家入一真さん率いるクラウドファンディングのキャンプファイヤーは、社会的意義の高い事業に特化したクラウドファンディングのプラットフォーム「GoodMorning」を、4月に事業分社化した。
その社長に就任したのは、同事業の責任者だった25歳の酒向(さこう)萌実(もみ)さん。誰より情熱も労力も注いできた事業だったが、いざ社長を引き受ける際に、ある大きな葛藤に向き合ったという。
まだ決まっていない、やりたい?
「社長の話があった日の夜に、自宅で妊娠検査薬を使いました。心当たりがあったわけでもないのですが、万が一、いきなり休むことになったら、がっかりされるんじゃないかと」
GoodMorningを分社化する話が持ち上がったのは、2019年2月のことだった。
「話したいことがあるんだけど、ちょっといい?」
代表の家入さんに呼ばれ、東京・渋谷のキャンプファイヤーのオフィスにほど近いカフェに向かった。
インターネットを介して、不特定多数の人々から少額ずつ資金を調達できるクラウドファンディングは、写真集製作費用に観光促進、お店を持ちたいなど、その目的は多彩だ。
その中で、 社会課題の解決を目的とする事業を集めたGoodMorningは、キャンプファイヤー内でも3本指に入る主力分野。学校外教育格差の解消を目指したスタディクーポン、シングルマザーのシェアハウス、緊急災害支援など、社会的なインパクトを与える事業で存在感を示してきた。
その成長性に目をつけ、キャンプファイヤーから分社化させ、独立した運営をしていきたいと、家入さんから説明を受けた。
自分がこれまで、責任者として心血を注いできた事業。だれが代表になるのかが気になった。家入さんの答えはこうだ。
「まだ決まってない。やりたい?」
自分がやるという発想がまるでなかった酒向さんは、いきなりボールが飛んできても、即答できなかった。
「1日、考えていいですか」
20代後半というキャリアとライフの節目
GoodMorningについて一番考えてきたのは自分だという自負はあったが、起業家や経営者を目指してきたタイプでもない。そもそも子会社の社長がどういう仕事なのか分からない。
それでも、立ち上げから関わってきたGoodMorningが会社になって、どんなことができるかを考えるとワクワクした。「社長になりたいわけではなかったが、GoodMorningが会社になるなら私が社長をやりたい」。
気持ちは動いていた。
ただその一方で、ある大きな不安がのしかかっていた。
「25歳になった時点で、もう20代後半の過ごし方を決めなくてはならないのか ——」。
20代後半はキャリアもライフイベントも大きな節目を迎えやすい時期だ。
社長を引き受ければ「子ども産めなくなるかも、と思いました。産みたいときに産むべきと、心から思う。でも今、仕事1年なんて休めないと思っている自分がいるのも事実」。
それで、冒頭の妊娠検査薬だ。ただ、頭の一方では「どうして今、こんなこと確認しなくちゃならないんだろう」。複雑な思いが渦巻いた。
どうしたいかは、性差ではなく個体差のはず
例えば、職場で子どもが生まれた男性に「これからますます仕事頑張らないとね」と、周囲が声をかけるのは珍しくない。ではそれが女性だったらどうだろう。「早く帰らなくてはね」に変わる。
酒向さんは思う。
「女性は子どもを産むと、仕事の優先度が下がると思われがち。本人が望んでいないのに降格させられることもある。でも、どうしたいかは性差ではなく個体差のはず」
男性でも、子どもが生まれたら仕事をセーブしたい人がいるはずだ。同様に女性でも、子どもが生まれたからといって、ポジションを変えられたり、仕事を減らされたりしたくない人もいる。
そう思いつつもやはり大きなチャンスを前に、「今、子どもは産めない」という思いと、でもそうすると「ずっと子どもを産めないかもという恐怖」に向き合うことになった。
「子育てするのは女性というバイアスが、自分にもあるんだなと自覚しました」
結局、家入さんから社長の打診があった日の夜は、一睡もできなかった。
管理職女性の未婚率、男性の3〜4倍
こうした葛藤は、多くの女性にとって他人事ではない。「高齢出産」とされる35歳前後が一つの節目として立ちはだかり、とくに20代、30代はキャリアや結婚、子どもをもつタイミングに揺れ動く。
労働政策研究・研修機構の調査(2014年)では、管理職の女性の未婚率が男性に比べて「非常に高い」ことが明らかだ。課長職で男性の未婚率は10%に対し、女性は35〜44%(企業規模による開きあり)。
配偶者がいても子どものいない割合は課長職の男性で1割程度だが、女性では15〜17%。少なくとも従来、女性はキャリアとライフプランの両立が困難になりやすいことが、浮き彫りになっている。
自分の望んでいることを分解して考えた
公共性の高いクラウドファンディングのプラットフォーム、GoodMorningの責任者として事業を進めて来た。
提供:GoodMorning
4月4日、キャンプファイヤーはGoodMorning事業の分社化と共に、酒向さんが社長に就任することを発表した。社長の打診を受けて、一睡もせずに考えた明くる日、酒向さんは家入さんに「やりたいです」と伝えている。
打診を受けた時に苛まれた不安と、どう折り合いをつけたのか。
「産むことにこだわると、時間の制限ができて『いついつまでに産まなくてはならない』に縛られる。仕事のこと、社長として経営のことを考える時に『何歳までに産むのか』から逆算して考えるのは圧迫だし、ストレス。逆算はしんどいな、と思いました」
そこで、自分の望んでいることを一度、分解して考えた。
「家族がほしい、子どもを育てたい。ではその子どもは、自分のお腹で育てて産んだ子どもでなければいけないのか。そう考えた時に、どちらでもいいかも、と思ったのです。だとすると、子どもを育てる方法は、いくらでもあるなと」
もともと、核家族で自分と自分のパートナーだけと子育てをする、というイメージは持っていなかった。
例えば複数家族で同じマンションやシェアハウスで暮らしたり、養子だったり里親だったり、友達の子どもを一緒に育てたり。
「そういう家族のかたちを作ってみたい。自分で産んでもいいし、産まなくてもいい。それなら、出産時期にこだわらなくてもいいかもしれない」
自分のお腹で育てても「他人」
血縁にこだわり、自分で産みたいと言う人の気持ちも、わかる。
ただ、「自分の家族は血がつながっているから大事なの?本当にそうかな。つながっていなくても家族だし、つながっていても嫌いということもある。家族を作る方法が、子どもを産むしか見えない現状は、問題じゃないかと」
酒向さんの脳裏には、ある光景があった。
お正月に都内の実家に帰ると、元々は血縁でつながった家族のコミュニティだった場所も、自分やきょうだいが成長するにつれ、帰る実家のない友達を連れてきたり、血縁外の人たちがお客さんとしてではなく一緒に過ごしたり。ゆるやかに拡大している。「私はこのコミュニティーが欲しいのであって、血縁、結婚が必然ではない」
家族の定義はひとつでないはずだ。
「自分のお腹の中にいても『他人』。自分が産んだからといって、うまく行くとは限らない。家族もチームビルディングで、そのメンバーで最善を作って行く。血縁の問題ではないと思うのです」
社会の夜明けを諦めない「何度でも、おはよう」
酒向さんがトップに就任したGoodMorningの社名は、人種差別撤廃を求める非暴力闘争でアメリカの公民権運動を率いた、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの演説にちなんでいる。
「彼らの長い夜に終止符を打つ、喜びに満ちた夜明け」
キング牧師は、演説から100年前の奴隷解放宣言を「夜明け」と呼び表し、到達点ではなく、新たな始まりと位置付けている。そして社会にはいくつもの夜明けが今なお、待たれているはずだ。
日本においても、シングルマザーの貧困、親の経済力に左右される教育格差、同性カップルを阻む婚姻制度、待機児童問題 —— さまざまな課題を社会が抱えている。
声をあげた人に賛同する人たちがつながり、連帯が広がる。そうしてやがて社会を変えて行く流れを、クラウドファンディングという仕組みで支えることが、GoodMorningの使命だ。
社会の夜明けを諦めないという意味で、「何度でも、おはようを」(酒向さん)とのメッセージを、その社名に込めているという。
女性が仕事を続けながら家族をもつこと、家族の形の多様性など、自らが内包する葛藤も、そのまま社会の課題に繋がっている。そして、その解決を求めて社会が前進していることも、体感している。
「これまでクラウドファンディングと向き合ってきて、想像しているよりずっと、社会は良くなっていると感じています。声をあげる人がいて、それに応える人がいると、社会は確実に変わる」
そうして悩んだり葛藤したりしながら、何度でも夜明けを迎えればいいはずだ。
(文・滝川麻衣子、写真・今村拓馬)
酒向萌実(さこう・もみ):GoodMorning代表取締役社長、1994年2月生まれ、東京出身。ICU卒。2017年1月より株式会社CAMPFIREに参画。ソーシャルグッド特化型クラウドファンディング"GoodMorning"立ち上げメンバーとしてプロジェクトサポートに従事。事業責任者を経て、2019年4月に事業を分社化し、現職。