238.冒瀆王女は襲撃される。
「キャァアアッッ‼︎‼︎」
あまりの轟音と振動に思わず声が上がる。
信じられない程の振動だった。まるで地震が来たのかと錯覚してしまうほどの地響きと振動に足元がふらついた。
「ッ姉君‼︎」
一番私の傍にいたステイルが私の肩を抱いて支えてくれる。続くように近衛騎士のカラム隊長とアラン隊長が私達を守るようにして間に挟み「伏せて下さい‼︎」とカラム隊長の叫びと同時にアラン隊長が私達の頭上を庇うようにして覆い被さった。
『敵の攻撃か⁈』
『何処から攻撃してきている⁈狙いはどこだ⁈』
『状況を確認しろ‼︎』
映像から騎士達や国王の叫び声が聞こえる中、アラン隊長に守られた隙間から窓の外を見る。さっきまで眩く光っていた筈の景色が爆煙で澱んでいた。同時に爆風がここまで窓から吹き抜け、息すらも苦しくなる。頭が割れるような轟音が何度も何度も変わらず鳴り響く。その爆音に紛れまいとする叫び声が映像の中から同時に耳へと響いた。
『伝令‼︎ただ今爆撃を受けています‼︎』
『伝令!攻撃は北の最前線を直撃‼︎今も投爆が続いています‼︎』
さっきの爆撃はどうやら北の最前線だったらしい。つまりは騎士団長達がいる場所…‼︎
酷く胸騒ぎがして映像を見ると、北の最前線の映像が爆風で真っ暗だった。騎士達の声は聞こえるけれど、一体どうなっているのか全くわからない。
『只今爆撃が止みました‼︎投爆方法は不明‼︎北の最前線の状況も爆風により把握ができません‼︎』
『ッならば最前線はお気をつけ下さい‼︎爆風に乗じて敵兵が攻めてくる恐れがあります‼︎』
通信兵の声に、慌てた様子のジルベール宰相の叫び声が重なった。するとそれから間もなく真っ暗な北の最前線の映像からけたたましい地鳴りと咆哮が響いてきた。反射的に、ジルベール宰相の予測が当たったのだと思い、一気に背筋が冷たくなる。どう考えても、フリージア騎士団とはさっきまでの声の感じからして全く違う、敵兵だ。恐らくは大打撃を受けたのであろう騎士団をこのまま突破するつもりなのだろう。
『早く応援に』とランス国王が声を上げた。でも同時にヨアン国王が『ダメだ!状況を把握前に動いては敵の思う壺だ‼︎』とそれを遮った。私も同意だ。何故なら敵はこちらと同様、一隊とは限らな
『キャアアッ‼︎』
今度は私のではない悲鳴が響いた。ティアラの声だ‼︎驚きのあまり庇ってくれているアラン隊長の身体の隙間から顔を出す。もう爆撃はないからか、アラン隊長もそのまま身体を引いて私達から退いた。
「ティアラ!どうかしたの⁈」
サーシス王国の映像に向かって叫ぶ私に、ジルベール宰相が『大丈夫です!余波がありまして‼︎恐らくこの方角から考えると国門に何かあったのではないかと』と返してくれた。
「国門だと⁈何故だ‼︎狙いはサーシス王国ではなくチャイネンシス王国ではなかったのか⁈」
ステイルが怒ったようにジルベール宰相へ声を荒げる。そう叫ぶ間にもまた凄まじい轟音が映像とティアラ達の肌を震わせた。
『伝令です‼︎只今我が国サーシス王国に敵軍が流れ込んできます‼︎恐らくはアラタ王国の軍かと‼︎』
ジルベール宰相達の映像に衛兵が飛び込んでくる。なんだと⁈とセドリックが声を上げ、その目で確認しようと衛兵の後を付いて映像から一度消えていった。
アラタ王国。国自体の規模はチャイネンシス王国より小さいくらいだ。だけど、今はサーシス王国の兵は殆どチャイネンシス王国に出払っている。少しの騎士と少しの兵だけでアラタ王国の軍全てを押し留めることができるとは思えない。
「サーシス王国に一番近い私達が援軍にいかないと‼︎」
「なりません‼︎今動くのは得策ではありません!最悪それではチャイネンシス王国側の戦力が一気に傾きます‼︎」
今すぐにでも飛び出そうとする私をステイルが留める。
「誰か‼︎爆撃の大元は目撃してねぇのか⁈」
今度はアラン隊長が怒鳴る。そのまま彼は塔の窓から顔を覗かせた。空をぐるりと見上げているけれど、それらしいものは見つからないらしい。周囲の騎士達や映像からの声も皆口を揃えて爆撃だけで大元は確認できていないと叫んだ。
「爆弾が何もねぇところから落ちてくるわけねぇだろ‼︎」
「…確か、こんなことが以前にもあったな。…二年前の殲滅戦に。」
空に向かって吠えるアラン隊長にカラム隊長が口元に指を添え、考え込むようにして呟いた。あの時とは爆弾の規模は段違いだが…と独り言のように言うカラム隊長に思わず唾を飲む。何か、私達が把握できていないことが起こっている気がしてならない。
『とにかくサーシス王国は幸いチャイネンシス王国ほど徹底的ではありませんが、民の避難は済んでいます‼︎城下に今は雪崩れ込んでいますが、城の方は今の戦力で暫く持ち堪えてみます!とにかくまずは北の最前線の方を』
サーシス王国の宰相と共に兵達に指示を送るジルベール宰相が、珍しく少し早口で私達に捲し立てた、その時だった。
『こちら北方最前線!応答を願います‼︎』
さっきまで爆撃や怒号ばかりで声が塗り潰されていた北の最前線映像からはっきりと声が上がった。私が、ランス国王が、ヨアン国王が、ジルベール宰相がそれぞれ返事をすると再び映像から声が上がった。どうやら騎士の一人がこちらに報告をしてくれているらしい。
『只今、未確認上空から騎士団は爆撃を受けました‼︎同時に敵軍が襲来‼︎恐らくはコペランディ王国とラフレシアナ王国の軍かと‼︎』
『ッそちらの損害を報告して下さい‼︎騎士団の死傷者は⁈』
騎士の報告にジルベール宰相が重ねるように声を上げる。そうだ、そこが一番肝心だ。私達のところまで衝撃が届く程の爆撃。どれ程の被害が、そして今は敵軍とどんな状態なのかを把握しないといけない。
『死者は居ません‼︎重傷者二名!軽傷者は多数いますが戦闘に問題はありません!ただし武器の補給がやられました‼︎今、敵軍と交戦しつつ重傷者は特殊能力者の応急処置を受けています‼︎』
騎士達の報告に、思わずほっと息をつく。よかった、死人が出ていないのは何よりの報告だ。胸を撫で下ろす私に、ランス国王やヨアン国王から『たった二名…⁈』『死者が…居ない…⁉︎』と味方のことなのに酷く驚いた様子だった。…まぁ、気持ちはわかる。失礼ながら恐らくあの爆撃を受けたのが我が騎士団でなかったら死人は二桁から三桁は出ただろう。
「騎士団長!応援は必要ですか⁈」
彼らが無事だったことに安心しつつ、私からも声を上げる。すると騎士団長の『ッ問題ない‼︎』と力強い叫び声と同時に敵軍だろうか悲鳴がこちらまで届いた。
『今の時点では、我々だけで押し留めることができます‼︎そちらの状況が確定次第に武器の補充だけは応援頂きたい‼︎ただ、先程の爆撃に再び来られてはこちらも少々厳しくなるかもしれませんがっ…‼︎』
何処か遠くから返事をしているのか、姿は見えないけれど騎士団長の張りのある叫び声と共に映像から報告してくれる騎士がその言葉を反復するように私達に伝えてくれた。
『本当にそれだけで宜しいのですか騎士団長!あれほどの爆撃です、地盤などは…』
『問題ないッ‼︎それよりも他に手を回して頂きたい‼︎』
ジルべール宰相の言葉をどこか打ち消すように騎士団長が叫ぶ。遠くからの声にも関わらず、それを打ち消すようなはっきりとした声だった。映像のジルべール宰相は少し訝しむような表情をしたけれど、すぐに気を取り直すように再び私達へ声を張り上げた。
『ならば、サーシス王国へも援軍を願います‼︎先ずは城下の被害を抑えなければ!一番近い西の塔から移動に特化した騎士を数名‼︎更に西の棟へ補充に東の棟から援軍を願います‼︎』
ジルベール宰相の言葉を聞いて、私から近くにいた騎士に我が西の塔の内、二割の騎士をサーシス王国にと命じる。同時にランス国王が自軍の兵士の三割を西の塔に移動するように命じた。
「ッ俺が〝見送ろう〟‼︎サーシス王国に戻る騎士は僕に付いてきて下さい‼︎」
ジルベール宰相に意図的に叫んだ後、ステイルが目で確かに合図を送った。ジルベール宰相もそれを理解したように頷き、『助かります』と答えてくれた。
「姉君‼︎二分ほど離れます!近衛騎士から絶対に離れないで下さい‼︎」
私にそう伝えるとステイルは私達が送っている映像の視点から外れた位置へと駆け出した。そのままサーシス王国へ援軍に向かう騎士達が次々とステイルの特殊能力で瞬間移動していく。
これでサーシス王国もある程度持ち堪えられる筈、と思った瞬間だった。
ドッゴォォォオオオオオオッ‼︎‼︎
再び、先程と同じ爆音が轟いた。
突然の第二波に驚き、誰もが耳を塞ぎながら音のする方へと振り返った。
映像からも『また来たぞ‼︎』『空を見ろ‼︎』『あれはっ…‼︎』と声が上がった。私達の方も窓の近くの騎士が顔を出し、空を指差して「今度は大元が見えました‼︎」と塔中に響く声で叫んだ。私やステイル、アラン隊長達も釣られるように窓の方から空を見上げ、口を開けた。
…気球だった。
人が二、三人程度乗れる気球からは、不釣合いに禍々しい塊が複数吊るされていた。恐らくはあれが爆弾だろう。投下しても爆風の煽りを受け過ぎないように遥か上空にそれはいた。気球は数でいえばざっと
…たくさん。
パッと見は数えきれないほど、窓から覗くだけの景色を埋め尽くす数の気球が北方から飛んできていた。私達が最初の爆撃に戸惑っている間に上げられたのか。さっきの爆撃も恐らくまた北方の最前線に投下されたのだろう。その証拠に北方最前線の映像がまた爆風で真っ暗になっている。
そして、その気球の一つが今まさに
私達の塔の上空すぐ傍まで近づいていた。
映像からヨアン国王、ランス国王、セドリックから『この数はっ…‼︎』『まずいぞ!』『今すぐそこから撤退を‼︎』と声が聞こえた。更には通信兵から「各地の五、六番隊が許可を求めています!」と声が上がった。
背中でその声を聞きながら、私は誰にも聞こえないような小声が思わず口から溢れた。
視界を埋め尽くすほどの爆弾付きの気球を目の当たりにして
既に最前線の騎士団が襲われ
更には私達が控えている先のサーシス王国はアラタ王国からの襲撃
そんな中で私は
「……良かった。」
安心、した。
今度はちゃんと姿がわかる、その敵に。