226.非道王女は到着する。
「ハナズオ連合王国が同盟国、フリージア王国騎士団です。どうぞランス国王陛下とセドリック第二王子殿下に御報告下さい。」
ハナズオ連合王国、サーシス王国。
閉ざされた門の前で衛兵に声を掛ければ既に話は通っていたらしく、すぐに国内へ通してくれた。
サーシス王国の数キロ前で既に、私達や騎士団も全員馬に乗り直していた。あの列車移動で現れると必ず他国にどん引きされてしまうので、なるべく我が国ではあの移動手段での入国は避けるようにしている。
城下を歩く度に、サーシス王国の民が目を丸くして馬に乗る我が軍を見上げていた。ところどころ小さな声で「あれがフリージア…⁉︎」「確か王女の…」「セドリック様が仰っていた…」と話が聞こえてきたのでどうやら私達が来る前にセドリックやランス国王が民にも話は通しておいてくれたらしい。…若干怯えられているけれど、特殊能力者の国であるフリージアには慣れたものだ。
「…以前来た時とも民の様子はそんなに変わっていませんね。」
背後の馬に乗るステイルが声を顰めて教えてくれる。ステイルがセドリックと一緒に瞬間移動でサーシス王国に訪れて四日経った。既にチャイネンシス王国にも話を通してくれていれば良いのだけれど。
「フリージア王国、プライド・ロイヤル・アイビーです!同盟国としてハナズオ連合王国の援軍に参りました‼︎」
サーシス王国の最南にある城の城前まで辿り着く。はっきりと衛兵だけでなく、城内に居るであろうランス国王やセドリックにも聞こえるように言い放つ。サーシス王国の城自体、フリージア王国の城みたいに大きくはなく、寧ろこじんまりとした造りだ。棟自体も古い南棟と北棟と中央の三棟にだけ分かれているとステイルが教えてくれた。
ゲーム製作者の設定を盛り過ぎた大要塞もどきのフリージア王国の城とは違い、絵本に出て来そうな可愛らしいお城だ。
城前を守っていた衛兵が慌てた様子で城内に飛び込んでいった。少し待ちながら城を見上げていると「プライドッ⁈」と城内から声が聞こえた。セドリックだ。
「約束通り来たわよ、セドリック。」
城の窓からこちらを見下ろすセドリックに伝える。遠目で表情まではわからないけれど、その視線は確かに私へと向けられていた。何故か私達への返事はなく、何か固まっているセドリックがゆっくりと窓から身を引いた。今から私達の所まで降りてきてくれるつもりなのだろうか。振り返った途端に彼の金色の髪が窓からサラリと一瞬はみ出した。…どうしたのだろう。
そう思っている間に今度は城前を守ってくれている衛兵が私達を城内へと通し、案内してくれた。「国王陛下がお待ちです」と言って少し慣れない様子で私達とそして大軍の騎士達を迎えてくれた。
「ップライド…‼︎」
馬を降り、城の内部から謁見の間まで城内を案内される途中だった。少し息を切らせたセドリックが険しい表情で私達の方に駆け寄ってきた。
彼が駆ける度に彼の装飾品がまたジャラジャラと音を立てた。アーサーにあげた指輪のあった場所にもまた新たな指輪が嵌められている。
折角援軍を連れてきたのにも関わらず全く安心していないその表情に、何かあったのだと理解した。
「セドリック、何かあったの?」
私の前まで来ると、今度は私の背後に近衛騎士のアーサー、カラム隊長。そして左右にティアラとステイルが控えてくれていた。…何故か一部からは未だにセドリックへの敵意を感じる。
セドリックは私からの質問に一度言葉を詰まらせるかのように口を強く結び、眉間に皺を寄せたまま顔を逸らした。これからランス国王にも会うし、今話してしまうべきか悩んでいるのかもしれない。それでも、数秒溜めた後に、彼は重々しくその口を開いてくれた。
「兄さ、…チャイネンシス王国、ヨアン国王が…我が国からの援助どころか国境を完全に封鎖してしまった…‼︎」
セドリックの整った顔の表情が更に険しく荒れた。苦しそうに放つその言葉に、私は思わず言葉を無くした。
覚えのある展開に、まるでゲームが凄い勢いでスキップされていくような感覚に襲われた。
……
「サーシス王国が国王。ランス・シルバ・ローウェルと申します。…お初にお目にかかります、プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下。」
謁見の間。
ランス国王がその王のみが許される椅子に腰掛けながら、私達を迎えてくれた。「お初に」と言いながらもその眼差しはしっかりと意味を含めて私とステイルに向けられていた。
「〝お初にお目にかかります〟国王陛下。プライド・ロイヤル・アイビーと申します。お目にかかれて光栄です。…急病と伺っておりましたが、ご体調の方はいかがですか。」
私からもそれに応えるように、敢えて知らない振りをして言葉を返す。大事無い、その節は大変失礼しましたと返してくれるランス国王は少し柔らかい目をしてくれた。王族の衣で身体は隠れているけれど、頬ももう窶れていないし本当に大丈夫そうだ。もともと凄くガタイの良い人だったし、身体は丈夫な方なのだろう。
あの時の姿が嘘のように国王らしく全身を金の装飾やマントで遇らい、頭の先から足先まで王としての品格に満ち溢れていた。
お互いにステイル、ティアラ、騎士団、セドリックの紹介をし終えた後にやっと本題に入った。
セドリックが話していた、チャイネンシス王国の国境封鎖について。
「…私が病から目覚めてから、翌朝のことです。」
重々しく自らの口から語り出したランス国王の話によると、彼らは早朝すぐにでもチャイネンシス王国へ向かおうとしてくれたらしい。
元々サーシス王国とチャイネンシス王国は密接し合っていた国で、規模も小さく、王都同士も隣町くらいの感覚の距離らしい。
同盟前は文化の違いの激しさやその近接のせいで国土の取り合いや諍いも多かったらしいけど、連合王国になってからは二大都市としてその名を誇っていた。
そしてランス国王が家臣やセドリックと共にチャイネンシス王国に向かった時には、国境に繋がる通りが数日で作ったとは思えない程の高い壁を築かれていたらしい。…チャイネンシス王国からの完全なる断絶だ。
近隣に住んでいる住民の話では同盟破棄の直後頃には既にチャイネンシス王国側からの突貫工事が始まっていたとのことだ。
ランス国王もそれには驚き、すぐに壁を越えようとしたらしいけれど近隣住民に止められたらしい。工事が始まった直後、サーシス王国の住人が何人か壁を越えようとした途端に壁の向こうにいる衛兵に威嚇射撃までされたとのことだ。
『同盟破棄した今、我が国とサーシス王国も敵同士‼︎誰一人通すなという国王からの御命令だ!国境を超える者は例え王族であろうと容赦はしない!』
そう、どの衛兵からも言い放たれたらしい。
万が一、無理にでも国境を越えて本当に怪我人や抗争を起こしてしまえば同盟修復どころか緊張状態に火がついてしまう。その為、ランス国王やセドリックも無理に国境を越えられなかったらしい。書状を投げ込んだり、ランス国王が完治したことを壁越しに訴えても全く反応はなく、そのまま膠着状態が続いているとのことだ。
私も、そしてハナズオ王国内の事情を詳しくは知らないステイル達も、誰もが理解した。
チャイネンシス王国は自分達だけが犠牲になるつもりなのだと。
コペランディ王国に全面降伏し、その中で国内を攻め込まれても、密接したサーシス王国にだけは被害を出さないように徹底的に断絶を決意した。
…全ては、サーシス王国を守る為に。
私は一度視線をランス国王から床へと落とした。ゲーム開始時も確かにチャイネンシス王国は国境に壁を築き上げていた。でも、それと今回は理由が全く違う。しかも、ゲームでは壁を築くタイミングは侵略を受けた後だったのに。
ゲームの展開が凄まじく入り混じり、段々混乱してくる。
「…それで、国王陛下はどのような御考えでしょうか。」
それでも、ランス国王からの説明後に暫く続いた沈黙を私から破る。返答によっては完全に私達はどうすることもできなくなる。我がフリージア王国が同盟を結んでいるのは現時点ではサーシス王国のみなのだから。
もう断念するおつもりなのでしょうか、と慎重に声を抑えて聞いてみる。すると、ランス国王は激しく首を振ったまま額を押さえた。
「国境は抑えられようとも、コペランディ王国が侵攻してくる方向は粗方予測はついている。国外から回り込み、その接触する地帯に兵を敷けば…と考えている。ただし、その場合はチャイネンシス王国からの援助は期待できない。ヨアン国王も、…チャイネンシス王国国民も降伏の意思を固めている。」
つまり援助に来た私達とサーシス王国だけで、コペランディ王国や他の二国とぶつかるということだ。確かに、この状況で助けたいならばそれしかないだろう。ただ、本人達が覚悟をしたのに私達だけで間に入って騒ぎ立てれば、それは完全にこちらの自己満足。…エゴともいえる。最悪の場合、私達が騒ぎ立てたせいでチャイネンシス王国が抵抗したと見なされ、属州にされる場合もあるのだから。
「陛下は、…それがチャイネンシス王国の意に違うことを承知の上での御決断でしょうか。」
少し無礼な物言いになるとわかりながらも私は問いを重ねる。でも、これはちゃんと聞かないといけない。あくまで私達はサーシス王国の為にここまで来たのだから。
私の問いにランス国王は静かに、そして深く頷いた。
「我が国…ハナズオ連合王国は長らく閉ざされ、広き世界の中、小さな囲いの内側で共に生きてきた。チャイネンシス王国が我らを庇うように、…我が民にも、チャイネンシス王国には大事な者が何人もいる。」
城にも毎日のようにチャイネンシス王国を救いたいと詰め寄る民が絶えないと、ランス国王は続けてくれた。その言葉にセドリックや、摂政や宰相、周囲の衛兵達も頷いている。…きっと、彼らの大事な人、…家族や恋人、友人も中にはいるのだろう。一つの国として生きてきた二国は、それほど密接していたのだから。
「切り捨てるなど、…できる訳がない。」
目を伏せ、重々しい言葉が広い部屋の中に小さく響いた。思い詰めたその目線が行き場もなく伏せられるように床へと投げられる。
セドリックにも視線を少し向ければ、やはり言葉が出てこないように歯を食いしばり、指輪がめり込むほどに強く握られた拳は震えていた。家臣や周囲の衛兵も誰もが深刻な表情で、今もチャイネンシス王国の民を想うように唇を絞っていた。私はそれを見て
心の底からほっとした。
「…わかりました。陛下の御意思がお聞きできて良かったです。」
何度も失礼な物言いをしてしまい申し訳ありませんでした、とお詫びしながらも私は次の言葉の為に思い切り胸を張って息を吸い込んだ。
…ならば、私も迷わない。時間はないのだ。明日にはチャイネンシス王国は戦場となるのだから。
「では、今すぐ私がチャイネンシス王国に赴き、国王と直談判を試みましょう」
なっ…⁈と、私の言葉が響くと同時にランス国王が目を見開いた。悩むように丸めていた肩を反らし、前のめりになるようにして視線を私に向けた。ランス国王だけではない、セドリックもそして摂政や宰相、衛兵達すら耳を疑うように全員の視線が私に集中した。
「チャイネンシス王国の国王が例え我々の援助を拒むとしても、せめて我が軍やランス国王の回復についてはお伝えすべきです。私達が国境を越え、ヨアン国王へ直談判して参ります。」
「気持ちは有難いがっ…だが、フリージア王国の第一王女であるプライド殿下、貴方に何かあればっ…!」
初めてランス国王の声が動揺に震えた。私は彼らを安心させるように敢えて笑顔でそれに応えてみせる。
「御心配ありがとうございます。ですが、問題ありません。」
ラスボスプライドの戦闘能力さえあれば、衛兵の威嚇射撃程度は避けることも捌くことも可能だろう。
ステイルの瞬間移動さえあれば、座標を確認次第に壁を超えてチャイネンシス国内に侵入することも可能だろう。
でも、その必要すら無い。
「今、この場には我が国の誇る優秀な騎士団が居ますから。」
笑みをそのままに私は背後に控える騎士達、そして騎士団長を手で示してみせる。そのまま意味がわからない、といった表情のセドリック達を後に騎士団長へと視線を向けてみる。如何でしょうか、と笑いかけてみると騎士団長から真剣な眼差しと同時に惑いない言葉が返ってきた。
「任務は国境を塞ぐ壁の攻略、チャイネンシス王国の民は当然のこと〝双方に一人の被害なく〟プライド第一王女殿下を城までお連れすること。…それで、宜しいでしょうか。」
全く問題ない、と言わんばかりの騎士団長の反応にランス国王がとうとう目を丸くした。私が「可能ですか」と確認を取れば躊躇いなく「今からでも」と即答してくれる。ステイルとジルベール宰相、そしてティアラも大して驚く様子もなく、私と騎士団長のやり取りを見守ってくれていた。
「国王陛下、どうぞ我々にお任せ下さい。必ずや、サーシス王国の想いを届けてみせます。」
私は団服を翻しながら大きく礼をしてみせる。第一王女として、そして何より彼らを援護する為にこの地に訪れた者の一人として。
私は知ってる。
チャイネンシス王国は、植民地など望んでいないことを。
私は知ってる。
国王、ヨアンにまだ言葉は届くことを。
私は知ってる。
我が騎士団ならばそれも可能なことを。
私は知ってる。
言葉さえ届けば、チャイネンシス王国は必ず立ち上がってくれることを。