考えに考えた結果、あのパンティーはベッドの下にある収納の中に封印した。もし家族や友達に
パンティー付きラブレターを贈られるという有り得ない事態に見舞われ、パンティーのことで頭が一杯になるが生活は続く。流石に学校を休む訳にもいかないので、寝不足でボンヤリする目元を拭いながら登校する。
頭の中が堂々巡りの中で授業を受けても内容が頭に入らないのではないかとも思ったが、逆に考えることにした。椅子に座って机に向かって勉強する雰囲気の中に居れば、自然と脳がクリアになっていくさと。逆に考えたんだ。
無理だった。加法定理を教えられたって、仮定法の表現をノートに書いたって。あのパンティーは誰の物なのだろうかという疑問がずっと頭の中に巣食っている。理解できる筈もないのに相手方の意図を理解しようとしてしまう。考えれば考えるほど坩堝の中だ。
気が付けば四限の終了を告げるチャイムが鳴った。やる気のない挨拶をしながら教科書や参考書を片付け、先生が退室したのを見計らって弁当箱を取り出した。
いつも一緒に食堂へ行く友達の誘いを断って、俺は中庭に設置されたベンチに座りたった1人で昼食を摂り始めた。
喧騒に包まれた食堂でお気に入りの動画を見せ合いながら食べる昼飯も美味いが、よく手入れされた花壇の花が微風を受けて揺れる様子を見ながら食べるのも、これまた違った趣がある。中庭を通る生徒たちの視線は集めてしまうのが少し難点だが悪くない。
俺ってどうしようもなく静と動のコントラストが好きなんだなあ、としみじみ思う。将来は田舎に骨を埋めるのも良いかもしれないとか、ジジ臭いことを思いながらチビチビと箸を動かす。
ハム巻きチーズを咀嚼しながら考える。言うまでもなく思索するのはあのパンティーについて。
…すっぱり諦めて忘れるべきだろうって指摘はご尤も。しかし身内の誰かにラブレターwithパンティーを贈ってくる奴が居るのが分かっていて、それを無視しろって結構酷なことじゃないか?
当然ながら、容疑者は昨日に俺の家を訪れたニーゴメンバー4人に絞られる。ご丁寧に俺の部屋のデスクに置いてあったのだからそう考えて間違いないだろう。
そこから犯人を補足せねばならない訳だが、これが余りにも難しい。まず昼ご飯の時点ではあのラブレターは確認できなかった。なのでリビングに移ってから席を外した人間が怪しくなるのは必然。しかし思い返すと全員数度は何らかの理由でリビングを出ている。勿論家の中に監視カメラなんて設置していないので分かる訳がないので、絞り込むことはできない。
うぅむ。どうしたものか。恥も外聞もなく「おパンティー見せてください!」なんて頼み込むなんてやりたく無いし。これは地道に犯人探しをしてボロが出るまで粘るしかないのだろうか。
「オーノーッ。俺の嫌いな言葉は一番は“地道に”で二番目が“コツコツと”なんだぜーッ──なんつって…へへ…」
「なにニヤニヤしてんの?」
「うぁぉい!?」
テキトーにネタを呟いて一人で満足して完結させていると、唐突に整った顔が目の前に現れる。余りに吃驚してしまって椅子から転げ落ちそうになるが踏ん張った。
「あっはは!何そのオーバーリアクション、おっかしー!」
「ハァ…普通に声掛けろよ瑞希。心臓止まるかと思った」
「ビックリ耐性皆無だね〜」
心の底から可笑しそうに笑う。割と見られて欲しくない所を見られて笑い種にされてるんでケッコー複雑な気分だが、まあ楽しそうで一旦は良しとする。
「別に耐性が無いわけじゃねー。覚悟がありゃ大抵のこと怖くない」
「そっかー。じゃあ耐性アリか……うん?いや結局無いような」
ごく自然に。まるでそこが当然の居場所かのように隣に腰掛ける。俺の精一杯の、且つどうでもいい反論を真面目に考えて小首を傾げている。風が少し強く吹いて、頬を瑞希の髪がふわりと撫でた。
随分と可愛らしい仕草だと思った。次いで、髪がちゃんと手入れされていて綺麗だと思った。髪を結った暖かい色のリボンが似合っていると感じた。
なんと言えば良いのだろう。可愛くなりたいと願う等身大の暁山瑞希の姿が、いつもよりも輝いて見えるような。不思議と目が惹かれるような。
らしくない感想を抱いているのは分かっている。けど、否応なしに純文学的な感想が湧き出てくる。人の魅力や好ましく思っているところに自然と目が誘われて、つい詩的な感想を抱いてしまうのだ。
ん?なんかコイツ距離近くね?
「どうしたのさ?ボクの顔に何か付いてる?」
「や、別に…。なんか全体的に色が明るくなったかなって」
「お!よく気付いたね〜。実はアイシャドウの色変えてさ。似合う?」
「似合ってるよ。サイコーに可愛い」
「…えへへ。な、なんだか面と向かって言われると照れるなぁ」
全部あのパンティー付きラブレターのせいだ。文学的な表現をしがちになってしまうのも、普段は気恥ずかしくて言えない歯の浮くような台詞を言ってしまうのも、恥ずかしそうにはにかむ表情を見ていたいと思ってしまうのも。全部全部アレのせいだ。
このままではマズい。恋に恋する状況が、とは言わない。ただアレを贈ってきた奴がニーゴのメンバーの誰かで、それを特定できていない状況が非常にマズい。仲間を疑いの目で見なければならない状況も、うっかり口が滑って歯の浮くようセリフを吐いてしまいそうな状況も。ヒジョーにマズいのだ。
自分のことを遠い空の上から眺めている感覚だ。頭の中で「こうして欲しい」「こうありたい」と考えはするが、自分の身体じゃないみたいに動く。今の俺自身を形容するとしたら「乱数のような存在」になるんだろうな。運営側も把握できてない上に対処法も持たない、最悪の乱数。
「あー、顔あっつ…」
パタパタと顔を手で仰いでいる瑞希。一応持ってきておいたハンディ扇風機を手渡してやると「あ〜」とか呻きながら顔の熱を冷ましている。
不意を突くように扇風機の風が前髪を揺らす。目を向けると、悪戯が成功した子供のように瑞希はコロコロと笑った。
今日のコイツ矢鱈可愛くね?
結局コイツは何をしに中庭まで来てたんだろう。
「別になーんもないよ。柚がそこで寂しくお弁当突いてたから、ボクが話し相手にでもなってあげようかなって」
「お気遣いどーも…。てか今思ったが、学校来てんの珍しいな」
「んー、まあね。出席日数がヤバいってのそうだけどさ」
言って、破顔する。試すような笑みと上目遣いが俺に向けられた。
「柚に会いに来たって言ったらさ…どうする?」
え。何その質問。
「……嬉しい?」
「なんで疑問系なのさ」
だって嬉しいじゃん。あれだけ悩んで塞ぎ込んでいた瑞希が、理由はともかく学校に行こうと思えるなんて。辛い時期を知っているからこそ、近くで見守ってきたからこそ死ぬほど感動するさ。
しかし、俺に会いたいから学校に来るだなんて、恥ずかしいやら誇らしいやら。確かに俺も小さい頃は友達が居るから学校に行きたかったなと思うと、瑞希が一歩を踏み出す為の「誰か」になれたのなら、それはとても幸運なことだろう──。
コイツ俺のこと好きすぎじゃね??
え。え待って。あのラブレターの差出人コイツじゃね???
可能性はある。25%の確率でコイツがあのパンティーの持ち主なのだからそりゃあ可能性はあって然るべきなんだが…。しかしこうもストレートに好意を向けてくるとなると随分ときな臭くなってきた。
瑞希があのラブレターの差出人だとすれば、いつもより距離が近く挑戦的な態度を取ってくる辻褄が合う。ラブレターのことで頭が一杯なところを一気に攻めて堕とす、高度な心理戦を仕掛けて来たと考えれば。
あれ?でもパンティー…。瑞希がパンティーを落としたシンデレラだとすると、昨日コイツはあの可愛らしいパンティーを履いてきて、脱いで、手紙に添えたことに…。
やめよう。これ以上は業が深い。これ以上考えると、なんつーか…開いてはいけない新たな扉を開けてしまうような気がする。
瑞希がアレの持ち主だった場合、遅かれ早かれその扉は強制的にこじ開けられることになる訳だが。しかし無駄だったとしても抵抗させて貰おう。俺が俺であるために。
「ねぇ柚。放課後空いてる?」
「あ、ああ。部活も休みだしな…」
「じゃあちょっと付き合ってよ。買いに行きたい物があってさー」
放課後デートのお誘いだと!?
オイオイオイオイ、コレはどっちだ!?
そんなに攻め急ぐとあっさりボロが出ちまうってのは分かりきったことだ。聡い瑞希がそんなこと把握していない筈がない!ってコトは瑞希は白か?*1いや、そう思わせて裏の裏をかくつもりか?
分からない。現段階で判じるには材料が少な過ぎる。一体どっちなんだ暁山瑞希!
お前の真意は…何処にあるんだ!?
「…オーケー。俺も丁度2人きりで遊びたかったとこだ」
「……えっ」
その誘いに乗ってやろうじゃあないか。受けて立ってやる。
お前の下に隠されたモノを…暴いてみせる!
瑞希がフリフリした純白のパンティーを!?
えっちだねえっち。