素敵な女性だと思うよ
ジークさんとの散歩を終えて、レイさんとフィアさんの家に戻ってきた。
俺自身少し湿っぽい気持ちになっていたけど、それもジークさんと散歩をした事で解消され、後はぐっすり寝て明日に備えるだけと思ったが、そのタイミングで困った事態が発生した。
「カイトさん! 何度言えば分かってくれるんですか!!」
「それはこっちの台詞です!」
「……頑固な方ですね……」
「……その言葉、そっくりそのままお返しします」
……現在俺とジークさんは出会ってから初めて口論と言うものをしていた。
ただ、別に互いに相手を悪く言ってるだとか、不満があるとかでは無い。単純に譲れない意見同士がぶつかってしまっただけだ。
「……だから、俺が床で寝ます! ジークさんはベッドで寝て下さい!」
「駄目です! カイトさんは、お客さんなんですよ! 私が床で寝ます!」
「それを言うなら、俺だって女性を床で寝させる訳にはいきません! これだけは絶対に譲りませんからね!」
そう、俺とジークさんが口論しているのは、一つしかないベッドに関して。
ダブルサイズで寝ようと思えば二人寝れるとは言え、男の俺と一緒の布団で寝るのはジークさんだって嫌だろうし、元々俺は床で寝るつもりだったからそう告げたのだが……ジークさんの方も、客である俺を床で寝させる訳にはいかないと主張してきた。
そして現在互いにベッドを譲り合って口論になっている。
「私の方が体は丈夫です。昔は野宿だって良くしましたから、床で大丈夫なんです」
「俺の居た世界では床に布団を敷いて寝るのも一般的だったんです。俺の方こそ床で大丈夫です」
「……」
「……」
以前リリアさんが俺とジークさんは似た者同士だと表現した事があったが、実際その通りなのかもしれない。
「ともかく、俺にも男としてのプライドがあります! 女性を床で寝させる訳には行きません!」
「私の事は女性扱いして頂かなくて結構です! 色気も女らしさもありませんから!」
「そんな事無いです! ジークさんは凄く魅力的で素敵な女性です!!」
「へっ!? あ、ああ、あ、ありがとうございます……」
「え? あ、いや……」
なんか反射的にとんでもない事言っちゃった!?
怒鳴るように告げた俺の言葉を聞き、ジークさんは顔を赤くして俯いてしまい。俺の方もそれ以上言葉を続けられなくなってしまう。
そのまま互いに喋れないまま、俯いてもじもじとしているジークさんを見て、俺も恥ずかしくなって視線を逸らしてしまう。
ただこのままでは話が進まないので、しばらく沈黙した後で俺はゆっくりと口を開く。
「……で、でもですね……このままお互い譲らないと、同じベッドで寝るしか方法が無くなりますよ?」
「……わ、私は……べ、別に……構いませんよ」
「……へ?」
お互いに相手が床で寝るのを認められないというなら、同じベッドに二人で寝るしかなくなってしまう……それを告げると、驚いた事にジークさんはそれで構わないと言ってきた。
俺の事を気遣ってくれているのは分かるが……
「……ほ、本当に、大丈夫なんですか?」
「……はい……か、カイトさんは、やはり、私のような大女と一緒のベッドでは嫌でしょうか?」
「い、いえ、そんな事は全く……あと、ジークさんは本当に素敵な女性ですよ。身長とかそういうのも含めて、凄く魅力的だとおもいます」
「~~!?!?」
ジークさんは俺と変わらない身長……もしかしたら俺より少し高いぐらいで、本人はそれを結構気にしているみたいだ。
以前も何度か、顔立ちも含めて威圧感が無いかと尋ねられた事がある。
確かにジークさんの身長は高いし、顔も物凄い美人で一見したらクールな印象がある。
だけど実際話してみると凄く優しく、スレンダーで美しいプロポーションも相まって、高い身長も魅力の一つにしか感じられない。
「……そ、そんな風に煽てないで下さい……は、恥ずかしいです」
「あ、す、すみません」
以前はジークさんが喋れなかった事もあり、俺は今もジークさんがあまり話さなくてもなにを言いたいかは結構わかるし、実はその逆もあってジークさんの方も、俺の考えている事はある程度分かるらしい。
ジークさんの事を魅力的だと感じているのが伝わったらしく、ジークさんは長い耳まで真っ赤にして俯いてしまい、その姿は大変可愛らしく……これからの事を考えると、緊張が物凄く高まった。
……静かだ。物凄く、静かだ。
カチカチと時計の音がやけに大きく聞こえ、夜の闇の中透き通るような静けさに包まれながら、現在俺は瞼を閉じていた。
身体はそれなりに疲労している。飛竜便での長距離移動もあったし、ついてからも色々な事があったし、先程散歩もした……だけど、まったく寝れる気がしない。
ベッドの端で横向きに寝転がる俺の後ろには、反対方向を向いて寝転がっているジークさんが居る。
「……カイトさん……起きてますか?」
「……はい」
まったく寝れる気がしない状況のまま時間だけが過ぎていく感覚を味わっていると、背中の方から小さな声が聞こえてくる。
「……少し、スペースが無駄だと思いませんか?」
「……丁度俺も、同じこと考えてました」
現在俺とジークさんは背中合わせの状態で、可能な限り距離を取って寝転がっている。
しかし通常のベッドよりは大きいとはいえ、キングサイズほどの大きさは無い。ある程度離れて寝転がる形になると、どうしても互いにベッド端の位置になってしまう。
これに関しては性格もあるのかもしれないが、ともかく真ん中のスペースが結構空いている。
「……もう少しつめましょうか?」
「……はい」
その事は俺も考えていたが、あまり不用意に距離を近付けるのも失礼だろうと言いだせなかったが、ジークさんの方から切り出してくれたおかげで、緊張しながらも了承する事が出来た。
振り返らないようにもぞもぞと身体を動かし、ベッドの中を中心に向けて少しずつ移動する。
反対側からも衣擦れのような音が聞こえてきており、ジークさんも同じ様に移動しているみたい……
「「ッ!?」」
しかし振り返らずに感覚だけの移動で細かな調整が出来る訳もなく、ジークさんの背中と俺の背中が触れる感触がして、ほぼ同時にビクッと反応する。
緊張しているせいかやけに感覚が研ぎ澄まされていて、微かに触れただけの筈なのに背中がやけに熱く感じる。
バクバクと自分の心臓が大きく音を鳴らすのが聞こえ、一気に沸騰するような緊張の中で、何とか気を紛らわせようと口を開きかけると……それよりも先にジークさんが話しかけてきた。
「……カイトさん、変な事を聞いても良いですか?」
「……変な事、ですか? え、ええ、構いませんけど?」
少し上ずった声で尋ねてきたジークさんの言葉を聞き、俺は首を傾げながらも構わないと返す。
するとジークさんは少し沈黙した後で、ゆっくりと口を開く。
「……今日、父さんと……その、私の下着がどうだとか、話してましたけど……」
「へ? あ、いや、あれは、レイさんがふざけただけで!?」
「ふふ、分かってます。いえ、その事はいつもの暴走でしょうけど……」
「うん?」
いきなりとんでもない事を言い始めたジークさんに、別に俺自身が何かした訳でもないのに物凄く慌てて弁明の言葉を返してしまった。
そんな過剰とも言える俺の反応に苦笑するような声を出した後、ジークさんはさらにとんでもない言葉を続ける。
「私にはよく分からないのですが……例えば……カイトさんは、私の下着姿とかを……見たいと思いますか?」
「なぁっ!? じじ、ジークさん!? い、いい、一体何を!?」
「いえ、単純に……私みたいに胸も小さく、色気のない女を見て……どう感じるのかと思いまして……ほら、男性は大きな胸の女性が好きだと聞きますし……」
「……」
え? なにこの質問? これ、返事しないと駄目? 滅茶苦茶恥ずかしいんだけど……
う、う~ん。たぶんだけど、普段の言動から考えるに、ジークさんは女性としての自分に自信が無いんじゃないかな? だから男である俺の意見を聞いてみたいと……だとしたら、ここはちゃんと答えるべきだろう。
「……人、それぞれじゃないですかね? 勿論胸の大きな女性が好きだって人も、一定数いるとは思いますが……俺個人としては、別に大きくなくても十分魅力的だと思います」
「……例えば、私なら、どうですか? カイトさんは、私のそういう姿を見たら……そ、その、こ、興奮とか、しますか?」
「……間違いなく、します……何度も言ってますけど、ジークさんは凄く魅力的な女性ですし……正直言うと、今だって凄く緊張しています」
「……本当ですか?」
顔が焼けるように熱かったが、嘘偽りなく自分の考えを伝える。
するとジークさんは、少しだけ不安そうな声で確認の言葉を投げかけてきた。
「はい。ジークさんはもっと自分に自信を持つべきだと思いますよ」
「……自己評価が低い事に関してだけは、カイトさんには言われたくありませんけど……」
「うぐっ!?」
大変強烈なカウンターである。ぐぅの音も出ない。
確かに俺もあまり自分に自信って持てない気がする。なんて言うか根が小心者なんだろうなぁ、どうにも高評価されると身の丈に合わないとかって恐縮しちゃうし……これに関してだけは、いつまでたっても変わりそうにない。
「ふふふ、でも、ありがとうございます。少しだけ、自信が出てきました」
「そ、そうですか……それは良かったです」
「……あっ、でも、下着は盗らないで下さいね」
「盗りませんよ!!」
おどけたような口調で告げられた言葉に、強く反論しておく。
というか、冗談とはいえこんな風に釘を刺されるとは……一体ジークさんの中で、俺はどんな人物だと思われているんだろうか……
「……誰よりも素敵な男性だと思っていますよ」
「へ? あ、えと、あ、ありがとうございます」
まるで心を見透かしたように告げられた言葉に、少し落ち着いた筈の熱が一気に戻ってきた気がした……うん、やっぱり今日は寝れそうにないな。
拝啓、母さん、父さん――ジークさんは優しく家庭的で、凄く頼りになる素敵な大人の女性だ。だけど、決して何もかも完璧な訳ではなく、不安を感じていたり、自分に自信が無かったり、人間らしいところもいっぱいある。そして俺は、そういう部分もひっくるめて、凄く――素敵な女性だと思うよ。
糖度が徐々に上昇中。
にしても、本当に快人の理性はオリハルコン……これ完全に押しても受け入れてくれる流れなのに……
シリアス先輩「……激辛マーボーラーメンください」