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230.非道王女は届ける。


「姉君!」

「お姉様っ‼︎」

「プライド様‼︎」


ヨアン国王を残し、一足先に壇上から去った後。

何やら血相変えてステイル、ティアラ、アーサー、そしてカラム隊長や騎士の皆が駆け寄って来てくれる。更には彼らの背後に続くようにしてセドリック達も来てくれていた。皆、私がヨアン国王と共に壇上へ上がってからもずっと端から見守ってくれていた。

「待たせてごめんなさい。でも、チャイネンシスの民は一緒に戦ってくれると」




「何故あのような無茶をされたのですか⁈」




…一番最初にステイルに怒鳴られてしまった。ステイルに怒鳴られるなんてなかなか無い経験なので思わず茫然としてしまう。すると、ティアラが城の人から借りてきてくれたのか、包帯を急いで私の指先を巻きつけてくれた。そうか、血の誓いをした時に指先を短剣で切ったんだった。正直、傷口も小さいし対して痛くもないので忘れていた。


「大丈夫よ、大した傷じゃないから。明日には血も止まっているわ。」

「ッそういう問題じゃありませんっ!」


…今度はティアラに怒られてしまった。包帯を器用に巻き、縛りながら目を若干潤ませていた。どうしよう、そんなに刃物を使ったことで心配をかけてしまったのだろうか。既に私の腰には短剣どころか剣が収まっているのだけれど。

「わかっておられるのですか姉君⁈〝血の誓い〟は信仰の元の儀式‼︎貴方はハナズオ連合王国を守れなかったら…」


「ええ、陛下と共に火炙りの刑にされると誓ったわ。」


なんだその事か、と。短剣を持たせるのすら危ないと思われた訳でなくて良かったと思いながら、私は笑みでステイル達に返した。

私の反応が意外だったのか、ステイルが言葉にならないように口を開けたまま固まった。ティアラと一緒にその顔色から若干血の気が引いているようで寧ろ私の方が心配になる。


「だって、あれくらいしないときっと民にフリージア王国を信じては貰えないと思ったから。」

苦笑いしながら二人にそう伝えても、その血色が戻る気配が一向に無い。

二人が心配してくれる通り、確かに血の誓いを破ることはできないだろう。多くの民の前で行ったし、他国の儀式とはいえそれをフリージアが破れば近隣諸国にも示しが付かない。最後には血判やサインも書いたし、「知りませんでした」で逃げられるものではない。けれど



「俺らがちゃんと勝てば、プライド様はそんな目に絶対合わねぇんですよね…?」



私が言おうとした途端、先にアーサーが口を開いた。

アーサーの恐ろしく低くなった声色に、さっきまで血の気が引いていたステイルやティアラ、カラム隊長まで驚いたように振り返った。

声色だけじゃない、何故か肌がピリつく程の凄まじい覇気がアーサーの全身から放たれていた。狼のように鋭く見開かれた蒼い眼がピッタリと私へ向けられている。

怒っているのだろうか、流石に返す笑みが思い切りヒクついてしまう。


「え…ええ、勿論よ。ハナズオ連合王国やヨアン国王を守りきれば何の問題も無いわ。その為の誓いだもの。」

アーサーが全身から放つ覇気の凄まじさに、他の九番隊の騎士までもが少し慄いた。ステイルが「おい、アーサー」と小さく声を掛け、カラム隊長がその肩に手を置いた時だった。


「…なら良いです。絶ッ対に、護り通すんで…‼︎」


なァ?と、呟くよりも小声でアーサーが傍にいるステイルを見やった。完全に戦闘覇者のような眼のアーサーに、珍しくステイルが少し押されるように言葉を詰まらせた。それでもすぐに「当然だ」とやはり周囲に聞こえないような小声で答え、アーサーの腹を鎧越しに叩いた。カラム隊長がそれを見て、少し安堵したように息を吐いてアーサーの肩をもう一度叩いた。


「…お姉様。」

目を潤ませたティアラが、心配そうに私を覗き込んできた。心配させてごめんなさいね、と言って頭を撫でるとティアラが静かに首を振ってくれた。


「大丈夫よ、だって信じているもの。皆が絶対勝ってくれるって。私は何も怖くないわ。」

そう言って笑って見せると、やっとステイルからも肩の力が抜けるように息が漏れた。


「…この件は、俺の口から騎士団長にも報告させて頂きますから。」


ひぃッ⁈

思わず「えっ、いえそれはっ‼︎」と慌てて声を上げてしまう。それでも容赦なくステイルがカラム隊長に「カラム隊長からはアラン隊長とエリック副隊長に情報共有をお願いします」と話を進めてしまう。待って待って‼︎騎士団長にバレたら絶対怒られる‼︎

私が縋るようにステイルの裾を掴むと「士気を上げるのに手段は選べませんから」と笑顔で断言されてしまった。なんかまたステイルがジルベール宰相に似てきてる‼︎

とうとう今度は私の顔から血の気が引かされる番となってしまった。


「億が一にも。…負けられなくなりましたので。」

ジルベールには〝まだ〟黙っておきますので御安心を。と言われたけど全く安心できない。ていうか負けられないのは最初からでしょう⁈

眼鏡の縁を押さえつけてそう告げるステイルから、今度は真っ黒なオーラが放たれる。どうしよう、ステイルもアーサーも絶対怒ってる。


「プライド第一王女殿下!」


突然呼ばれ、振り返ればヨアン国王だった。ちょうど民への話も終わったところらしい。大した距離でもないのに息を切らしたヨアン国王が、私の前まで立つとじっとその金色の瞳を私に向けてくれた。次第に息が整い始めると「何故…」と最初に一言だけ言葉を漏らし、続けた。


「…何故。…貴方は同盟は疎か今まで関わったことすら無い小国を守る為、ここまで為さるのですか。大国フリージア王国の第一王女である貴方と、小国チャイネンシス王国の国王である私の命とでは釣り合いも取れません。」


両眉を寄せ、表情を険しくさせる彼の言葉は謙遜でも卑下でもない、心からの言葉だった。

納得できる答えを望むように、どこか無鉄砲な私を責めるような言葉に思わず一度口を閉ざしてしまう。…でも、答えは簡単だ。


「約束しましたから。同盟国であるサーシス王国のランス国王、そしてセドリックと。」

「ッですが‼︎このような小国のっ…我が国の為に貴方までもが命を賭すなどっ…‼︎」





「民がいる。それ以上の国の価値などありはしません。」




「っ…‼︎」

はっきりと言い切った私の言葉に、今度はヨアン国王が目を見開いたまま言葉を詰まらせた。反射的に胸元を掴んだ手が、そのまま彼のクロスのペンダントを握りしめた。息が上手くできないように喉を震わし、その綺麗な顔を痙攣させた。

…彼にとって、大国フリージアがここまで関与することが疑問なのもわからなくはない。

でも正直、ラスボスプライドの命ひとつでチャイネンシス王国の民全員が立ち上がってくれるなら、十分それで釣り合いが取れてるとも思う。

チャイネンシス王国にも民がいる。そしてフリージアやサーシス王国の手を取ってさえくれれば、私達が彼らを守ることができる。折角助かる方法があるのだから、どんな手を使ってでも彼らにその手を取らせるべきだと思う。私の命など安いものだ。それに…


「私はあくまで誓っただけです。民の心を動かしたのは国王陛下自身の存在。そして、我々を動かしたのは他でもないセドリックです。」


ヨアン国王から視線をずらし、目で示すように私達の後方に控えていたセドリックへ振り返る。突然話題を振られて驚いたように彼が一瞬慄いた。目を丸くしたまま、じっと私とヨアン国王を見つめている。


「最初に彼が話した通り、私達を呼んだのはセドリックです。…そして、貴方が彼の言葉を信じて動いて下さったから、私もまた国王陛下に協力することができました。」

…正直、セドリックの信頼あっての部分が大きい。

私が思っていた以上に、親友であるランス国王の乱心やそれに惑う城の人達を目にした彼の心の傷は深かった。セドリックといい、ヨアン国王といい、彼らにとってそれ程までにランス国王は大きな存在だったのだろう。

私達だけがヨアン国王の元に訪れたところで、彼が動いてくれたかはわからない。ヨアン国王と親しく、更にランス国王の弟でもあるセドリックだから彼を動かせたのだろう。

……こんなに、信頼し合っている二人なのに。








ゲームでは、あんなにセドリックが憎まれているなんて。








ゲームスタート時には、ランス国王は乱心したままの日々を送り、セドリックは他国から兄の乱心を隠しながら、国を支え続けていた。

そしてヨアンは、チャイネンシス王国を裏切り、属州へと陥れた









セドリックを、酷く憎むようになる。









セドリックが、〝嘘の〟援軍の話をしてチャイネンシス王国の全面降伏を止めなければ属州になることはなかった。

そのせいで親友であるランスは心を病んでしまったと。

更にはフリージア王国が反旗を翻すと同時に、セドリックはプライドに脅迫されるがままに自国の金脈の全てをフリージア王国に譲渡すると誓約書を交わしていた。

その結果、誰の目から見てもセドリックがフリージア王国と繋がり、チャイネンシス王国を売ったかのようにしか見えなかった。



信じていたのに、裏切られたと。



国や親友を想う心、更には信用していたセドリックに裏切られてしまった怒りと悲しみが憎悪となってセドリック一人に向けられてしまった。


ゲームのセドリックルート。

フリージア王国に訪れたヨアンとセドリックが偶然会うシーンはかなり険悪だった。「…っ、…兄さん…。」と暗く沈んだ声を掛けるセドリックは酷く怯えた様子だった。更にはそれに対し「ッその名で呼ぶな…‼︎穢らわしいっ…!呪われし忌子が」とヨアンも憎憎しげに返していた。

自国の国王である兄が発狂し、兄と慕った人やその民にも憎まれた。自身がフリージア王国に助けを求めたせいで、余計なことをしたせいで皆を不幸にしてしまった。


特に兄と慕ったヨアンに憎まれた傷は深く、彼は人を信じられなくなってしまう。


絶対的な信頼と絆を確信していたヨアンに憎まれたことで、彼の中の全てが崩れ落ちてしまった。

セドリックルートで、唯一彼に残された信頼できる相手はランスだけだった。発狂したランスに彼が一人語り掛けているシーンは、いつもの俺様ナルシストな振る舞いからは想像できない程の悲愴感に満ちていた。


ゲームでは、プライドのせいで完全にその絆を断たれてしまったセドリックとヨアン。

セドリックルートのクライマックスシーンで、ヨアンはプライドの命令でセドリックに立ちはだかり、…最後は道を譲っていた。「君の為ではない、ランスの為だ」と言い張ってはいたけれど、やっぱりそれだけの絆がそこにあったのだろう。

裏切られた反動で心の底からセドリックを憎むほど、そして憎まれた反動で酷く人間不信になってしまうほどの…強い、絆が。


「セドリック…。」


ぽつり、とヨアン国王が零すように彼の名を呼んだ。

セドリックが何かを堪えるように唇を小さく噛みしめた。その場から動けないかのように固まり、目だけがしっかりとヨアン国王へ向けられている。すると


先に、ヨアン国王が動いた。


ゆっくりとセドリックの前まで歩み寄った。長身なセドリックより僅かに低い背で、彼を目だけで見上げた。そしてそっと、その手を彼の頭に伸ばした。


「…大きくなったんだね。」


わしゃ、と彼の毛先までセットされた金色の髪がヨアン国王の手に撫でられ、揺らされた。

感慨深そうに呟くヨアン国王の言葉にセドリックが目を見開き、そして逸らすようにして俯いた。


「……よしてくれ兄さん、俺はもう十七だ。」

俯き、その表情が見えないまま微弱に震えた彼の声が返された。しかし、慣れたようにヨアン国王は柔らかく笑んだまま、その手を止めようとしない。


「〝俺様の髪が乱れる〟じゃないのかい?…僕は、君より四つも歳上だよ。」

最後に彼の髪を整え直すように一方向に頭を撫でるヨアン国王は、そのまま流れるようにセドリックの肩にその手を置いた。



「ありがとう、セドリック。…辛い思いを沢山させたね。」



その言葉を掛けられた途端。

俯かせたセドリックの目からポロッと滴が零れ落ちた。

最初は気のせいかと思うほどの小さな滴が、次第にどんどんと大粒となって溢れてきた。涙の量に呼応するかのように、彼の肩が酷く揺れだした。






ゲームの世界の彼がずっと届かせたかったその手が、確かにこの日ヨアン国王に届いた。


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