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スイッチ入ってた


 夕暮れに染まる道を、リリアさんの屋敷に向かって歩いていると、道の先に見覚えのある方が居た。

 モミアゲ部分だけ長い白金のショートヘアが風に揺れ、銀色の瞳に俺の姿を映しながら、微動だにせず……まるで一枚の絵のように道の先に立つ女性。


「……アインさん?」

「お待ちしていました。カイト様」


 俺が少し戸惑いながら声をかけると、アインさんはゆっくりスカートの裾を摘み、綺麗な礼をする。

 何故アインさんがこんな場所に居るんだろう? 待っていたという言葉から、俺に用事があるのは間違いないだろうけど……


 首を傾げる俺を見て、アインさんはいつも通りのクールな様子で口を開く。


「……本来ならもっと早く訪れるべきでしたが、迷っていました。いえ、正確には現在も迷っています」

「……迷う?」

「……ええ、カイト様もお察しかもしれませんが、私は己の感情を表現するのが得意ではありません」


 確かにアインさんは物凄く仕事のできるクールな方ってイメージで、あまり表情が変化しているのは見た事が無いし、口調を荒げたりする事も俺の知る限りでは無い。

 だけど、迷うっていうのは、なんに対してだろう? もっと早く訪れるべきだったって事は、俺に関係する事?


 首を傾げている俺を見て、アインさんは静かな口調のままで言葉を続ける。


「……どうすれば、私の心にある感謝の念を貴方に示せるのでしょうか……」

「え?」

「100の言葉を並べても足りない、1000の行動を示しても足りない……私は、今この心にある感情を表現する術を持ちません」

「……えっと」


 そう告げながら、アインさんはゆっくりと俺に近付いてきた。

 小柄なアインさんは、丁度俺より頭一つ分程小さく、近付くとアインさんの顔が俺の胸辺りの位置に来る。


 そして俺の前に来たアインさんは、ゆっくりと……震えている手を伸ばし、俺の胸の中心あたりの服を軽く握る。


「……あり……がとう……ございます。クロム様を救ってくれて……」

「……アインさん。えっと、俺は別に……」

「分かっています。カイト様はその行為を功績とは捕らえていない」


 心を見透かしているようなアインさんの言葉は、まさしくその通りだった。

 俺は別にクロを救おうとか、六王やアインさんの願いを叶えようとか、そんな大それたことを考えていた訳ではない。

 あくまで俺がクロの事を好きだから、クロに想いを伝えて恋人になりたかったから告白しただけ……俺は自分の為に行動した。それがたまたま、クロを救う事に繋がっただけだ。


「ですが、私はいくら貴方に感謝しても足りません。あんなに幸せそうなクロム様の表情は、初めて見ました」

「……アインさん」

「……私は、クロム様が一番初めに育てた雛鳥……クロム様は、行くあてもなく、一人孤独に震えていた幼い私に手を差し伸べ、一緒に行こうと言ってくれました。私の帰る場所になってくれました」

「……」


 俺の服を掴んだままで顔を伏せ、小さな肩を震わせながら告げるアインさんの言葉……俺は余計な口を挟まないように、静かにその話を聞き続ける。


「勝手かもしれませんが、私はクロム様の事を……母だと思っています。クロム様が愛情を注ぎ、育ててくれたから今の私がある。だから私は、クロム様に拾って頂いた命を、生涯クロム様の為に使おうと……命尽きるまでクロム様に尽くそうと、そう思ってメイドになりました」

「……」

「……皮肉なものです。クロム様に仕え、クロム様の傍にある事の幸せに酔っていた私は……クロム様の心にある願いに気付くのが遅れてしまいました。クロム様の為に生きたいと願った私が……一番初めに、クロム様の願いから離れてしまった」


 アインさんはクロに育てられ、クロの為に働きたいとメイドになった。

 だけどクロの願いを知った今なら、アインさんの後悔が分かる気がした……アインさんは、クロの隣では無く後ろに立つ事を選んでしまった。

 そしてそれがクロの願いから外れている事に気付いた時には……


「……どうする事も出来ませんでした。もう私は、明確にクロム様を主と見ていた。クロム様に仕えている事を誇りに思う自分を形成してしまっていた。もう、あり方を変える事は出来ませんでした」

「……」

「クロム様の苦しみを、願いを、誰よりも知っていながら、何もできない自分を本当に情けなく感じていました……だから……」


 そこで言葉を区切り、アインさんは顔を上げる。

 微かに涙の浮かんだ銀の瞳が俺を見つめ、静かな沈黙の後で口を開く。


「……カイト様、このご恩は……生涯忘れません。貴方がそうだと思っていなくとも、私にとって貴方は救世主です」

「え、えっと、なんか凄く物々しい感じが……」

「いいえ、礼の言葉には迷いましたが、貴方を想う心には迷いはありません。私は貴方を世界で二番目に愛します。クロム様の次に貴方を優先します」

「……」


 なんだろうこれ、なんかアイシスさんと初めてあった時に感じたのと似た悪寒が……よく分からないけど、アインさんなんかスイッチ入ってない?

 表情はクールなんだけど、目は滅茶苦茶熱が籠っているというかなんというか……


「……簡単ではありますが、今現在の私の気持ちは伝え終わりました」

「えっと、あ、はい。わ、分かりました?」

「……困った事があれば、いつでも声をかけてください。貴方の邪魔をする者が居るなら……即刻私が消します」

「……は、はは、はい!」


 何か滅茶苦茶物騒な事言い始めたんだけど!? この方が言うと洒落にならないって言うか……アインさんは本当に情け容赦一切無く消しそうで怖い。

 ま、まぁ、別に俺に敵が居たりする訳でもないし、たぶん、だ、大丈夫かな?


 そしてアインさんは俺の胸から手を離し、深く最上位の礼をしてから、もう一度俺の方を見る。


「……カイト様、リプルパイがお好きという話を聞きましたが、事実でしょうか?」

「え? あ、はい」

「では、ささやかながらこちらを……」

「へ? なっ!? ちょっ、あ、アインさん!?」


 俺が頷いた直後、アインさんはどこからともなくケーキを入れるような箱を取り出した……っていうか山みたいな数なんだけど!?


「……あ、あの、一応、聞きますが……これは?」

「リプルパイです。僭越ながら、せめてもの礼にとご用意させていただきました」

「……えっと、何個あるんですかコレ?」

「キリよく『1000』です」

「1000個!?」


 リプルパイが1000個!? なんか尋常じゃない数用意して来たんだけど!? え? なにこれ? もう殆ど壁にしか見えないんだけど……マジで?


「また必要であれば、いつでもお作りします」

「あ、あぁ、えと、はい。ありがとうございます」


 ま、まぁ、マジックボックスがあるからカビが生えたりはしないけど……一日一個食べたとしても、3年分近く……アインさん、加減って言葉知らないのかな?


「あ、あの、アインさん……加減って言葉知ってます?」

「勿論です。妥協、加減……メイドである私には排除すべき甘えです」

「……ソウデスカ」


 駄目だこの方!? シロさんとは別の意味で話し通じない!!

 茫然としながらリプルパイをマジックボックスにしまった俺に、アインさんは丁寧に礼をしてから去っていった。

 うん、何か改めて大変な事になった気がする。


「いや~流石カイトさん、まさかアインさんまで籠絡しちゃうとは……」

「なあ、アリス……アインさん、冗談で言ってたと思う?」

「いえ、全く。アインさんは基本的に己で決めた事は曲げません。カイトさんを世界で二番目に優先するっていったからには、本当にその通りに動きますよ……ある意味一種のヤンデレですかね? カイトさんの敵とみなせば、一切の躊躇も情も無く、即刻消すでしょうね」

「なにそれ、怖い」


 当り前のように現れたアリスの言葉を聞き、再び先程と同じ寒気が背中に走る……いや、本当にとんでもない事になった気がする。


 拝啓、母さん、父さん――アインさんにクロの事で感謝を伝えられたんだけど、何か後半の流れが非常に不穏な感じになったよ。うん、なんていうか、たぶん――スイッチ入ってた。





【アインが仲間になりました】

【アインの狂信スイッチがONになりました】

【もしこのタイミングで以前襲撃があれば、バッカスは死んでいました】

【たぶんクールなヤンデレが周囲にとって一番怖い】


そして次回からジーク編開始……テーマは『二人きりの旅行』です!

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