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237.冒瀆王女は揃う。


『ッお願いします…‼︎どうか、あの事はっ…!』


…必死な声が聞こえる。訴えかけるような声に、どれだけ一生懸命なのかがよくわかる。


『ですが、……。これはっ…‼︎』


聞き覚えのある声だ。

二人とも、私がよく知っている…


『お願いしますジルベール宰相っ…!せめてあとっ…………‼︎』

『っ…ティアラ様…‼︎』


ティアラ…ジルベール宰相…。


ティアラが、ジルベール宰相に詰め寄っている。二人とも、薄ぼんやりとして姿がよく見えない。なのに、ティアラの必死な表情もジルベール宰相の戸惑いの表情もよくわかる。

背の高いジルベール宰相を見上げ、金色の丸い瞳を真っ直ぐに向けていた。ジルベール宰相の切れ長な眼差しが揺らいでいる。

城の中、…だろうか。真剣なティアラの瞳は、ジルベール宰相から離れない。訴えかけられ、最初は首を横に振ろうとしていたジルベール宰相がとうとうその首を縦に振った。


『……わかりました…。私の方で……にも……しょう。』

『!ありがとうございます…‼︎』


輝くティアラの眼差しに、ジルベール宰相は重々しく頷き、息を吐いた。


……


「…ライド…、…プラ…、…プライド。…大丈夫ですか…?」


…ステイルの声に、うすぼんやりと意識を取り戻す。頭がまだ働かないまま、振り返れば少し心配そうに眉を寄せながらステイルが壁に寄り掛かり、私の方を見つめていた。


「…ステイル。ごめんなさい、大丈夫よ。少しうとうとしていたみたい。」

ぽわぽわした頭のままステイルに笑い掛ける。無理もありません、寝不足でしょうと優しく笑んでくれるステイルも仮眠は取ったと話していたけれど、まだ眠そうだ。

…なんだったのだろう、今の夢は。

キミヒカのゲーム…どの辺の場面かもわからない。やはり大してやり込んでいないせいで、第一作目は記憶が薄い。しかも登場キャラから判断すると恐らくジルルート…。一番内容が薄かった隠しキャラルートじゃ思い出そうにも思い出せない。……何故、こんな時に思い出したのだろう。


「…もう、夜が明けますね。」


カタン、カタンと鎧を着込んだステイルの足音が呆けた私のすぐ隣まで歩み寄ってくれる。


チャイネンシス王国、西の塔。

サーシス王国との国境が背後には控えている地帯。

そこが、私とステイル。そして近衛騎士を含む騎士達が守る本陣の一つだ。

コペランディ王国、アラタ王国、ラフレシアナ王国は全てチャイネンシス王国から北の方角に位置する国。恐らく攻めてくるのもそちらからだろう。

東の塔にはランス国王、そして南部に位置するチャイネンシス王国の城にはヨアン国王がそれぞれ自国の兵達と共に構えている。最初は私はヨアン国王かランス国王と行動を共にした方がと二人は気にかけてくれた。でも正直、騎士団長率いる騎士団の半分近くが最前線に控えている状況であっても、残りの半分の騎士達に守られている私達西の塔の方が遥かに戦力が上回っている。

逆に通信兵以外の騎士を他にも東の塔に派遣しなくて良いか心配になったくらいだ。ヨアン国王の城には通信兵と別に騎士隊の一部がステイルの提案で控えてくれているけれど。

私が西の塔陣営で問題ないことも、ステイルの案を通すのにもジルベール宰相が間に入り、オブラートに包んで国王達を納得させてくれたのは本当に助かった。

それに、何かあったらすぐに通信兵が送ってくれている映像で状況もわかる。

窓の外から視線をずらすと、複数の映像がまるで前世のテレビ売り場のように並んでいた。それぞれサーシス王国、北の最前線、東の塔、チャイネンシス王国城内の本陣映像だ。逆に私達の様子も生中継で四人の通信兵によって各本陣に繋げられている。

本陣以外の場所にも騎士達や衛兵がそれぞれ陣を構えているけれど、通信兵によって映像が繋げられているのは取り敢えずこの五箇所だけだ。

各隊散らばっているところにも通信兵がいる隊はいくつかあるし、緊急事態には彼らから報告もあるだろう。


「ええ、…皆も大丈夫そうですね。」


こちらが送っている視点は丁度いま私がいる位置に集中されている。映像に向かって声を掛けてみると、サーシス王国のティアラとジルベール宰相、…少し離れた位置のセドリック。東の塔のランス国王、城のヨアン国王、そして北の最前線の騎士団長達もそれぞれ頷いてくれた。


『御安心下さい。北からの進行は必ず我々が抑えます。…ハナズオ連合王国、そしてプライド第一王女殿下の為にも。』


騎士団長の映像を見れば、その蒼い目が真っ赤に燃えていた。映像越しでも騎士団長の凄まじい覇気が伝わってくるかのようだった。更には騎士団の周囲に控えているエリック副隊長達も静かにその目が強く光っている。

チャイネンシス王国に到着した時点で、私の近衛騎士は朝を待たずに交代された。カラム隊長とさっきまで護衛してくれていたエリック副隊長が交代し、アラン隊長は引き続き私の護衛だ。第一王女の為に隊長格二人の護衛に決まったとはいえ、後衛が多い三番隊のカラム隊長は未だしも、本来ならば今頃最前線で同じように騎士団長達と目を光らせている筈のアラン隊長まで西の塔に連れ出してしまい申し訳ない。

騎士達には、各小隊ごとに散開前。最後の士気向上の号令をする際、騎士団長により私が昨日血の誓いを交わして色々やらかしたことも伝えられた。

一瞬、騎士達はざわついたけれど威厳のある騎士団長の言葉で、一気にそれも緊張感に変わった。


『つまり、この防衛戦はプライド第一王女殿下…我が国の未来が掛かっている』と。


昨日の私にも騎士団長が告げたその言葉に、騎士団の誰もが口を閉ざした。

ピンと張り詰めたような緊張感が、既にそのことを知っていた筈のアーサーやカラム隊長、アラン隊長、エリック副隊長、九番隊の騎士達すら身体を硬く強張らせた。


『何としてでも守り抜け‼︎騎士の誇りにかけて‼︎』


轟音といっても過言ではない程の大音声が私達の耳を貫き、次の瞬間には国中に聞こえたのではないかと思うほどの鬨の声が渦巻いた。


…そう、負けられない。

私達、西の塔と東の塔から南下していった先には城よりも前にチャイネンシス王国の都市がある。既にチャイネンシス王国、念の為にサーシス王国共に国民には避難勧告がでているけど…それでも安心はできない。

コペランディ王国がその南下した先の城まで取り、ヨアン国王からの降伏さえ受ければそこでチェックメイトだ。

チャイネンシス王国、…そして恐らくサーシス王国も属州に。そして私とヨアン国王は共に火に炙られることになる。


何よりこの防衛戦を守り抜かなければ、多くの民が犠牲に、そして奴隷にされてしまう。


…絶対に、負けられない。


「姉君。…戦いの前に、ひとつだけ宜しいでしょうか。」

決意を新たにしていると、ステイルが真っ直ぐな視線を私に向けてくれていた。あまりに強いその眼差しに、今度は身体ごとしっかり向き直って返事をする。

まだほんのり外も薄暗く、灯火の灯りだけの塔の中でステイルの漆黒の瞳がその光に反射した。真剣なその眼差しに、思わず目を奪われた。


「俺は、騎士ではありません。今この場にいる誰よりも弱い存在かもしれません。」


ステイルのその言葉に、カラム隊長とアラン隊長が驚いたように目を見開き、ステイルの背中を注視する。…私も、その理由を理解する。

ステイルは、弱くなんかない。

何故なら彼はアーサーとずっと剣の腕を磨いてきたのだから。摂政業務に入る迄は殆ど毎日欠かさず、そして今だって定期的に行なっているのだから。

きっとゲームのステイルよりもずっと強い戦士の筈だ。


「それでも、これだけは貴方に誓いましょう。」


真っ直ぐなステイルの言葉に、口を挟むことがどうしようもなく躊躇われた。

私は言葉を飲み、ステイルの次の言葉を黙って待つ。段々と薄暗い外が明るくなってきた。太陽が昇り始めているのだと、朝日に照らされ始めるステイルを見て思った。




「姉君、貴方を守ります。」




カタン、とそのままステイルがその場に跪いた。その背中に同調するように、背後にいたアラン隊長達も跪き出した。カタン、カタンとその場にいた他の騎士達までもが跪き、そしてステイルと同じようにして私を見上げた。

上がり始めた途端、段々と緩やかにその姿を見せていく太陽が私の背中を押すように照らした。目の前にいるステイルだけが私の影に隠れ、他の騎士達の銀色の鎧が太陽の光を反射させて眩しく輝いた。


「俺が。そして俺達が、この命を賭けて。」


淡々と語ってくれるステイルが、本当に彼らと同じ騎士のように見えた。


漆黒の騎士が私に跪き、太陽に向けて誓ってくれた。


顔を上げ、映像に再び目を向ければいつのまにか騎士団長達が画面に向かって同じように跪いてくれていた。


…私を、だなんて良いのだろうか。


これは、チャイネンシス王国を…ハナズオ連合王国を守る為の戦いなのに。

ステイル達の気持ちが嬉しいのと、…やはりあの時容易に自分の命を賭けてしまった罪悪感が鬩ぎ合う。自分の胸へ両手を運びながら、ふいに他の映像にも視線を向ける。


「…えっ。」


思わず、その映像に声が漏れた。

騎士団長達だけじゃ、ない。

サーシス王国からの映像ではティアラが、ジルベール宰相が、…セドリックが。

そして城からの映像ではヨアン国王やその兵士達までもが跪いてくれていた。

何故、騎士達だけなら未だしも他国の王子や国王までもが私に跪くなんてあり得ない。

これには東の塔からの映像のランス国王達も目を見開いて驚いていた。私も戸惑って口を両手で押さえれば、まるで見計らったかのように顔を上げたヨアン国王が音もなく柔らかに私へ向かって笑んでいた。


『ヨアン!セドリック‼︎何故お前達までっ…⁉︎』


他国の王族に跪くなど例え同盟国でもあり得ないと、思わずといった様子でランス国王が声を上げた。兄からの叱責にも似た叫びに、セドリックは俄かに俯いた。…それでも私へ跪くのを止めようとはしなかった。


『ランス。…プライド第一王女殿下は、もう我が国と運命を共にして下さる存在なんだ。…だから、僕らもこうして敬意を表したい。』


血の誓いのことを知らないランス国王が、訳が分からないといった表情で固まった。同時に、映像の中のジルベール宰相が何か訝しむようにその目をじわじわ見開いていた。…どうしよう、バレたかもしれない。


『ッ…プライド第一王女殿下、サーシス王国の国王としてこの場で私は貴方に膝を折ることはできません。』


ランス国王が、申し訳なさそうに顔を苦痛に歪めながら声を上げた。当然だ、それこそが正しい判断に決まっている。私が当然です、と口を開こうとした瞬間、それよりも先にランス国王が声を上げた。


『ですが、この戦に勝利した暁には必ず、それに報いる敬意を貴方方に示させて頂きたい。』

貴方には、フリージア王国には言葉で言い尽くせぬほどの恩義があるのですから。とそう続けてくれるランス国王に私は頷き、御礼を伝えた。もう、その言葉だけで充分だ。

そのまま、最後に再び目の前で跪いてくれていたステイルへ視線を戻す。私達が話している間もずっと、その決意を示すかのように黙して膝を折り続けてくれている。

…きっとステイルが今のこの状況を作ってくれたのだろう。


「…ありがとう、ステイル。」


皆には聞こえないくらいの音量で、ステイルに声を掛ければゆっくりと顔を上げてくれた。その笑みは、陰りなく優しかった。

だから私も躊躇いなく、この声を彼らへ張ろう。


「ランス国王陛下!ヨアン国王陛下‼︎」


映像のヨアン国王、ランス国王に向かい声を上げる。そのままステイルへ手を差し伸べると、力強く私の手を握り返し、一度で立ち上がってくれた。


「共に、います。今、ハナズオ連合王国と我らは一つです…‼︎」


ステイルが立ち上がるのに続くようにアラン隊長達、そして騎士団長達が立ち上がった。


太陽が昇り始める、夜が明ける、開戦の鐘がなる。


思わず太陽の眩しさに目を凝らして振り向いた。眩いばかりの太陽が昇り、地面を見下ろしてみても敵国の姿はない。

もう一度映像へと視線を戻せば、ランス国王、そしてヨアン国王が映像の中のそれぞれの窓の光に向けて剣を振り上げていた。それを受け、私も窓の光へ自分の腰の剣を突き立てる。シャキンと金属が滑る音と共に、私達は合図もなく互いに言葉を重ねた。


『ハナズオ連合王国の為にッ‼︎』

『ハナズオ連合王国の為に!』

『ハナズオ連合王国の為にっ!』


ランス国王、ヨアン国王、そして私が言葉に続く。



『『『我らが勝利の為に‼︎』』』



映像を見ていた誰もが声を上げ、再び鬨の声を上げようと喉を震わしたその瞬間










猛烈な爆音と破裂音が北の最前線を、そして地鳴りが私達を襲った。


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