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2022年11月8日(火)

“送料無料”の陰で・・・ トラックドライバーの悲鳴

“送料無料”の陰で・・・ トラックドライバーの悲鳴

脳・心臓疾患の労災は全業種の10倍、過労死も頻発▼謎!改善された労働基準が過労死ラインを超えている!?▼あるトラックドライバーの2日間に密着。高速代が出ず長時間下道を走ります。運転以外の“タダ働き"が横行?改ざんされる労働記録。▼現役ドライバーのホンネを緊急アンケート。「長時間労働が制限されたら困る!?」悲痛な叫びとは?▼“送料無料"が当たり前の意識。あなたは変えられますか?

出演者

  • 首藤 若菜さん (立教大学教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

"送料無料"の陰で トラック運転手の悲鳴

日本で1年間に運ばれる貨物は43億トン。その9割を運ぶのがトラックです。私たちになじみ深いのは自宅に届く宅配便などのトラックですが、今回注目するのは「企業間輸送」です。

企業間輸送とは、私たちの手元に届く前、産地から市場、市場からスーパーなどの間を運ぶトラックです。まさに日本の物流を支えている企業間輸送のドライバーたちは長距離の輸送も多く、長時間労働になりやすいとされています。いわゆる「過労死ライン」、ひと月の残業が100時間を超えるケースも少なくありません。

ドライバーたちはどういった労働環境にあるのか。1人の長距離ドライバーが取材に応じてくれました。

長距離トラック運転手 400kmで42時間労働

島谷浩一さん(仮名)、47歳。会社を転々としながら、30年近く長距離ドライバーを続けています。

取材班
「どんな仕事が回ってくるんですか?」
島谷浩一さん(仮名)
「人のやりたくない仕事、安い仕事」

小さな会社のため、仕事のほとんどが3次・4次の下請け。荷物が重い長距離輸送など、大手がやりたがらない仕事が回ってきます。この日の仕事は、朝7時開始。400キロの輸送です。

荷主の元に向かった島谷さん。早速「荷積み」を始めました。契約にはないため、本来はやる必要のない作業だといいます。10キロほどの箱が200個。すべて手で積むよう、荷主から指示されました。かかった時間は1時間。これでも、ふだんと比べて楽だといいます。

本来、積み込み作業でも料金を受け取れると法律で定められています。

貨物自動車運送事業法
積み込みなどの役務は、運賃とは別に料金を収受

しかし、仕事をもらうために無償で行っています。荷積みが終わるとすぐに出発です。

島谷浩一さん
「とにかく積んだら『積ましてやったから出ていけ』って。人間扱いされてないみたいな」

「それだけではない」と、荷主からの業務依頼書を見せてくれました。

高速料金ゼロの文字。荷主と高速料金を受け取る契約を結ぶこともできますが、仕事を回してもらうために受け取らない場合がほとんどです。この日も、高速なら4時間半の距離を下道で倍近くかけて走ります。

働き始めて12時間がたった、夜7時ごろ。島谷さんが突然、あるボタンを押しました。

島谷浩一さん
「証拠隠滅ですよね」

運行記録を残す紙です。労働時間の基準を守れないときは途中で記録を切るよう、会社に指示されているといいます。

夜8時過ぎ。休息は継続して8時間取る必要があります(改善基準告示)。しかし…

島谷浩一さん
「これが目覚まし時計。10時に起きる」

僅か2時間の仮眠。ちゃんと起きられるか心配で熟睡はできません。

翌朝4時。指定の場所に到着しました。しかし、届け先の許可がなければ敷地の中に入れません。入れたのは5時間後。1時間半かけて無償の「荷降ろし」を行いました。島谷さんはこのあと、帰りも別の荷物を運びました。

2日目も、日課のように運行記録の紙を引き抜いた島谷さん。自宅に戻れたのは、深夜1時。初日の作業開始から42時間後でした。

島谷浩一さん
「実態なんですよ、これ。断っちゃうと会社も飯食えないし、俺らも飯食えないし」

輸送中に倒れた運転手 過労死ライン超えの実態

トラック業界で2021年度、脳や心臓の疾患で労災認定されたのは56件(うちドライバー53件)。全業種の中で10年以上連続でワーストです。過労死認定も26人(道路貨物運送業)でワースト。

トラック業界独自の基準、1か月125時間まで認められる残業が、過労死が後を絶たない大きな原因と指摘されています。

大阪府に住む40代の女性は、2020年の3月、長距離ドライバーの夫、健司さん(仮名)を亡くしました。

静岡から大阪へ高速道路を走行中だった、健司さん。めまいに襲われ、トラックを路肩に止め、救急車を呼びました。緊急手術が施されましたが、9日後に息を引き取りました。死因は、くも膜下出血。49歳でした。

40代 女性
「仕事のことに関しては、特に責任感をもってやっていたと思います。何か仕事『こんなんお願いしたいねん』って言われたら、それを『いやや』とか『そんな無理や』とか、あんまり言わなかったんじゃないかな」

健司さんが亡くなる前の半年間、1か月ごとの残業時間です。トラックドライバーの労働基準「1か月最大125時間の残業」を超えたのは、2回。しかし、国が定める過労死ライン「1か月100時間」に照らせば、4か月連続で超えています。

実は、トラックドライバーは昼夜が逆転したり長時間労働になりやすいため、例外的に100時間を超えることが認められてきたのです。

2022年7月、労働基準監督署は健司さんの死を"過労死"と認定しました。専門家は、働き方の基準を根本的に見直す必要があると指摘します。

健司さんの労災申請を担当した 岩城穣弁護士
「昼と夜が逆転する生活になると、疲労がどんどん蓄積していく。ある程度蓄積して回復しきれなくなるときに、体が破綻すると。過労死が国として発生をやむをえないことを認めていると理解せざるをえないような、本当に非常に不十分なものだと思います」

新たな基準示されるが… なぜ過労死ライン超え

桑子 真帆キャスター:
亡くなった健司さん(仮名)が勤めていた運送会社に取材を申し込んだところ、「この件に関する取材は一切お断りしています」という回答でした。

なぜ、ドライバーはこうした働き方になってしまったのか。

大きな転機となったのが、政府が1990年に行った「規制緩和」。バブル期で増加した物流に対応するためです。この規制緩和によって新規参入が簡単になり、運送会社の数は1.5倍の6万社以上に急増しました。それによって荷物を奪い合うという構図が生まれ、運送会社は荷主から仕事をもらうために「過剰なサービス」や「安い運賃」で差別化せざるをえなくなったのです。

今回番組ではアンケートを実施し、200人以上のドライバーから回答を得ました。

その中には、

「荷主に対して値上げ交渉をしても、他社が値上げしなければ仕事が無くなる」
「会社ではなく荷主の要望。荷主次第ですべて決まるので、仕方がないと思う」

荷主優先の働き方をしているという声が多く聞かれました。

この状況を打開しようと、ようやく2022年に新たな基準が示されました。これまではドライバーのひと月の残業時間が最大125時間とされていましたが、最大115時間に短縮されました。2024年から運用される予定です。ただ、この基準も国が定めた過労死ライン100時間を超えています。

なぜ115時間で決着したのか。交渉に当たった運送業界の経営者、そして労働者の代表、さらに厚生労働省に聞きました。

過労死ライン超えで妥結 経営者と労働者の主張

トラック会社の経営者側が主張したのは、「労働時間を減らし過ぎれば、荷主の発注をすべてこなすことができない」という危機感でした。

全日本トラック協会 副会長 馬渡雅敏さん
「われわれの業界は、社長さんが常に3人いますと。自分のところの社長は当然いるんですが、この方がいちばん弱い。発荷主さんが2番目ぐらい。いちばん強いのは、着荷主さん。『今じゃなくて昼から来い』みたいに平気で現場現場で言われるから、そこでそれぞれ『待ってちょうだい』とかですね。そう言われても『われわれ1日もう16時間でどうしても帰りたいんだけど』と言ってそこで降ろして帰ってくるわけにはいかない商売なので、そこら辺の葛藤ですよね。経営者が意欲なくしてね、『運べるものしか運ばない』って思い出したとたんに物流は止まるでしょうね」

一方、トラック業界の労働者で作る組合は、労働時間が減ることで収入などの待遇に悪い影響が出ることを恐れたといいます。

運輸労連 中央副執行委員長 世永正伸さん
「結果が過労死を許容してしまう範囲だったことは、非常に苦渋の選択だったなと。(残業ができないと)運行も減ってきますし、企業としての収入も下がりますし、ドライバーは歩合給が多いところであれば当然給料下がりますので、そこの見直しに着手しないと、ドライバーが居着かないですよね。本当にジレンマというか、本来は一斉に運賃上げて給料維持か上げる事ができれば良いんですけど」

過労死ライン超えで妥結 "物流を止めないため"

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
厚生労働省は、

厚生労働省の見解
守れない基準を定めても改革が前に進まない。実現可能な範囲でできるかぎり過労死などを起こさない水準を目指した。
運用後の3年をめどに、見直しに向けた検討を予定している

とのことでした。

きょうのゲストは、新たな基準の作成に専門家として携わり、トラック業界の実態調査を長年続けてこられた、立教大学教授の首藤若菜さんです。

今回の新たな基準ですが、かなり難航されたと聞いていますが。

スタジオゲスト
首藤 若菜さん (立教大学教授)
トラックドライバーの労働環境を研究

首藤さん:
確かに労使間の意見の隔たりは非常に大きかったと思います。時間も、その分長くかかりました。ただ、115時間という時間外労働、過労死基準を超えるようなものも例外規定としては確かに残ったのですが、新しい基準では総体として見ると労働時間は大幅に削減されている面もあります。

桑子:
そこは評価できるということですね。

首藤さん:
なので新しい基準で働けば、ある程度過労死も予防できるのではないかという期待もできるわけです。

ただ新しい基準で働く場合に、物流が本当に維持できるのかというところは懸念されています。国交省と経産省が行っている検討会の中では、例えば新しい基準でドライバーが働いて物流が今の状態である場合、およそ14%の荷物が運べなくなるという試算も出されています。

なので、私たちの日本社会がいかに長時間労働に依存しながらモノを運んできたかということです。けれども物流を止められないということがありますので、運送会社はもちろんのこと、荷主を含めて労働基準を守りながら物流をどう維持していくのかを努力していく必要があると考えています。

桑子:
新たな基準をドライバーの皆さんたちはどう受け止めているのでしょうか。アンケートで聞いています。

「残業代が減ると給料はさらに減り、人手不足が加速する」
「上限が減ったところで仕事の量は変わらない。無給の仕事が増えるだけ」
「賃金形態と荷主との構造が変わらないかぎり、安価な運送業界の待遇悪化だけが進む」

厳しい声が相次いでいます。

経営者は「物流」を守りたい。そして労働者は「生活」を守りたい。それぞれの希望があるわけですが、これらを両立することはできないのか。模索を続ける会社が熊本県にあります。

運送会社の改善策 頼みは運賃値上げ…

長距離ドライバーを17人抱える運送会社。以前は半数近くのドライバーが過労死ラインを超えていましたが、今では2人にまで減りました。

一体、どんな対策を講じたのか。

例えば、サービス労働が常態化している「荷積み」。もともとは長距離ドライバーが担ってきましたが、新たに集荷を専門に行うドライバーを雇い、分業することにしました。残業は1人当たり18時間分減らせましたが、人件費は年間5,000万円増えました。

さらに、熊本県はトマトの生産量が日本一。農作物の輸送が多くを占めます。

この会社が労働時間短縮のために3年前に導入したのが、鮮度を保つための大型冷蔵庫です。以前は天候や収獲のタイミングに出荷が左右され、ドライバーの待ち時間が長くなっていましたが、冷蔵庫を導入したことで大量にストックが可能に。これにより待ち時間を減らし、運び出すことができるようになったのです。残業は1か月当たり12時間の削減。一方で、冷蔵庫の購入に2,000万円かかりました。

トラック会社 吉川誠常務
「コストは増えますけど、原資は会社の利益から絞り出すしかありません」

燃料代が高騰する今、自助努力も限界に来ています。そこで、地元の農業組合に運賃の値上げを再三お願いしています。

吉川誠常務
「荷主さん側にも(運賃値上げの)協力いただかなきゃいけない」
農業組合 担当者
「そこは死活問題というか…」

なかなか値上げは実現できません。農業組合の担当者が、苦しい胸の内を語ってくれました。

農業組合 担当者
「5割上がる肥料もあるし、資材高騰がすごいですもんね。運賃も上がり、生産者の負担は大変なもの。死活問題ですね、お互いに」

商品の価格に転嫁するのも簡単ではありません。

農業組合 担当者
「例えばトマトが小売りで急にひと玉150円、250円になった場合に、消費者さんが手に取られるかってことですよね」

"送料無料"はもう限界? 新たな試み始まる

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
会社も限界、生産者も限界、消費者も今いろんなものが値上がりしている中で、なかなか簡単に値上げを受け入れにくい空気感でもあるかもしれません。どうしたらいいと考えていますか。

首藤さん:
私は、まず"運賃の見える化"が重要だと思います。

桑子:
運賃の見える化ですか。

首藤さん:
例えばスーパーで何か商品を買う時に、その商品の価格がいくらで、運送料がいくらであるのかということは分からないですよね。日本の商慣行では、商品の価格の中に運送料込みで表示することになっています。ただ、外資系企業では商品価格とは別に運送料を表示することもあります。

桑子:
見える化されているんですね。

首藤さん:
そうです。なので運賃の見える化をすると、自分が物流を利用していることを自覚することになりますし、物流を考えるきっかけにもなるかなと思います。

桑子:
今、日本はなかなか見える化がされていない、しかも世の中には「送料無料」という文字があふれています。送料無料があふれることでもたらすことは、どういうことだと考えていますか。

首藤さん:
まず、送料は絶対無料ではないです。ネット上で何かクリックして買った時、その商品は必ず倉庫から誰かがピッキングをして、こん包して、トラックに積み込んで、配送をして、私たちの手元に届いています。この労働が、すべて無料のはずはありません。なので、送料無料という表現は運送料がいくらか分からないということだけではなく、商品を運ぶドライバーたちの姿も見えにくくしてきたと私は思っています。

桑子:
ドライバーの負担を減らしつつ、どう物流を守っていくか。さまざまな試みが始まっています。

2つご紹介します。まず「パレット」というもので、国が推奨しているパレットと呼ばれる台を導入することで、荷積みなどの作業をフォークリフトで行い、ドライバーの労働時間、さらには肉体の疲労を減らせるというものです。

さらに、食品メーカーやビールメーカーなどが取り組んでいるのですが「共同配送」というものです。従来は会社ごと別々に荷物を運んでいたのですが、配送センターなどに集約することで輸送のむだを省き、効率化を図ろうというものです。

こういった取り組みをどう評価しますか。

首藤さん:
物流の効率化やパレットの利用、共同配送は、ドライバーの労働環境を改善させるきっかけになる可能性を感じています。ただ、商慣行がパレットが利用できれば必ず労働環境が改善するのかというと、そう簡単ではないと思っています。

例えば、運賃が上がればドライバーの賃金が上がる可能性があります。でも、運送会社にしてみたら運賃が上がって利益が出たら、先ほどのような大型冷蔵庫を買うかもしれませんし、環境対応の車両に変えないといけないかもしれません。他にも設備投資をするような場面というのはたくさんあるわけです。

そういう中で、どういうふうにして労働環境を改善できるのかということを考えた時、すごく大切なこととしては、働くドライバーたちが「仕方がない」と諦めるのではなく、きちんと声を上げて要求をしていくことだと思います。働く側から商慣行を変えさせていく流れを作っていくことが大事かなと感じています。

桑子:
なかなか声を上げづらいという声がアンケートでもありましたが、そこをうまく吸い取る、国なり企業なりの視点というのも大事ではないでしょうか。

首藤さん:
そうですね、改善基準告示も3年後を目途に見直しが進むことになっています。法制度を変えて法律が変わったので「パレットを利用しないと運べないね」というふうに、働く側からの働きかけを強めていってほしいと思っています。

桑子:
双方の働きかけで、より皆さんを守るという仕組みがどんどんできていったらいいですね。最後にトラックドライバーの皆さんのメッセージをご紹介します。

「送料は絶対に無料ではないことを分かって!送料に対する考え方が変わらなければ日本に未来はない」
「みなさんが使っているものすべて誰かが運んでいるものです。それを分かってほしい」
「このままでは、社会的インフラの一つが壊れてしまうのではないか心配です」
「世の中の流れなら運賃値上げはしかるべきなのに、消費者や荷主は容認してくれない」
「送料無料って本当に無料で運んでもらっていると思わないでほしい」

たくさん声をいただきました。

24時間、ワンクリックで荷物が届く時代です。便利さの陰で、物流は危機にひんしていないでしょうか。職場で荷物を出す時、自宅で商品を受け取る時、その当たり前を支えるドライバーに今、思いを巡らせてみるタイミングではないでしょうか。

見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
2022年11月7日(月)

“バイデンvs.トランプ”中間選挙 混迷深まるアメリカはどこへ

“バイデンvs.トランプ”中間選挙 混迷深まるアメリカはどこへ

今月8日投票のアメリカ中間選挙は、前大統領トランプ氏の動向に注目が集まる異例の選挙戦に。トランプ氏は2年後の大統領選挙も視野に自らが推す候補者を各地に擁立し、インフレなどでバイデン政権へ攻勢。一方、バイデン大統領は「トランプ氏とその支持者は民主主義を破壊しようとしている」と激しく応酬、アメリカ社会は混迷の度を増しています。ウクライナ情勢や対中国政策などにも影響を及ぼしうる、中間選挙の行方を見通しました。

出演者

  • 渡辺 靖さん (慶應義塾大学教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

バイデンvs.トランプ 激戦!米中間選挙

桑子 真帆キャスター:
アメリカ政治の行方を左右する、中間選挙。本来は現政権への審判と言われますが、今回はトランプ前大統領の動向も注目される異例の選挙戦となりました。

日本も含めた国際社会にも影響を及ぼす、この中間選挙。最新の情勢を見ていきましょう。

これまでは、上院・下院とも与党・民主党が主導権を握っていましたが、下院は野党・共和党が優勢で過半数の議席を確保する勢いです。そして、上院は多数派の確保を巡り、激しい競り合いとなっています。州知事選では、民主党が9、共和党が16の州で優勢とされていて、全体として共和党に勢いがある状況です。

なぜ、バイデン氏率いる民主党は厳しい状況に追い込まれているのでしょうか。

"逆風"バイデン政権

アメリカ南部、テキサス州の国境地帯では、連日大勢の移民が自国の治安や経済の悪化を理由にやってきます。この1年、法的な手続きを経ずにメキシコとの国境を渡り、検挙された移民の数はおよそ238万人。2年前の5倍以上に急増しています。

移民
「何日も何日も食べるものがなく、道や広場で寝ることもありました」

厳しい移民政策を掲げ、任期中、国境の壁の建設を進めたトランプ前大統領。これに対し、バイデン大統領は就任後、すぐに壁の建設を中止。移民の受け入れ人数を拡大しました。

バイデン大統領
「新しい法律を作るわけではない。前政権の悪い政策を取り除くだけ」

移民の急増によって、現場は対応に追われています。

私たちは、秘密裏に入国する移民を取り締まる「国境警備隊」に同行しました。パトロールを続けていると、トレーラーの下から若い男性が現れました。

中には、犯罪集団から多額の報酬と引き換えに、人身売買や麻薬の密輸を依頼されている移民もいるといいます。

アメリカでは今、移民の増加によって犯罪が増え、治安が悪化していると感じる人が増えています。ヒスパニック系住民で民主党員のマリア・ナップさんは、2021年7月、6人組の移民に許可無く自宅に上がり込まれたといいます。

ヒスパニック系住民 マリア・ナップさん
「家に帰ると音が聞こえて、見知らぬアルゼンチン人の女性がいました。『私の家で何しているの?』と聞くと『お腹がすいた』と」

その後、身の安全に不安を覚え、銃を購入して射撃練習をしているというナップさん。移民の増加は、これまで民主党の支持基盤だったヒスパニック層の反発を招いています。

マリア・ナップさん
「バイデンはもう信じられません。ホワイトハウスの人々と、民主党員は全員ダメです」

共和党の攻勢を受けるバイデン大統領。支持下落の最大の要因となっているのが「インフレ」です。

食料品の値段が、この1年で14%以上上がる地域も出るなど、記録的なインフレが続いています。

インフレによって、生活が成り立たなくなっている人も出てきています。

このフードバンクでは、野菜や水など、およそ50ドル分の食料を配給しています。8月には過去最多、のべ15万世帯におよそ4,000トンの食料が提供されました。

フードバンク周辺の路上生活者の数 ABC News(ことし3月)
1月 約750人
3月 約900人

現地メディアは、食料や家賃の高騰で路上生活へと追い込まれる人が増えていると報じています。

インフレは、バイデン大統領の支持者にも反発を広げています。共働きで2人の子どもを養うペリルスタインさん。3歳の息子が通う保育園の費用はひと月に20万円以上。インフレで出費が増える中、大きな負担となっています。

2年前はバイデン大統領に投票した、ペリルスタインさん。政権のインフレ対策の効果は実感できないといいます。

ジョシュア・ペリルスタインさん
「民主党の対応はひどい。何の改善も見られません。インフレなどの経済対策では、共和党を全面的に支持します」

今回の選挙でもう一つ争点となっているのが、長年、国を二分してきた人工妊娠中絶の問題です。

2022年6月、連邦最高裁は「中絶は憲法で認められた女性の権利だ」とするこれまでの判決を覆しました。この判断を行ったのは、トランプ前大統領が任期中に相次いで指名した保守派の判事たち。バイデン大統領は、女性の権利を奪ってはならないと訴えています。

バイデン大統領
「(選挙後)議会に最初に送るのは、中絶の権利を認める法案だ」

各地で危機感を持った女性有権者の間に、民主党への支持が広がっています。苦戦を強いられている民主党にとって、中絶問題は追い風となっています。

デモ参加者
「子どもたちのためにも、声を上げることが重要です。自分の体について選択する権利を子どもたちに残したいです」

最大の争点インフレ 広がる痛み

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、アメリカ政治に詳しい慶應義塾大学教授の渡辺靖さんです。

今見たようにさまざまな争点ありますが、アメリカの有権者が考える最大の争点は何なのか。

CNNテレビの世論調査によりますと、1位が「経済・インフレ」でした。渡辺さんは10月にちょうどアメリカにいたそうですが、インフレのダメージは感じられましたか。

スタジオゲスト
渡辺 靖さん (慶應義塾大学教授)
専門は現代アメリカ論

渡辺さん:
驚きの連続でしたね。ホテルの値段も以前の2倍、3倍になっています。それから物価高騰の影響もあると思いますが、ホームレスが非常に増えていまして、治安が悪化したと感じている人も少なくありませんでした。そういったインフレというのがバイデン政権の無策であるということで、風当たりも強く感じましたね。

桑子:
バイデン政権のインフレ対策が不十分だということで、共和党は勢いを強めているわけですが、その中で特に注目されているのがトランプ氏の動向です。

みずからに近い議員を各地の選挙区に送り込んできましたが、トランプ氏をほうふつとさせる過激な発言で存在感を高める次世代の政治家も登場しています。

"復権"狙うトランプ氏

次の大統領選挙に向け、近く立候補の表明を検討していると報じられたトランプ前大統領。

ペンシルベニア州 11月5日 トランプ前大統領
「見てみろ。私が大統領選挙について何か言うと、こんなに集まっている。約束しよう。とてもとても近いうちに、みんな幸せになるだろう」

共和党内で主導権を握るため、みずからの考えに同調する200人以上の候補者を後押ししてきました。その中にはレディー・トランプと呼ばれ、全国的な注目を集める新人候補も。

西部アリゾナ州の知事選挙に立候補している、ケリー・レイク氏。地元テレビ局のキャスターを20年以上務め、舌ぽう鋭い演説が持ち味です。

アリゾナ州知事候補 ケリー・レイク氏
「ホワイトハウスには自分が何をやっているか分からない男がいて、経済は地に落ちています。私はアリゾナの人々が、この混乱に耐えられるよう支援したい。州全域で食料品や家賃への税金を減らし、5億ドルを皆さんのポケットに戻します」

インフレに苦しむ市民の負担軽減を訴え、子育て世代などから支持を獲得。トランプ氏譲りのメディア攻撃も。

ケリー・レイク氏
「(メディアに向かって)フェイクニュースが勢ぞろい。フェイクニュース、フェイクニュース。そんな取材をするなんて恥を知りなさい、恥を。

この中にフェイクニュースを見なくなった人は何人いますか?振り返って(カメラに)手を振ってみてください。どう?これがすべてです。私を攻撃すれば、アリゾナの人たちを攻撃することになります」

集会にはトランプ氏の元側近で、議会侮辱罪で有罪判決を受けているスティーブン・バノン氏が登場。

トランプ氏の元側近 スティーブン・バノン氏
「なぜ世界中のメディアが集まっているか、わかりますか。日本、イギリス、ドイツもです。レイク氏が当選したら何が起こるのか、全世界が注目しているのです」

トランプ氏を支持する保守層にアピールしながらSNSでも露出を増やし、若者世代へも支持を広げているといいます。

レイク氏支持者
「彼女は幅広い層に人気で、戦い方を知っています。真剣さもユーモアもあります」
レイク氏支持者
「バイデン大統領のままでは、未来が無い気がします。希望を持たせてくれる人がいいです」

一方で、共和党内にはトランプ氏やその周辺の議員と距離をおく動きも出始めています。

トランプ氏は、この2年間「大統領選挙で勝ったのは自分だ」と訴え続けてきました。2021年1月6日には、トランプ氏の勝利を訴える支持者らが連邦議会議事堂に乱入。アメリカの民主主義を揺るがす、前代未聞の事件となりました。

今回の選挙でも「勝ったのはトランプ氏だ」とする主張は、トランプ氏を支持する候補者を中心に数百人にまで広がっています。敗北を認めず、過去の選挙結果にこだわり続けるトランプ氏。共和党支持者の中にも戸惑う声が聞かれます。

共和党支持者
「私はトランプ氏に投票してきましたが、いまの彼は大統領として支持しがたいです」
共和党支持者
「民主党と戦うトランプ氏が好きでした。しかし彼は、党内でも自分に反対する人と争いがちです」

共和党の政策に絶大な影響力を持つNRA=全米ライフル協会。デビッド・キーン元会長は、半世紀にわたり共和党を支えてきた保守派の重鎮です。今回私たちの取材に対して、トランプ氏と距離をとるような姿勢ものぞかせました。

全米ライフル協会 デビッド・キーン元会長
「現職の大統領や党の大統領候補は党内で大きな力を持ちますが、その地位でなくなれば、影響力はすぐに失われます。トランプ氏や周囲の人たちは過去を見ていますが、国民は未来を見たい。世代交代の時期を迎えているのです」

日本・世界への影響は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
保守派の重鎮が「世代交代の時期を迎えている」。この言葉は、どう受け止めたらいいのでしょうか。

渡辺さん:
トランプさんは、ホワイトハウスから機密文書を自宅に持ち帰ったりしていましたが、そのことについて非常に危ういと感じている人もいます。そして、2年前の選挙のことを今でもずっと話しているわけです。それよりも、もっと未来を見たい。そうしないと、新しい支持者を獲得できないのではないかと。

主義主張はトランプさんと同じでもトランプさんと少し距離をおいて、かつ若い人が注目を集めているということで、例えばフロリダ州の知事のデサンティスさん、それからケリー・レイクさんもそうですが、トランプさんと共和党がまとまっていくのか、それとも新しいリーダーが台頭していくのかが今後の見どころの1つかと思います。

桑子:
トランプ離れの兆候も見られる一方で、実は今回トランプ氏は党内で主導権を握るため、"トランプ印"、つまり自身に近い候補者たちを多く送り込んでいます。

さまざまな選挙に送り込む中で渡辺さんが注目しているのが「州務長官の選挙で6人を支持している」。これはどういうことなんでしょうか。

渡辺さん:
アメリカの選挙は州に大きな裁量があるのですが、州の結果を確定する権限を持っているのが「州務長官」です。そこに今回、トランプ派の人が入っていく可能性がある。そうすると、例えば2年後の選挙でトランプさんが負けそうだという時に、"トランプ印"の州務長官が結果を確定しないということもあり得るわけです。なので、そのための布石を打っているのではないかと捉えられるということです。

桑子:
したたかに今から動いていると。そうすると、選挙の公平さそのものが危ぶまれるのではないかという気もしますが。

渡辺さん:
そうですね。実際不穏な動きも今回結構起きていまして。例えば10月には下院トップのナンシー・ペロシさんの自宅が襲撃されるということもありました。それから、2021年には1年間で連邦議員に対しての脅迫案件が9,600件もありました。しかも、この数は過去5年間で倍になっているわけです。なので、言葉では通じなくて暴力に訴えるしかないんだということで、暴力に対するハードルというのが非常に低くなっている、非常に危惧を覚えますね。

桑子:
では、投票日の前日の今のアメリカの様子、空気感はどうなっているのでしょうか。ワシントン支局の有岡記者に伝えてもらいます。

ワシントン支局 有岡加織(アメリカ ワシントン中継):
投票日前日を迎え、緊張感が漂っています。6日には、期日前投票の会場となっているニューヨーク市内の学校に爆弾を仕掛けたという脅迫があり、投票が一時中断される騒ぎもありました。有権者や投開票の担当者への暴力などを懸念する声も多く、全米各地の警察当局も警戒を強めています。

注目の選挙戦、最終盤の情勢ですが、波に乗っているのは共和党の側だという見方が広がっています。バイデン大統領は6日、ニューヨーク州の知事候補の応援に駆けつけました。伝統的に民主党の地盤となってきたニューヨークですが、今回は共和党候補が追い上げを見せていて、民主党の危機感の表れとも受け止められています。

一方トランプ氏は、フロリダ州で勝利が見込まれている現職の上院議員候補の集会で演説しました。11月半ばにも次の大統領選挙への立候補を表明するのではないかと伝えられているトランプ氏は、選挙での勝利をみずからの功績だとアピールすることで党内での影響力を強めようという、したたかな思惑もうかがえます。

桑子:
全体とすると共和党に波が来ているというような読み解きでしたが、今回の勝敗が国際情勢にも影響を与えると見られています。その中で、渡辺さんは政権が弱体化することで、アメリカが内向きになるのではないかと見ているんですよね。

渡辺さん:
そうですね、国内のことで手いっぱいになり、例えばウクライナ支援もすでに共和党の中には「海外に回すお金があれば国内に振り向けるべきだ」という声があったり、ウクライナのゼレンスキー大統領も「和平交渉にもっと積極的になるべきだ」という声が出てきています。

桑子:
ウクライナ支援の評価が過剰だと考える人が、3割に及ぶということですね。

渡辺さん:
この半年で、割合が増えていっています。その声は民主党の中にもあるということで、これまでのような支援をウクライナに提供しにくくなってくるかもしれないということです。

桑子:
ウクライナ支援のあり方が変わってくる可能性もあると。

渡辺さん:
可能性もあるということです。

桑子:
そして日本への影響も気になります。渡辺さんは、バイデン政権はアジアに関与する余力がなくなるのではないかと。

渡辺さん:
日本に対する政策が変わることはほとんどないと思いますし、中国に対しては相変わらず非常に厳しい態度で臨むと思います。ただアメリカが国内で非常にごたごたして、しかもそこにウクライナがあり、2024年の大統領選挙も始まるわけです。言葉では「アジアが重要だ」と言っていても、実際にどこまで関与できるか。政権としての体力がなくなってしまう可能性があることを危惧しています。

桑子:
最近、北朝鮮がミサイルをかなりの頻度で撃っていますが、北朝鮮政策についてはどう考えていますか。

渡辺さん:
北朝鮮政策もアメリカにとって関与するにはエネルギーが必要な割には成果に乏しいという現実がありますので、優先順位は高くないのではないかと思います。

桑子:
選挙の行方を注視しているのではないかというのが、ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席、そして北朝鮮のキム・ジョンウン総書記の3人です。

渡辺さん:
アメリカが非常に混乱をしている、民主主義の盟主であるアメリカの足元が揺らいでいるということは、こういった権威主義国のリーダーにとって、いってみれば願ってもない話でもあります。

今後、アメリカが内向きになってリーダーシップを発揮しにくくなり、しかも選挙もある。アメリカの足元を見てこういった国々が、バイデン政権に対してさまざまな揺さぶりをかけてくる可能性があると思います。

桑子:
同盟国の日本は、どう考えていったらいいのでしょうか。

渡辺さん:
日本としては、厳しい姿勢は崩さず、アメリカが内向きに行かないように常に対話を重視し、アメリカを常にこの地域に引き止めておくという努力が必要かと思います。

桑子:
もう一つ、今回の中間選挙を渡辺さんは全体をどういうふうに評価されますか。

渡辺さん:
これまでの中間選挙に比べるとはるかに重要だと思います。VTRでもありましたが、アメリカの民主主義の根幹に関わるような部分が結構問われていると思います。

それだけではなくて、この中間選挙を見て、他の国々もアメリカに対してさまざまな揺さぶりをかけてくるということになれば、国際情勢そのものにとってのインパクトも大きい選挙で、よけいに目が離せないかなと思っています。

桑子:
まさに民主主義国のリーダーであるアメリカが、最近選挙の度に対立と混乱を深めている印象があります。それが世界にどう影響を及ぼしていくのか、アメリカの中間選挙投票は日本時間の8日夜からです。

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