241.金色の王は驚愕する。
…信じられん。
目の前の光景に、ランスは開いた口が塞がらなかった。
つい先ほどまでは、窓の外を覗けば敵の気球が空を埋め尽くすほどに上がり、その爆弾の威力を知った後ではどうかそれが市街地に落とされることだけはと願うばかりだった。…が、
今、その無数の気球が次々と無力化されている。
窓から目で追えるだけでも、それは異常な光景だった。騎士が突然地面から打ち上げられたかのように次々と上空へ飛び上がり、そのまま気球に乗り込む者、その一瞬で爆弾の紐を直接切り落とす者とそれだけでも目を疑った。どう考えても普通の跳躍力では不可能なほどの上空に気球はある。
更にはただ飛び上がった者だけではない。まるで放り投げられたかのように斜めに真っ直ぐに気球に飛び込んで行く騎士や、本当に空に浮かんでいる騎士も中には居た。
しかも、このような異常な事態に何故、気球に乗っている敵兵は爆弾を投下しないのかといえば
『五番隊より報告がありました!今、気球に乗っている敵兵は全員殲滅完了。これから六番隊に続き、五番隊も気球を全て撃ち落とします。』
…五番隊、六番隊。彼らだ。
プライド第一王女が守る、西の塔の映像から聞こえる通信兵の報告に今度は耳を疑う。
未だ信じられないことに、いま目の前に浮かんでいる気球は全て、敵兵が無力化された後だった。
通信兵曰く、狙撃に特化した狙撃部隊という五番隊と六番隊の仕業らしい。優秀な狙撃の腕か、もしくはそれに関連した特殊能力者が多く在籍しているという。
気球に乗れる人数は極少人数。更には個々に浮かんでいる為、異変が起こっても味方兵に伝わりにくい。
その穴をつき、狙撃部隊が連携し気球一つひとつごとにその乗員を一度に全員狙撃したらしい。
確かに、チャイネンシス王国には時計台や塔、教会などの高い建造物は多くある。だが、その最上階から狙ったとはいえ遥か上空にいる気球の、更に乗員を一度も撃ち漏らしなく無力化するなど、一体どれほどの腕か。…どのような特殊能力か。
そう考えている間にも、敵兵の次は的確に気球が撃ち抜かれ、緩やかに降下していった。
先程の敵兵の無力化よりも若干完了が遅く、通信兵に尋ねてみれば「特殊能力による狙撃は大まかな場合が多いので、中には直撃させてしまい降下どころか墜落をさせて爆破させてしまう恐れがあるからでしょう」と簡単に言われてしまった。つまり、命中よりもギリギリ外すことの方が難しいということだ。
理解に及ぶより先に、あれほど空を埋め尽くしていた気球が次々と降下していく。本当にこれは人間の所業なのか。
『ランス国王陛下、ヨアン国王陛下、これで少なくとも暫くは投爆の心配はないでしょう。どうか今の内にサーシス王国に援軍を!北の最前線には私達から応援を出します‼︎』
プライド王女の言葉でやっと現実に引き戻される。
兵士達に急ぎ、サーシス王国の応援に向かうように命じる。映像を見れば、ちょうどジルベール宰相が口を開こうとする瞬間だった。
『こちらはステイル様が見送って下さった応援のお陰で何とか持ち堪えております。ただ、武器が足りません。兵士達も街には近づけないようにと応戦してはおりますが、銃や弾薬が早くも減りつつあります。』
そちらの本陣で余っているところは⁈と聞かれ、思わず歯噛みする。
チャイネンシス王国こそが敵の標的と考えていた為、必要最低限以上はこちらに持ってきてしまっていた。更にいえば、もともと長年に渡り、戦に縁の遠かった我々は武器を多くは所持していない。今回もフリージア王国が大量に持ってきた武器に頼っている部分が大きかった。補充はあるが、北の最前線に補給して足りるかどうかだ。それ以上他所に回せるほど有り余ってはいなかった。
我が東の塔にも武器はある程度は補充があるが、銃や弾薬はもともと多くはない。残りはチャイネンシス王国と西の塔、そして最前線だがっ…
『チャイネンシス王国の方には弾薬は未だいくらかは備えがある!だが、銃はっ…!』
『こちら北方最前線!先程も報告した通り、最初の投爆でこちらも武器が不足したままです‼︎こちらにも補給を願います‼︎』
チャイネンシスも、我が国と同じだ。しかも、一番武器の補充を集中させていた最前線の武器が殆ど駄目になってしまった。唯一武器がまだ余っているのはプライド王女のいる西の塔のみ。だが、それで最前線とサーシス王国をまかり切れるとは思えない。
「こうなれば我が東の塔は全隊がサーシス王国か北の最前線に武器ごと合流するしかあるまい‼︎」
映像に向かい声を上げれば、プライド王女とヨアンが頷く。『ならば自国であるサーシス王国に‼︎』とプライド王女が声を上げ、俺も兵士達に命じ武器を纏めさせた、その時だった。
『‼︎お待ち下さい!今ッ、サーシス王国の衛兵から伝令が‼︎』
突然ジルベール宰相が俺達を制止した。
そして、衛兵からの報告に映像へ目を向けていた誰もが一度言葉を失うことになる。
更なる予想外の、事態に。
……
サーシス王国、港。
城下からいくらか離れたそこは、万が一の事態に備えて貿易用の船と、そして兵が控えていた。
チャイネンシス王国と違い、港のあるサーシス王国へ敵国からの侵略があればすぐに対応できるように。
更に言えば、もともと標的とはされていない筈だったサーシス王国には、城下から離れようとせずに各避難所で身を潜めている民が多くいた。だからこそ、もし城下まで戦の被害が出てしまった場合には民を貿易船に乗せ、一人でも多く戦火から逃せるようにとの図らいもあった。城下から外れた農村よりは遥かに港の方が近いからだ。
そしていま、そこにガレオン船の如く巨大な船が迫って来ていた。
たった一船だけだ。だが、その船はサーシス王国の民が今まで目にしたどの船よりも大きく、まるで動く城のようだとも感じられた。至る所に構えられた大筒の中でも、船頭には一際巨大な大筒が備えつけられている。どう見てもその船からは破壊の意思しか感じられなかった。
避難中のサーシス王国の民が窓から顔を覗かせては怯えた。港に控えていた兵士達もあまりの火力差に、自身の手に握られた細い鉄砲で迎撃するかどうかすら躊躇われた。
コペランディ王国やアラタ王国、ラフレシアナ王国が持てるような規模の船ではない。まるで、かの奴隷大国、ラジヤ帝国の
「…どうやら少し遅れちゃったみたいだ。プライド、無事だと良いけれど。……いや。」
…甲板に身を出したのは、鎧に身を包んだ青年だった。
上から青を基調とした団服を揺らし、戦場にこれから赴くとは思えない、なだらかな声で彼はサーシス王国とそして遠く目線の先にあるであろうチャイネンシス王国へと想いを馳せる。
「…無事だよね、君ならきっと。」
今から、会えるのだと。
まるでこれから茶を飲みに行くかのような気軽さで。彼は一人、滑らかに笑った。
潮風に吹かれた蒼い髪を靡かせて。
アネモネ王国 第一王子
レオン・アドニス・コロナリア
「…お土産、喜んでくれるかな。」
世界有数の大陸最大手貿易国がいま、参戦する。