【貧困からの脱却】
「凄く楽しそう!次はいつやるの?」と聞かれるけど、そりゃ「ちょっと出た赤字を返してから1年後じゃない?」と答えるしかない。だけどその気になれば、いつだってやれるよ。その気にさせてくれる労力、知識、財産、技術、熱意、何でも提供してくれれば次の時期は断然早まる。
で、私は私で企画に私の持つあらゆるリソースを差し出す為、日夜動いてます。
楽しい。
身体は少しガタが来てるけど、労働と交流を重ねています。今日は今日とて散歩を含めた支援者との交流。良き休日。
「らいぶとらいぶ=活き活き生きる族」だから、このライブハウス無料開放企画に私自身が活き活き生かされてる。死ぬまで。
勿論何よりもビジネスを優先する人もいて当然だし、ゆとりという豊かさを得る前段の状況では、ライブパーティーに何かを差し出す事への理解を得るのは大変に難しい。
あとは健康的な時の運もあるだろう。
それらは何よりも『貧困』という国レベルの問題を抱えている事で説明がつく。これは個人の問題ではないと考えている。ビジネスも健康も、ここに繋がってくる。
私が「らいぶとらいぶ」に踏み切った、いやそれ以前から無料企画を続けているのは、正にその問題に正面から対峙したかったからこそ。
企画当日もカンパしたが思うように集まらなかった。もちろん酒をガバガバ飲んでくれた人もいたし、アーティストグッズを買う人もいた。でもカンパは違う。
中には「事前にカンパしてるくせに当日もカンパするのか」なんて声も上がったという報告を受けて、「あぁ、日本はこれだから世界で寄付者率(人助け指数)ワースト2位なのか」とも思えて納得した。
怒りなど全くないし、逆に遜った感情もない。無だ。
というか、そういう声を上げてしまう人のためにやっているお節介でもある。
他人のことより自分で精一杯。
先進国じゃなかったのか、ここは?
先進国と名乗りながら、こんなにも他人に向けリソースを割けず、動けない国に成り下がっている貧困状況だからこそ、この企画をやるのだ。
「企画の価値を自分で決めろ」という趣旨もある。
しかし、先ずそれ以前に「“全て”には価値が宿っている事への理解」が圧倒的に足りないと思っている。
貧しさは価値への理解も阻む。同じ空間にいても他者の喜びは自分とは関係のない話だと切り捨てる。
だから自分が得られなかった事への不満だけは平気で他者へ溢す。
私はその折々に出会う度、スクリーンショットする。言動を記録する。空条承太郎がラバーズに攻撃を受ける度、その後の確定的なオラオラ用にメモる。
ただね、結果は人助け指数ワースト2位のこの国で、しっかりやり切った事が何より喜ばしい。赤字とはいえ、このクオリティを実現するための予算に肉薄する、強力な協力を得られたという話。
お金と人は想像以上に集まった。
これは人助けを求めているのではなく“ヤバいこと助け、オモロいこと助け”=『事助け』なのだと思う。
無名のバンドだろうが絶望する事なく、「ヤバいことやろうとしている」=「事としてのクオリティ」で人の心と身体とお金は動くのだ。ジャンルや知名度は関係ない。事としてのクオリティでも全然希望はある。
で、まだまだ伸び代があって、だからもう死ぬまで続けるしかないと思うと、私はワクワクしている。
これ、メディアでも殆ど取り上げてくれないから自分で言い続けるしかないんだけど、やれたのよ。
私はオモロい人ってのはあんまり興味がないというか、そもそも存在しないと思っていて、オモロい事をやる人、オモロい事を言う人なら存在するのかなと考えています。
人そのもので判断なんて私には出来ない。そういう意味では人への過剰な神秘性は感じない。
何を考えて言語化して、何に取り組む人なのか。その人の背景を含めて手を取り合うことが出来るかどうか。
幸いにも私は良き事をする人たちに恵まれている。私にとって良き人とは良き事をする人に他ならない。
貧しさからの脱却は「良き事、オモロき事をする」であるし、それが本当に良き事なのか、オモロき事なのかを検証し、改めて面白がったり、感謝する事でもある。
次か…
やりたいね…
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