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笑えているよ

 レイさんとフィアさんの家について、少し慌ただしくなりつつも、夕食の準備が出来たみたいなので食堂に移動する。

 そこには沢山の料理を並べているフィアさんの姿があり、レイさんがどこか嬉しそうに口を開く。


「おや? 今日は豪勢だね」

「ええ、ジークちゃんの声が戻ったし、ミヤマくんも遊びに来てくれたからね。腕によりをかけて作ったわ」

「……美味しそうですね」

「母さんは、私の料理の先生ですから、腕は確かですよ」


 食卓にずらりと並んだ、どこか家庭的な雰囲気の料理はとても美味しそうで、見た目だけでもフィアさんが料理上手と言うのは伝わってきた。

 そしてレイさんとジークさんが席につき、フィアさんが空いた椅子を指差しながら俺に向かって微笑む。


「さっ、ミヤマくんも座って」

「……」


 その言葉を聞いた瞬間、脳裏には懐かしい光景が浮かんでくる。


――ほら、快人。座って、今日はお母さん頑張ったんだよ!

――ず、ずず、随分、豪勢だね?

――だって、今日は快人の誕生日だよ! ケーキだって焼いたんだから!


 それは本当に懐かしい思い出、当り前の幸せと愛情の中にあった幼い頃の記憶。


――お母さん、このケーキ、ぺちゃんこだけど?

――うぐっ、そ、そこは、愛情でカバーかな……

――カバー可能なレベルだと良いんだが……

――あ・な・た?

――すみません


 あのケーキは、今思えば酷い出来だったなぁ……クリームぐちゃぐちゃだったし、スポンジちょっと焦げてたし……けど、美味しかった。


「……ミヤマくん?」

「あ、すみません!? 失礼します」


 ある意味こちらの世界に来て初めて見る、家族の団欒といった風景に、つい昔の事を思い出して固まってしまっていたみたいだ。

 レイさんに声をかけられ、少し慌てながら席について手を合わせる。


「「「「いただきます」」」」」

「……おぉ、フィア、また腕を上げたんじゃないか?」

「う~ん……美味しい。やっぱり、まだ母さんには敵いませんね」

「ありがと、私も一応ジークちゃんのお母さんだからね。そう簡単には追いこされてあげないわよ」


 楽しげな声を聞きながら、俺も料理を口に運ぶ。

 成程、確かにフィアさんの料理はとても美味しい……家庭的な素朴な味だけど、凄く暖かみがあって……なんて言うのか、おふくろの味って感じがする。

 味付けはそんなに濃くなく、じわ~っと体の奥に染み込んでくるような美味しさ。物凄く俺好みの味だった。


「ミヤマくん、お味はいかが?」

「はい。凄く美味しいです」

「それは、良かっ――ミヤマくんっ!?」

「……え? あ、あれ?」


 穏やかな微笑みを浮かべて尋ねてきたフィアさんの言葉に返事をすると、何故かフィアさんはギョッとした表情を浮かべて俺を見る。

 その反応で気付いたんだが、いつの間にか、俺の頬を涙が伝っていた。


「ご、ごめん!? 美味しくなかった?」

「カイトさん、大丈夫ですか? もしかして、どこか具合が……」

「あ、いえ、違うんです。これは、えっと……」


 どうにも母さんと父さんの事を思い出して、涙腺が緩くなってしまっていたみたいだ。

 心配そうに尋ねてくるフィアさんとジークさん、そして同様に心配そうな目でこちらを見ているレイさんの三人に対し、俺は慌てて手で涙を拭いて首を横に振る。


「……ちょっと、両親の事を思い出してしまって……」

「……いや、無理もないよ。元の世界に居る両親の事が気になっても仕方ないさ」

「……いえ、俺の両親は……俺が幼い頃に他界しました」

「……そうか、すまない」

「いえ、もう本当に昔の事ですし、しっかり気持ちに整理は付けてるつもりです」


 ……両親が居ない事に寂しさを感じないと言えば嘘になる。母さんの事も、父さんの事も、今もしっかり覚えている。

 だけど、両親の死に関してはもう自分なりに答えは出せた。俺が悲しんで立ち止まったままでは、両親も安心できないだろうって……クロのお陰で、そう思う事が出来るようになった。


「……ただ、少し、えっと、なんて言うか……家族皆で食事してた時の事を思い出した感じです」

「カイトさんのご両親は、きっとお優しい方だったんでしょうね」

「ええ……あっ、ちょっとレイさんとフィアさんに似てる感じで、明るい両親でした」


 うん、本当にレイさんとフィアさんは、父さんと母さんによく似ている。

 俺の父さんは普段明るくて、時々余計な一言を溢しては母さんに怒られてたけど、優しくて頼りになる立派な父親だった。

 母さんは本当にいつも明るく笑顔で、物凄く不器用で家事は下手だったけど、いつも前向きで元気をくれた。


「……ミヤマくん、おかわりは?」

「え? あ、はい。頂きます」

「うん、じゃあ、私がよそってあげるね」

「ありがとうございます」


 少し湿っぽくなっていた空気を切り替えるように、フィアさんが明るく告げておかわりをよそってくれる。


「ミヤマくん、ここへ来る途中にフィアが言っていた通り、自分の家だと思ってくれて構わないからね」

「あ、はい。ありがとうございます」

「勿論私を家族と思ってくれても良いよ。君とジークが結婚すれば、実際にそうなる訳だし……お義父さんと呼んでくれて構わな――ぶへっ!?」

「……まったく……また性懲りもなく……」

「あははは」


 優しい気遣いに、自然と笑みがこぼれた。

 両親を早くに失った事は、不幸だったと言えるのかもしれない……だけど、俺は、本当に縁に恵まれた。

 俺を心配してくれる人が居る。落ち込んだら慰めてくれる人が居る……それは、本当に、奇跡みたいに幸せな事だと思う。


 拝啓、母さん、父さん――二人の事を、完全に割り切れたって言えば嘘になるかもしれない。だけど、俺の事は心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんとこうして元気だし、心からの幸せを感じてる。一人前にはまだ遠いかもしれないけど、今日も俺は――笑えているよ。

 












 夕食の後でしばらく雑談を続け、入浴を済ませて後は寝るだけと思っていると……ふと、ジークさんに声をかけられた。


「……カイトさん、少し散歩にでも行きませんか?」

「散歩……ですか?」

「ええ、夜風に当たりたい気分なので、御迷惑でなければ付き合ってもらえませんか?」

「分かりました。行きましょう」


 断る理由も無かったので、誘いを承諾して、ジークさんと共に家の外に出る。

 夜のリグフォレシアの街はとても静かで、空に光る星が綺麗に見えて、心地良く吹く夜風がどこか穏やかな気持ちにさせてくれた。


 そのままジークさんと一緒に、特に目的地を定める訳でもなく歩き始める。

 殆ど言葉を交わす事はなく、沈黙したままの散歩ではあったが、決して居心地が悪かったりする訳ではなく……不思議と、どこか安心できた。


 そしてそのまましばらく道を進み、広場に差し掛かった辺りで……不意に、後ろから優しく抱きしめられた。


「……え?」

「……」

「え、えっと、じ、ジークさん!?」


 柔らかく暖かな抱擁、微かに漂ってくる風呂上がりの良い匂い……心臓が大きく脈打つのを感じ、慌てながらジークさんの名前を呼ぶと、ジークさんは少し沈黙した後で俺を後ろから抱き締めたまま、言葉を発する。


「……カイトさんは、とても強い人です。いつも真っ直ぐに頑張っていて……本当に尊敬します」

「い、いや、俺は別にそんな大層な人間じゃ……」

「貴方がそう思っていたとしても、私にとって貴方は、心から尊敬できる人です……いつも、頑張るカイトさんに勇気と元気を貰っていました。だから、偶には私もそれを返してあげたいんです」

「……えっと、それはありがたいんですけど、こ、この状況は?」

「……強くて立派で……それでも決して無敵な訳じゃない……そんなカイトさんを、今は抱きしめていてあげたいんです……駄目ですか?」

「い、いえ!?」

「……良かった……では、もう少しだけこのままで……」


 なんだろう? この気持ちは……凄く緊張している筈なのに、心から安心出来る。

 ジークさんはいつも優しく穏やかで、頼りになる大人の女性……頼れる姉のような存在。

 俺は一人っ子だったけど、もし姉が居たとしたら……こんな感じなのだろうか? 俺はジークさんを姉のように思っているのだろうか?

 ……いや、でも、今感じている胸の高鳴りは? すぐに答えは出そうにない……だけど決して不快な訳じゃない。

 何故だか分からないけど、一度止まった筈の涙が……また零れ落ちそうになった。





これが、大人の女性の……包容力……



~とある本屋の災難~


「こ、ここ、これは、し、死王様!? よ、よよ、ようこそ、お、おおお、おいで下さいました」

「……カイトが出てる本……欲しい」

「カイト? あ、ああ! み、ミヤマ様の本ですね、ここ、こちらに……」

「……全部……買う」

「全部!? い、いえ、しかし、お、同じものが50ぐらい……」

「……おつり……いらない」

「っ!? 白金貨!?」

「……続きも出たら……買う」

「え? あ、いや、続きは……」

「……続きも……欲しい」

「もも、勿論、続編も制作予定で、ででです! いい、いましばらく、お、おおお、お待ちください!?」

「……分かった」


翌日本屋は大慌てで、本の続編制作を依頼しに行ったとか……

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