発酵インタビュー

発酵に関わる食文化や
商品開発、普及、研究を進める
発酵のプロにインタビュー。

小さなモフモフが世界を動かす!
新進気鋭の麹士が立ち上げた“麹ベンチャー”
〈みかさぎ麴屋〉とは

posted:2024.1.26

発酵食の風味の決め手になる、「麹」。古くから、味噌や醤油、酢、みりん、日本酒などをつくる源として使われる“酵素の宝庫”で、日本を代表する“国菌”となっている。

自然の豊かな岐阜県恵那(えな)市。神が宿るといわれる霊峰、笠置(かさぎ)山のふもとに、一軒の製麹所がある。「御笠置(みかさぎ)さん」と呼ばれて親しまれる山の名にちなんだ、〈みかさぎ麴屋〉。イベントに出れば商品が飛ぶように売れていく、人気の麹屋さんだ。

〈みかさぎ麴屋〉は、地元客はもちろん、全国各地にも熱いファンを抱える。その様子を見て、さぞ長い歴史をお持ちだろうと思いきや、なんとオープンしたのは2020年。麹士の和田友美さんがたったひとりで起業した、いわば“麹ベンチャー”なのだ。

なぜ麹で起業を? 麹の魅力ってどんなもの? 毎日どんなふうにつくっているの? 新しい発酵文化の担い手・和田さんが、宇宙的ですらある神秘の麹ワールドを案内してくれた。

商品は2か月待ち!
大人気の麹屋さんを訪ねる

2023年11月。岐阜県恵那市で〈全国発酵食品サミットinえな〉が開催され、全国各地からたくさんの人が駆けつけた。みなさんのお目当ては、もちろん発酵食。大賑わいだったのが、地元の生産者のブースが並ぶマルシェだ。

なかでも大きな人だかりができていたのが、〈みかさぎ麴屋〉。店頭には、つくり手の和田友美さんが熱心に発酵の魅力を伝えている姿があった。

先祖代々、笠置山から流れる美しい水と空気に恵まれた土地に暮らしてきたと言う和田さん。

「自宅の前の田んぼでお米をつくり、麹はそのお米を使って昔ながらの製法で手づくりしています。扱っている麹の種類はいろいろ。例えば、米麹、麦麹、豆麹といった代表的なものはもちろん、きっとみなさんにとって珍しい黒麹、玄米麹、はと麦麹なども製麹していますよ」

商品は、これらの麹を用いてつくった「塩糀」「甘糀」「甘黒糀」などが定番。加えて季節限定品があるほか、薬膳の考え方を取り入れた甘糀セット「薬膳甘麹『五彩』」もデビューしている。実は和田さん、東洋医学にも精通し、国際中医薬膳師としても活躍中なのだ。

ブースの前では、両手に商品を抱えたお客さんが「やっと手に入りました!」とホクホク顔。実店舗がない〈みかさぎ麴屋〉は、すべての商品がオンライン販売の予約制。現在は2か月待ちになっている。

過労で心と体を病んだ日々。
発酵食に救われて麹士の道へ

イベントの翌日。特別に許可をいただいて〈みかさぎ麴屋〉の工房があるご自宅にお邪魔した。「お疲れでしたでしょう」と温かく迎え入れられ、“ウェルカム甘糀”をごちそうになる。

白い甘糀は体にしみる、ほっこりとした甘み。一方、黒色の甘黒糀は爽やかで軽やか。まさか、麹ひとつでこんなに味が変わるとは…。

「そう、甘黒麹は少し酸味があるからヨーグルトに入れたり、ドレッシングにしたりするとおいしいですよ。麹の魅力は、一般的な調味料とパッと置き換えるだけで、カンタンにおいしくなることですね!」(和田さん)

穏やかな物腰ながら、体の中から常にポカポカとしたパワーがあふれていることを感じさせる和田さん。しかし、発酵の道に進んだ理由は、過労で大きく体調を崩したことだった。

「仕事を1年ほど休職しました。どんどん気分が落ち込んで、太陽の光も浴びられない、布団から起き上がれないような日々でした。転機がきたのは、友人の誘いで発酵食料理を専門とする先生のもとを訪ねたときです」

先生から発酵料理をふるまわれた和田さんは、「なんだかすごく体に元気が出る。なんだろう、これ」と不思議に思ったと言う。

「それから、そちらの教室に毎月のように通うようになりました。先生とごはんを食べるのがとにかく楽しくて、体もどんどん元気になって。『これは食生活を見直さなきゃ!』と思って、まず家の調味料をすべて変えました。脳と腸はつながっていて、腸の状態がよければ脳にいい信号を送ることができます。自律神経にもいい作用があることを、自分の体で実感できたんです」

体は回復し、仕事に復帰してからも、麹について勉強する日々。自分の体をよみがえらせた発酵のパワーをもっと知りたい一心だった。

「まさか、お米の粒に宿ったちっちゃい麹菌が日本の食文化を支えていたなんて。日本の調味料はみんなこの子たちが醸していたんだと知ったときは感動しました。かくいう和食はユネスコの無形文化遺産にもなっている。いわば、小さな麹が大きな世界を動かしている…そう思ったら、もうその魅力とロマンに夢中になってしまったんです」

学べば学ぶほど、「自分で麹をつくりたい!」「発酵のパワーをもっとみんなに知ってほしい!」という気持ちが高まり、2020年、ついに家族の理解を得て長年勤めた職場を退職。すぐに九州・博多に飛び、さらなる知識と技術を身につけて「上級麹士」「薬膳麹士」の資格を取り、2021年3月に自宅で開業したのだった。

無限の可能性を秘める麹はもはや宇宙!
「愛らしいモフモフに会いたくて」

和田家の前にはひろびろとした田んぼが広がる。恵那は昔からコシヒカリを育ててきた地域で、和田さんが嫁いできた今の家も、米といえば代々コシヒカリだったそう。

「麹との相性でいうと、本来はパサパサのお米の方が適していて、モチモチのコシヒカリは良くないとされているんです。でも、恵那には今でも4軒も麹専門店が残っていて、みなさん長年この地で麹をつくられてきている。だったら、絶対にできるはず、と思って。何度も試したら、ちゃんとコシヒカリと相性のいい麹が見つかりましたね」

自宅のそばにある工房「麹室(こうじむろ)」にもお邪魔した。ここの室温は30〜40 ℃に、湿度は約70 % に保たれている。

「製麹の仕方は、昔ながらの『室蓋(むろぶた)製法』です。ざっくり言うと、お米を洗って水に浸したあと、蒸して、種麹と呼ばれる麹菌の赤ちゃんをつけます。それを『室蓋』と呼ばれる木箱に入れたら、温度と湿度の調整がはじまります」

麹菌は増えるときに呼吸して熱を出すので、夜中でも2時間おきに見て、「暑くない? 苦しくない? 」と麹の声を聴きながら調節する。大手メーカーでは機械化し、厳密な温度管理で大量生産を行っている部分だ。

「でも、麹は生き物だから。それだけでは計り知れないものがある気がして」とほほえむ和田さん。

「熟睡できなくてしんどいし、晴れたり降ったりする天候や季節によって、つくり方も変えなくちゃいけません。でも、肌ざわりやにおいを直に感じながらつくっていくのがすっごくおもしろいんです。しかも、愛情をかければちゃんと応えてくれるから、麹菌はかわいい。できあがったときの愛らしいモフモフに会いたくてやっているようなところ、ありますね」

ケガをしたときの“手当て”のように、自分の手にいる常在菌を信じて丁寧に手を当て、麹菌と会話をしながら醸す。

「触れるたびに、すごくワクワクするんです。麹は有機物を分解する酵素をつくっていて、その酵素がさまざまなものと化学反応を起こした結果が発酵です。発酵の力は、胃腸薬のような医薬品や洗剤のような生活用品など、各方面で多彩に応用されていて、アイデア次第で無限に使えるんです。そして、そんな発酵の力を食品として体内に取りこめば、体の中で変化を起こし、細胞が活性化し、新しい未来をつくっていける。つくづく麹って、小さい体に無限の可能性を秘めていて、ロマンチックで、宇宙的な存在だと感じます」

ちなみに、どこの室にも相性のいい菌たちが住んでいて、蒸したお米に種麹をつけるとき、その場にいる菌たちも混ざって一緒に仕事をするんだとか。

「だから、例え同じ種麹や同じお米を使ったとしても、麹室によって味が変わるのが普通です。うちは歴史が浅いから菌たちも若いと思うけど、例えば100年以上やっている老舗の蔵元だと、もう仙人みたいな、守り神みたいな菌がいらっしゃるかもしれませんね」

お互いに醸し、醸される。
幸せを広げる実店舗を持ちたい

現在は、麹づくりのかたわら、発酵料理教室の講師としても各地を飛び回っている和田さん。学校の給食センターやレストランともコラボして、発酵食メニューも数多く手がけている。

「イベントで、『今日の給食おいしかったって子どもが言うんです』と言って、お母さんが塩糀を買いに来てくれたんです。塩糀に漬けたお魚なら、お子さんが皮まで残さず食べてくれるんですって。やっぱりうれしいですよね。いつか、保育園や幼稚園とも一緒にお味噌をつくったりして、『恵那の子は風邪をひかないね』って言われたいです」

また、人と人がつながり、醸し、醸されるような場所づくりも夢だと言う。

「近い将来、みんなが集まって、つながって、ホッとできるような実店舗を持ちたいんです。縁側で景色を見ながらくつろいだり、味わったり、学んだりできるような癒しのお店を。店内には薬膳と発酵の料理を召し上がってもらえるカフェスペースをつくって、味噌や塩糀をつくるワークショップを定期的に開いて。若いお母さんたちと一緒に、ここでお子さん向けの食育活動もできたらステキですね」

忙しい日々のなかで体にいい料理をつくろうとすると大変だけれど、できあいのお惣菜でも調味料を発酵食品に変えるだけで、体への影響は変わる。「そうしたことを私なりに伝えていけたら」と和田さん。

「腸内環境を良くして自律神経を整えれば、脳も心も元気になって、きっと笑顔で生きていける! そう確信しています」

かつては過労で倒れ、長く体調不良に悩まされながらも、発酵のチカラで乗り越えた和田さん。麹や薬膳に加え、最近は精進料理も学びはじめたといい、「ワクワク」の歩みがとまらない。恵那の地からフツフツと醸される麹が、新たな展開を見せてくれる日も近そうだ。

みかさぎ麴屋
和田友美(わだともみ)さん
岐阜県恵那市出身。みかさぎ麴屋 店主。2015年に体を壊したことをきっかけに、発酵料理の師と出会い、発酵食品が持つすぐれた効能に開眼。のちに復職を果たし、働きながら発酵にまつわる知識を学び続ける。2020年、30年間勤めた職場を辞め、博多で麹士の資格を取得。上級麹士、薬膳麹士、国際中医薬膳師、発酵食品ソムリエなど多くの顔を持つ。

みかさぎ麴屋 公式サイト
発酵びと

「みんなの発酵BLEND」の記事に登場した、
発酵に関わる“発酵人”たちをご紹介。