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222.非道王女は見舞い、


視界が変わると、大きなベッドがそこにあった。


金の装飾を施された調度品が並び、それに囲まれるようにしてベッドに国王らしき男性が眠らされている。

室内には小さな灯がいくつも置かれ、その灯に照らされた国王は髪の色や周囲の調度品の光の反射が相まって金色に輝いているかのようだった。


そして、セドリックがその傍に。


まだ、私達に気づいていない。

椅子にも掛けず、ベッドの傍らで床に直接両膝をつけ、兄の眠るベッドへ両肘をついたまま祈るように手を結んでいた。…いや、実際に祈っているのかもしれない。指を交互に固く結んだ手を額に当て、俯くようにして全く動かない彼がどんな表情をしているのか。…想像するだけで胸が痛んだ。


「…セドリック。」


そっと、彼の名を呼ぶ。小声で呼んだけど、彼の耳には届いていないようだった。もう一度少し大きめの声で彼を呼び、今度はその肩に触れてみた。

ビクリッ!と激しく彼の肩が震え、手に付いていた額が離れてゆっくりと私達の方へ向けられた。


今にも、泣きそうな顔だった。


涙が出ていないのが不思議なくらいで、端正に整った顔が酷く歪み、歯は食い縛られ、その燃える瞳は不安と悲しみに満ちていた。


…四年前の、ジルベール宰相を思い出す程に。


不思議と、私達が現れたことにはそんなに驚いていなかったようだった。目を少し見開き、息を飲むように私を凝視した。まるで泣くのをずっと堪えていたかのように突然その瞳が潤んでいった。


「…プライド。」


あの時と一緒だ。

最初に、国からの書状が届いて帰ろうとした時と同じ表情だった。

助けてと、その全身から叫ぶような声が聞こえてくるようで。


「…もう、大丈夫だから。」


彼の肩にそっと手を置き、アーサーを見る。セドリックがまるで今気が付いたかのように「その者は…?」と口を動かした。全身ローブの人間に少し戸惑っているようにも見える。


「極秘の存在です。…この事は、どうぞ自国にも我が国…母上や他の者にも内密でお願い致します。」

そう言って、ステイルがアーサーの背を軽く叩いた。ステイルに叩かれ、恐る恐る視界も狭い中アーサーが国王に歩み寄る。

国王の姿を見て、視点が定まらないまま見開かれた目に思わず私は身を引いた。乾き切った眼球がゴロゴロしている。手や頬も窶れ、衰弱しているようにも見えた。そんな国王に、アーサーが手を伸ばす。

セドリックが警戒したようにその場に立ち上がったけれど、私が肩に置いた手に力を込めた。押さえながら「大丈夫だから」と少し強めに言うと、自らの身体を押さえるように拳を握りながらその場に押し黙った。

アーサーが、強く見開かれたその目にそっと手のひらを添え、優しく国王の瞼を下ろした。…それがまるで死者に向けて行っているようで、少し胸がざわついた。そのままアーサーは静かに国王の額に触れる。


アーサーの特殊能力は万物の病を癒す力。

乱心…〝発狂〟といっても、前世の医学で言えば精神病の一端だ。ならば、一時的でもアーサーに癒せないわけがない。


アーサーがその額に触れるだけで次第に国王の荒い呼吸が緩まっていった。逸らされた喉が次第にその力が抜けていくようにベッドへと沈んでいく。溢れ続ける汗が、みるみる内に潮のように引いていった。激しかった身体の震えが緩やかに止まっていく。静かに息を吐き切る音が国王の口から聞こえてきた。

マリアの時ほどの時間も掛からなかった。暫くしてすぐにアーサーがその手を緩やかに額から離す。

国王の表情から力が抜けていくのに反して、私の横にいるセドリックの顔が驚愕に染まった。見開かれた目が、そして開いた口が塞がらないようだった。「兄貴…⁈」と掠れた声で呟いた、その時。


「…………?…。」


アーサーの手により閉じられていた国王の瞼が、再びゆっくりと開かれた。夢から覚めるような心地良い開き方だ。


「ッ兄貴!…俺がっ…わかるか…⁈」

逸る気持ちを抑えるようにセドリックが問い掛ける。身体を前のめりに、直接国王の顔を覗き込むようにして訴えかける。

国王は暫く茫然とした様子だったけれど数回瞬きをした後、やっと焦点が合ったかのようにセドリックへその視線を向けた。そのまま重たそうな片腕で、セドリックの頭に手を乗せ、掴んだ。


「…帰ったか…セドリック…。」


掠れた声で、確かにそう言った。仄かにその口元を優しく緩めながら。

その瞬間、セドリックの目からとうとう涙がぼろりと零れた。歯を食い縛り、手のひらで目を擦るようにして溢れる涙を拭い続けた。

ひたすら拭いながらも、指先に力が入るように前髪をかきあげ、掴む。息を引くような声が漏れ、強く目を搾り、堪えようと必死で抗っても堪え切れないようだった。手のひらで涙を拭う度に彼の腕の装飾がジャラッと音を立てた。


「…?…どうした…。」

心からの疑問のような国王の言葉が零れる。

まだ、気がついていないのか。自分が長らく正気を失っていたことも、現状までも頭が回っていないのかもしれない。


「…国王陛下。」

泣いて言葉が出ないセドリックの代わりに、私が国王に声を掛ける。国王は私の声にすぐ気が付き、首の角度を変えてくれた。目を丸くして「貴殿らは…?」と言葉を漏らした。その言葉に応えるように今度はステイルが一歩前に出た。


「お初にお目にかかります、国王陛下。僕の名はステイル・ロイヤル・アイビー、フリージアの第一王子。そしてこちらに御坐すのはプライド・ロイヤル・アイビー殿下。フリージア王国の第一王女です。」


「なっ…⁉︎」

国王がステイルの言葉に目を見開き、一気にベッドから身体を起こした。バサッと掛けられていた布が翻り、一気に頭が覚醒するように赤い瞳を白黒させた。


「プライド…殿下…⁈フリージアっ…‼︎」

驚くのも当然だろう。彼の記憶では未だフリージア王国とは接点すらない筈だったのだから。…こちらからの同盟打診と、弟が国を飛び出したこと以外。


「ッセドリック‼︎お前、本当にっ…⁉︎…!待て‼︎今はいつだ⁈一体どうなっている⁈ヨアンはっ…チャイネンシス王国は…⁉︎」

「どうか落ち着いて下さい、国王陛下。」


他の者に気づかれます、とステイルが声を掛けながら国王を宥める。

やっと意識も頭も回り出したらしい。現状を理解して周囲を見回した。国王は目を丸くし、声を一気に出したせいか枯れた喉に違和感を感じたように喉を押さえると、セドリックが傍に置かれたグラスを国王に突き出した。乱暴に出したせいで、トプっと水が数滴国王の膝の布に零れた。片腕で未だ目を押さえつけ、涙で顔を赤くしながらも兄を気遣うように差し出したグラスの水面は危なげに揺れていた。

反射的にそれを受け取る国王は、グラスの中身を一気に飲み干した。少しそれで落ち着いたのか、ハァッと息を吐き、深く深呼吸をした後に改めて私達へと向き直った。


「ハナズオ連合王国、サーシス王国が国王。ランス・シルバ・ローウェルと申します。挨拶が遅れた上、お見苦しいところをお見せし、重ね重ね申し訳ありません。」


その場に深く頭を下げるランス国王は、寝衣姿にも関わらず確かな国王としての威厳を感じた。

「…もし、宜しければ御教え願いたい。一体、いまどうなっているのか。」

低く、はっきりとした声色は先ほどの寝込んでいた姿とは完全に別人だ。セドリックと同じ燃える瞳を赤く灯し、私達に望んでくれた。

ステイルがそれに応じて、頷きながら「僕から説明しましょう」と進言してくれた。


ステイルの説明を一言一句聞き逃さないようにと集中力を上げたランス国王は終始、驚愕の嵐だった。

自分が今まで発狂して何日も意識を取り戻さなかったこと。

セドリックが我が国に同盟打診に来て、今日サーシス王国で国王代理として母上と同盟締結を行ったこと。

更にはチャイネンシス王国からの同盟破棄。

どれをとっても、驚かない訳にはいかないだろう。その上、コペランディ王国から侵攻の期限を早められてから既に十日以上経過してしまったのだから、動揺するななど無理な話だ。一瞬、また乱心してしまうのではないかと心配だったけれど全くその素ぶりもなかった。片手で頭を抱えながらも、なんとかステイルの話を一度も聞き返すことなく飲み込んでくれた。

最後にステイルが、私達がこうして来たことは母上や城の者にもどうか内密にとお願いして話を締め括ると、ランス国王は頷いた後に数十秒の沈黙が流れた。


「…先ずは。」


沈黙が破れたと思った瞬間、ランス国王は隣に佇むセドリックの肩の衣服をひっ摑んだ。ぐいっ、と勢い良く引っ張られ、涙が止まったばかりのセドリックの目が丸くなる。目元に残った分だけの涙が宙に舞い、引っ張られるままランス国王の元へと崩れる。


「ッこの馬鹿者‼︎」


ガツンッとランス国王の手元まで引き寄せられたセドリックの頭に握り拳が振り落とされた。ぐあっ、とセドリックの呻き声と共に「ッ何をする⁈」と抗議の声が上がった。それでも、ランス国王は構うことなくセドリックの金色の髪を抜かんばかりに鷲掴んだ。


「突如国を飛び出し!俺の代理として勝手に同盟締結など‼︎」

ヨアンが止めなければ即刻兵に追わせていたものを‼︎とランス国王は一息に潜めた声でセドリックを怒鳴った。

「兄貴が使い物にならなかったのだから仕方がないだろう⁈俺様以外に誰が締結すると」


「ップライド第一王女殿下!並びにステイル第一王子殿下‼︎」


セドリックの言葉を最後まで聞かず、私達の方に向き直る国王がひっ摑んだセドリックの頭と一緒に思いっきり頭を下げてきた。セドリックもランス国王の手に押し潰されるようにして頭を下に押し付けられる。拍子にランス国王の服の中から見覚えのあるペンダントがチラリと覗いた。


「我が愚弟が大変とんでもない御迷惑を…‼︎弟はまだ教養も未熟ゆえに恐らく無礼も多かったのではないかとっ…‼︎」

どうしよう、国王に物凄く大量に頭を下げさせてしまっている。この上にまさか初日の三日間に色々やらかされましたなんて言えない。「お…お気になさらないで下さい」と思わず若干肯定したようなフォローしか出てこなかった。


「ッやめろ兄貴!俺様の髪が乱れるだろう⁈」

「髪など初めから乱れていただろうが馬鹿者!良いからお前は黙っていろ‼︎」


セドリックの抵抗も虚しく、顔を上げた国王に反してセドリックは未だ頭を押さえつけられたままだ。窶れた腕とは思えないほどの力でセドリックを制圧している。そのまま片腕に力をいれた状態で、私の方へと向き直ると真剣な眼差しを向けてくれた。


「…この度は、以前より同盟打診を受けていたにも関わらず此方の窮地に力を貸して下さり、感謝致します。同盟を結んで頂いた以上、防衛戦後は必ず相応のものをお返し致します。」

同盟締結の誓約書もすぐ確認する、と言ってくれたランス国王はふと、私達の背後に控えたアーサーに目をやった。「ところで、その者は…?」と怪しさ満点のアーサーに少し眉を潜めるランス国王に、アーサーが無言でフードを深く被り直した。


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