蠢く共産党盗聴事件の亡霊 日本警察の「法制化」へのトラウマ

一筆多論

科学捜査研究所で行われているDNA型鑑定の様子=東京都練馬区(前島沙紀撮影)
科学捜査研究所で行われているDNA型鑑定の様子=東京都練馬区(前島沙紀撮影)

警察を神経質にさせる判決が名古屋高裁で続いた。

8月30日。暴行罪で無罪となった男性が、逮捕時に採取されたDNA型、指紋などを警察庁データベースから抹消するよう求めた訴訟の控訴審判決。データ抹消を警察側に命じた。

9月13日。風力発電施設建設に反対する住民の個人情報を集め、事業者に提供していた岐阜県警の情報活動を違法とし、情報の抹消と賠償を警察に命じた。両判決とも長谷川恭弘裁判長によるもの。この事件を最後に定年退官した。

警察庁を刺激したのは、両判決がDNA型保管、情報収集活動に関し、「法制化」を促した点だ。

判決は、DNA型の運用指針が国家公安委員会規則の内規などにしかないことを問題視し、抹消規定の未整備を批判、「みだりに保有され、利用されない憲法上の自由の保障を制度的に担保するための立法化が必要」と指摘した。情報収集活動については「どのような場合」に、「どのようなもの」が「収集、保有の対象になるのか」などについて、「具体的な法律上の根拠があることが望ましい」と立法化を促した。

警察側は上告せず、敗訴が確定した。「個別敗訴より、判例で裁量が狭められ法制化される方が痛い」。立法忌避が警察の本音では、とみる向きがある。

警察には通信傍受法(平成11年8月成立、12年8月施行)の苦い記憶がある。組織犯罪の対抗策だった同法は、国家権力の「盗聴」乱用を敵視する左翼勢力の抵抗によって国会審議で中身が骨抜きにされ、「使い勝手の悪い法律になってしまった」とのトラウマだ。

傍受の対象事件は僅か4種類(その後拡大)。手続きは厳格で煩雑。全国警察の昨年の適用は22件。話にならない。海外主要国と桁がまるで異なる。それほど使いにくい法律ということだ。ならば法制化せず、内規で運用したい―と警察が考えても不思議でない。

秘匿性の高い通信アプリでやりたい放題の強盗が体感治安を急悪化させているのに、通信傍受法は全く武器になっていない。犯罪捜査に限らず諜報目的で令状不要の行政傍受など、同法には一片の概念もない。世界の潮流から遅れている。

通信傍受法への抵抗には、「警察権力に盗聴させるな」という警察性悪説がある。その源流を遡(さかのぼ)ると、昭和61年発覚の共産党幹部宅盗聴事件にたどりつく。公安警察の非合法性が取り沙汰される不祥事だったが、警察側のやり方が杜撰(ずさん)だったことも否めない。捜査絡みの法制化には、必ずこの事件の亡霊が蠢(うごめ)く。

究極の個人情報のDNA型の集積は捜査に有用だ。冤罪(えんざい)防止にもなる。内規はデータ抹消要件を「対象者死亡のとき」「保管する必要がなくなったとき」と規定するが、不要時の定義を狭められることを警察は警戒する。通信傍受法の二の舞いは避けたい。公安の必須作業の情報収集も同様だ。

が、治安を守る合理的な立法ができない現状は健全ではない。国民の利益に反する。改善には盗聴事件の亡霊の退治が必要になる。

どうすればいいか。地道な適正運用を積み重ね、信頼を得ていくしかないのだ。DNA型運用も公安活動も。当初は嫌われながら、20年超の適正運用で世論を変えた防犯カメラの好例がある。盗聴事件の亡霊は必ず退治できると思いたい。(上席論説委員)

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