「決戦に問う」ジェンダー 多様性を包摂する社会へ 東京大教授 田中東子
耳を疑った。自民党総裁選に立候補した際に選択的夫婦別姓制度の導入について前向きにコメントしていた石破茂氏が、総裁選を勝ち抜き首相の座を射止めた途端、その言を翻したのである。
そもそも選択的夫婦別姓制度導入への取り組みは古く、1991年から法制審議会(法相の諮問機関)で議論され、96年には民法改正案の要綱を答申している。しかし、自民党保守系議員らの反対により、当時、国会への提出は見送られたという経緯がある。
議論開始から30年以上がたち、今年6月には経団連が早期実現を求める提言をまとめた。十倉雅和会長も「個人の問題」ではなく、旧姓を通称使用して働く女性たちに不利益が生じており「ビジネス上のリスク」になると訴えた。だが、当時の岸田文雄首相は導入には慎重なまま退任した。
夫婦同姓が義務付けられているのは日本だけで、その他の国や地域では結婚しても別姓のままか、別姓を選択できる。
実際、海外出張時にホテルを予約する際や、海外での口座開設時に本人確認が困難であるとトラブルになるケースが多い。経団連の調査によると、回答した女性役員139人のうち88%が「通称使用が可能である場合も、何かしら不便さ、不都合、不利益が生じる」と回答したそうである。
だが、30年以上にわたってこの制度が導入されてこなかったという背景に照らし合わせれば、責任を石破氏のみに負わせることはできない。石破内閣の閣僚に女性が2人しかいないことも、そもそも自民党の女性議員比率が極端に低いことが問題である。
日本社会ではジェンダーおよびマイノリティーの地位向上につながる政策や制度が十分には議論されず、男女間の同一賃金は達成されず、守旧的な家族観やジェンダーイメージを振りかざす政治家が跋扈(ばっこ)してきた。その結果、日本のジェンダー平等とマイノリティーの人権の尊重は、諸外国と比べて著しく侵害されたまま今日に至った。
夫婦同姓を義務付ける現行制度は、こうした保守的なジェンダー観が詰め込まれた箱を守り続けるお札のようなものだ。同性婚を認めず、婚姻関係以外のパートナーシップを家族と見なそうとしない保守的な家族観、ジェンダーやセクシュアリティーに基づく差別の問題など、現行制度をぺらりとめくれば、そこには日本社会全体にはびこる因習的で差別的な女性観、結婚観、家族観が潜んでいる。
これらはすべて、多様性を包摂する社会への到達を阻害するものであり、基本的人権の尊重の下で早急に取り組むべき社会課題である。
総裁選では、小泉進次郎氏や河野太郎氏が選択的夫婦別姓の導入に前向きな姿勢を見せたこともあり、争点の一つとして浮上した。連立を組む公明党も導入推進の立場を取り、立憲民主党や共産党など野党各党も導入を目指すと宣言している。
衆院選で大切な一票を投じる際に、ぜひ「ジェンダー平等の達成」という観点から候補者の政策を点検してみてほしい。
(新聞用に10月13日配信)