240.騎士団長は跳ね除ける。
「あれが騎士団長だ‼︎奴を先ずは討ち取れ‼︎」
北の最前線。
怒号の渦の中、敵兵が雪崩れ込むように爆心地だった場所へと走り進んでいる。
最初に爆弾を六度ほど投下され、騎士団が控えていた本陣は巨大なクレーターが形成され、至る所に地割れも起こっていた。更に不幸なことに爆撃が騎士団の補充武器を置いていた場所に直撃した為、開戦から早速武器の在庫が底をつき始めていた。
爆撃自体は最初に何かが落ちてきたことに気づいた瞬間、特殊能力者によりある者は特殊防御壁に守られ、ある者は一瞬で周囲の騎士と共にその場を跳ね除き、ある者は他の騎士を連れて素早く移動し、ある者は爆破の衝撃を和らげ、ある者は
盾で自分の身を守った。
盾で。
騎士団に支給されている盾の中でも、最前線に身を置く彼らの盾は数に限りもある特別製だ。
先行部隊にも身を置く、特殊能力者が作った盾。重さはそれなりにあるが、代わりにどのような衝撃すら吸収する能力を持っている。お陰で爆弾を投下された直後も殆どの騎士に大した怪我はなかった。
だが、クレーターと地割れにより足場は最悪だ。
最前線の特に前方にいた騎士達は爆撃により盾や防御壁で衝撃を避けようとした騎士達は身体よりも先に足元が音をあげ、そのまま足場ごと崩れ落ちていた。まるで落とし穴に落ちたかのようにして、二名の騎士が打ち所が悪く重症。残りの二分された騎士達もクレーターからよじ登る前に敵国の襲撃を受けてしまっていた。
そして、その騎士達の中に騎士団長のロデリックもいた。
自軍の崖下から声を張り上げ、声だけでも届けたが、実際は映像の視点に姿を現わすことも難しい状況だった。
地崩れについては、ロデリックから通信兵に口止めをした。それを伝えればプライドが再びここに飛び出してくる気しかしなかった。各方面に爆撃を受け、サーシス王国まで侵攻を受けている今、これ以上の戦力を割く訳にもいかない。
地崩れとはいっても、引き上げようとすればロープや騎士の特殊能力ですぐに崖上に上がることはできる。だが、一度に助け出せる数は限られている上に、気がついた時には敵軍がクレーターを物ともせずに駆け下りて来ていた。更にその後軍は弓矢や銃で騎士団を攻撃していた。
つまりクレーターの外側からは銃や弓、さらにクレーターの中でも敵兵と騎士団の交戦が巻き起こされている状況だった。
更に、先程の再度の爆撃により騎士団側の背後に爆弾が落とされ、その爆風で更にクレーターの中へ騎士達が落ちて来た。怪我人も更に増え、未だクレーターの中で交戦する騎士は三割と少ない方だが余計に一度で騎士全員がクレーターの上に避難することが難しくなった。
外側からクレーターの中に降りて援護しようとする騎士もいたが、騎士団長としてそれは止めた。あくまで優位なのはクレーターの上にいる側の人間だ。上から銃で中にいる兵士達を撃った方が優位に決まっている。それを自分達の救助の為に人数を減らす訳にはいかない。ただでさえ、人数だけでいえば騎士団の方が圧倒的に不利なのだから。
重傷者だけは特殊能力者によってクレーターの外側に上げられ、今は怪我治療の特殊能力者の治療を受けている。
だが、騎士団長である自分が他の騎士達を置いて一人だけのうのうと上がる訳にもいかない。
…少し、六年前と似ているな。
襲い掛かってくる敵兵を次々と斬り伏せながらロデリックは思う。
あの時も崖上の奇襲者に上から銃口を向けられ、そして自分達は崖の下にいた。だが、
「が、…あの時とは違う。」
己へ断るようにロデリックは一人呟く。
敵兵が何人と言わず軍となって剣を構え、自分に襲い掛かってくる。それに応じるようにロデリックは剣を構え、号令を上げた。次の瞬間、ロデリックの両脇にいた騎士達が駆け出し、敵兵をそれぞれ一撃で薙ぎ倒していく。
「今は、動ける騎士がいる。」
バタバタバタ…と先頭にいる兵士からドミノ倒しのようにして騎士達に斬り伏せられていく。騎士団長が出るまでもなく、たった数人の騎士で束になって駆け込んでくる十数人の兵士を確実に無力化していく。
「撃て‼︎援護しろ‼︎前方の騎士を狙え‼︎」と敵側のクレーター上から叫び声が聞こえる。ロデリックが見上げればクレーターの外側をなぞるように敵軍の狙撃隊が並び、こちらに銃口を向けていた。カチャカチャカチャと狙撃準備が終えた音がし、命令する男が手を振り上げる瞬間
パンパンパンッッ‼︎
銃口が火を噴く音が、〝騎士団側〟から響いた。同時に、手を振り上げようとした男の脳天から血が吹き出し、その場から崩れ落ちた。今にも銃を撃とうとした兵士も何人かが弾かれ、そのまま銃をクレーターに落とした。
「腕に覚えのある者は狙撃に出ろ‼︎残りの者は銃を寄越せ‼︎騎士団長や騎士へ一撃も撃たせるな!撃たれる前に撃ち落とせ‼︎」
クレーターの上からエリックが他の騎士隊、副隊長達と連携を取りながら叫んでいる。その手には、煙の吐かれた銃が握られていた。いま敵兵の指揮官の一人を狙撃したのもエリックだ。騎士達に指示を投げながら、自らも確かな腕で敵軍の狙撃隊からロデリック達に近づこうとする兵士を確実に撃ち抜いていく。先程の姿を現した気球を最初に撃ち落としたのも彼だった。
あの時は新兵だったエリックが立派になったものだと、場違いにも思わずロデリックは感傷に浸り、口から零れた。
「…背後にも、立派な騎士達が控えている。」
敵軍が次々と雪崩れ込むように遠慮なくクレーターの中に飛び込んでくる。規模も大きくなり、敵軍の横幅が数人の騎士ではとうとう捌き切れなくなってきた。馬ごとクレーターを駆け下りてくる兵士も現れる。
ロデリックはそれを見据え、剣を構える。そのまま今度こそ、地面を蹴って走り出した。周囲の騎士達にも散開を命じ、数手に分かれて敵軍を迎え撃つ。
「それに、何よりも。」
呟き、馬で迫ってくる敵兵を正面から迎え撃つ。自分を踏み殺そうと迫ってくる馬に己の剣を正面から素早く突き立てた。押されそうなところを自分の足で踏みとどまり、絶命させる。乗っていた兵士が一緒にひっくり返り、馬に潰された。
更に今度は二体の馬が兵士と共に迫ってくる。今度はどうやって馬より先に乗っている兵士を斬り伏せるか考えた時、背後から男が雄叫びを上げてロデリックへ剣を振り下ろした。
ガキィィ、と剣が弾かれる音がして、剣を振り下ろした男の方が反動で仰向けに倒れた。その拍子にロデリックも男の身体へ一閃を走らせる。
「隙だらけだぁあああ‼︎」
馬に乗った敵兵が自分を挟むようにして走り込んでくる。すれ違いざまにロデリックの首を撥ねようと乗馬兵二人がそれぞれ剣を振り上げ、特攻してくる。そのまま剣を身動ぎひとつしないロデリックへ振り下ろし
ガキキィィンッッ‼︎
更に、二人の剣が跳ね返された。
力を込めていた為、馬に乗っていた二人が慄き、そのまま手綱を離し落馬する。
何が起こったかわからず、手元の剣を拾い、もう一度ロデリックへと突き刺した。
ガキィッ‼︎
やはり、刺せずに剣が止まる。
鎧の部分ではない筈なのに、まるで鉄の塊でも相手にしているかのようだった。呆然とする男を、ロデリックは剣を振るうこともなく拳を叩き込んで意識を奪った。更にもう一人落馬した男が、余所見をしているうちにと今度こそロデリックの首へ剣を振り
キィィィィインッッ‼︎‼︎
…弾かれた。
〝斬撃無効化〟の特殊能力。
騎士団長である彼が〝傷なしの騎士〟の異名を持つ騎士であることを知る者は敵国に一人も居なかった。
理解ができず、身体を震わせる兵士をロデリックはその剣で粛清した。そのまま駆け出し、乗り主の居なくなった敵兵の馬の手綱を掴むと慣れた手つきで乗り上げる。最初は暴れた馬も、慣れた扱いに次第に大人しくなり、ロデリックの望むとおりに再び駆け出した。
「今の私は動けるッ…‼︎」
敵兵の大軍に向かい、真っ直ぐと。
フリージア王国最強の騎士団長が、確実にその剣で敵の戦力を削いでいく。