 

 兄ちゃんじゃない、と言おうとしたところを封殺される。周りを見回してみれば確かに人は疎らで、この現場を見られて困るようなことにはならないだろう。諦めてお兄ちゃんの呼称を受け入れることにした。

 

 満開の花弁のような笑顔が咲き誇る。余りの眩しさに狼狽えていると手ぶらだった左腕に抱きついてくる。何のつもりだと訝しげな目を向けるも、幸せそうに笑うだけで特に何も言おうとしない。

 小言を並べてやめるように言ってやりたいが、この時限りは理想の兄になってやることを了承したのは俺だ。諦めて好きにさせて左腕の自由を失い、代わりに仄かな温もりを得た。

 

 何の反論も寄越さない俺に満足げな表情を向けて、スキップでもしそうな程心の底から楽しそうな瑞希の歩幅に合わせて帰路に着く。

 

「見て見てお兄ちゃん!夕焼けが綺麗だよ!」

「…そうだな。写真にでも残したいくらい」

 

 

 

 

 

 ──まあ、幸せそうならいっか。

 

 

 翳りのある表情よりも、快晴のような笑顔の方がずっといい。

 

 結局そんな結論に落ち着く。自分のどうしようもない程の甘さに辟易しながらも、笑顔で並んで帰るという今に悪い気はしない。

 

 

 

「大好きだよお兄ちゃん♡」

 

 

 ただ…可愛らしくも変則的すぎる「好き」にどう応えるべきか。その答えは見つからないままだった。

 

 

*1
フラグ





瑞希パートは一旦区切りになるので、魔改造された瑞希と主人公くんについてのちょっとした補足を置いておきます。


・暁山瑞希
 兄妹モノのエロ漫画を見て性癖が決まった人。類が親友という印象が強すぎたために候補から外されてしまった結果、矛先が主人公くんに向いた。主人公くんから貰ったブレスレットやネックレスは愛用品。
 真に人を理解できずとも、寄り添い「続ける」姿勢を崩さなかった主人公くんの姿が目に焼き付いている。


・夕凪柚
 自分のことを利己的だと信じてやまない系主人公。根底にある願いが“誰かの力になりたい”なので「全部自分の為ですが何か」とかいう滅茶苦茶な理論を展開する。無茶なお願いも幾らか通るということでもあり、いつかの冗談めかした「実にエロ漫画向きの性格」という自評はあながち間違いではない。



書き溜めはこれで全部です。あとは出来上がり次第ぼちぼち投稿していきます。

拙作を読んでくださっている皆様に多大な感謝を。
次は誰との絡みになるのか予想でもしていって下さい。執筆速度が上がったり上がらなかったりします。

 
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