可愛ければ変則的でも好きになってくれますか?   作:半濁音

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 プロセカ熱が再燃したので初投稿です。プロセカ小説もっと増えて、どうぞ。


貴方が落としたのは

 

 

 

 

 

 俺はその音楽に惚れた。

 

 月並みな言葉だ。しかし惚れたものは惚れた。そこに捻りの利いた物言いなんて要らない。別にカミサマに贈る美辞麗句って訳でも無ければ、「好き」の貴賤が直情的かどうかで決まる訳でもないのだから。

 

 たった一人で音楽をやりたい奴なんて居ない。きっと何処かで、誰かの助けがあって素敵な音色ってのは生まれている。惚れた音にとってその「誰か」になりたかった。

 高尚な理由なんて無いけど、小難しい理由を並べ立てるのだって違う気がする。ただそれでも譲れない「好き」があった。行動する理由なんてそれだけで良い。

 

 

 

 

「ん、このケーキ美味しいわね。私も今度買おうかしら」

 

「使い込まれたベース…こういうのを“味な物”って言うのかな?」

 

「…ここ空調の風が直撃して目が乾燥するんだけど」

 

「ねーぇーもっとお菓子とかジュースとか無いの?」

 

 

 

 …だからちょいと思い描いてた未来予想図とは違くたって、掛け替えのない「好き」がそこにあるなら。人の家で寛ぎ過ぎている仲間たちに小言を言いたくなっても仕方がないだろう。

 

「…ここ俺の家なんだけど。割とパーソナルな空間であって、君らの溜まり場じゃねーんだけど」

「だってさー?タダでオヤツも飲み物も出てくるし、過ごしやすいから仕方ないじゃん」

「体の良いカフェテリア扱いかよ…。ってかそのケーキ俺の今日の夜食…」

「今度からは登記でもして所有権示しときなさい」

 

 必死こいて予約したちょっとお高いケーキが消えていく。とてもいい笑顔で、いい声で美味しそうに食べているのを見ると悔しさで涙が滲んでしまいそうだ。

 

 

 俺が所属している音楽サークル【25時、ナイトコードで。】、通称ニーゴのメンバーが自宅に押しかけて来たかと思えば、入室許可なんぞ出していない筈の自室に堂々と腰掛けた。腰掛けやがった。

 

 招かれざるという枕言葉は付くが客は客。非常に不本意ながらも菓子や飲み物を出してやると各々自由に寛ぎ始めた。果てには席を外している間に冷蔵庫の中を物色されてケーキまで食われている。

 

 普通ならば烈火の如く怒り散らしても可笑しくないが、器の大きさに定評がある俺は何とか矛を収めることに成功した。今はただ変に刺激しないように嵐が去っていくのを待つのみである。

 

 

 

 さて。イかれたメンバーを紹介しよう。

 

「中学の卒アル…。将来の夢、税理士?」

 

 作曲担当、宵崎奏。ハンドルネームは『K』。

 俺が惚れ込んだ音楽の骨組みはコイツが作っている。俺の部屋を集合場所に提案した元凶であり、恐らく最もプライバシーを害している不摂生野郎。食生活と運動神経が壊滅的。

 

 

「防虫剤の匂いがする」

 

 作詞担当、朝比奈まふゆ。ハンドルネームは『雪』。

 コイツが書き上げる詞には不思議な引力がある。勝手にインテリアを採点してはお洒落なアイテムを置いていくレアモンスター。本人曰く、しっくり来なくて要らなくなった物らしい。

 

 

「ケーキ美味しい〜♪」

 

 イラスト担当、東雲絵名。ハンドルネームは『えななん』。

 コイツの絵無しにニーゴは成り立たない。人のショコラケーキを勝手に食いやがる厚かましさを誇る。面は良いがやってることは殆ど盗賊。恐らくジャ◯アンの理論を現実に適用している。

 

 

「ね、ねっ、どうこのアクセ。可愛くない?」

 

 動画制作担当、暁山瑞希。ハンドルネームは『Amia』。

 ネットマーケティングにおいてコイツの貢献度はデカい。可愛い系のアクセサリーが部屋に増えた原因。俺のことを使用人か何かだと思っている。最近少しずつ学校に来るようになった。

 

 

 そしてこの俺、夕凪柚。ハンドルネームは『citrus』。

 主に編曲を担当している。偶に奏の思い付いたコードを実際に弾いてみせることもある。

 

 アマチュアベースコンテストで優勝した経験アリ。チェロだって弾けるしフルートだって吹ける。成績優秀、眉目秀麗、温厚篤実と三拍子揃った完璧で究極のベーシスト。我が強いニーゴメンバーの纏め役。日本製モーリス・ラヴェルとは俺のことよ。

 

 

 以上が先鋭的な音楽を作り続けるニーゴのメンバー。ネット上じゃ謎のカリスマ扱いされていて、その曲調からかなり深読みされた人物像の考察がされているが、実態としてはこんなモンだ。

 

 色々お小言を垂れ流したくなる所があるとは言え、皆んな大切な仲間だ。可能な限り丁寧に扱ってやりたいってのが俺の本音。面と向かって言うことは多くはないが、心のどこかで分かり合えているこのサークルの雰囲気が好きだ。

 

 

「…大人しくしとけよお前ら。俺は今から晩飯の材料を買ってくるからな」

「今日は何するの?」

「えっと、今日はチキン南蛮……食ってくとか言わないよな」

 

 奏が目を逸らす。ついでに他のメンバーも目を逸らす。君ら仲良いね…じゃなくて。早めに帰ってくれよ、切実に。

 

 そうは思うものの口に出すことはない。押せば通る実にエロ漫画向きの性格をしている俺が、別に強く否定するほどの反論材料が無いことにまで気付いてしまったらチェックメイトだ。

 

「メニューに文句言うんじゃねーぞ。ソッコー叩き出してやるからな」

「…ふぅん」

「何だよまふゆ」

「別に。モテないのも当然だろうなって思っただけ」

「ねえなんで急にそんな事言うの???」

 

 急に振り翳された言葉の刃に動揺を隠せない。余りにも火力が高い口撃に人目も憚らず「ヤッダーバァァアァァ」と泣き叫びたくなるが、なんとか心の中で留めることができた。吐血するだけで済んだのは幸運だった。

 

 畜生このクソカスが…。人の弱点を容赦なく突き刺しやがって。どれだけ彼女ができねーことを気にしてるか分からないクセに…。

 まあ彼女が容赦なく悪口雑言を放ってくるのはある種の信頼の証なの咎めることはしない。つまり一方的に俺の負けです。

 

「なんで俺はモテないんだよ…何が悪いんだよ…」

「泣かないで…元気出して…」

「もうちょっと意地悪になってみれば良いんじゃない?」

 

 ガン無視を決め込む絵名。テキトーなアドバイスをくれる瑞希。慰めてくれる奏。なんとも思ってなさそうなまふゆ。俺の扱いが割とぞんざいなのはいつもの事だ。気にすることはない。

 

 

 ひと通り愚痴を呟いてスッキリした俺は、推してるバンドのグッズのエコバッグを提げて近所のスーパーへ出向くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…疲れた」

 

 けど、楽しかった。

 

 

 思わず漏れた独り言ってのは信用ならない場合がある。今みたいにネットニュースみたいな切り抜き方がされて口をつくなんてこと、結構ある。

 

 そこそこ滞在して行った嵐が過ぎ去り、リビングには静寂が訪れる。

 静かな時間は好きだ。目まぐるしく回る今から離れて、自然に目を向けてみたり自分の深層心理を覗いてみたりする時間が好きだ。自然とセンチ(感傷的)になる静けさってのは心に余裕をくれる。

 

 仲間と騒いでいる時間も好きだ。何にも役に立たないことばかりを話して、生産性なんて度外視な馬鹿をやる時間ってのは何物にも代え難い。

 

 何が言いたいのか。要するに俺は、今に割と満足しているということ。無論今に至るまでに出会いや別れ、衝突なんかがあった訳だが。それでも離れずに居るのは割と奇跡に近いんじゃないかと思う訳で。

 

 

「…掃除でもしよう」

 

 いかん。騒と静のメリハリが凄まじいからか、とても口には出さないようなことを考えていた気がして、なんだか気分が落ち着かなくなってきてしまった。

 こういう時は動くのがいい。筋トレをしても良いが、今日は掃除をしよう。埃を被った本棚の上なんかを念入りに。

 

 ブラシが付け替え可能なモップを持って家を綺麗にしていく。リビング、キッチン、玄関といった順番で目についたところから程々に。

 掃除というのはやり始めるとキリがない。始めるまでが億劫だが、一度やり始めると隅々まで綺麗にしないと満足できなくなる。なので程々が一番だ。

 

 

 目に見えて床や家具が綺麗になっていくと心も磨かれていくようで気持ちがいい。集中力も高まっていって実に清々しい気分だ。ンッン〜、歌でも一つ歌いたいくらいにいい気分だ。

 

 順繰りに家を回って行って、最後に自室を訪れる。午後からはリビングに移動してもらったが、午前中はここに屯していたから掃除のし甲斐があるだろう。

 

「……ん?」

 

 さあ始めようかと意気込んでいると、デスクに見覚えのない封筒が置いてあるのが目に入った。

 

 白い封筒を手に取って見てみる。何かの手紙だろうか。アイツらが郵便物に気付いてここに置いておいてくれたとか。態々俺のデスクでなくとも、リビングのテーブルに置いておけば良いのにとも思うが、別に疑うようなこともないので早速開封してみる。

 

 期待せずに封を開けて書いてあることを読んでみれば──信じられない文言が目に飛び込んできた。

 

 

「こ、コレは──ッ!ラブレターだッ⁉︎」

 

 

 思わず手が震えてしまい、シワになってしまうのを危惧して優しくデスクの上に戻した。

 

 椅子に腰を落ち着けて深呼吸をしてから目を通す。

 

 

 

 

 

 夕凪柚さん。貴方のことが大好きです。貴方の優しさに触れるたびに胸が熱くなって、貴方のことしか考えられなくなるくらいに。

 

 

 

「お、思い切り愛の告白だ…。明朝体だけど」

 

 手書きの方が嬉しかったかもなんて贅沢なことを考えられる余裕は出てきた。だからこそこの手紙の幾つかの不明瞭な点が浮き彫りになっていく。

 

「肝心の差出人の名前が分からん」

 

 差出人不明。それ即ち返事ができないということ。一世一代の告白を受け入れるかどうか──受け入れる気満々なのは言わないお約束──の返事ができないのだ。それは告白というプロセスにおいて不自然ではないのだろうか?

 

 いや、断られる可能性を危惧して、返事を聞くくらいなら記憶の片隅に留めさせる作戦に打って出たということかもしれない。ただの書き忘れなんて可能性を考慮に入れないとすると、なるほど恋愛頭脳戦において相手は強者なのかもしれない。

 

「…ん?裏面にも何か書かれてある」

 

 背もたれになだれかかっていると、部屋の照明が裏面にも何か記載されていることを教えてくれた。ここに名前が書いてあるかもしれないと思って、早速裏返して読んでみる。

 

 

 

 中にはちょっとしたプレゼントをご用意しました。封筒の中に入っておりますので是非見てみて下さい。

 

 

 

「…プレゼント?」

 

 予想だにしない文言に釣られて空になったはずの封筒を見てみる。確かに分かりにくいが、少し膨らんで見える。

  

 相手の意図が掴めない。ここまでくると名前の書き忘れることなんて無いだろうし、詰まるところ何か思惑があってこんな回りくどいことをしている。しかもプレゼントという一応の好きの形すら用意している。

 何もかもが不明だ。そうまでして爪痕を残したいのか?普通に好きだと伝えてくれれば小躍りするくらい喜ぶのに。

 

 

 何が入っているのか。ビックリ玩具でも入っているのだろうかと少し警戒しながら触って確かめる。なんだか布擦れするような音と感触がする。手拭いか何かだろうかと推測しながらソレを封筒から引き出した。

 

 

 

 

 

 

○○○○○穢れのない白魚のような美しさ。

○○○○○○仄かな期待の名残が香った。

○○○○○○○知らない貴女はどこに。

○○○○○○○○探す温かさの行方。

○○○○○○○○○告げる白昼夢。

○○○○○○○○○○愛を捧ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

「……あ……え?」

 

 俺の両の手が掴んでいた物。余りの衝撃に言葉を失う。

 

 純白のパンティーが。まだ少しの温かさを残して俺の手に在る。

 

 ヒラリと小さな紙切れが舞い落ちた。そこには変わらず明朝体でこう書かれていた──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに脱ぎたてです❤︎

 

 

 

 

 

 脱ぎたてですじゃねーんだよ。

 

 




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