「市場の番人」が不正に手を染めていたとすれば、投資家の信頼を揺るがす深刻な事態である。
東京証券取引所に勤める20代社員がインサイダー取引に関与していたとして、証券取引等監視委員会が金融商品取引法違反(取引推奨)の容疑で強制調査した。東証社員が調査を受けたのは初めてだ。監視委は東京地検特捜部への告発も視野に入れている。
この社員は上場企業の公表前の情報を扱う部署に所属していた。株式の公開買い付け(TOB)の未公表情報を親族に漏らし、株取引を勧めた疑いが持たれている。TOBが公表されると株価が大きく動くケースが多い。親族はこの取引で数十万円以上の利益を得ていたとされる。
金商法は、上場企業のTOBなど重要事実を知った関係者が公表前に株式を売買することを、インサイダー取引として禁じている。取引した人だけでなく、未公表の重要事実を伝達したり、取引を推奨したりした人も処罰される。
東証は社員に法令順守の研修を義務づけていたというが、現場で十分徹底できていたのか。検証する必要がある。
不祥事に関する情報開示のあり方も問題だ。不正取引の疑いは、監視委だけでなく、親会社の日本取引所グループ(JPX)も把握していた。にもかかわらず、強制調査が報道されるまで公表していなかった。
JPXの山道裕己最高経営責任者は「(監視委の)調査に支障を来しかねないと判断した」と説明する。だが、企業関係者からは「我々に迅速な情報開示を求めながら、自分は例外だというのか」と批判する声が出ている。
インサイダー取引を巡っては、金融庁企画市場局に出向していた裁判官も業務で知った未公表情報を基に株取引を繰り返した疑いで、監視委の強制調査を受けた。
政府は「資産運用立国」を掲げ、国民に投資を促すが、市場の公正を守るべき立場の当局者が抜け駆けして利益を得るようでは、安心して取引できない。
東証や金融庁の関係者が不正取引に走った背景も含めて実態を解明し、再発防止を図るべきだ。さもなければ、投資家の信頼回復はおぼつかない。