もう評価バーが赤くなっとる。
感想・評価ありがとうございます。やっぱ皆んなパンティー好きなんすねえ。
放課後。暁山瑞希に連れられて、俺は電車に揺られていた。
今となっては部活動が休みになってくれて良かった。折角誘ってくれたデートを楽しみたい…というのは表の理由で。人好きのする笑顔で液晶画面をスクロールしている瑞希が、件のラブレターの差出人なのかどうかを見極めるというのが最終目標。
とはいえ今日一日だけで分かる筈もないというのは承知している。ただ何か手掛かりが掴めればそれで良い。その為にもこの放課後デートのお誘いを断る理由なんて無かった訳だ。なんと理性的な思考だろうか。我ながら惚れ惚れしちまうね。
…別に変に舞い上がって食い付いた訳じゃないよ。ホントダヨ。
授業が終わってソッコー集まりペンギンみてーに後ろからついて行って、こうやって電車に揺られている訳だが。実を言うとまだ目的地を聞いていない。別に遠くじゃなきゃ何処だろうと付き合ってやるつもりではあるが、一応は尋ねておくべきだろう。
「何処に行くか決めてんの?」
「勿論。今日は【シブヤSORA】に行くよ!」
ずいっ、と目の前にスマホを掲げる。スクリーンにはまだ真新しく光沢がある高層ビルの画像が写っていた。
シブヤSORAとは、つい最近オープンしたばかりの複合型商業施設である。百貨店、飲食店の他にも劇場なんかも誘致しており、他府県から態々この為に足を運ぶ人も居るくらいだ。
何とか線の地下化による区画整理事業やら、シブヤ大型再開発プロジェクトやらの一つとして創り上げられた。らしい。そこんとこの小難しいことはよく分からん。
「ここの4階にね〜、アクセサリーやバッグが沢山売ってるトコがあって。そこに行ってみたくて、でも1人だと寂しいから柚を誘ったんだ」
「ふーん。それってギンザのあそこじゃ駄目だったのか?ニーゴの皆んなで行ったトコ。あそこも結構品揃え良かったろ」
「柚、良いこと教えたげよっか。人は最新って言葉に弱いんだよ…」
あとは数量限定、期間限定とか…。そんな風にしみじみと付け足す瑞希。哀愁を漂わせる背中に言葉は掛けるべきでないと考えて、慰めるように肩を叩くだけに留めておいた。
俺も季節のフルーツを使った期間限定メニューなんかが宣伝されてるとついつい買ってしまうので痛いほど理解できる。
しかし、皆んなでギンザを訪れたは良いものの、アホみたいに広い施設内で気付けば絵名以外と逸れていたという鮮烈な出来事からもう数ヶ月か…。時の流れは早い。
まあギンザは神高から遠いし。品揃えが良くて一番近い大型商業施設となるとシブヤSORAが第一候補に上がるのも当然だろう。駅からのアクセスも凄く良いので通い易いのもある。
しかしまあ、まだ解せない所はある。
「付き添いなら俺じゃなくて絵名の方が良かったんじゃないか?アイツのが有意義な意見が聞けるだろ」
「うん、まあ…そうなんだけどね。…察し悪いなあもう」
曖昧に笑って口をゴニョゴニョとさせている。言い淀んでいるのを見ると余り触れて欲しくないというのは分かるが、暫定最も怪しいオマエに話さないなんて選択肢は無いと言わんばかりに目線を外さない。
対抗して僅かに細まった目で瑞希が睨み返してくる。ここからは先に恥ずかしがって折れた方が負けになる。
かかったなアホが!覚悟を決めた俺に敗北は…無い。それが側から見ればバカップルみてーに映る勝負だろうとな…。
文字に表せない呻き声を上げながら瑞希が目を逸らした。やはり…『無敵』か。覚悟を決めた俺は。
「あー」だの「うー」だの言いながら恨めしそうに見遣る。変わらず凪いだ表情でいる俺を見てやっと観念したのか、意を決した表情をした後に少し膝を曲げるようにジェスチャーをした。指示通りに膝を曲げると、瑞希は周りに聞こえないように目配せしながら耳打ちする。
「他ならない柚と一緒に来たかったんだよ。だから学校にも頑張って来たのに。肝心のキミは察し悪いからさあ…!…もう、こんな恥ずかしいことあんまり口に出させないでよ」
頬を上気させて不機嫌そうにそっぽを向く姿には嘘がないように見えた。瑞希の熱が少し離れていても伝わってくる様で、こっちまで恥ずかしくなりそうだ。
しかし…そうか。俺と一緒に行きたかったのか。そこまで恥ずかしがる理由をはぐらかさず、正直に明かしてくれるくらいに──。
コイツ俺のこと好き過ぎやろ。
何さその反応。何なのさそのいじらしい乙女みたいな反応!
今まで全く気が無くたって一瞬で惚れてしまいそうだ。余りの好きアピールに脳が破壊されてしまう。
もう恥も外聞もなく好きを叫んでやろうかとも思ったが、それでも理性を保てているのはあのラブレターのお陰かも知れない。アレの差出人を確かに突き止めるまで油断するなと心に誓ったから、こんな可愛い反応されたって致命傷で済んだのかもしれん。
さんきゅーラブレター、さんきゅーおパンティー。
「…なんで柚の方が恥ずかしくなってんのさ」
「いや、気にしないでくれ。本当に」
ダメだ、やっぱり恥ずかしい。瑞希があんないじらしいこと言うから心がむず痒くて仕方がない。恥ずかしそうに打ち明けてくれる姿が目に焼き付いて離れない。恋愛経験なんて殆ど無いに等しい俺には、瑞希のあの姿は火力が高過ぎた。
ラブレターの差出人がコイツか否かを考えられなくなる程の精神ダメージを負った。何ならスリップダメージも継続で入っている。
でもまあ、恥ずかしいだけじゃない。今瑞希に顔を向けられないのは恥ずかしがっているのを見られたくないというだけではなく、嬉しくてニヤついてしまう口元を見せたくない為でもあった。
周りから視線が突き刺さる。「他所でやれよ」って言外の意味が込められた視線だ。
いやあすみませんね、本当。なんか白昼堂々電車の中で惚気ちゃったみたいになっちゃって。いや、ほんと反省してるんで鋭い視線を向けないでください。
「…反吐が出る」
★
目的地に着くまで高度な駆け引きを死合う──なんてことは無く。共通の知人とこんなことをして遊んだとか、奇抜な髪型をした人が闊歩しているのを見かけたとか。かなりほのぼのとした会話が俺たちの間で繰り広げられた。
現在鋭意作成中の楽曲のことについては余り触れない。作品のことについてはできる限りナイトコードで共有するというのが暗黙のルールがあるので、互いに当たり障りのない話題を選んで話し込んでいた。
シブヤSORAは駅からのアクセスが良い。東口の改札から出ると大きな看板でシブヤSORAへの順路を示してくれる。
矢印の方向に従いながら人の流れに沿って、跨線橋を渡って。数分程度歩けばあっという間にシブヤSORAの入口だ。
「デカ過ぎんだろ…」
「ね。真新しいのもあって一段と高く見えるや」
2人揃って邪魔にならないように見上げる。この辺りは高層ビルが群れを成しているが、その中でも指折りの高さに脱帽せざるを得ない。確か地下4階、地上32階建だとかニュースでは言ってたっけ。
近くには地上47階とかいう化け物みたいな建物があるが、アレは広い展望デッキを売りにしているからこその高さ。商業施設という括りで見れば十分以上の背丈だ。
「早く入ろっ。ボクもう待ちきれないよ」
「ちょっ、引っ張んなって」
腕を掴まれて入口へと急かされる。口では注意しておくが楽しそうにしているのでされるがままにしておく。
中に入ると宙に吊るされた大きなオブジェが見えた。入口とは言え跨線橋からダイレクトに繋がっていたので現在は2階に居るわけで、下を見下ろすとガヤガヤと結構な人が交差しているのがよく見える。テンションが上がってどこかの大佐みたいな台詞を吐きそうになるがグッと堪えた。
壁はガラス張りになっていて外を歩く人の流れがハッキリと見える。相変わらず駅の近くは人が多い。偶にはこんな所を歩くのも悪くないが、住むとなれば息が詰まりそうだと思う。
「上りのエスカレーターは…あっちだね」
「4階って言ったっけか」
「うん。向かいがてらこのフロアに何があるか見て回ろっか」
人の流れに乗って見て回る。人気の女優を起用したコマーシャルを流している化粧品売り場や、高級そうな雰囲気を醸し出している時計屋、苺をふんだんに使ったメニューを推している洋菓子店など。流し見る限りでも多くのジャンルの店が並んでいた。
店頭に並んでいた薄桃色のネックレス。貴金属を使って錆びにくいと宣伝されているソレを、ほんの一瞬だが後ろ髪が引かれるような目で見ていたのを認める。
「…帰り際にあそこ寄るか?」
「えっ!?いや、良いよ。ボクにはあんまり…似合わなそうだし」
言いながら、エスカレーターに乗る。3階を見回してみると主に服や靴を取り扱っているようだった。後はリペア店もあるが集客は良さそうではない。
そして4階。2・3・4階と主にファッション雑貨という感じだったが、ここは特にレディースファッションやアクセサリー、雑貨やバッグと言ったモノが多い。
なんか…うん。頑張って各階の特徴を捉えようとしたが…。
「同じような店しか見ねーな」
「全然違うよーっ。これだからファッションに疎い柚は……っと、見つけた」
エスカレーターから降りて4階を練り歩いていると、お目当ての店舗を見つけたのかズンズンと入っていく。なんだか小言を頂戴しそうになった気がするが、気にせずついて行った。
店内に入ると、やはりというか女性が多い。女性でなくとも中性的な見た目をした人が殆どだ。その中で明らかに男の俺に視線が向いてちょいと肩身が狭い気持ちになるが、瑞希の付き添いだと察すると興味を失くしたように商品の吟味に戻る。
冷や汗を掻いている内心なんぞ気付かないように、瑞希は悩ましげにアクセサリーを選んでいる。俺からすれば然程に違いは分からないが、本人が随分と楽しそうに悩んでいるので見守ることにする。
瑞希の付き添いだと分かる範囲で見て回る。こうして見ると色々な形、色、素材で作られたのが分かって面白い。
「…ふーん。季節の花をモチーフにしたアクセサリーね。いい色だとは思うが」
詳しい良し悪しは分かり得ないが、色合いは好みだと思う。涼しげな色のブローチはどの季節の服にも合いそうだ。ただ瑞希がコレを付けたいと思うかは微妙な所。
リングやネックレスではなく、ヘアアクセサリーを見てみる。暖色ベースのシュシュや柔らかい生地のカチューシャ。やはりどれもしっくりこない気がする。
「柚ー。ちょっと来てー」
「はいはい」
自分の審美眼の無さを呪っていると呼び出しが掛かった。まだ何を購入するか決めあぐねているようで、とても悩ましげな顔をしていた。
「良いのは見つかったか?」
「うーん。ブレスレットを買おうかなと思ってるんだけど中々決まらないや。二択までは決まってるんだけどねえ」
その手には2つのブレスレットが握られていた。一つはステンレスの無難なデザインの物。一つは小さな淡水パールが特徴的な物。どちらも共通してシンプルなデザインだ。
どちらも似合っているのは前提として。上手く表現できないが、なんとはなしに「控えめ」な印象を受ける。そんな感想を正直に話すと、バツの悪そうな笑みが返ってきた。
「ヘンな所で妙に鋭いよね。柚には誤魔化せないや。…うん。予算的な制限っていうのもあるけど。カワイくて綺麗な物をつけてると奇異の視線を向けられるのが嫌っていうか、さ」
そんなつまらない理由だよ、と笑う瑞希はとても寂しく苦しそうだった。
これは瑞希のアイデンティティに関わる苦悩だ。主観的な認識と、客観的な認識の齟齬。モラトリアム期だからこそ、その乖離が精神を酷く蝕んでいる。
一時期のことを考えれば、こうやって打ち明けてくれるだけとても成長している。1人で抱え続けず適度に吐き出すことの大切さを理解できている。それでもその苦悩の全てを取り除くことはできない。どれだけ肯定しようともその問題が消え去ることは無いのだ。
寂しそうな目でブレスレットを見比べている瑞希を見る。俺がラブレターの差出人がどうとかで悩んでいる間にも、自分の中のもっと深い根幹を蝕む問題と向き合い続けている。いつだって自分の問題ばかりを気にして何も気付いてやれない、そんな無力感がどうしても悔しくて唇を噛む。このまま血が流れて仕舞えば良いと思った。
無責任に肯定してやれたらどれほど良かっただろう。「そのままでいい」なんて言えたらどれだけ楽になったろう。
言えない。奇異の視線に晒される怖さを知っているから。「自分」のままで居続けようとすることにどれだけの胆力が必要なのは計り知れない。
軽々しく肯定したって瑞希は満たされない。綿毛のように吹けば飛ぶ言葉に救われることなんてない。
「そんな悲しそうな顔しないでよ。ボクがそうした方が良いって思ったんだからさ」
ああ、でも。せめてこの時だけでも瑞希の抱える悩みを忘れさせる事ができたなら、と考えずには居られないのだ。
「結局何も買わなかったなあ」
「…そうだな」
「付き合ってくれたのにごめんね。お詫びに何か奢るよ。甘い物食べて帰ろ」
ごった返す人に揉まれながら神高の近くの駅に到着し、夕暮れを背にして並んで帰る。色々と見て回ったが瑞希は何も購入することはなかった。それに対して俺から何も言うことはない。それが瑞希の選択なら、後悔がないのなら。外野の俺が何か言うのもお門違いだろう。
近くにあったクレープ屋に寄って、違う味のクレープを購入する。2人掛けのベンチを見つけてそこに座り黙々とクレープを食べる。中にある苺の酸味が強い気がした。
「こっちのクレープ食べてみるか」
「…たべる。ボクのも良いよ」
いつの間にか空になっていた袋をゴミ箱に捨てた。鞄の中に入れてあったウェットティッシュで口周りや手を拭いておく。チョコレートが付いていると格好が付かないからな。
食べ終わったは良いものの、間には気不味い沈黙が流れ続ける。無理に喋らなくともいい間柄と言えば聞こえはいいが、それでぎこちない空気感になるのは好きじゃない。かと言って下手に話題を提供したって良いことはないとも思う。
他力本願という訳じゃない。ただ、瑞希から話し出してくれなければこの沈黙に意味はないのだ。
「…ねえ」
どれくらいの時間が過ぎただろう。実際は数分なのかもしれないが、少なくとも俺には永遠にも感じられた。それでも根気強く待って、漸く瑞希は口を開いた。
「…なんだ」
「…今日は付き合ってくれてありがとね。楽しかった」
「…いつでも誘ってくれて良いからな。できる限り予定は空けとく」
「そこは言い切った方が格好良かったかもなあ」
「いいだろ。変に繕わないで、等身大の俺のままで」
「…うん。ありのままの柚って感じだ」
気の利いた慰めの言葉なんて思い付かない。せめて気にしていないようにいつも通り振る舞う。そんな意図を知ってか知らずか、瑞希はほんの少しずつ元気を取り戻しているようだ。
それでも足りない。別れ際の表情は、心の底からの笑顔がいい。デートの終わりに翳りを感じる昏い表情をするなんて、俺のプライドが許せない。
上手くいくか。迷惑だと突っぱねられないか。ちゃんと芯まで響いてくれるか。
分からない。分からないことは怖い。けれどやれることを敢えてしないという選択肢を取るような余裕だって無いんだ。
「…先に言っておく」
「うん?何を?」
「これは自己満足だ。相手のことを微塵も考えず、エゴの為に勝手にやったことだ」
「…分かんないよ、柚。何を言ってるのか全然分かんない。ちゃんと説明してくれなきゃ」
「今から嫌でも分かるさ。…ほら、やるよ」
ぶっきらぼうに言って、手提げ袋を渡す。その袋に書かれたロゴが先程まで居たアクセサリーショップの物だと気付き、瑞希は怪訝そうに俺を見遣る。
俺は何も言わない。ただ、中身を見てみるようにと顎をしゃくるだけ。怪訝そうな表情のまま中身を取り出すと、瑞希は目を見開いた。
「柚、これって…」
「小柄だけど綺麗だろ。瑞希に似合うかと思ってな」
細長いカバーに収納されていたのは、シルバーのブレスレット。花柄の装飾が施されており、大人っぽい渋い光沢を放ちながらも可愛らしいデザインの品。似合うと言うより、これを付けた瑞希を見てみたいというのが正しいが、そこはご愛嬌ということで。
何かを言おうとして口を開きかけた瑞希を制し、手提げ袋を指差す。まだ俺のターンは終了していないぜ、と。
不完全燃焼を絵に描いたような表情でもう一度袋の中を探らせる。その手にはもう一つの細長いカバーが握られていた。
桃色の地金で模られたネックレス。極小さなハート型の装飾もされている。滑らかなチェーンもまた魅力的。あの時、瑞希が欲しそうに眺めていたネックレスがそこにはあった。
「この前、ネックレスの鯖が気になってきたって言ってたろ。だから丁度いいかと思って…」
「待って待って!お願いちょっと待って!」
「んだよ。好みじゃなかったか?」
「いや、凄くカワイくて好きだよ?でもそうじゃなくって」
目に見えて困惑している瑞希。アクセサリーと俺の顔を交互に見比べている。俺らしからぬ気の利いた行動に疑念を抱いている様子。
「値段のことは気にすんな。お前が思ってる数倍は安かった」
「いや…えっと…それもあるけど。でも…」
「“どうして”ってか」
「…うん」
どうやらこんなサプライズを仕掛けた意図を掴み損ねているらしい。納得できない様子で俺の顔を見ている。
まあ疑うのも無理はない。急にそんなプレゼントされちゃ誰だって疑う。俺だって疑う。後でバカでかい請求でもされるんじゃねーか、ってな。
だが「どうして」と尋ねられたって、先に言っておいたエゴという外ない。それ以上の理由はない。
「折角遊びに行って、落ち込んだまま解散は嫌だろ。だからだ」
「そんな…嫌なのは分かるよ。ボクだって今、疑問なんて無視して構わず抱き着きたいくらいには嬉しい。でも、柚はそれだけの理由でこんなことしない性格なの知ってる。そこにはきっと意図がある。でも…どれだけ考えても分からないんだ。分からないから、不安なんだよ」
申し訳ないだとか、そこまでしてくれなくて良いとか、そういった想いもあるだろうけど。一番は「納得」をしたいからだろう。納得できるだけの理由を探しているのだろう。そんな表情をしている。
自分を呪うのをやめろとは言わない。癒えない心の傷だって、暁山瑞希の一つだから。
それでも思う。失くしたものばかりに目を向けて、誰かがくれる暖かさに疑心暗鬼になったり無理に理由を付けたりしないでくれ、と。それはきっと瑞希自身だけではなく…大切に想う誰かも悲しいことだ。
何も見返りを求めない優しさだってあることを、知って欲しかったんだ。
──舞踏会に出たたいと願ったシンデレラは、使い古されたオートクチュールだって、着飾れるなら構わない筈だったのに。何者よりも輝かしいドレスや硝子の靴をくれた魔法使いに対し、シンデレラは問いました。
「どうして優しくしてくれるの?」
魔法使いは少し驚いて、慈しむ瞳でこう答えました。
「優しさだろうと厳しさだろうと憐れみだろうと、貰う側が決められるものじゃない。いつだって一方的なんだ。だから、俺は一方的に優しさを与える。お前が傷つく分、俺はお前を受け入れる」
「まあ、周りの目を気にするなとは言わない。どうしても纏わり付く問題だからな。けど、覚えていて欲しいんだ。世間が右に倣えって抑圧したって、そのままで構わないから一緒に居ようって言ってくれる奴が居る。どうしようもないほど受け入れてくれる奴がいる」
「でも、言葉だけじゃ救えないって分かってる。だからソレは…そんな想いを形にした物だとでも思ってくれ。“独りじゃない”って、見る度に思えるだろ。だからまあ…こういう言い方は狡いかもだけど…俺に君の力にならせてくれ」
相変わらずの暴論だ。理由の説明になんてなっていない。それこそ、大切に想っていることを押し付けている…。
それで良いんだ。友情も愛情も、与えられる側は分からないんだ。ならば目に見える形にして、押し付けるくらいが丁度いい。
一方的に救おうとするには限界がある。勝手に与えられる想いを
迷惑だと言われてもいい。何度だって向き合ってやる。それが俺の暁山瑞希と付き合っていく『覚悟』だ。
「…ホント。肝心なとこではキミに敵わないなあ」
俯いていた瑞希がそう呟いた。心からの言葉を自分なりに咀嚼して、納得してくれたのだろうか。どこか晴々とした表情をしていた。
ちょっと恥ずかしいことを口にしたような気もするが、瑞希の心が少しは軽くなったならお釣りがくるだろう。
「…うん。決めた。やっぱり柚じゃなきゃダメだ。大好きな柚じゃなきゃ…」
何かを決したかのように凛とした顔付きになる。その佇まいからは並々ならぬ覚悟のようなものが見えて、俺も思わず背筋がしゃんとした。
今コイツ俺のこと大好きって言わなかった?
「夕凪柚さん」
「は、はい…?」
「胸の内を曝け出すのは凄く怖いところだけど…この溢れる想いは隠せない。ボクの精一杯の想いを…聞いてほしい」
あらやだコレ告白じゃなくてぇ!?
やるんだな、今ここで!?あっ、あっ、どうしよう。まだ心の準備が。もうちょっと余裕を持って聞きたいってのに、どうしてこういう時に限ってずっと心臓の音は煩いんだ!
畜生、覚悟を決めろ夕凪柚!覚悟があれば何も怖くない、何も動じない…。いつだって覚悟は私に勇気をくれる…!
っしゃあばっち来い!受け入れるって言った手前、お前の覚悟を真正面から受け止めてやる…!
「柚、キミさえ良ければボクの…」
「お、おう。お前の…?」
「ボクの──
………。
なんてぇ?
「……なんてぇ?」
申し訳程度のシリアスはこれで終わりです。瑞希に兄呼びされたい人生だった…。