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235.非道王女は城を出る。


「…いやぁ、申し訳ありません国王陛下。来たる時が迫っているというのに、兵士達の仕事を増やしてしまいまして。」


戦争前夜。

再びステイル達とランス国王のもとへ戻ってから、一時間も経たない内に城内は騒然としていた。


ジルベール宰相が、サーシス王国の密告者を捕らえたからだ。


しかも、ついさっきジルベール宰相がセドリックから引き取ったあの老人…ハンム卿だ。

流石ジルベール宰相というべきか、どうやらその老人が色々と秘密裏にコペランディ王国と繋がっていたらしい。閉鎖された国であるこの国でどうやってコペランディ王国と繋がったのかも含め、これからサーシス王国から尋問を行うとのことだった。…ジルベール宰相曰く「酷く暴れたもので」ということで無残にも両腕を大怪我して気を失っているらしいけれど。気を失う前にジルベール宰相が色々と必要なことを聞き出して置いてくれたことがせめてもの救いだ。


戦はもう数時間後に迫っているのだから。


ジルベール宰相の話によると、敵が攻め込んでくるのは早朝明け方。もう半日もない。

もともと明け方の前には配置につく手筈だったけれど、攻め込んでくる時間が完璧に絞られたことで予定より少し早めに各陣営や本陣につくことになった。


恐らく、コペランディ王国はチャイネンシス王国を踏み荒らした上で属州か植民地かを要求するつもりだろう。例えチャイネンシス王国が全面降伏する意思を見せたとしても。そうでなければ、わざわざそんな奇襲かのように明け方を狙う訳がない。

フリージア王国との同盟を知ったからか、それとも初めからチャイネンシス王国を侵略してから要求するつもりだったのかはわからない。


ただ、チャイネンシス王国がこれから戦場になることだけは確実だった。


「プライド、そろそろ我々も行きましょう。」


ステイルの言葉に答えながら、私もチャイネンシス王国に向かうべく騎士達と共に馬が繋がれている場所まで歩を進める。

ティアラが「私もお見送りしますっ!」と私達の後を駆け足で追い掛けてきてくれた。ティアラはこれからジルベール宰相やセドリックと共にサーシス王国を守ることになる。

…サーシス王国に火の粉を飛ばさない為にも、確実にチャイネンシス王国で敵国を押し留めないと。


「どうぞお姉様、兄様もお気をつけて!危なくなったら絶対アーサーを呼んで下さいねっ‼︎」

馬に乗り込む私達に一生懸命声を掛けてくれたティアラはそのまま私が馬に乗るのを補助してくれるアラン隊長とエリック副隊長に「どうか宜しくお願いしますっ!」と挨拶までしてくれた。二人とも「必ず」と力強くティアラに笑みと敬礼を返してくれる。

「ジルベール宰相もお姉様と兄様のお見送りをしたかったでしょうに…残念です。」

ふと、ティアラが背後を振り向いてジルベール宰相が居ないことを確認してから肩を落とした。でも仕方がない、ジルベール宰相は密告者のことで色々忙しそうだったし。私からも見送りは不要だと断った。別れる間際には「サーシス王国とティアラ様のことはお任せ下さい」といつもの優雅な笑みと一緒に心強い言葉もくれた。


「…別に、ジルベールに見送られたところで嬉しくも何とも思わないがな。」

最初にハンム卿をジルベール宰相が連れて行ってからステイルはずっとこんな感じだ。最近はわりと仲良くなってきた気がしたのに、これではまるでジルベール宰相の裏切りを知った頃に逆戻りだ。私がジルベール宰相と挨拶した時も、完全に顔ごと逸らして無視を決め込んでいた。

もうっ兄様‼︎とステイルの絶対零度の言葉にティアラが声を上げて叱る。既に馬に乗り上げてしまっているせいで、いつものように頬や耳を引っ張れないからか、ポカポカとステイルの足に小さな拳を振り上げた。ステイルが「やめろ、お前の手が汚れるだろう!」と怒ったけれど、ティアラは頬を膨らませたまま止める気配がない。馬にうっかり当たらないように慎重にステイルの足だけ狙っているのが可愛らしい。


「ではプライド、そろそろ行きましょうか。国王と騎士団長も先頭でお待ちです。ティアラ、ちゃんと良い子で待っているんだぞ。」

チャイネンシス王国に着いたらすぐに通信兵から連絡をする。と告げながら、ステイルが手を伸ばしてティアラの頭を撫でた。馬に乗っているステイルとティアラで凄く絵になる。そのまま、私からもティアラの頭を撫でながら一言掛けようとした、その時だった。


「ッ待ってくれ。」


前方から突然声がして、顔を上げればセドリックだった。恐らくランス国王に挨拶を済ませた帰りだろう。わざわざ後列である私達のところまで探しに来てくれたのか、少し息を切らしながら私達の方に駆け寄ってきた。


「?…どうかしたの、セドリック。」


ステイルやアラン隊長、エリック副隊長が私を守るように馬を傍につけながらセドリックを見やる。…どうやら未だに三人にも私のせいで警戒されているらしい。

セドリックもそれには気づいたのか、数歩下がった場所で馬に乗る私を見上げるようにして口を開いた。


「…兄貴を、…兄さんを頼む。」

ぼそり、と上手く言葉にできないように告げたその一言には、強い感情が乗せられていた。

拳を握り締め、顔中の筋肉を強張らせながらも眉を強く寄せ、その瞳の揺らめきは切実そのものだった。

ええ、勿論。と返すとまだ何か言い足りないように顔を顰め、一度足元を見た。少し待ってみればセドリックはまた零すような声で「教えてくれ」と確かに私に向けて呟き、その顔を上げた。


「どうすれば、お前のように強く在れる?」


…御世辞や褒め言葉の類には聞こえなかった。ただただひたすらに、彼自身の率直な疑問を私に問い掛けているようだった。

強くも何も、ラスボスチートはゲーム設定だから何とも言えない。大体、未だ彼にはその力自体見せていない筈なのだけれど。庭園で蹴り返した一回と帰国したがる彼を押し倒した一回だけだ。確かに女性にしては攻撃力が高かったのかもしれないけれど。


でも、言葉をここで濁してはいけない気がして。


私が返答に詰まる間も、彼は瞬き一つせず真っ直ぐ燃える瞳を私に向け続けていた。…だから、彼の疑問に一番近い答えを彼へと放つ。


「守りたいものを守る為に全力を尽くしているだけ。…難しいことじゃないわ。」


彼が、眉間に皺を寄せる。答えにならなかったのか、口が再び何かを言おうと小さく開いた。彼がそこから言葉を紡ぐ前に、私から更に続けた。


「貴方も。…今度は出し惜しみなんてしては駄目よ。」


最初に我が国に来た三日間のように。

そう願いを込めて告げれば、彼の目が強く見開かれた。目の中の焔が揺れ動き、大きく揺蕩った。咄嗟に言葉が出ないように、さっきより大きく口を開き、固まる。…その目だけが強く訴えていた。

片手だけは手綱をしっかり掴み、私はそのまま少し身を乗り出す。手を伸ばし、彼を落ち着かせるようにその黄金色の髪をそっと耳にかけた。チャリッ、と彼の豪奢なピアスが音を鳴らした。突然触れられたことに驚いたのか、少し身体を震わせたセドリックに私から耳元で囁くようにそっと告げる。


「…大丈夫。もう、きっと守れるわ。」


まだ、心の整理がつかないのはわかる。

ゲームのセドリックが、大事な存在を失ってから初めて決められた覚悟なのだから。

逆を言えば、失うまでずっと彼はこのままかもしれない。


だけど、彼にあの二人を失わせたくはないから。


アーサーやレオンがそうだったように、悲劇なんてなくても彼がいつか立ち上がれる日が来ますように。

そう願いを込めて彼に笑んでみせると、セドリックは少し泣くのを堪えるように顔を歪め、私の方へ目を向けて口を結んだ。


「じゃあ行ってくるわね。また着いたら連絡するから。」


顔を上げ、馬の上でもう一度体勢を整える。セドリック、そしてティアラにそれぞれ声を掛けながら今度こそ馬を動かす。私に同調するようにアラン隊長、エリック副隊長、ステイルが続いてくれた。「お気をつけて!」とティアラの声が見送ってくれた。

私が最後尾だったせいで、私達が門を潜り終えた途端に衛兵が門を閉じた。バタン、と無機質な音が最後に背中に向かって響いた途端










「私はっ…大嫌いですから‼︎」









え?

門の向こうから、物凄く聞き覚えのある声が飛び込んできた。

思わず私も、そしてステイルも目を丸くして振り返る。アラン隊長とエリック副隊長も目を半笑いのような表情で恐る恐る私が振り返る方向を振り返っていた。

それ以上、門の向こうからは何も聞こえない。でも、私達四人が聞こえたのなら聞き違いではない。あれは…


「…ティアラ……?」


出国前に、予想外の不穏が私達の耳に残った。


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