234.男は怒り、男は夢を見る。
男は、怒っていた。
たった四日前に最後の駒も奪われた。
もう帰る国などない。コペランディ王国に帰ったところで、失敗したら消されるだけなのは分かっている。
懐柔も失敗し、残りは自分一人。
既に多くの衛兵や騎士が国中を闊歩し、地の利もない自分は下手なことをすればすぐに捕らえられるだろう。
己一人では、所詮何もできない。
もともと自分は動く側ではなく動かす人間だ。だからこそこうして他の駒を動かし、自分だけはこの国でも生き残れてきた。
全てを失った今、残された道は
報復のみ。
運良く懐柔を狙う前に、宰相の家は把握した。
そして、あの化け物宰相はちょうど出払っているらしい。あれから三日、遠くから監視していたが一度も宰相は家に戻ってはいなかった。
城に篭っているのか、三日前の騎士団の出兵に付いていったのか。
屋敷には衛兵もいる。更に屋敷の住人誰一人、屋敷からは出てこなかった。
自分一人ではあの屋敷に侵入すら無理だろう。
ならば、裏稼業の人間を雇えば良い。
この広い街にその類の商売の人間がいない訳がない。
金ならばある、ここに来る前に握らされた大金が。
たかが屋敷一つ。強盗ならば今までも楽にこなしてきた。
屋敷を占拠し、宰相を待ち構える。
家族が複数以上いれば、一人は殺しておけば良い。
残りの一人を失いたくなくば、と脅せば良い。
あの宰相ならば安全に一人くらい国から逃すことも容易い筈。
金を奪い、近隣国で贅沢に暮らせば良い。
あの屋敷ならば金はいくらでもある筈だ。
見ていろ愚かな化け物宰相が。
お前の国の人間こそが、お前の全てを奪うのだ。
……………………
…
「…本当に驚きました。突然我が……に、かのフリージア王国の女王陛下が直々に足を運ばれるとは。」
…見慣れた部屋だ。
こんな時間だってのに来客とかふざけんな。さっさと追い出すか殺してやりてぇ。
…あれ。…来客って、誰だ……?
「つまらない挨拶は要らないわぁ。…それで?答えは⁇」
偉そうに。
いきなり夜中にズカズカ踏み入って来やがった分際で。
ああああああああぐっちゃぐちゃにしてぇ。
「ハナズオ連合王国を裏切る代わりに、………の不可侵と…………の……所有権、ですか。…確かに我が国としては商品さえ確保できれば」
「なら良いじゃない。それとも大国フリージアを敵に回したい?」
脅してるつもりか?化物国のお飾り女王擬きが。
「どうせ本当は両国とも……するつもりなんでしょう?」
あ゛…?
「…。…何故、そのようなことを?」
誰がフリージア王国に漏らしやがった?見つけ次第殺してやる。
「わかるわよぉ!だって」
アッハハ!と両足をバタつかせながら女王とは思えねぇ笑い声を上げる下品な女。言葉を切り、俺を紫色の目で映す。
「貴方は私と同類だもの。」
確信を持った笑みに、思わず息が止まる。…この、俺が。
怪しい笑みが女や人の枠組みを越えて俺を捉える。
「でも、駄目よ?私が決めたの。………は、私のものよ。」
この、女は…。
「そうねぇ…じゃあ、これでどうかしら⁇」
考えるような素振りを見せた女は、ニタリと汚い笑みで俺を見る。この俺相手に、まるで餌でも吊るすみてぇに笑う。そして引き上げたその口を
…開いた。
……
「………?……………。」
……イイ夢を見た、気がする。