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2019年4月18日(木)

毒親って!? 親子関係どうすれば・・・

毒親って!? 親子関係どうすれば・・・

「毒親が原因で大人になっても生きづらい」という声がネットにあふれている。毒親とは、過干渉や暴言・暴力などで、子どもを思い通りに支配したり、自分を優先して子どもを構わなかったりする「毒になる親」のことを言う。番組では、「毒親」に悩む人たちに密着。親から解放され、自分を取り戻すにはどうすればいいのか。そして、子どもに毒親と言われないためには。現代のゆがんだ親子関係を紐解き、解決策を探る。

出演者

  • 東ちづるさん (女優・タレント)
  • 岡田尊司さん (精神科医)
  • 武田真一 (キャスター)

難しい親子関係 どうすれば…

毒親とは、アメリカの専門家が提唱した概念です。過干渉や暴言・暴力などによって子どもに重圧を与えたり、親の都合を優先し、子どもをかまわなかったりする親のことだとしています。

東京や名古屋、大阪などでこれまで100回以上開かれている相談会。主催している、カウンセラーの加藤なほさんも、毒親に苦しんだ過去があります。

カウンセラー 加藤なほさん
「正直、吐き出すだけで人生はうまくいくと私は思っている。『いいよ、いいよ、わかるよ』って言ってもらえると、肯定された気持ちになって(不満が)減る、(心の)キャパが増える。
感情もたまっていく。定期的にトイレに行くように、デトックス(毒出し)しないと。変わるためにネガティブを吐き出してスッキリしようという意図でやっている。」

“いい子”を演じてきて…どう乗り越える

自分の生きづらさの大きな原因が母親との関係にあるかもしれない。40代の恵さん(仮名)は、半年前から相談会に参加し、自らの悩みに少しずつ向き合ってきました。

恵さん
「うちの母親はいつも怒っていたんです。ヒステリックって言葉は、お母さんがそうだったから覚えた。」

姉ばかりをかわいがる母親の姿に、さみしさを感じ続けていた子どものころ。母に褒められたくて、“いい子”を演じるようになりました。しかし中学生の時、「学校でいじめにあった」と母親に相談したところ、返ってきた言葉は、「お前が悪い」。その後も、母親に否定され続けたことで、自分に自信を持てなくなっていったといいます。

恵さん
「言いたいことが言えなくて人に譲ってばかりで、我慢ばかりして生きてきた。毒親の影響で。」

大人になって、仕事や結婚生活が思うようにいかず、悩み続けてきた恵さん。相談会をきっかけに、母親と距離を置くことにしました。さらに、自分の思いをノートに書き出すよう勧められました。

“私の話に、きちんと耳を傾けて欲しかった”

ノートには、母親に言えずにいた思いがあふれていました。

恵さん
「『あなたは、あなただよ。何もおかしくないよ。』こういうことを言ってほしかった。わりと驚くんですよね。私こんなことを思っていたんだ。根っこに行きつくっていうか、これが根っこだったんだ。」

少しずつ自分の気持ちが整理できたという恵さん。当初は、母親への怒りばかりを感じていましたが、相談を始めて半年あまりが過ぎた今、気持ちが変わってきているといいます。

恵さん
「母親も人間だしなって思えるようになった。もともと感謝している。毒親とか言っているけど。感謝とか、この間まで言っていたけど、『くそ』ってときが絶対にきますけど。むかつく、感謝、むかつく、感謝、たぶんその繰り返しになっていく。」

人気!“レンタルお母さん”に悩み告白

一方、自分だけの力では問題解決が難しい人に向けて、新たなサービスも広がっています。女性スタッフで便利屋を営む、この会社。

優しいお母さんと過ごしたいという依頼に応えた「レンタルお母さん」というサービスが人気です。
この日、お母さん役を担うのは、普段はカウンセラーの活動をしている女性です。依頼をしたのは、母親と関係を絶ち、疎遠だという30代の女性です。

お母さん役の女性
「きょうは何を希望して予約されたんですか?」

依頼者
「一緒に料理がしたくて。そういうのは教われなかったので。」

まもなく結婚を予定している女性は、これまで抱えてきた悩みを解消したいと考えています。女性は子どものころ、母親から暴力を振るわれたこともあり、愛情を感じた記憶がほとんどないといいます。

お母さん役の女性
「そうそう。上手、上手。」

依頼者
「上手なんて言われることないから、うれしいですね。
あっ、落っこちゃった。5秒ルール。」

依頼者の女性は、料理を教わりながら、自らの悩みを打ち明けていきました。

依頼者
「子どものときの記憶って、いやな記憶しか残ってなくて。やっぱ、不安になりますね。結婚して子どもができたとき(自分は)大丈夫かなって。」

お母さん役の女性
「何があったら、私は大丈夫と思える?」

依頼者
「こうして聞いてもらえるとスッキリします。」

お母さん役の女性
「ずっと抱えていたら、つらいよね。」

依頼者
「何回か“お母さん”って呼びそうになっちゃって。自分のお母さんと仲良かったら、きっとこんなふうに楽しいんだろうな。泣けてきちゃった。」

“いい子”を演じてきて…東ちづるさんは?

ゲスト 東ちづるさん(女優・タレント)

今日のゲスト、東ちづるさんも長い間、親子関係に悩んできました。

母親に、常に成績優秀であることを期待され、それに応えようと、“いい子”を演じてきたといいます。

東さん:親が喜ぶからということを目の前に置いて生きてきたんじゃないのか。すごい苦しいですよ。自分が分からない。アイデンティティがない。

そうした経験から東さんは、人生の目標を見失い、一時は生きる意味も見い出せなくなったといいます。そして東さんは、母親と一緒にカウンセリングを受ける決意をします。8か月続いたカウンセリング。そこで母親は、自分が娘を苦しめていたと自覚し、変わり始めました。

東さん:自分が変わったら、楽になったみたいで、解き放たれたというか、解放されたようです。

毒親を乗り越えるにはどうしたらいいのか。親と子、それぞれ何をしたらいいのでしょうか。

子どもにどんな影響が?

ゲスト 岡田尊司さん(精神科医)

武田:今日は、「毒親って何?」「子はどうやって毒親を乗り越える?」、そして「毒親にならないためにはどうしたらいい?」、この3つのポイントで考えていきます。
まず、毒親とはどんな親のことを言うのかということなんですが、親のことで悩んでいる人はこういうことに苦しめられたといいます。まず、過干渉。「○○大学に行きなさい!」「恋人と別れなさい!」。それから、暴言。「あなたにいくらかけたと思っているの?」。さらには、暴力を振るう。そして、ネグレクト。「子どもにかまわない」「食事や身のまわりの世話をしない」。

子どもに干渉してしまうのは親としてはしょうがないんじゃないかとも思うのですが、東さんは、どういうところが苦しかったんでしょうか?

東さん:私、その時は苦しいって全く自覚はなかったんですね。大人になって分かったんですけれど、振り返れば、「こうするのがいいのよ」「一番がいいのよ」「頑張りなさい」「愛される子になりなさい」「優しい人になりなさい」「ちゃんとしなさい」「きちんとしなさい」、当たり前の言葉ですよね。でも、それをすると褒めてもらえるので、褒めてもらうためにやっちゃうようになっていたんだな。だけれど、これをいつまでやるんだろうと、ふと気付いた時が恐怖で、私ってどうやって生きたらいいんだっけという。

武田:岡田さん、こうした親子関係が子どもたちに、具体的にはどんな影響を与え得るんでしょうか?

岡田さん:毒親というと、すごく強い、言い過ぎじゃないかっていう。ただ現実は、こういう言葉が広まってる現実が表していることでもあると思うんですけれど、実は結構深刻なんです。愛着という仕組みは、そもそも子どもの生存を守るためのものなんですね。例えば、不安やストレスからその子を守ってくれる役割もあるんです。そこが育っていないということで、対人関係の問題はもちろん出てくるんですね。過度に親の顔色を見てしまう。それが親だけじゃなくて、他人の顔色を見てしまう。

東さん:友達とか恋人とかも、私が我慢すれば丸く収まるからとか思ったり。

武田:さまざまな、そういった問題が出てきてしまう。確かに今、生きづらさを抱えていらっしゃる方、非常に多いと思うんですが、そういった原因全てが親子の関係から来ているものなんでしょうか?

岡田さん:それはもちろん言えないですよね。社会にはいろんなストレスがあります。ただ、そのストレスを逆に押し戻してくれる、ストレスから守ってくれる存在、そのベースになる安全基地になってくれる存在、それがやはり親子関係だと思うんですね。一番最後の避難場所だと思うんですよね。世界中の全員が敵だろうが、親だけは自分のことを守ってくれる、信じてくれる。そういう最後のとりでがあれば、やはり人間、全然ストレスの受け方が違うと思うんですね。

SNSで共感広がる“毒親”マンガ

武田:毒親に悩む人たちの中には、新しい形で悩みに向き合い、第三者に打ち明け、共感し合うことで乗り越えようという動きが広がっています。

インスタグラムで連載され、5万人を超えるフォロワーがいる人気漫画「毒親に育てられました」。

つつみさん
「思い出す作業がきつい。」

この漫画を投稿している、20代のつつみさんです。

母親のことで悩んでいることは、誰にも言えずにいました。

つつみさん
「自分の親のことを友達に話すのは恥ずかしいことだと気づきはじめて。やっぱり、引かれるんですよね。『お母さんがこうでさ』って親しい友達に言うと『えっ?』って反応して。本当に言えなくて、『仲いいよ』って、うそをついたりした。」

母親に暴言を浴びせられるなど、愛情を受けた記憶がほとんどない、つつみさん。そんな母親との過去を漫画にして匿名でSNSに発信し、誰かに知ってほしいと思ったのです。

(漫画)

昼ごろに遊びから帰ってくると…。

母親
“帰ってくんの遅い”

子ども
“ごめんなさい”

母親
“弁当買ってきて!”

子ども
“はい”

毎日昼ごはんのお使いに行かされました。

母親
“はぁー!?何で幕の内じゃないわけ?”

子ども
“まくのうちべんとうが無かったから…”

母親
“でもお母さんがコンビニのハンバーグは嫌いって知ってるでしょー!?”

子ども
“ごめんなさい…ごめんなさい…”

母親
“はぁ〜まっず”

子ども
“お母さんのごはんの味ってどんなのだろう…”

手料理を作ってもらったこともありませんでした。

漫画には、多くの共感の声が寄せられています。

つつみさん
「(いいねの)通知の音がすごくて、ピコピコピコピコって、びっくりする。」

(共感の声)

“私の母とおんなじだあー”

“自分の親を見た気がして息苦しくなりました。”

つつみさん
「つらい思いをしている人って、こんなにいるんだなって。毒親の定義って、人それぞれ。その人が、つらいかどうか。」

母親の重圧は、つつみさんが働くようになっても続きました。職場にお金を要求する電話をしてきたり、つつみさんの友達に勝手に連絡をして仲を引き裂こうとするなど、過干渉するようになったのです。1年ほど前、うつ病と診断されたことをきっかけに、母親の元を離れた、つつみさん。漫画に描いてSNSに投稿したことで、多くの人と思いを共有し、気持ちが整理されてきたといいます。

つつみさん
「母のせいで自分が苦しむのおかしくない?と思って。自分の人生だし、恥ずかしいことしていないし、悪いこともしていないし。自分の今があるのも、それを含めてだし。じゃあ、いいじゃん、話せるわっと思って。」

毒親との関係をどうしたら乗り越えられるのか、具体的に見ていきます。

親は…子は…どう乗り越える?

武田:どうやって毒親を乗り越えるのか。その方法が、まず「第三者に“親への不満”を吐き出して分かってもらう」「親に不満をぶつけ“距離”を置く」、そして東さんのケースは「カウンセリングで親子の問題を発見した」ということです。

この「親に不満をぶつけ“距離”を置く」とありますけれども、距離を置くというのは、なかなかできることじゃないのかなという気もしますが、どうなんですか?

岡田さん:分かり合えない場合は、距離を置くことが必要な場合もあります。一時的に距離を取ることによって、その後、かえっていい関係になるということも多いですね。

武田:東さんのお母様は、カウンセリングを受けて、どういうふうに変わったとご覧になっていますか?

東さん:母は、本当に解放されて、母という肩書も、妻という肩書も取っ払って、英子っていうんですけれど、英子という個人になりました。それまで一生懸命、お母さんやって、妻やって、地域のいい人をやって、良妻賢母で本当に頑張ってきた人なんですよ。カウンセリングを受けていく間に、本来の自分はどう生きたかったというのを思い出したんです。本当に肩甲骨から翼が生えた感じになって、「あれもやりたかった」「これもやりたかった」「これやりたい」って言って、いろんなことを始めました。

武田:親子関係を見直すつもりが、実は親本人の生き方を見直すということにつながると。

岡田さん:そういう経過をたどることが非常に多いです。

“毒親”は連鎖する? 気づかぬうちに…

武田:「いい親になりたい」そう思っていても、毒親に育てられた人の中には「自分も毒親になってしまう」。そんな連鎖も起きています。

子どもとの関係を修復したいと、3年前から相談会に通う60代のヨシエさんです。

自分が毒親かもしれないと気がついたきっかけは、30代になった息子に言われた言葉でした。

ヨシエさん
「この先、会えないと言われた、息子に。家に来てほしくないと。出入り禁止、と言われて。」

実はヨシエさん、母親に暴言を浴びせられ、傷ついた過去に、これまで苦しんできました。自分が母親になったら同じことはやめようと思っていた、ヨシエさん。子どもたちには、愛情を注いできたつもりでした。ところが…。

ヨシエさん
「あれしろ、これしろって命令しない親になりたかったんだけど、それが自分にも出ている。相手に拒否されると怖い。拒否されると、どうしていいか分からないから、最初から『こうしなさい』『これなんだから』と言っちゃう。」

相談会に通う中で、自分が母親と同じことをしていたことに気づいたヨシエさん。60歳を超えた今からでも、自分が変わろうと思ったといいます。

ヨシエさん
「親が完璧になろうとするよりも、失敗を失敗として認めたほうが、普通の親としてやっていけるんじゃないか。一番大事なのは、家族の関係。息子も孫も大事だから、かわいがりたい。」

親子関係どうすれば 毒親にならないために

武田:毒親が、いわば世代を超えて連鎖してしまうということがあるんですね。

岡田さん:やはり人間というのは、自分がされたように、つい相手にも求めてしまうというか。「自分があんなに頑張ったんだから、あなたもそうしなさい」と、つい期待してしまうんですね。

武田:どうやったら毒親にならなくて済むのか。あるいは、すでに子育てに後悔のある人たちは、どうやってそれを乗り越えていったらいいんでしょうか?

岡田さん:それはひと言でいうと、「安全基地」になるということですね。

武田:毒親にならず、「安全基地」になるためにはどうしたらいいのか。岡田さんによると、まずは「子どもの安全を脅かさない」「ほどよい世話をする」「子どもたちの思いをくんで共感性を大切にする」ということなんですね。

これができて初めて、親は子にとっての「安全基地」になることができるということなんですが、私は「毒親」という言葉にものすごく抵抗があって、それを耳にするたびに、一人の親として、本当にズダズダに切り裂かれるような痛みを感じるんですね。親というのは、子どもを一生懸命愛情を持って育てているんですよ。先生、やっぱり親というのは、精いっぱい子どもに期待して、子どもを愛して育てるものじゃないんですか?

岡田さん:ただ、やはり人間、親子と言えども、それぞれ違う特性を持った存在です。だから、親にとって「これが一番いい正解だ」と思うことを「こうしなさい」と言うことは、子どもにとっては全然的外れな答えを押しつけることになっているかも分からないわけですね。実際のところ、どこかの段階で、子どもは違和感に気が付くんだと思います。それはある意味、本当の意味の自立の時期だと思いますけれどね。だから、毒親ということは一つの反抗期だとも言えるし、そういうふうな言い方をすることによって、本当の自分を取り戻そうとしているんだと思います。

東さん:今、あれ?と思ったのは、愛と期待は別のものだと思うんですよ。たぶん親御さんって、産まれてきた時に「産まれてきてくれてありがとう」っていうベースですよね。それだけでいいような気がするんですよ。

武田:単に「期待」と言うとそうかもしれないんですけれども、例えば今の社会、ものすごく複雑になっているし、自分たちが生きてきたころよりももっと生きていくのが大変なんじゃないかと、心配なんですよ。だから子どもには、「もっとこうしたほうがいいんじゃないか」とか「もっと英語を勉強したほうがいいんじゃないか」とか「もっとITを勉強したほうがいいんじゃないか」とか、いろんなことを言ってしまう。それが「期待」と言えば「期待」なんですけれども、親の不安を反映したものでもあるんだと思うんですよね。

岡田さん:それが結局、子どもにとっては押しつけになってしまうんだと思いますね。

武田:押しつけかぁ、そうかぁ。多々、反省することばかりですね。
先生はどうなんですか?

岡田さん:私も失敗だらけです。最初から程よくというのは、本当に難しいと思います。だから、毒親と言っていても、それが感謝に変わるってVTRでもありましたけれどね。案外、愛憎というのは背中合わせというか、裏表なので、毒親と言ってるということは、逆に言うと愛情を求めている。ありのままの自分を認めてほしいという気持ちの裏返しでもあるんだと思うんですね。

武田:私の子どもも大きくなって、子育てにいろんな後悔があります。どういうふうに乗り越えていったらいいんでしょうか?

岡田さん:何か問題が出てきた時に振り返って、そして足りない部分は補って、過剰な部分はちょっと控えて、そこで調整していくということですね。だから、そこに向き合えるかどうか。間違ってもいい、ただ、それを修正する勇気を持つということが大事だと思うんですね。

東さん:「後悔がある」「間違っていたと思う」っていうのを子どもに伝えてくれると、子どもはそこから新しい扉が開きます。私は母が謝ってくれたんですよ。「いっぱい間違っていたみたい、ごめんね」って言ってくれたのが、本当にスッとしたんです。親って大変ですね。

武田:親は大変ですよ、本当に。泣けてきた。親が泣いてどうするって気もしますけれど。

岡田さん:子どもさんが自立していくための最後のプロセスに、本来のその子になるため、親が押しつけてしまった部分とか、足りなかった部分を、最後に調整するといいますか、そこをやり直して仕上げをしていく。最後の親としての宿題を、ここですることになるんだと思います。そこを突きつける言葉が「毒親」だと思いますね。

武田:本当に考えさせられました。自分の子育てを顧みるというのはものすごくつらいことだと思うんですけれども、もし本当に、それで子どもが苦しんでいるんだとすれば、そこに向き合うのは親としての本当の最後のというか、ずっとなくならない務めなのかなというふうにも感じました。

2019年4月17日(水)

死にざま指南 看護師僧侶が説く

死にざま指南 看護師僧侶が説く

自宅で最期を迎えたいと望んでも、実際には多くの人が病院で亡くなる日本。今、自然な最期を迎える方法を説く女性が共感を集めている。看護師であり僧侶でもある玉置妙憂さん(53)。夫を看取った体験から臨床宗教師となり、死の間際、肉体と心に起きる変化の詳細や自宅での看取りに必要な準備などを指南している。さらに、アジアで「死の質・QOD」が最も高いとされる先進地・台湾を取材。死は敗北ではないと語る玉置さんと、死にゆく人に寄り添うために何が必要かを考える。

出演者

  • 玉置妙憂さん (看護師・僧侶)
  • 宮田裕章さん (慶應義塾大 教授)
  • 石井光太さん (作家)
  • 武田真一 (キャスター) 、 高山哲哉 (アナウンサー)

死にざま指南 ~看護師僧侶の取り組み~

看護師の専門学校の卒業式。現れたのは、剃髪した作務衣姿の女性。

玉置妙憂さん(53)
「みなさんおはようございます。今ご紹介あずかりました、玉置と申します。
皆様方の勉強されてきたカリキュラムの中に、死ということをきちんと学ぶ時間がありましたでしょうかね。」

学生たちに、人の死について問いかけたのは、玉置妙憂(たまおき みょうゆう)さん。
現役の看護師であり、そして高野山で修行した僧侶でもあります。
玉置さんは、死に向き合ってきた経験を今年、一冊の本にまとめました。

(玉置さん朗読)
今は昔と違って死が身近でなく、経験値がありません。死にゆくとき、人の心と体にどのような変化が起こるのか。看取る人が、どう行動すればいいのか。そのようなことを知っておくことで、「ああすればよかった」という後悔を減らすことが出来るかも知れません…。

本では延命治療をせず、自然な死を迎えるときの心と体の変化が詳細に描かれています。

(玉置さん朗読)
死の予兆は、おおむね3か月前から現れ始めます。
多くの場合、始めに現れるのは、内向きになることです。人に会ったり出かけたりしなくなり、テレビや新聞も見たくなくなります。
その代わりこれまでどういうことをしてきたかなどしきりに話したりします。一生懸命自分自身の人生の整理をしているのです。
もうじき死ぬということは、ごくあたり前として食は細くなります。周囲はそれが分かりませんから、心配して病院に連れて行きます。栄養を入れれば餓死は免れます。とはいえ、着地体制に入った人がもう一度元気になって歩けるようになる、ということではありません。

玉置妙憂さん
「死というものが操作できるようになってしまったということです。選択することになっちゃったんです。昔はシンプル、食べられなくなったら、飲めなくなったら選択する余地なく終わりだったんです。だけれど今は直接、胃に栄養入れることが私たちにはできます。心臓が止まると思ったら、薬を使って動かすことができます。一体どこで死の線引きをしますかというのが曖昧になっちゃったんです。」

(玉置さん朗読)
死までの期間が1か月を切ると血圧や心拍数などが不安的になり、肌や爪、手足の血色が悪くなります。
亡くなる2週間から1週間ほど前になると、たんが増えて、のどからゴロゴロ音がします。苦しいだろうと心配になりますが、端から思うほど本人は苦しくないと言われています。

亡くなるまで24時間を切ると、あごを上下に動かしてする下顎呼吸が始まります。人が亡くなる際の自然なプロセスです。

心停止の前に、それまで出なかった尿と便がいっぺんにバッと出ます。血圧が低下して体中の筋肉が緩むためです。
そのおかげで亡くなった後の体の中はきれいに空になっています。人は自分で自分の体をきれいにして、亡くなるのです。

玉置妙憂さん
「人のためにお役に立ちたいと思ってここにいらしているんだと思います。頑張っていただきたいと思います。ありがとうございました。」

看護専門学校 卒業生
「実際に“延命処置ってどこからなんだろう”っていう話を聞いたときに、もうちょっとそういうところを深く、家族と話していかないといけないなというふうに思いました。」

看護専門学校 卒業生
「新しく4月から働く時に、知れたことでがんばれると思ったので、本当にありがとうございました。」

今、看護師僧侶として穏やかで自然な死を迎える心構えを説く玉置さん。
しかし、かつては玉置さんも常に延命治療に全力で取り組むべきだと信じていました。
玉置さんを変えたのは、愛する人をみとった、強烈な体験です。

玉置妙憂さん
「彼(夫)はいつもこれ(カメラ)を持っていて、日記代わりですね。なにか『おっ』って思うものがあったら、パシャパシャって。 」

きっかけは10年前。カメラマンだった夫・哲さんに見つかった膵臓がんでした。
哲さんは、手術や治療を拒み、自宅で過ごしたいと玉置さんに訴えます。

玉置妙憂さん
「看護師としては常々やっていることであれば、治療をするというほうに導くというのがやるべきことだと思ったし、もうひとつ家族という立場があったので、家族とすると、治療しないっていうのは、愛がないみたいに感じたんですよね、その時。 」

しかし、哲さんはかたくなでした。このベッドでゆっくりと体が衰え、死に向かっていったのです。

玉置妙憂さん
「点滴もしなかったのでね。そういう風にすると、ほどよく枯れてくんですよね。本当の意味で。物理的にドライになっていくんですよ。それはある種、衝撃で。いや、きれいなもんだなっていうか。すばらしいな、美しいっていう。」

玉置さんは、それまでの患者との向き合い方は、間違っていたのではないかと、考え始めました。
あるがん患者との会話を、今でも悔やんでいます。

玉置妙憂さん
「『来年の桜、俺は見られないかもしれない』『どう思う?見られないだろう』みたいな話をされた時に。いやまいったなって思ったんです。たぶん、見られないんです、事実的には。」

このときの自分の対応は、死にゆく人の心に寄り添うのを拒んだ、とても冷酷なものだったのではないか?

玉置妙憂さん
「私はとっさに、『そういえば、隅田川の桜を見に行ったことあります?』なんて、桜つながりで返したんですよね。ひどい話ですよね、相手の人にとったら。来年の桜を見られるんだろうかって。“俺はそこまで生きていると思う?”っていう質問をぶつけてきたんですよね。」

死の話題を避け、患者の孤独に寄り添えなかった玉置さん。それ以来、男性は一切同じ話をすることなく、やがて亡くなったといいます。
死にゆく人と向き合う時、医療ではない何かが、必要ではないのか。玉置さんは、宗教にそのヒントを求め、46歳のとき、出家します。高野山で200日間に及んだ修行。玉置さんの心に、ある気づきが生まれました。

玉置妙憂さん
「医療が救いますよっていうのは今までの私のスタンスでしたけど、それも違う。仏様が救ってくださいますよっていうのはこっち(宗教)しかないから、それも危ないと思うんです。それだけじゃない考え方というか、流れが同時進行であって良いと思うんですよね。」

玉置さんは看護師を続けながら、資格をとって臨床宗教師になり、穏やかな最期を迎えるための活動を始めました。
今は、以前の自分とは違う心構えで、患者と向き合えるようになったといいます。

玉置さん
「こんにちは。」

この日訪ねたのは、夫に先立たれた99歳の女性。

深澤愛子さん(99)
「やっぱり弱っていくのは楽じゃないです。」

玉置さん
「弱っていくのがね。お体がね。」

深澤さん
「みんな亡くなっちゃいましたからね。」

玉置さんはじっと耳を傾け、そして死生観を語りかけます。

玉置さん
「じゃ先生は死んだら何もない。」

深澤さん
「うん。先生は?」

玉置さん
「私は粒みたいになって」

深澤さん
「また人間になる?」

玉置
「人間かどうかわからない。次は虫かもしれないし、花かもしれないし。わからないけどなんか、そんなイメージ。」

死の不安を受け止め、共に語り合う。
それが穏やかな最期につながると考えています。

ゲスト 玉置妙憂さん(看護師・僧侶)
ゲスト 石井光太さん(作家)
ゲスト 宮田裕章さん(慶應義塾大 教授)

武田:人が死に至る姿、お話を伺っているだけでも本当に厳かな気持ちになりましたけれども、そういうふうに人の死が理解できていたとしても、はたして本当にその場で心穏やかにいられるものなのか。ちゃんと向き合って寄り添えるものなのか。私は正直、自信がないんですね。やはり延命治療を望む方もいらっしゃると思うんですよ。

玉置さん:そうです。もちろん、どんなことをしてでもこの命を続けていくって宣言した方もいらっしゃいました。だから、何もしないというのもその方の価値観、人生であろうし、どんなことをしてでも命を、延命治療、とにかくすべてできることはっていうのも、もちろんオッケーです。

石井さん:本当に死というのは、僕はいろんなあり方があると思うんですね。大切なのはご本人自身が何を望むか、何を大切にするか。そこの部分を周りの人が必死になって理解して、同じように大切にしてあげる必要があるのかなと思っているんですね。
ある病院でホームレスの方がずっと延命を嫌がっていて、最後、どうしてもうまくいかない、治療もうまくいかないとなった時に、彼が1つだけ願い事を言ってきたんですね。それは何かっていうと、動物愛護協会に募金したいって言い始めたんです。

「ホームレスで暮らしていた時に、猫とか犬だとか、そういったところがすごく味方になってくれたので募金したいんだ」と。その時にみんなが、じゃあなになにをリサイクルで売ってとか、余っているお金で募金しようねというふうに一生懸命やったんですよね。その時に、そのホームレスの方がすごくいい亡くなり方をした。周りにいる方もすごく納得できた。その納得するものがあるかどうかっていうのはすごく大きくて。それをやる人が、玉置さんのような形で僧侶であるっていうことも1つだと思うし、それはボランティアの人でもいいと思うし、看護師さんでも誰でもいいと思うんですよね。

玉置さん:もちろんそうですね。私はたまたま、自分自身のバックボーンとして宗教っていうものがあっただけなんですね。本当は家族でも看護師でも、いろんな方が、町のおばさんだってできるはずなんですよ。

武田:「いまは死は身近ではない」という、玉置さんのお言葉もありましたよね。

宮田さん:これは日本だけではなく、東アジアに共通するんですけれども、死を、どちらかといえば遠ざけてきた。がんの告知をしないという傾向がこれまで強かった。あるいは余命についても、どうしても伝えない方向の選択肢をとってきた。一方で、間近に迫っている多死社会に関して、どう受け止めるかというのは非常に重要だなと。

高山:調べてみると、1960年代まで、圧倒的に日本では在宅で亡くなる方、家で亡くなる方が多かったんですけど、その10年後に病院死が逆転するんですよね。それまでは、何か語るっていう人がいなくても、見て、“死ぬってこういうことなんだ”とか、“じゃあ自分はどう死ぬんだろう”と想像するチャンスがあったというデータもあるんですよね。

玉置さん:私たちの通常の感覚からすると、やっぱり死というものを、だめなもの、避けたいもの、見たくないものと思っているので、目の前に誰が見ても(死が)明らかに近づいてきてるのに、しかも、当のご本人もそれをひしひしと感じているのに、口にするとみんなが知らん顔をするって、それは、私もいっぱい失敗してきましたから、申し訳ないことしたなと思って、最近はあえてちゃんと話題に、見えているものだから話そうという。

石井さん:僕自身もホスピスの取材なんかしていて、すごくそれは思います。本人は、逆に言うと、それをしゃべってくれない、許容してくれない人に対してあんまり信頼しないんですね。本人が目の前にあるものを一緒に共有していくということがお互いの信頼構築につながって、いまの生というものを、生きる質を上げていくことにつながるんじゃないのかなと思いますけどね。

高山:実はみとりの死のケアのプロフェッショナル、専門家というのは、実はいろんなアプローチがありまして、こちら、玉置さんの「臨床宗教師」など、いろんなスタイルがあるんですけども、なかなか、われわれに身近という感覚が得られない。

武田:こうした取り組みが日本でなかなか広まらない中、玉置さんが注目するのが台湾の仕組みです。

先月、玉置さんは世界でも珍しい終末期医療が行われている、台湾大学に足を運びました。
ここでは患者のケアを医師と僧侶が一体となって行います。

医師
「患者の回復が難しいため終末のケアを考える必要が出てきました。」

臨床宗教師
「患者はまだ心の準備ができていません。宗教師が介入するのは早いと思います。」

臨床宗教師と医師が議論して、ケアの方針を決めています。

台湾大学では24年前から、僧侶に医学教育を行い、臨床宗教師の育成に取り組んできました。僧侶は15週間かけて心理学や末期患者への医療処置など専門知識を学びます。

この日、余命わずかな患者へのケアに、玉置さんも立ち会いました。
蕭宇さん(51)。舌ガンが全身に転移し、延命は困難。もはや会話もできない状態です。鎮痛剤のみの治療に家族も同意。ひと月前から宗教師が、死を受け入れるための心の整理を行ってきました。

臨床宗教師
「老い、病気、死。それは誰もがいずれは経験することです。仏教の教えに「死」はありません。仏の世界へ旅立つのです。それは私たちが安らぎを得られる場所です。」

医師
「起き上がりますか?」

看護師
「起き上がりたいみたいです。」

蕭宇さんの妻
「ゆっくりね。」

医師
「病状は深刻です。でも、穏やかさも見えます。彼の表情に絶望感はありません。」

蕭宇さんの妻
「そうですね。」

この日の夜、蕭さんは静かに息を引き取りました。

玉置妙憂さん
「臨床宗教師がしっかり医療の中でケアチームに入っているなというのを改めて感じました。スタッフの中できちんと相互理解が深く進んでいるなというのを感じました。」

台湾の「死の満足度」クオリティオブデスはアジアで1位。特に評価されているのが徹底した法律の整備です。患者には、治療の選択を保証し、それを尊重し亡くなっても、医師は責任を問われないと定めました。

台湾大学病院 陳慶餘医師
「法律ができて生きているときに、終末期のことをしっかり選択できるようになりました。台湾の取り組みは非常に先進的だと思います。」

民間の取り組みも、玉置さんは注目しています。ここは、会費や寄付で運営されている臨床宗教師の派遣ステーションです。仏教徒以外の人のために、僧侶だけでなく、ボランティアの育成にも力をいれています。ボランティアは家族をみとった経験のある人や、自ら病を抱える人など100人ほど。

講師
「心を落ち着かせ、そこ座り、ただ寄り添うのです。これはとても重要なことです。」

資格をもった臨床宗教師から、傾聴のノウハウなどのトレーニングを受け、派遣されています。

さらに宗教を信仰していない人へのケアも行っています。この日ボランティアが訪ねたのは楊竣皓さん(21)。生まれつき肺と心臓に難病を抱え、治療は困難と診断されています。

ボランティア
「ゼイゼイしているわ。疲れている?」

楊竣皓さん
「大丈夫。」

仏教を信仰していない楊さんのため、宗教師は同席していません。かつては自殺を試みるなど自暴自棄だったという楊さん。訪問2回目のこの日。楊さんは自分が死んだあとについて、語り始めました。

楊竣皓さん
「どんなことでもいいので、人助けがしたいです。」

自分の死後、臓器提供のドナーになりたい。それが楊さんの希望でした。

楊竣皓さん
「自分はもう治らないから。必要としている人に体をあげて、役立ててほしい。」

ボランティア
「広い心を持っているんですね。自分の体を捧げることができるなんて。」

楊竣皓さん
「体はただの入れ物で、たとえ亡くなっても本当の意味での死ではないと思っています。自分の残した物がこの世でまだ誰かの役に立てるなら、こんなに嬉しいことはない。」

じっと見守る母親。ボランティアが歩み寄り、そっと語りかけます。この女性も、かつて病で家族を失い、苦しんだ経験がありました。

楊竣皓さんの母親
「(息子を)手放したくない。」

ボランティア
「気持ちはわかります。私も同じ経験をしました。でも彼は大丈夫です。自分をしっかり持っています。私なんか必要ないくらいです。それはあなたという母親がいるからです。私が来る前からずっと寄り添ってきたからです。胸をはってください。あなたの息子はとてもすばらしい人生を生きています。」

楊竣皓さんの母親
「ありがとうございます。」

武田:この台湾の仕組み、胸を打つものがあったと思うんですけれども、日本でこういった仕組みを実現するには何が必要なんでしょうか。

玉置さん:難しい原因が2つあると思っているんですけれども、1つは宗教というものが前面に出てしまった場合の拒否感ですね。2つ目は、何といっても資金ですね。必ず出てきてしまうんです。あちらの台湾はですね、訪問していった先でお話を聞いたあと、では、いくらですなんて、もちろんやってないです。お金をもらってないんですね。じゃあなぜあの場が、あの方々の活動がキープされているかというと、全部お布施です。国に頼らない、そして、お布施の文化がないこの日本で、どうやって資金を調達するかというのが大きな課題です。

石井さん:例えば海外の場合ですと、それは必ずしも国のお金に頼らないっていう風潮もあるんですよね。やはりそれを地元の企業だったり、昔からのお金持ちというのが社会貢献として支える。この部分はやはり完全にボランティアで、でも、その資金というのは民間から出ているんだっていうところで、きちんと分けるっていう方法もあると思うんです。ただ1つ、僕は問題があると思うのは、玉置さんのような方がたくさんいればいいというのは事実なんですが、資格を持ったプロフェッショナルが出てくると、ついついみんながそれに任せてしまうという問題も別に生じると思うんですね。やはり社会だとか、地域だとか、家族だとか、そういった中で支えた上で、玉置さんのような方をどう中に導き入れていくか。ここのほうがいちばん重要なんじゃないのかなというふうに思いますけどね。

玉置さん:私は、私の立ち位置を猫みたいなものだと思っているんですね。

武田:猫。

玉置さん:例えば、老夫婦2人向き合って話もしないけれども、真ん中に猫ちゃんが1匹いると、猫を介して話すとかあるじゃないですか。

武田:なるほど、ありますね。

玉置さん:そういう感じで、死というものを身近に感じて、緊張しているご家族の中に1人猫的な存在がいると、その猫ちゃんを、それが私だと自負しているんですけれど、そこを通過していろんな会話が成り立つという関わり方がベストだと思います。

宮田さん:介護の現場で何がいちばん共通して大事になっていくかというと、やはりその人が大事にしているものを一緒に大事にすると。こういうことだろうと。例えば、亡くなる前に野球見に行きたかったなと。で、一緒に行くと。あるいは、自分が人生を捧げてきた田んぼをもう一度見てみたい。そこに一緒に行くと、それだけで涙があふれている。その中で、死と、自分の人生というものに1つの区切りをつけながら、一緒に、残りの人生を生きていく。こういった中で重要になるのは、大事なものを一緒に大事にしていくということなのかなというふうに思います。

玉置さん:心をケアしようとするのは技術ではなくて、やはりその人の、それぞれの人のパーソナリティというか、生きてきた蓄積というか、そういうものによるケアになってくると思うんですね。だから、資格があればできるとかいうものではないし、どなたでも、本当にその方のことを考えて相対すれば、自然に生まれてくる、波動といいますか、空気といいますか、そういうものが作り上げてくれるものだと思います。

武田:きょうはどうもありがとうございました。

玉置さん:ありがとうございました。

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