個人アプリ開発は自由である。
こんにちは、個人でアプリ開発しているYuKiOです。
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今日のテーマは「個人アプリ開発は自由である。」です。
まず、結論から書くと「対立が生まれることは悲しい」と考えています。
どうしてそう言えるかについては、最後までお読み頂けたらと思います。
これからもアプリ開発にまつわる話をしていきますので、ぜひ見逃さないためにも、記事がいいなと思ったら、フォロー&いいねもお願いします!
個人開発に関しては、それぞれいろんな考えがあると思います。そして、それぞれが多様な目的を持っていると思います。
最近、そんな個人開発のあり方について、少しアプリ開発に関して議論?局地的な紛争の火種を見かけたので、自分なりの考えをまとめておこうかなと思います。
どんな議論でも共通していますが、ある事象に対して議論する場合に、前提を揃えないままにすると、分かり合えないことが多いです。
例えば「個人アプリ開発では、アプリからの収益に集中すべき or いろんな収益源を作るべき」という議論の場合、その本人が「サービス開発で食っていきたいと考えている人」と「独立して稼ぎたくて、アプリはその手段の1つと考えている人」では、そもそものスタート地点や、アプリ開発に対する考え方が異なります。
また収益方法に対して議論する場合でも、その人の立ち位置や、環境により与える価値は変わるので、価値があるのかは購入者の判断によるかなと思います。
登山を夢見る海抜0mでしか生活したことがない人にとって、山からの絶景の写真は魅力的に映るでしょう。
しかし、登山経験者にとって、その人が登ろうとしている山が、絶景ではないかもしれないし、道中には難関が待ち構えて、登頂できないかもしれないこと知っています。
だから、そんな写真を集めていても意味がないから、絶景を見たいなら今すぐに山を登れ!という気持ちもわかります。
しかしその写真を撮った人にとっては、頑張った証であり、その写真がきっかけで難関に挑戦するキッカケになったり、停滞を脱出する起爆剤になったりもするでしょう。
その情報の価値や意味は、当事者間の判断に委ねられているのです。
このように、1つのことに関しても、目的、立ち位置、環境などの変数による影響が高いので、前提を固定してから話さなければ議論はできないのです。
ですが、一つ一つの前提に結論を出すのも意味がありません。その前提に当てはまる人と当てはまらない人がいるからです。
白黒つける必要はなくて、そこには幾重のカラフルなグラデーションがあっていいわけです。
そこに、正解というものが存在するわけではありません。
結果がすべてとも考えられますが、地位と名誉、金、たくさんの感謝、自己満足をどれが満たされれば成功なのかの定義もありません。
そこには、混沌とした形のないものが存在するわけです。
なのにそこに白や黒の色を塗りたくろうとしたり、整形しようとするから対立が生まれるです。
一つ共通して話せるのは「個人アプリ開発は楽しいよね」ということだと思います。
だからこそ、そこに対立が生まれてしまうのは残念でしかありません。
個人開発は自由です。
公序良俗に反しない限りは、誰かに制限されるわけでもないです。
夢物語かもしれませんが、多くの人が個人開発の魅力に気づいてくれて、
なんなら世界中で荒稼ぎして、個人開発者の活動が日本のGDPを下支えして。
「ジャパニーズインディビジュアルデベロッパー、ミラクル!」と称賛されて。
なりたい職業をYoutuberを抑えて、「個人開発者」が一位に。
みんなで楽しくやれた、一番かなと思います。
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