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そして笑う。


一瞬のことだった。


崖からも離れ、飛び降りる場所もない中。一人の騎士がまるで投爆のようにして銃を構えた兵士達の頭上から降り、そして斬り裂いたのだ。

更には一人二人ではない、銃を構えた兵士全員を、一瞬の引き金を引く間すら与えず無力化した。

あまりの突然の事態に、救われた騎士も敵兵すらをも呆気に取られた。どこから投下されてきたのかもわからぬその存在に、誰もが目を奪われた。


その白き団服は間違いなく、我が騎士団のものだった。

そして銀色の髪を束ね、靡かせたその背後姿はどう見ても…




「…アーサー……?」




現実味が沸かず、思わず声を上げる。

剣を構え、ゆっくりと振り返るその騎士は間違いなくアーサーだった。


「…お疲れ様です。」

私や騎士達の顔を一度見ると、そのまま視線から逃げるように場違いな挨拶と共に頭を下げた。恐る恐るといったアーサーのその動きに、敵兵の一人が気を取り直すように再び怒号を上げた。それを皮切りに再び敵兵が渦となり私達へその足を踏み出し



…た途端、アーサーの剣が一瞬で十単位の敵兵を根こそぎ斬り裂いた。

前進し、そのすれ違い様に敵の首を刈る。鎧の覆われていない関節を的確に狙いたった一閃で深く裂き、更にその勢いのまま別の敵兵も斬り伏し続けたのだ。あまりの速さに、私以外の者にはアーサーが横に剣を振るっただけで敵兵が血を放ったようにしか見えなかっただろう。


「来ンな。」


短いアーサーの一言が、目の前の敵兵以上に凄まじく殺気を放っていた。更に敵兵が遠くから銃を構える音がした途端、斬り倒した敵兵に握られていた剣を掴み、振り向きざまにその剣を銃を構えていた兵士へ真っ直ぐに投げ放った。槍のように放られた刃が、兵士を纏めて二人串刺しにする。


「騎士団長、後退するなら自分も援護します。」


アーサーが私の方を振り向き、後方を目で指した。今は未だ、後方には敵兵はいない。あともう数十メートル後退できれば、味方のいる崖まで辿り着く。そうすれば、重傷者を彼らに託すこともでき、この最悪な足場から脱し、体制も立て直すことができるだろう。崖上にはまだ動ける騎士が大勢いるのだから。そして後は


「ンで、騎士全員が撤退完了したら」


私が返事するよりも先にアーサーが続けて言葉を放った。その声は私に確認というよりも報告に近かった。


「自分は敵本陣に突っ込みます。」


ヒュッ、と剣を前方の敵軍へ突き付けるようにして言い放つアーサーの目は、確かにその更に向こうにあるであろう崖上の敵本陣に向いていた。


「その時は騎士団長も一緒に来ますか?」


ニヤッ、とここに来て初めてアーサーが私に向かい不敵な笑みを向けてきた。


…騎士団長である、この私に。

父親である、この私に。

アーサーにしては珍しくわざとらしい、挑発するような笑みを。…この、私に。


「…誰に向かって言っているつもりだ?」


良い度胸だ、と叱責するつもりが自分でも口元が引き上がって行くのがよくわかる。


「当然だろう。」


アーサーに答え、自然とその隣に並ぶ。騎士達が指示をせずとも私とアーサーの話を聞き、重傷者達に手を貸し始めた。後退の為に私とアーサーの背後に控え、急ぎ味方陣営の方へと駆け出す。

それを追うように私とアーサーも背後足で下がっていく。そして、敵兵が逃すまいと再びその無数の足で地を震わせようと前進した瞬間




アーサーと私で、眼前の敵を斬り伏せる。




「ッ何故単身で飛び込んだ⁈崖上の騎士達が何故控えているかはわかっているだろう!」

「いっ…きなり説教っすかッ‼︎」


火がついたように別々のタイミングで振り降ろされる敵兵の刃を私が剣とその身の特殊能力で全て受ける。同時にアーサーが敵の懐に飛び込み、一閃に見える高速で剣を振るった。血を吹き、仰向けに倒れる敵兵をその勢いのままアーサーは振り回した足で蹴り飛ばす。

「ッたりまえでしょう‼︎俺がっ…自分が騎士になりたかったのはっ…!」



『…どぉせ今までだって、俺とお袋が知らねぇとこでもちょいちょい死にかけてンだろ。』


不意に、遠い昔のアーサーの言葉が頭に過ぎる。

…何故、またこんな時に思い出したのか。



前方が倒れこみ、更に兵士が蹴り飛ばされてきたことで一瞬足が止まる敵兵を、アーサーが追撃するようにその剣で更に斬り込んだ。私からもアーサーへ銃を構えた敵兵を、それより先に銃で撃ち抜く。

「俺が‼︎…ッ八番隊を志願したのはっ…‼︎」



『言っとくけど次はもう俺には隠せねぇから。』


…六年前だ。騎士になることを諦めていたアーサーが、再び騎士になりたいと口にしてくれたあの時の。



今度は目の前の兵士全員が銃を構え出した。照準を合わせられる前に、私とアーサーで踏み込み一気に敵兵を斬り込む。

銃が飛び、敵兵の血が頬に掠った。遥か後方の敵兵が私に銃を構えた。私も銃を構えようとした瞬間、先に拾った敵兵の剣を手にアーサーが跳ねて飛び出し











「今‼︎こうして父上の隣に立つ為なンすからッ‼︎‼︎」











後方にいた敵兵を放った剣で貫いた。







『次はその戦場に、親父の隣に俺も居っから。』







…六年前、アーサーは確かにそう言った。

アーサーが何故、八番隊を志願したのかは私も副団長のクラークも知らされてはいなかった。「やりたいことがある」と、ただそれだけだった。

他隊と比べその形態も変わり、更には完全実力主義の厳しい隊を何故望んで選んだのか。


八番隊の特権の一つ、各自判断での行動。


任命された場所や範囲内であれば八番隊は各自の判断で行動することを許される。

騎士団長としてどの隊にも属していない私の隣に立つ。……それを、唯一可能にする隊は。


敵兵を貫いたアーサーが、再び自分の剣を構え、目の前の敵兵を斬り伏せていく。私も集中を切らさぬように周囲の敵と、そして後退を続ける部下達に意識を向ける。彼らに合わせて私も数歩下がり、同時に背後からアーサーの団服を引く。突然背後に引っ張られ、蹌踉めくアーサーに「背後にも合わせろ」と助言する。


ー まさか、こんな所で再び喜ばされることになるとは。


「はい!」と勢い良く返事するアーサーが再び剣を構えて目だけで後方を確認した。

私も胸中に湧き上がる熱を収め、今は隣に立つ八番隊副隊長と連携すべく剣を握り直す。再び敵兵が体制を立て直し、同時にその剣を私達に振り被った。


「後退しつつ倒せ‼︎決して先行するな!守るべき者から一定以上離れず守り通せ‼︎」

一度に剣を数撃受止め、更にそれを弾き返しながら隣のアーサーへ声を上げ言い放つ。


…たった、一人だ。

たかが騎士一人の増援。対して崖下に降りて来た敵兵は無数にいる。たかが騎士一人で戦況が覆るなどあり得はしない。


無傷で体力に余りある若年の、たかが騎士一人。

今年八番隊の副隊長に就任した、たかが騎士一人。

最年少で騎士団本隊に入隊した、たかが騎士一人。

剣の実力だけで言えば当時の隊長副隊長格以外の全ての騎士に打ち勝ち、近衛騎士の座を掴み取った、たかが騎士一人。

私の目の前で十単位の敵兵を一撃で薙ぎ倒した、たかが騎士一人。


私の自慢の息子でもある、たかが騎士一人。


「ッたりめぇだ‼︎‼︎」

私に負けじと声を張り、後退する騎士達を追おうとする兵士をアーサーが一人残さず斬り倒して行く。


たかが騎士一人。


だが、何故か

全く負ける気がしない。





「私に並べ‼︎アーサー・ベレスフォード‼︎‼︎」


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