また危ないトピックだなぁ。
ただ、皆さん意外にこれを分かってらっしゃらないのではと思います。
そして実は右翼・左翼(左翼・右翼)はキレイに分けることなど不可能なのです。調性と無調性よりもっと難しい。
大まかに概念だけ言ってしまうと、元はフランス革命(1789)の議会で「考え方や政治的立場」により座る場所を右(保守、王党寄り)/左(改革、急進派)に分けていたというところから「翼」という言葉が使われているようです。議場の真ん中から見て左右に大きく広がってる。
野球のレフトとライトではないですよ。
どーでもいいですが私はショートストッパー(遊撃手)という和訳を考えた人は天才だなと思います。何とカッコイイネーミングか。
粋な遊び人みたいで。音楽でもこういう粋なネーミングをしてほしかった。
ドミナント(支配する)なんてのは文学的にはセンスが最悪ですね。
とまれ、根本的な精神は上記ですがモノの見方も異なります。
・・・・・・・・・
🔷右翼
自分(ウチ)/味方 VS敵(ソト)...外国や売国奴(昔から知ってるがすげえ言葉)、左翼の人
🔷左翼
自分たち(下)/一般庶民VS権力者(上)...資本家、右翼の人
・・・・・・・・・・・
つまり、過激派だから「右翼だ」、「右翼」は街宣車を走らせて「愛国だ天皇陛下万歳」だと騒いでいる人達だ。という見方は非常に安直なのです。
ことはもっと根が深いのです。
はっきりいうと、自分が「右翼か左翼」なのか等と意識的な人は相当に政治や憲法、歴史を勉強をしています。大半がどちらにいるのかすらも分かっていません。
また、実際に行動に起こしてしまう人と理論的に対話や言論で戦っている人も居るわけです。
本来は、
右翼というのは「穏健派」=コンサバティブ、保守な訳ですから。
左翼は「急進派」=革命!とか、今の政治はダメだから変えろなど。
しかし、国や時代により変わってしまうのです、これが。
また右翼でも保守主義の為なら闘いも辞さないという人は「過激な行動」に出てしまうわけです。「過激な穏健」というすごい言葉ですが。
そして、今の日本は少し構造が歪(いびつ)なのです。
戦後も米軍が駐留していますし、軍隊は持たないといいながら警察予備隊➡保安隊➡自衛隊という武力は持っています(あくまで自分たちからは仕掛けないというのが「軍隊ではなく警備員だ」という根拠なのですがもはやそれは通じません)
戦後すぐは独立国家としての日本を建て直すために一時的にであれ、アメリカに頼らざるを得ませんでした。しかし、いずれは自国で軍隊を持ち、自分は自分で守るという意味で体制派(保守)なのです。自国の象徴(旗)として「天皇(皇帝)」が必要になる訳です。
反対に「平和」と叫んでいる様に見えても、では敵に攻め込まれたらどないすんねん!と突っ込まれます。
つまり、左翼は本来は「共産党(当初は軍備放棄に反対していた)」と相性が合うはずなのです。日米安保条約を破棄し自衛隊も解体し、憲法も改正し、日本人民軍を作りアジアの共産圏・中国や旧ソ連と同盟しましょ。というのが本来の左翼であり、こちらのが革新的ですから。
が、しかし国民は「再軍備だと!」、「また軍国主義か?」という表面の部分にだけアレルギーを起こしました。
元の思想ではなく、単に「権力」というものに恐怖を感じたのです。過程は大きく違えど究極的には同じ目的に向かって進んでいるのですが...。
日本国をどうしようかという前に右翼=国家元首(皇帝、首相/それが誰であるかは問いません)への敵愾心から「与党」よりも「野党」を支持するわけです。単に権力へ批判的なだけです。
共産党も左翼も本来は「革新」のはずなのに、それでは票数が集まらず、大衆も付いてきません。そこで「平和主義」や「権力反対」というスローガンを掲げて建前上は憲法9条改正反対という立場を取っているのです。
「アンチ権力」の方が正しいことをしているヒーローに見えますし。
しかし、いずれ日本は独立国家として生きる覚悟をしなくてはなりません。独立国家としては明らかに「米軍の駐留」は異常です。
そういう意味では右翼の方が純粋な「国家主義」といえます。こちらの言い分は「国家を守る」ということですから。
「平和」を前面には押し出していないので過激なイメージがありますが、本来的に過激になり易いのは「左翼」の方なのです。
基本的に「平和」は一部の軍事産業で食ってる人達(儲けてるというか)や戦うことにIdentityを持っている方々にとっては前面に押し出すことはありません
。
しかし、国のことを考えているという意味では「右翼」の方が強い意識があるのです。
「国を守るため」に戦うということですから。
「左翼」は「平和を守るため」に「戦う」のです。
つまり、どちらにしろ何かと戦わなくてはならないという大きな矛盾を潜在的に抱えているのです。
そして「平和主義」も行きすぎると結局過激にならざるを得ません。
デモなどを行なうのもそのためです。
「権力者反対!」と言っていれば大衆を味方にするのには効率的なのですから。
つまり「単純な平和主義」もまた怖いのです。それが安倍政権反対!となっている。
結局、誰がやっても「権力者」は常に叩かれます。
却って「平和主義者」の方が絶対的で頭が固いケースが多いのもこのためです。右翼は米軍をすぐには追い出さないで、まずは国を建て直そうという打算とも捉えられかねない部分がありますが「合理的」です。
がしかし、話がややこしいのはその中にはまた「天皇」という存在を純粋に愛する人達の存在です。これはもう「美学」の問題になってしまっています。
いやぁ、ややこしい。整理したつもりが余計に難しくなったかも。
但し、何となく考えるきっかけにはなるはずです。
私が「偏り」は危ないよ、二元論はバカよと言っているのもこの為なのです。一体、何がどうなっているのかを真剣に見つめないと「本質」は掴めません。
余りにも多様な価値観が入り乱れ過ぎていますが大元は同じ方向に向かっているはずなのです。
それが「行き方」、「作業手順」についてケンカをしていたり、「美学」や「己の利益を優先せざるを得ない人」も混じっているので訳が分からなくなるのです。
ただ、それらも含めて、どうバランスをとっていくか。これが政治家に求められているのです。はっきり言って難しいです。
しかし、相手の言い分を聞くことはできるはず。
ケンカはしてもいいのです。
しかし、そのためにまた殺し合いをするのは不毛なのです。
単なる表現として「安倍を倒せ!」などというのはまだいいのですが本当に行動を起こし、殺しに行ったりテロを起こしていては元も子も無いわけです。
次はその人も同じ様に殺られるでしょう。
「安泰や安定」というものは「静止」ではなく「常にバランスを取るために動いている」状態なのです。
時にはどちらかに偏ることがある。
しかし、倒れる前に気付くことです。むこうさんの意見も聞いてみっかと。
それだけで「傾き」が少し修正されるのですから建設的です。
無理繰りに話を繋ぐと、「音楽」を「音響」にしてしまったことも私は批判的であれ、潰そうとは微塵も思いません。
そうならざるを得ないくらいアイディアが出尽くしましたから。
しかし、そちらに偏るのはやめましょうということです。
まぁ、好きにやりゃいいのですが「意識的」であれば・・・。
テーマ:日常あれこれ
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