表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
279/1877

232.非道王女は覗き見る。


「明日‼︎我らはコペランディ王国、アラタ王国、ラフレシアナ王国を迎え撃つ‼︎チャイネンシス王国、そして新たに同盟を結びしフリージア王国と共に我らがハナズオ連合王国を護り抜く‼︎」


戦前夜。

兵士の士気を高める為に行われたサーシス王国、ランス国王による演説集会。そこに私達も参加していた。

ランス国王やセドリックの横に私達も並び、彼らと共に杯を傾けた。

騎士達や兵士から唸るような歓声が上がり、誰もが力強い意思を目に宿し、剣や拳を振り上げていた。


…ちなみに、私は結構眠い。


私だけでない、ティアラも瞼を少し重そうにしているし、ステイルも平気そうな顔をしていると思ったら時々自分の目を覚まさせるように一人で首をブンブン振っていた。無理もない、馬車とはいえ長期移動した後に国境往復して、更にはついさっきまでずっと作戦会議や戦準備中だったのだから。

更に言えばステイルはさっきまでサーシスとチャイネンシス王国両国の城内を端から端まで案内して貰って歩き尽くしている。サーシス王国の、使われていない南棟からチャイネンシス王国の併設されている教会の裏側までしらみ潰しに。両国とも城の規模は小さい方だからまだ楽だっただろうけど、それでも城二つ分だ。正直、私よりも休息を取るべきだと思う。

あの後、私達とランス国王、ヨアン国王との三ヶ国会議は一応順調に進み、兵力の配置、分断、作戦、合図などを一から百まで何度も反復して打ち合わせを行っていた。

総合して兵力の七割をヨアン国王のいるチャイネンシス王国に、残り三割を自己防衛と補給の為にサーシス王国に。そして連絡兵を各隊に一人ずつ散りばめ、統一して指示や状況把握ができるように配置した。

この決起集会が終われば、彼らも全員明日に備えて移動、配備後に身を休める予定だ。その時にはこの場にいる私達やランス国王達も皆一度バラバラに散会することになる。


セドリック、ティアラ、ジルベール宰相はサーシス王国に。

ランス国王、私、ステイル、騎士団長は騎士の九割とサーシス王国の兵士五割を連れてチャイネンシス王国に。


そこから更に国境付近や各陣営、本陣に分かれて待機することになる。

元々コペランディ王国はチャイネンシス王国を執拗に狙っているようだし、援軍を出したことによってサーシス王国も攻撃を受けるとしてもやはり主戦力はチャイネンシス王国に集中されるだろうと考えての配置だ。

セドリックは最初、チャイネンシス王国に共に行くと言っていた。でも、途中で万が一サーシス王国から援軍が必要になった時、纏めたり率いる人がいないと困る為、お留守番となった。…まぁ、今のセドリックに指揮や判断は難しいだろうけれど、サーシス王国の摂政宰相、更にはジルベール宰相も一緒に居るし大丈夫だろう。

ティアラも私と一緒にチャイネンシス王国にと再び訴えていたけれど、セドリックがサーシス王国に残り、私と別行動になると聞いたら渋々ではあるけれど納得してくれた。


「国王陛下、実は門前にいま…。」


ランス国王の演説が終わった後、衛兵の一人がそっと耳打ちをするように何かを報告しに来た。何だろうと思って目を向ければ、ランス国王の横に並ぶようにしてセドリックもその報告に耳を傾けている。

話を聴き終わったのであろう二人は、殆ど同時に眉を寄せ、顔を顰めながら目を合わせた。ランス国王が「今行こう」と玉座から腰を上げようとした途端、セドリックが「いや俺一人で十分だ」と断っていた。

ランス国王が少し眉間の皺を深くしながら何やらセドリックに問いかけていたけれど、セドリックはそのまま衛兵に連れられるままにその場から去ってしまった。


「…気になりますか?」


不意に真横から声がしてびっくりする。振り返ればステイルが私と一緒にセドリックが去っていった方向を見つめていた。更には「門前にと聞こえましたけれど…」「誰か珍客ですかね?」とエリック副隊長とアラン隊長が背後から言葉を重ねてくれた。どうやら三人とも私と同じように今のやり取りが気になったらしい。


「…少し、抜けて見ましょうか。」

俺も少し気になります、と言いながらステイルがエリック副隊長とアラン隊長に目だけで合図をしてくれた。二人とも頷き、そっと周りに気づかれないように私を席からセドリックの去っていった方向へと誘導してくれた。ティアラを一人にして平気か心配になったけれど、丁度眠そうにしているところを騎士団長が声を掛けてくれていた。騎士団長と一緒なら確実に大丈夫だろう。

会場を抜け、人通りのない廊下を抜ける…途端に、ステイルが誰もいないことを確認して私達を瞬間移動してくれた。視界が誰も居ない廊下から、城前の門側に変わる。

物陰から姿を現わす前に、そっと辺りを見回そうと首を回した途端、老人の叫び声が飛び込んで来た。


「良いから早くセドリック様をお呼びしろ‼︎この国の存続が惜ければ‼︎呼べぬならばさっさとワシを中に通さんか‼︎」

他の誰にも教えてやるつもりはない!と既に頭頂部が薄まりかけた老人が衛兵に声を荒げている。衛兵も何やら対応に困った様子で「ですから、権限のない者をここにお通しする訳には…」と恐らく既に何度も繰り返しているのであろう言葉を老人に返していた。すると、更に老人は顔を赤くして怒鳴り出した。

「権限じゃと⁈ワシは元々この城の人間じゃ‼︎十五年前ならば貴様らの了承など無くともこの城の中を自由に歩む権限をっ…」



「所詮は過去の遺物だ、ハンム卿。」



老人の声を遮るように、冷たい声が響いた。セドリックの声だ。衛兵と老人も驚いた様子で振り返り、セドリック様!と声を上げた。ジャランッジャランッとまるで足音に連動するかのようにセドリックの装飾品が音を鳴らす。

セドリックは老人から三歩分ほど距離を置いたところで立ち止まり、その間を守るように衛兵が槍を構え、老人がそれ以上前に出ないようにと警告を示した。


「おぉおぉぉ…セドリック様、御立派になられまして…。」

老人が親しげに笑みを浮かべ、震える手をセドリックに伸ばす。だが、その前に衛兵にはねのかされた。


「今更何用だ、ハンム卿。何故、俺様を名指した?サーシス王国の存続に関わる情報とは何だ。今この場でならば聞いてやる。」

セドリックが今まで見たことがない程に冷たい眼差しを老人に向けながら、躊躇いなく言葉で突き放した。それでも老人は聞こえていないように言葉を勝手に続ける。

「今更、ということはやはり覚えておいでですか?ワシ…私は、セドリック様が幼き頃に実は何度か」




「忘れるわけがない。バートランド元摂政と共にこの俺様を玩具にしてくれた老害共が。」




殺気。

今まで、感じたことのない程の冷たい殺気がセドリックから溢れ出し、私達のところまで届いた。思わず肩を震わせながら覗いて見れば、老人を睨むセドリックの瞳の焔が憎々しげに揺れている。


「おおぉぉぉお!流石はセドリック様‼︎ワシのこともやはり覚えておいでで‼︎」

何が嬉しいのか、それともセドリックを馬鹿にしているのか、憎しみを口にした筈のセドリックに老人は目を輝かせていた。今にもセドリックに抱きつきそうな程に両手を広げて喜んでいる。


「要件はそれだけか?ならば去れ。今からでもバートランドと同じように処罰して欲しいというのならば俺様は一向に構わんが。」

「セドリック様‼︎今こそ立ち上がる時です!邪教なチャイネンシス王国を共に滅し、ハナズオ連合王国ではなくサーシス王国として国を」


「ッこの老害を今すぐ摘み出せ‼︎二度とこの城に近づけるな‼︎」


セドリックが耐え切れないといった様子で老人を指し、衛兵に怒鳴った。衛兵もこんなに怒るセドリックを見るのは初めてなのか、慌てた様子で老人を二人掛かりで押さえ付け、そのまま城の外へと引きずり始めた。

老人が「お待ち下さい!ワシの話をっ…」と声を上げながら衛兵の手から逃れようと抵抗するけれど、鍛えられた衛兵に敵う筈もない。セドリックが追い出されていく老人に一瞥もなく背中を向け、城の中へ戻


「お待ち下さい、セドリック第二王子殿下。」


突然、第三者の声が割って入った。私やステイルもその声に驚き、思わず物陰から思いっきり身体を乗り上げて覗き込んでしまう。

セドリックも驚いたらしく、足を止めて自分がやって来た方向からゆっくりと歩み寄ってくる相手の名を呼んだ。


「ジルベール宰相殿…。」


やはり、ジルベール宰相だった。優雅に笑みを浮かべながら手だけで老人を追い出そうとする衛兵の動きを止める。そのままにこやかにセドリックへ笑みを向けると深々と一礼してから再び口を開いた。


「どうかあの者の扱いは私に一任して頂けませんでしょうか?私は是非あの者の話を詳しく聞きたいと考えております。」

せめて一時間だけでも、と望むジルベール宰相にセドリックが「いやしかしっ…」と言葉を詰まらせた。同時に老人の方からは「貴様などに話すことなどない‼︎ワシはセドリック様に」と声を荒げている。

セドリックが惑う理由もわかる。さっきの会話から察するに、恐らくはチャイネンシス王国を良く思っていない元上層部の人間だろう。

明日からチャイネンシス王国の為に戦うというのにそんな人間をフリージア王国の宰相に引き合わせたくはないに決まっている。

それでもセドリックがジルベール宰相の希望を無碍にすることも出来ずに惑い、若干肩を怖ばらせていると、構わずジルベール宰相が言葉を続けた。


「御安心下さい、セドリック第二王子殿下。城内の部屋を一つお貸し頂ければ十分ですので。我が国にも最近奇襲を仕掛けたり侍女を脅したり城の者を装ったりと愚行を犯す者も複数おりましたが、見たところあの者にはその心配もないようですし…?」

最後はうっすら怪しく笑いながら目を合わしてくるジルベール宰相に、セドリックの肩が上下した。さらにジルベール宰相が何やらセドリックに耳打ちをすると、セドリックの顔から若干血の気が引き、そのまま身を逸らした。


「…⁈…、…そこまで、…仰るのならば…?」


一瞬目を見開いた後、顔を強張らせたセドリックはそう言うと衛兵に命じ、ジルベール宰相と共に老人を城の中への案内と客間の一つの使用許可を与えていた。そのまま足早にセドリックはランス国王の元へと戻っていく。

セドリックを最後まで見送った後、ジルベール宰相が怪しい笑みをそのままに衛兵に案内を頼み、老人を衛兵ごと手で招いた。

更には先程まで抵抗していた老人まで、何故か大人しく、衛兵に挟まれながらジルベール宰相の後を続くようにして城の中へと進んでいった。


「…?何だったの…かしら…⁇」

物陰から老人やジルベール宰相の姿も確認できなくなってから、振り返ってステイル達へと首を捻る。アラン隊長も「さぁ…?」と肩を竦めるし、エリック副隊長は「何か考えがあるのでは…?」と言いながらもやはりわからないといった表情だった。そしてステイルは


砥いだように鋭い眼差しで、眼鏡の縁を押さえつけていた。


またジルベール宰相のことを威嚇しているのか、何かを案じているようにも感じられて、思わず「ステイル…?」と声に出してしまう。

私の呼びかけで気が付いたようにステイルは俯かせ気味だった顔を上げ、瞬きを二度すると私の方に振り返ってくれた。


「すみません、そろそろ戻りましょうか。長く不在ではランス国王も危惧されるでしょうし。」

何事もなかったようにいつもの笑みを向けてくれ、私達を再び瞬間移動でセドリックより先に会場前の廊下へと戻してくれた。


…この後、城内が再び慌ただしくなることを知らずに。


ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いいねをするにはログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。

↑ページトップへ