13年前、カープの新入団会見を取材したノートに二重線を引いた発言がある。「一番自信があるのはストレートです」。多彩な変化球で軟投派と評価されたドラフト1位、野村祐輔投手の言葉が意外だったからだ▲ストレートの球速は140キロ前後。決して速いとはいえない球に切れや回転数を加え、速く見せるための変化球も磨いた。プレートを踏む位置もこだわり抜いたと聞く。通算80勝には独自の工夫と理論が詰まっている▲だからこそ、まだやれると惜しむファンは多かろう。35歳の今季限りで引退が発表された。3連覇メンバーがまた一人去る。高校から広島で活躍してきた選手だから余計に寂しさが募る▲カープの名投手は甲子園で活躍した人が少ない。広陵を夏準優勝に導いた野村投手の実績は出色だ。加えて佐賀北との決勝は微妙なボール判定の後に逆転本塁打を浴びた。悲運のドラマもファンに愛された理由だろう▲来月5日に予定される引退試合には、デビューから続く先発登板の日本記録更新が懸かる。急失速に泣いた今季の締めくくりとなるが、新井監督は親心で先発に送り出すはずだ。ストレートでも変化球でも、どうか悔いなき一球一球を。