自宅まであと100メートル余りだった。中学の部活を終えて下校中、突然奪われた生活は、まだ戻らない。広島市で4年ほど暮らした横田めぐみさんが、転居先の新潟市で北朝鮮に連れ去られて47年。当時13歳だった少女は来月、還暦を迎える▲その節目を前に、拉致現場を訪ねてきた。大きな住宅が立ち並び、道路には多くの自動車が行き交っている。警察署も学校も近い。こんなにも人目に付きやすい場所だったのか、と驚く▲地元紙の新潟日報の記者に聞くと、当時は街灯も少なく、夜は真っ暗だったらしい。母の早紀江さんは懐中電灯を手に、幼い2人の弟を連れて近くの神社や海岸を捜し回った。日本海の強風と波音に弟がおびえ「帰ろう」とせがむ中、暗闇も構わなかったという▲めぐみさんの恐怖と母の悲しみに少し触れた気がした。だからだろうか、自民党総裁選の論戦が物足りない。政権は拉致問題を最重要課題としてきたはずなのに、告示日の演説会で言及したのは候補9人のうち2人だけ。それも合わせて20秒だった▲広島で通った牛田新町小の校歌は「輝く瀬戸の海を見て」と始まる。幾度も歌ったであろうめぐみさんに、もう一度、見てもらいたい。