デートをやり直す事にしたよ
朝目覚めてみると、隣で眠っていた筈のアリスの姿はなく、微かだが良い匂いが漂ってきていた。
朝食を作ってくれているのだろうかと思い、手早く着替えをしてからリビングに移動する。
「あっ、カイトさん! おはようございます」
「おはよう、アリス」
リビングに隣接したキッチンには、いつも通りの仮面を付け、白いエプロンを身に纏ったアリスの姿がいた。
アリスは俺を見て明るい笑顔で挨拶をしてきたので、それに返事をしながら台所に視線を移す。
するとそこには、見慣れない大型の魔法具らしきものが置いてあり、そこからなんとも香ばしい良い香りが漂ってきている。
「……この匂いって、パン?」
「ええ、アリスちゃん特製の朝食です。もうちょっと待ってくださいね」
「ああ……いい匂いだ」
「ふふふ、前に言った通り、一通りの事は極めてますからね……パン作りもバッチリです!」
そう言えば、大抵の事は極めていると言っていたし、実際にアリスは楽器等も凄い腕だった。
これは朝食にもかなり期待が出来そうだ……が、むしろそれ以上に驚いている事がある。
「……アリスの家に、そんな色々食材あったんだ……」
「おっと、なんか軽やかにディスられましたよ? まぁ、実際起きてから買ってきたんすけどね」
「え? 結構早い時間だけど……」
「店舗経営してる配下もいっぱいいますからね」
「成程」
そう告げつつアリスは大型の魔法具……おそらくオーブンの機能があるそれから、出来たてのパンを取り出す。
手のひらサイズで丸型のパンみたいで、アリスがそれに向けて包丁を一振りすると、全てのパンが綺麗に上下に分かれる。
「これは、私が冒険者をしてた頃によく食べてた料理ですよ。まぁ、全く一緒じゃなくて、材料とかは良い物使ってますし、足の速い食材も具に使いますけどね」
「具……ハンバーガーみたいな感じなのかな?」
「ええ、似たような物です。ハンバーガーというよりはサンドイッチですね。ハンバーガーは元々ハンバーグサンドイッチですから……まぁ、カイトさんの世界のチェーン店だと、魚のフライだったりもするみたいですけどね」
「……なんで、俺の世界のハンバーガーチェーンまで知ってるんだお前……」
「アリスちゃんはなんでも知ってるんですよっと……さぁ、完成です」
当り前のようにファーストフード店の話題を出してくるアリスに突っ込みつつ、完成したらしい朝食を見てみる。
綺麗に焼き上がったパンに、新鮮な野菜とスクランブルエッグっぽい具が挟まれていて、シンプルながらとても美味しそうだ。
「……誰かの為に料理したのなんて、本当に久しぶりですよ」
「……物凄く美味しそうだ」
「ええ、味は保証しますよ。私の料理はアインさんにも負けません」
「ははは、それは楽しみだ」
明るく告げるアリスの言葉に苦笑しつつ、そのまま促されて席に座る。
アリスに頂きますと告げてから、そのサンドイッチを手にとって食べてみると……アリスの自信に違わぬ素晴らしい味だった。
フワリと柔らかく、中はモチモチの香ばしいパンに包まれ、シンプルに味付けされた野菜と卵、本来の味が高まった状態で口の中に広がっていく。
しかもそれだけでは無く、スクランブルエッグの中には……なんと小さくサイコロ状の肉が入っており、その食感がとても心地良い。
朝という事でアッサリ目に味付けられている肉は、卵との相性が非常によく、小さい肉の筈なのに満足感が凄い。
「……凄いな、こんなに小さいのに肉の味が引き立ってる」
「まず大きいサイズで焼いて肉汁を閉じ込めてからカットしてあるので、旨味はしっかりと入ってますよ。香辛料は最低限にして、肉のジューシーさが際立つようにしてあります」
「成程……美味い」
「あはは、そう言ってもらえると、なんだか……ちょっとだけ、照れちゃいますね」
素直に賞賛の言葉を伝えると、アリスはやや恥ずかしげに頬をかくが、昨日とは違い仮面を付けているので表情が読みとり辛い。
そこでふと、アリスの仮面について疑問が湧き、折角の機会なので聞いてみる事にした。
「そういえば、アリスって……前の世界に居た頃から、仮面を付けてたの?」
「あ~いえ、付けてませんでした。この仮面は、この世界に来てから……昔の自分とは違う自分なんだって、そんな感じで付け始めたんですけど……物凄く長い時間それが当り前になったせいで、外すと素で恥ずかしくなっちゃいました」
「昨日はずっと外したままだったけど、大丈夫だった?」
「え、ええ……まぁ、その……カイトさんには……ありのままの私を見て欲しいなぁって……いや、恥ずかしいのは恥ずかしいですが……他の人みたいに、見せたいとすら思わない訳では無くてですね」
かなり恥ずかしい事を言っているのは、アリスも自覚しているみたいで、何度も視線を泳がせながらそう伝えてきた。
単純かもしれないが、その言葉は俺の事を特別だと言ってくれていて、なんだか凄く嬉しい。
「……もし、アリスさえ良かったらなんだけど……」
「はい?」
「俺と二人っきりの時だけで良いから、仮面を外してくれないかな?」
「うっ、そ、それは、えっと……」
「俺はありのままのアリスを見ていたいんだけど……駄目かな?」
「あぅ……わ、分かりました」
ずっと仮面を付け続けていた事で、仮面を外すのが恥ずかしくなった……だけど、俺にだけは素顔を見せても構わない。
アリスはその言葉通り、恥ずかしそうにしながらも仮面を外し、可愛らしい素顔を見せてはにかんでくれた。
「ま、まぁ、これで、カイトさんも私のプリティフェイスが見えて、嬉しい訳っすよね!」
「うん。本当に可愛いと思う」
「にゃぁっ!? そ、そそ、そこはちゃんと突っ込んでくださいよ!? 真面目に返されると、は、恥ずかしいじゃないですか!!」
「ははは、いや、悪い悪い……でも、ありがとう。俺のお願いを聞いてくれて」
「あぅぅぅ……」
恥ずかしさからおどけるアリスに、素直な感想を伝えて見ると……アリスは見て分かる程顔を真っ赤にして、慌てる。
その様子がなんだかおかしくて、可愛らしくて……ついつい俺の口元には笑みが零れる。
「……う、うぅぅ……絶対楽しんでる。カイトさんの性癖を見た気分ですよ」
「なんだそれ?」
「と、ともかく恥ずかしいものは恥ずかしいんです! あんまこっち見ないで下さぃ……」
「ふふふ、了解」
恥ずかしがるアリスの、なんとも言えない可愛らしさを堪能しつつ、幸せを実感しながら朝食を食べ続ける。
こういった軽口を言い合えるのも、アリスの魅力だと思う。だからこそ、一緒に居ると変に気を使ったりしなくて良いから、本当に気楽だ。
アリスの魅力を再確認していると、ふと自分の手にあるサンドイッチに目が移った。
「……そう言えば、結局バタバタして、デート中止になっちゃったし……アリス、今日改めてデートしない?」
「へ? あ、ああ……豪華な食事付きデートですね! 行きます!」
「うん、じゃあ……朝食を食べ終えて、一休みしたら、出かけよう」
「はい!」
デートのやり直しを提案する俺の言葉を聞いたアリスは、まるで花が咲くような愛くるしい笑顔を浮かべてくれた。
拝啓、母さん、父さん――恋人同士になった事で、少し受け答えみたいなのは変化しているかもしれない。でも、やっぱりアリスとの関係は気を張る必要が無くて心地良い。まぁ、それはともかくとして、エデンさんが現れた事で中断していた――デートをやり直す事にしたよ。
奇跡の砂糖カーニバル、開幕、だ!
シリアス先輩「あぁぁぁぁ……うわあぁぁぁぁぁ!?」