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2024年4月15日(月)

いつもの荷物が届かない? 物流“2024年問題”を追う

いつもの荷物が届かない? 物流“2024年問題”を追う

4月からトラックドライバーに働き方改革が適用、時間外労働の規制が強化される「物流の2024年問題」。これまで通り荷物を運べない事態が懸念される中、特に影響の大きな生鮮食品を運ぶ長距離トラックの現場に密着。上昇する運賃を価格に転嫁せざるを得ない状況や、ドライバー不足の加速、さらに生産者の経営圧迫につながるケースも…。私たちの暮らしへの影響は?そして日本の物流は今後どうあるべきか?徹底検証しました。

出演者

  • 矢野 裕児さん (流通経済大学教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

いつもの荷物どうなる? 密着!トラックドライバー

桑子 真帆キャスター:
こちら、コンビニやスーパーで、いつでも買える昆布のおにぎりです。例えば、東京にいる私の手元に届くまで、どれだけ物流が関わっているのか見ていきます。

まず、北海道の日高で採れた昆布は、小樽港へ運ばれて、フェリーで新潟へ。新潟からトラックを乗り換えて、次は兵庫の加工場へ行きます。そこで別のトラックに換えて、今度は関東へ運ばれ、その後、3回輸送を繰り返して、おにぎりの加工場に到着します。お米や、のりなども同様に各地から運ばれてくるので、私の手元に届くまで、合計20台のトラックで輸送されているんです。

トラック輸送
日本の物流 年間42億トンの9割(国土交通省)

このトラック輸送なんですが、日本の物流、年間42億トンの9割を占めます。

過労死などが多いドライバーの健康を守るため、4月から労働時間の上限規制が始まりました。これまで実質、無制限だった時間外労働は、年間960時間までになりました。それに伴って、拘束時間は1日最大16時間だったのが、15時間までと定められました。今、どんな影響が出ているのか。長距離トラックに同乗しました。

追跡!2024年問題

全国有数の養殖ブリの産地、大分県・佐伯市(さいきし)。30以上の港で、年間およそ1万トンが水揚げされ、東京や大阪などに出荷されています。

大消費地まで距離があり、長時間労働になりやすい、九州の運送事業者。労働時間を、いかに減らそうとしているのか。東京・豊洲市場に向かうトラックに乗せてもらうことにしました。
午前8時に出勤するドライバー。まず、向かったのは集荷作業です。多い日は3か所の港を回るといいます。

ドライバー
「ふだん、この辺に止めますね」

すぐに荷物を積める訳ではなく、準備できるまでの待ち時間、そして、実際に積む時間も合わせると、集荷だけで5時間かかることもあります。

ドライバー
「もうちょっと押してください」

荷物を載せて、港を出発。これまでは、このまま豊洲市場へ向かっていましたが、この日は会社に戻ってきました。

ドライバー
「お疲れさまです。後ろでいいですか」

待機していた別のドライバーが、大型トラックに荷物を積み替えていきます。
この会社が、3月から始めたのは「リレー輸送」です。

大分から東京までは、1,100キロ以上。すべて陸路で東京まで運ぶと、休みなく走っても14時間以上。集荷作業を合わせると、到着まで19時間以上かかります。そのため、県内の集荷作業と東京までの輸送を2人で分担することにしたのです。

「よろしくお願いします。404ケースです」

豊洲に向かうのは、ドライバー歴30年の植村富士雄さん。リレー輸送で、これまで8時だった出勤時間が午後1時に変わり、労働時間は5時間短くなりました。さらに、出発したあとも、労働時間を減らす工夫が行われていました。

向かった先はフェリー乗り場です。大分から四国の愛媛県までは、フェリーで2時間20分。その間は休息に当てられます。これで合計7時間20分、労働時間を短くできました。

長距離ドライバー 植村富士雄さん
「体的には、もう全然違う。楽は楽だね、本当に」

ところが、走る時間が減ることは、いいことばかりではないといいます。長距離ドライバーの多くは、走れば走るだけ稼ぐことができるため、長年、植村さんは時間をあまり気にせずに働いてきました。しかし、今月から労働時間が短くなると、単純計算で月の給与は10万円以上、下がることになるといいます。

植村富士雄さん
「時間決められたら大きいよ。今もらっているのより下がったら。自分が走りたいと思っても走れなくなるわけでしょ」

4時間ごとに休憩を挟みながら、午後11時半に京都を通過。さらに進んで、深夜3時すぎ。1日の拘束時間が上限の15時間に達する前に、この日は仮眠を取りました。

植村富士雄さん
「長めの休憩とって寝るかな」

翌日の午後。指定された時刻までに豊洲市場に到着した植村さん。それでも、道路や市場が混雑すると、1日の拘束時間を超える可能性があり、このままリレー輸送を続けられるか不安を感じています。

植村富士雄さん
「土曜日だから間に合ったというのもあるし、市場の混み具合にもよるし。そら心配だよな、『できん』と言って、会社に何かあっても困るし」

労働時間を減らしながら、いかに安定して輸送を続けるか。運送会社の土井克也社長も、対応の難しさに直面しています。

運送会社 土井克也社長
「1か月決まった(仕事の)予定」

リレー輸送を毎日続けるには、追加で2人のドライバーを雇う必要があります。ただ、現在、思うようにドライバーは集まりません。仮にドライバーを雇えても、リレーで毎回2人分の人件費がかかるため、月に30万円以上、輸送コストが上乗せされるのです。

運送会社 土井克也社長
「この分は自分の所で負担している。どうやって今後、負担する部分を補っていくか。大変厳しいですよ。これだけ経費が上がったら厳しいよな」

上昇するコストを、どうすればまかなうことができるのか。このあと、土井社長が下した決断とは。

暮らしへの影響は?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ここからは、物流の実態や流通に詳しい、矢野裕児さんとお伝えしていきます。よろしくお願いいたします。

4月から新たな働き方が始まって、すでに課題が見えてきているようでしたけれども、この運送会社、ドライバーの置かれた状況を、今、どういうふうにご覧になっていますか。

スタジオゲスト
矢野 裕児さん (流通経済大学 教授)
物流の実態や流通に詳しい

矢野さん:
特に、長距離輸送が非常に深刻な状況と言えるかと思います。日本の場合は、トラック運送業の多くが中小企業なんですが、中小企業はなかなか、こういうのに対応しきれない、こういう問題を抱えているのかなと思います。ですから、ある意味では、やむをえず、今までのやり方で、そのまま走ってるという場合も非常に多いのかなと思います。

桑子:
なかば見切り発車のような状況ということですか。会社の中には、深刻な状態になっているところもあるようですね。

矢野さん:
実際に、例えば、このリレー輸送、中継輸送についても、やりたいという企業は結構多くて、アンケート調査でも半数以上が「取り組みたい」としているんですが、現実には、今、取り組んでいるのは大手ばかりで、なかなか中小事業者にとってはハードルが高いと。複数事業者が手を組むのはなかなか難しいという問題もあって、難しいということが言えるかと思います。

桑子:
それは、どうしてですか。中小企業は、なかなか体力がそこまでないと。

矢野さん:
そうですね。それから、やはり、それぞれの中小事業者は、どうしても、その地域に強いんですが、長距離は結んでいかなくちゃいけないという状況なので、そういう意味で、今後の対応という意味では、大手事業者はネットワークを非常に持っていますから、それをうまく使って対応できているんですが、中堅事業者はなかなか対応しきれない。そうなると、特に長距離輸送については撤退、さらには中小事業者については、撤退するわけにもいかないけど、しかし、やっていくためには、今までのやり方を、そのままやっているという場合が非常に多いのかなと思います。

桑子:
今回、私たちも各地の運送会社に取材をしました。仕事を依頼される荷主との関係に悩む声が多く聞かれたんです。

例えば、納品の時間や出発の時間などは荷主の都合で決まるため、なかなか変更してもらえない。また、対策のコストを賄おうと賃金を上げたいと思うんだけれども、なかなか上げさせてもらえない。また、こういった時間や運賃について荷主に交渉しますと「仕事を切るぞ」と、「別の会社に依頼するぞ」と、なかなか取り合ってもらえないといった声があったそうです。

対策をしないと・・・
14%の荷物 運べない?(2024年度 NX総合研究所)

何も対策をしなければ、2024年度、14%の荷物が運べなくなるという試算もあるんです。では、私たちの暮らしに、どんな影響が出るのか。矢野さんに挙げていただきました。大きく3つあるということなんですね。

暮らしへの影響は・・・?
◆荷物が届かない!?
◆鮮度が落ちる
◆輸送コストの上昇

矢野さん:
1人のドライバーの拘束時間が、どうしても短くなる。あるいは、走行距離が短くなるということが起きますので、結果的に輸送能力が少なくなって、そういう意味では、ある地域では、あるいは、この時期は、といった、ある程度、条件つきではあるんですが、なかなか運べないという問題が発生する。

桑子:
荷物が届かなくなってしまうということですね。

矢野さん:
そうですね。さらに、今までは翌日配送ができたところが、翌々日しか持っていけないということになると、やはり鮮度が落ちると。こういう問題もあるかなと思います。特に、生鮮品にとっては非常に深刻な問題が起きるということになるかなと思います。さらには、先ほどのような、いろんな対応策をしようとすると、従来以上に人手がかかったりしますし、あるいは、フェリーを利用するとか、そういうのも当然、お金がかかる。そういう意味では、輸送コストが上昇してしまうという問題になります。

桑子:
では、この上昇する輸送コスト、誰が負担するのかというところで、物流というのは、生産者、市場、小売り、消費者と、多くの関係者が関わって、この間を運送業者がつないでいるわけです。先ほどの大分県の運送会社でも、このコスト負担を巡って頭を悩ませています。

上昇する輸送コスト 負担はどこに?

大分から東京にブリを運ぶ、運送会社の社長、土井さんです。上昇する輸送コストを、どうまかなえばいいのか。地元の運送会社の社長たちと話し合っていました。

「現状をお客さん(荷主)にわかってもらわないと、運送会社が、これぐらいコストが上がっているのを、燃料費ないし人件費も」
「それは荷主はわかっている。わかっているけど、口を出さないだけ」
「荷主はいかに安く運んでくれるか、『安く運んでくれ』だもんね」

土井さんたちは、荷主である卸売業者に、運賃を上げてもらうしかないと考えていました。

運送会社 土井克也社長
「1企業では無理。みんなで話を」
「みんな一緒になって上げてとなれば、『しょうがないよね』って納得してくれると思う」

この日、卸売り業者の元を訪ね、苦しい現状を訴えた土井さんたち。

「集荷と幹線(東京便)の車を分けて、拘束時間を減らしていく。その分を運賃に転嫁できるかといったら、(現状は)転嫁できないから」
卸売業者 宮島治さん
「なるべくコストをかけずに提供していくかが(卸売業者の)使命なんだけど、かかった費用は、それなりに(価格に)乗せていかないと継続できないので」

卸売業者からは、魚の売値を上げて、運賃を上乗せできるよう努力すると伝えられました。

卸売業者 宮島治さん
「“2024年問題”やれと言われて、非常に苦労している。運賃コストは上がるので、その分、売価を上げなくてはいけない。その作業を一生懸命している最中」

取材を進めると、上昇する輸送コストのしわ寄せが、生産者にいくケースもあることが分かってきました。
長芋や長ネギなどを全国に出荷している青森県。野菜は単価が安く、産地間の競争も激しいため、価格を上げて、輸送コストをまかなうことは簡単ではありません。
そこで2024年度から、荷主であるJAが、コストの一部を負担する取り組みを始めようとしています。

「みんなの所から荷物が集まってくる。その置き場所ですね」

これまでは、運送会社のドライバーが、5か所ほどの集荷場を回って、出荷する野菜を集めていました。

今後は、JAが、あらかじめ野菜を1~2か所の集荷場にまとめ、運送会社の負担を減らす計画です。

さらに、「パレット」と呼ばれる、荷物を載せる輸送資材を導入。これまでは、ドライバーが荷物を1つ1つ積み込むのが慣習でしたが、今後は、JA側の作業員が、パレットで積み込み作業を行います。しかし、対策にかかると見込まれる費用の総額は、年間およそ6,000万円。JAでまかなう余裕はなく、農家に負担してもらわざるを得ないのです。

JA八戸 営農経済部 販売課 豊川将次課長
「私どもも、なんとか協力していきたいと考えてはいるんですけど、いっぱいいっぱいと言いますか、まかないきれない」

農家の堰合(せきあい)繁さん。長芋を年間80トン、長ネギを35トン作っています。

新たな対策によって負担することになる費用は、1ケースあたり25.3円。堰合さんは年間15,000ケースほど出荷しているため、負担額は35万円を超える見込みです。

農家 堰合繁さん
「不安ですよね。今は(売り上げが)上がっても経費がかかるので、引かれるのが多いので、なかなか厳しい」

“コスト増”誰が負担?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
コストを生産者が負担したり、ものの売値に転嫁したりするケースがありましたけれども、一体、誰が、上がるコストというのを負担すべきだというふうに考えたらいいでしょうか。

矢野さん:
実際に物流に関わるコストって、単純に輸送するコストだけじゃないですね。積みおろしなども含めて、非常にいろんなコストがあります。そして、それが生産者、卸売り、あるいは、市場、小売り、消費者、この一連の流れ、このサプライチェーン全体で、みんなで負担しないといけない。ところが、なかなか、みんなできちんと負担できない、負担し合えないというところが問題であると思います。

桑子:
この中で、特に影響が大きい、責任があると思っているのは、どの立場の人たちなんでしょうか。

矢野さん:
実際にものを運ぶ時に、発と着というのがあって、どちらかというと、着荷主のほうが相対的に力が強いという特徴があります。そこのところで、着荷主がなかなか払わないということが多くて、そこが大きな問題になります。

桑子:
今、お話にありましたけど、物流はものを送り出す「発荷主」、それから受け取る「着荷主」があります。

これを荷物の流れに従って見ますと、例えば、市場で見たときに、もともとは「着荷主」という立場に当たりますよね。ただ、次の行程では、この市場は「発荷主」にもなるわけです。というように、実は立場が変わっていくわけなんです。

この流れを見ますと、最終的には、私たち消費者が「着荷主」ということになります。この「着荷主」の立場が強いというお話でしたけれども、これはどうしてなんでしょうか。

矢野さん:
基本的には、着荷主が、お金を出しているわけですね。そして、お金を出して商品を買い、届けてほしいと。こういう形になりますので、どうしても、言ってみれば、お金を出すところのほうが力が強いという面もあるかなと思います。

桑子:
それは、ずっと昔からなんですか。

矢野さん:
そうですね。1990年代から、どちらかというと消費者が強くなっているという傾向があるかと思いますし、それから、消費者自体のニーズが昔より非常に厳しくなってる。早く・安くとか、そういうニーズが非常に強まっていて、これが、ある意味で、至上命令になっていて、サプライチェーンもそれに合わせた形の物流システムにしなくちゃいけないというような状況になってます。そういうことが、結局は物流条件を決定し、そして、ある意味では、物流の慣習という形になっているのかなと思います。

桑子:
今、お話にありました「慣習」というところ、具体的にどういう慣習があるというふうに考えていらっしゃいますか。

矢野さん:
例えばですね、東北のリンゴにおいて、昔から、関西は翌々日でいいんですけど、関東は翌日に持っていかないといけないと、こういうのが一般的になっていると。ただ、リンゴなどは温度管理すれば、そんなに問題ないはずなんですが。

桑子:
1日、2日はね。

矢野さん:
それでも、やはり翌日配達が基本になっているということがあります。あるいは、例えば小売店では、消費者のためということで、多くの種類の商品を品ぞろえしなくちゃいけないとか、新商品がどんどん出てきて、それを並べるとか、さらには、開店時に商品が並んでいなくちゃいけない、それと欠品しちゃいけない、こういうことが非常に当たり前のようになっていて、これが条件になっている。ただ、これをやろうとすると、非常に多頻度小口で配送しなくちゃいけない。そういう意味では、物流に非常に負荷がかかってしまっているという状況だと思います。

桑子:
長年、こうした、さまざまなところで根づいてきた慣習を見直そうという動きも出てきているんです。その実現には、私たち消費者も問われることになりますね。

「慣習」を見直せるか?

関東と関西に、およそ300の店舗を展開する大手スーパー。
開店直後にも関わらず、空の棚がちらほらと。

スーパーの客
「最近、空いている商品が多い。困ります」

「欲しいものがなかったら、ムッとしますけど、それ以外は、あまり気にはしていない」

これまでスーパーでは、開店に合わせて、すべての商品を陳列することが慣習となっていました。そのため、朝の便にトラックが集中。商品が多い日は、追加のトラックを依頼することも珍しくありませんでした。そこで、2023年の秋から、追加便は原則中止に。早朝に運ばなければならない生鮮品以外を、一部、昼の便に回しました。その結果、全国で1日80便近くを減らすことにつながりました。

一方で、棚の商品がなく、販売の機会を失ったり、日中、品出し作業に店員をとられ、レジが混んだりするなど、多少の不便が生じました。スーパーにとってはデメリットもありますが、それでも、2024年問題に対応するため、慣習の見直しに踏み切ったのです。

大手スーパー 野本大輔店長
「欠品は我々としては恥ずかしい。お店の思いはあるけれど、ドライバー不足やトラックの問題で、運送ができなくなるということが起こるのであれば、違う方法で、お客様に商品を提供することは必要なことだと思う」

私たち消費者は?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
物流の現場では、さまざまな慣習を変えようと模索していましたけれども、物流の終着点、消費者ができることを挙げていただきました。お願いいたします。

矢野さん:
現在ですね、早く、安く、そして、いつでも種類が豊富で、欠品がない。こういうのが消費者にとって当たり前になっているわけですよね。これが、ある意味では、物流の条件を決める、あるいは、物流の慣習に、どうしてもつながっていくということになります。そういう意味で、物流に大きな負荷がかかる要因になっているんですね。この当たり前、私たちとしては当たり前な利便性とか、そういうものを、やはり本当にすべて必要なのか、その辺は、少し見直していく必要がある。そういう意味では、少し消費者も不便を受け入れるとか、許容するとか、そういうことも必要なのかなと思います。

矢野さん:
豆腐は、違うメーカーでもおいしいですしね。

矢野さん:
そうですよね。いろんなものを試すと、もしかして、すごくおいしいのが見つかるかもしれないですよね。

桑子:
そうですよね。

矢野さん:
それから宅配便なんかにおいても、翌日配送って必ずしも要らないわけです。もっと余裕を持って、というのもあるかもしれない。そして、再配達をできるだけ減らしていく、いろんなことをしていく。そういう意味では、私たちがいろんな形で物流に負荷をかけてしまっている。それを、何気ないところを少しずつ直していく。そういうことも、実際には物流に大きな変革をもたらすということを、少し皆さんに意識してもらいたいということかと思います。

桑子:
何となく早いほうがいいな、何となく便利なほうがいいな、これが本当に必要なものなのか、私たちも改めて考えていきたいと思います。

見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
2024年4月10日(水)

“埋もれる労災” 働き続けるシニア世代に何が?

“埋もれる労災” 働き続けるシニア世代に何が?

「荷物の仕分け作業で手首に激痛」「深夜の工場内で倒れて救急搬送」労働災害の中で60歳以上が占める割合は年々増え続け、3割近くに上ります。さらに、統計には表れない“埋もれる労災”の実態が見えてきました。解雇を恐れて労災申請を断念する従業員や、事故発生後、すぐに企業に認めてもらえないという訴えが相次ぎます。老後の生活不安を抱え、厳しい労働環境でも働かざるを得ない高齢者たちに何が起きているのか?実態と対策に迫りました。

出演者

  • 脇田 滋さん (龍谷大学名誉教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

働く高齢者に何が

桑子 真帆キャスター:
仕事中のケガや業務が原因と考えられる病気、こうした「労災」が発生した場合、労働者や、その家族は、事業主の協力のもと、請求書を作成し、労働基準監督署に提出します。ケガや病気の原因が、業務にあるかどうかなどが調査されます。ここで「労災」と認定されますと、療養にかかる費用や休業中の給与などが補償・給付されます。

しかし、今、高齢の労働者から、「労災の申請ができない」「認定されない」という相談が、弁護士や支援団体などに相次いで寄せられているんです。
なぜ、こうした事態が起きているのか。高齢者の労災認定には、いくつもの壁があることが見えてきました。

労災認定の“壁”

仕事が原因で、ケガや病気になったと訴える人たちを支援する、都内のNPOです。
この日、相談に訪れたのは78歳の男性です。

78歳の男性
「手が痛くて、どうしようもない。もうこれはダメだなって、もう無理だと」

50年以上、ガスの配管工事の仕事をしてきた男性。右手の激しい痛みに悩まされ、退職を余儀なくされましたが、労災の認定には至っていません。

東京労働安全衛生センター 飯田勝泰事務局長
「前から右手が痛いことは、会社に言っていたんですか?」
78歳の男性
「ずっと言ってる。労災はできないのって言ったら、『私は知らない』とか言われて」

高齢者の労災認定を巡って、立ちはだかる壁。それは、ケガや病気の原因が、加齢ではなく、仕事にあると証明するのが難しいことです。

東京労働安全衛生センター 飯田勝泰事務局長
「職業病関係ですと、どうしても一定の年齢、加齢現象で、特に関節なんかの場合は、いろいろな影響も出てくるということで、ご高齢の方にとってみれば、年のせいじゃないのとみなされがち」

2023年まで、週6日、フルタイムで働いていた男性。

78歳の男性
「1日1,000円だね。食事代」

労災の補償対象となっていないため、医療費などは自費で賄っています。年金収入は、2か月で、およそ16万円。貯金を取り崩しながら生活する日々が続いています。

78歳の男性
「(労災を)認めてくれるのか、認めてくれないのか。何とか耐えられて生きられると思うけど、医療費が戻ってくれば、また違うし」

労災かどうか証明することが難しい、高齢者のケガや病気。その壁を解消しようと、NPOが取り組んでいるのが「医療との連携」です。同じ建物内にある診療所には、労災や職業病の専門知識を持つ医師が常駐。医学的な所見をもとに、病気やケガの原因は何なのか、正しく見極めようとしています。

ひらの亀戸ひまわり診療所 毛利一平所長
「体調不良の原因、病気の原因が、仕事にあるのではないかということは、なぜ、そういうことが起こっているのかを深く調べて、ちゃんと理由づけしてあげられる。そういうことができないと、なかなか労災認定につながらない」

NPOに相談を寄せていた、78歳の男性です。医療機関で診察を受けると、治療前の段階では、重度の関節症であったことが分かりました。

荻窪病院 整形外科 手外科センター 松尾知樹医師
「ステージ4ということで、重症例で多い所見かなと思います。あくまで僕の意見ですけど、50年以上、ハンマーとかを使った作業をされていて、それに矛盾しない所見もあって、強い痛みもあったということで、(仕事が原因の)可能性は、もちろんあったということで間違いない」

ケガの原因は仕事である可能性が高いと指摘された男性。NPOの支援を受け、労災を申請することにしました。

東京労働安全衛生センター 飯田勝泰事務局長
「現役世代の若い方に比べると、難しいところはあるかもしれません。請求して、しっかり(労働基準)監督署の方に調査をしていただいて、ご本人も訴えをする中で、認定をぜひしてもらいたい」

取材を進めると、労災の認定基準が若い世代と変わらないことも、高い壁となっていることが分かってきました。

当時73歳だった父親を亡くした、安藤まゆみさん(仮名)です。

父親は、年金だけでの生活は心もとないと、派遣会社の契約社員として、ガソリンスタンドで働いていました。自宅で倒れているところを発見されたのは、2019年の夏。心筋梗塞でした。

安藤まゆみさん(仮名)
「会社のため、人のためというところで、一生懸命、真面目に几帳面に働く性格でした」

安藤さんは「過労死ではないか」と疑いましたが、労災の認定は難しいと、申請を断念しました。その主な理由となったのが、いわゆる“過労死ライン”です。

過労死ラインは、時間外労働が、病気を発症する前の1か月で100時間、または、2か月から6か月前の平均が80時間を超えると、病気の発症と業務の関連が強いと判断される目安です。
安藤さんの父親が亡くなる前の1か月の時間外労働は、およそ26時間でした。一方で、深夜労働が6日連続で行われるなど、業務の負担が影響したのではないかと感じています。
父親の携帯には、亡くなる直前につづった上司へのメールが、未送信のまま残されていました。


体調が悪く、本日の夜勤は休みたいです。無理であれば行きますが、少しばてています
安藤まゆみさん(仮名)
「(この)メッセージを最後に、亡くなっていたようです。高齢の方で、しかも夜勤をやっているっていう、そういったことは、あまり配慮されていない基準。どこかで変えていただかないと、また同じような、つらい思いをする人が増えてしまうのかなと」

労災の認定基準に達しない高齢者の業務の負担を、どう計るべきか。
過労死などの労働問題に取り組む、弁護士の尾林芳匡さんです。労災は、働く人、一人一人の事情に即して判断すべきだと訴えています。

食品製造工場で働いていた、当時71歳の男性です。2020年の夏、男性は勤務中に倒れ、救急搬送。その後、亡くなりました。男性の時間外労働は、およそ70時間。当初、労災は認定されませんでした。
尾林さんは、遺族と共に労働局に審査を請求。労働時間だけでは計れない業務の負担を判断するために着目したのが、男性が作業していた部屋の環境です。

熱中症の危険度を示す指標に照らし合わせると、当時は、危険度が最も高い域に達しており、審査会で“強い身体的負荷”があったと認められたのです。男性が亡くなってから3年半、2度の審査を経て、「過労死」と認定されました。

尾林芳匡弁護士
「暑い環境、寒い環境、重たいものを運ぶ環境、さまざまな面で、高齢者にとって過酷な仕事が広がっている。もう少し仕事の厳しさから保護すべきだと、ずっと思ってきましたし、倒れたときに手厚い補償がされるべきだと思っています」

労災の認定基準 立ちはだかる壁

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ここからは、労働法がご専門で、労働者を支援する団体の理事も務めていらっしゃいます、脇田滋さんとお伝えしていきます。よろしくお願いいたします。

今、見てきたように、高齢者の労災認定を巡って立ちはだかる壁としては、ケガや病気が加齢によるものなのか、業務によるものなのか、判断が難しいということ。そして、労災の認定基準が、高齢者も若い世代も一律だという、大きく2つあるわけなんですね。

労災認定率(60歳以上/脳・心臓疾患)
31.2%
他の世代の平均41.1%(厚生労働省 2023年)

実際に、60歳以上の脳・心臓疾患の労災認定率が、およそ31%と、他の世代の平均と比べても低くなっているわけですよね。確かに、調査する側としては、加齢によるものなのかどうかと判断するのは難しいと思います。ただ、一人一人の状況に即した審査ができないものなのかと思うんですけれども、いかがでしょうか。

スタジオゲスト
脇田 滋さん (龍谷大学 名誉教授)
労働法が専門で労働者支援団体の理事

脇田さん:
そのとおりですね。実は、2001年にあった認定基準では、先ほどあったように、労働時間というか、残業時間数で判定するという面が非常に強かったんですけど、2021年、認定基準が大きく変わりまして、「労働時間以外の負荷要因」を総合して労災認定するということで、この「労働時間以外の負荷要因」というのが、非常に重視されることになったという点が大きいと思いますね。

過労死の認定基準 見直し(2021年9月)
労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合評価して、労災認定すること明確化

桑子:
これは評価されるべき変更点ですよね。

脇田さん:
それまでのいろんな、前の認定基準を巡る裁判の中で認められてきたものを、改めてまとめて認定基準にしたという、非常に大きな意味があると思います。

桑子:
そこから2年半ほどたつわけですけれども、どうでしょう、浸透しているなという実感は。

脇田さん:
前の基準が20年も続いたものですから、どうしても過労死とか、そういう脳疾患については、残業時間というのが非常に広まってしまったので、「それだけではだめなんだよ」ということを広めるのに、まだ時間がかかっているというふうに思います。

桑子:
これは周知が必要になってくるということですね。

脇田さん:
予防にも関係しますので、やっぱり企業、現場に広く周知することが急がれるというふうに思います。

桑子:
そして、高齢の労働者には、まだ、立ちはだかる壁があります。それは事業主との間の壁ですけれども、「労災の申請に、事業主がなかなか協力してくれない」という声が相次いでいるんです。

“もし解雇されたら…” 労災めぐる高齢者の葛藤

長年、建設業に携わってきた原田信二さん、67歳です。2022年、職場の事故で左足を負傷し、骨挫傷(こつざしょう)と診断されました。

原田信二さん(67歳)
「左足に荷重がかかったときに、今でも激痛が走るわけですよね」

原田さんは当時、二次下請け企業の測量士として現場に入っていました。

「ちょうどこの辺りで、右手に持っていた木ぐいが崩れたそうです」

資材を抱えて歩いていた際、体のバランスを崩して、足に強い痛みが走ったといいます。当日、医療機関を受診すると、医師は「歩行困難で、通常作業は不能」と判断しました。すると、同行していた元請け企業の社員が「軽作業であれば業務は可能か?」と質問。医師は「デスクワークなどの事務作業であれば可能」だと答えたといいます。翌日、原田さんは足の痛みをおして出勤。しかし、雇用先の企業から事務作業は命じられず、待機するだけの日が5日間続きました。負傷後も現場に配置した企業の対応に疑問を抱いたといいます。

原田信二さん(67歳)
「車で待機するか、休憩所で待機するかで、全く仕事はしていないわけです。私が休むと、休業(が必要な)災害になるので、とにかく休業災害にはしたくなかったんだろう」

その後、原田さんは、一時、現場作業に復帰したものの、ひざの痛みが悪化し、休業を余儀なくされました。医療機関を再度受診すると、骨の内側に損傷が見られると言われたのです。

原田さんが、休業中の補償を求めて労災を申請したいと企業に相談すると、「社内で検討する」「申請は待ってほしい」と返されたといいます。原田さんは、企業の意に反して労災を申請することは難しいと感じていました。

原田信二さん(67歳)
「解雇されたら、どうしようということですよね。この足の状態では、できる仕事っていうのは、ほとんど限られてくるというかですね、ほとんどないんじゃないかな。年齢からしてもですね。その不安が大きかったですよね」

給料も仕事もない状況が続き、経済的に厳しくなった原田さんは、個人で加入できる労働組合に相談することにしました。
組合は、調査を経て明らかになった問題点を企業側に指摘しました。事故の翌日以降も続いたケガの痛みをおしての出勤。労働者の権利として認められている労災の申請を、とどまらせるかのような対応。「生活のことを顧みず、休業補償が支払われない事態に陥ったことは、重大な権利侵害」だと訴えました。
休業から、およそ2か月後。企業側は労災申請に合意し、その後、原田さんのケガは「労災」と認定されました。
NHKは、企業側に対して、今回の一連の対応についての見解を問いました。

元請け企業は、「申請に時間を要したのは、受傷状況の変化、就労状況の確認、労働基準監督署への休業補償申請の相談のため」とした上で、「給付申請を避けようとしたり、受傷事実を隠ぺいしようとした事実は全くありません」と回答しました。一方、雇用先の企業からは回答はありませんでした。
労災が認定された原田さん。休業補償を受けられるようになったものの、ケガは完治せず、今も復職のめどは立っていません。

原田信二さん(67歳)
「いちばん苦しいのは、私のケガに対して全く無関心ということですね。何とかしてあげようと、言葉を投げかけてくれる人もいなかった。怒りよりも悲しみの方が大きかったですよね」

“埋もれる労災” どう高齢者を守る?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
労災の申請に対して、なかなか企業側の同意が思うように得られずに、その間の補償や給付が受けられないという実態を見てきました。他にも、企業側が故意に事故などの発生を隠す「労災隠し」というものも起きています。

この「労災隠し」が行われる背景について、労働基準監督署に長年、勤めてこられた、原論(さとし)さんによりますと、「社会的評価の低下」それから「経営的なリスク」の回避があるのではないかと。どういうことかといいますと、公に事故が報告されますと、企業の安全管理能力、労働環境に対しての社会的評価が、まず下がってしまう。それによって、仕事の受注が減るなどの経営的リスクが高まってしまう。それを回避しようと、「労災隠し」が行われていると指摘されていました。この「労災隠し」の疑いで送検された件数、2022年が87件ということなんです。この年齢の内訳というのは公表されていないんですけれども、さまざまな年代でこの「労災隠し」は起こり得るわけです。高齢者の場合、起こり得る要因として考えられることって、どういうことでしょうか。

脇田さん:
やっぱり高齢者も働かないと食べていけないという、非常に弱い立場にあるということで、企業に嫌われれば、次の仕事を見つけにくいという、これが1つ。

もう1つは、非正規雇用という、高齢者は、正社員で働く方は非常に少なくて、76.7%の方が非正規雇用なんですね。非正規雇用の場合に、やっぱり若い人も含めて、非常に弱い仕事を、いつ切られるかも分からないということと、もう一つは、組合が非正規雇用をなかなか守れていないということ、この2つが高齢者にも当てはまると思います。

桑子:
そうすると、泣き寝入りしかねない状況になりやすいということですね。

脇田さん:
そうですね。ビデオにあるように、泣き寝入りを迫られるという状況があると思います。

桑子:
では、この高齢者の労災が埋もれる状況を変えるために、何が必要なのか。脇田さんに、大きく2つ挙げていただきました。まず1つ目。「そのケガや病気、労災かも?」と思うということですね。

脇田さん:
そうですね。一般に、労災についてあまり認識されていない面があると。1つは、仕事中のケガだけじゃなくて、仕事によるというか、仕事に関連した、そういったケガ、病気、場合によっては、死亡も労災というふうに考えられますし、さらに、通勤途上の災害も「通勤災害」とも言うんですが。

桑子:
職場でなくても、ということですね。

脇田さん:
広く「労災」と考えられると。非常に広い概念であるということですね。

桑子:
自分の過ちとか過失によって、ケガなどをしてしまった場合も。

脇田さん:
そうです。「それは君の不注意から」というふうに言われて、諦める方もいるんですが、労働者が不注意であったとしても、それが仕事によるケガだということであれば、「労災」として補償されるということです。

桑子:
しかも、事業主の協力を得られなくても、個人でも申請はできるということでしたね。

脇田さん:
労災保険の制度は、企業主が補償するというよりも、企業主から保険料を徴収している国が管理をして、認定も含めて、手続きをしてくれるということですね。

桑子:
そして、2つ目です。「高齢労働者を一人で闘わせない!」と。

脇田さん:
やっぱり労働者は弱い立場にありますので、一人ではなかなか頑張れない。それを本当は、いちばん助けるのは労働組合なんですが、日本の場合には、企業別で、しかも正社員で、退職者は組合になかなか残れないということで、やっぱり組合だけでなくて、市民団体、先ほどのNPOとか、労災を支援する、そういう団体が増えていますので、その支援を受けるということが重要だと思います。

桑子:
そして、大前提として、そもそも労災を起こさせない環境づくりというのも大事ですね。

脇田さん:
そうなんですね。事後補償の労災だけでなくて、それを起こさない、予防というか、安全衛生の強化ということが、企業側の責任であるというふうに思います。

桑子:
そのために求められる考え方、精神って、どういうものでしょうか。

脇田さん:
やっぱり安全に働くということが労働者の基本的な権利であるということを、労使ともに認識するということだと思います。

桑子:
企業は、どう考えればいいでしょうか。

脇田さん:
やっぱり労働者を、コストではなくて、人として尊重するということだと思います。

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